道中
足元には苔むした石畳が先まで敷かれているが
周囲は蔦や枝草でほぼ埋まっているので、また元村長とサナーが草刈りを始める。
二人とももうこなれているので、かなりの速さで道が整っていき、俺たち残りの三人は、周囲を警戒しつつひたすらついていく。
「サナーさん、元村長!止まりなさい!」
突如ヘグムマレーがそう叫んだかと思うと、サナーたちが振り向くより早く、五メートルほど離れた木の上へと、氷の刃を数十本降らせた。
音もなく、真っ青なトカゲの顔をした人型モンスターが落ちてくる。
すぐにサナーが近寄って
「リザードマンだ……あっ、こいつ、いい装備してる。もらっていいかな?」
確かに絶命しているリザードマンの手にはアイアンソードが握られていて上半身にはアイアンプレートメイルが装備されていた。
ヘグムマレーは近寄って
「……うむ、死んどるな。装備ははぎ取って良いと思うぞ。こやつはリザードマンリーダーじゃ。レベルが高いので良いものがあるはず」
サナーはサッとアイアンソードを鞘ごと取って自分のベルトへと装着し
「へへー!二刀流だー」
自慢げに俺に見せてくる。
アイアンプレートメイルは俺しかサイズが合わなそうなので頂くことにする。
俺の着ていた皮鎧は、少し大きめだがリースに譲る。
元村長はリザードマンの遺体の首に掛けられていた巾着袋を探って嬉しそうに中の銅貨を数えだした。
ヘグムマレーは少し考えた後に、手刀の形にした右手を氷の刃で覆うと慣れた手つきでリザードマンの腹を開き、肝を取り出し
それを瞬時魔法で冷凍すると、旅装のポケットに入れこんだ。
「何に使うんだ?」
不思議そうなサナーに彼は微笑んで
「所持しているだけで、組織が死ぬまでの間、多少魔力消費が抑えられるんじゃ」
「そうなのかぁ。まだまだ知らないこと多いなあ」
それぞれに取ったので、俺たちは、同じように進みだす。リースが何げなく
「しかし、今殺したリザードマンは、装備もよかったしお金も持っていたけれど、家族もいるのかな?」
ヘグムマレーが苦笑いしながら
「リース、娘よ。そうだとしても、やつらモンスターは人間とは敵対関係じゃ。なので見つけたら殺してしまっても構わんし、もし相手が強ければ逃げるべきじゃな」
「仲良くはできないのかー……」
ヘグムマレーは苦笑いして
「テーマー職になれば、単一種族ならば心を通じ合うことはできるじゃろうな」
「ナランさんみたいにね」
俺は適当に頷く、何となく早くもライトスライムたちと心が離れていっているような気はする。
さらに進むと、崩れ果てた神殿跡のような建物が樹海に沈んでいるのが見えてきた。
折れた数本の巨大石柱が横倒しで入り口をふさいでいる
その手前まで石畳は続いていて、枝草を刈り疲れた顔のサナーが石柱を背に座り込む。
元村長は、皮鎧から出したタオルで顔を拭きだした。
しばらく、その場で休憩もかねて、俺たちは神殿跡の様子を伺うことにする。
ヘグムマレーは石柱の向こうの入り口を見つめ
「……大きなモンスターの気配はないな。正面から入ってもよさそうじゃ」
リースがワクワクした顔で
「あー楽しい!転げずに、ものも壊さずに歩けるって最高!」
俺に抱き着いてきた。暑い。サナーはジッと睨んでくるが動ける元気はなさそうだ。
サナーが回復するのを待ち、俺たちは石柱を乗り越え神殿跡入口へと入っていく。
「ナラン、私を背負おうか?」
サナーが右腕を引いて言ってきたので、黙ってしゃがむ。
どうやらまだ完全には体力が戻っていないようだ。
リースがチラッとこちらを見てくるが、俺は見ないふりをする。
神殿跡内は天井がかなり崩れ落ちていて、それらに蔦や下から生えてきた木々が絡まっている。
俺たちが入口からまっすぐ進んでいる通路部分は比較的そのまま保たれていて陽光が十分に射し込んでいるので、視界はかなり良い。
ヘグムマレーは辺りを見回しながら
「目ぼしいものは取り去られた後じゃな」
サナーが俺の背中から
「確かに、普通の遺跡だね。財宝もなにもなさそう」
そう言った瞬間にリースが
「あっ!あちらの壁に何かありそう!」
と言いながら走り出した。俺たちもついていくと確かに苔むした石壁に、よく見ると扉のような四角い切れ目がある。
「でかした!我が娘よ!」
ヘグムマレーは声を上げ娘を褒めると石壁に右手を押し当てて
「隠された道よ、現れよ……サーチアイズ!」
先ほどの探索呪文をまた唱えた。
すぐに石壁が四角く切り開かれ、そのままズズズ……と横にずれていく。
サナーは背負われたまま呑気に
「あの魔法、めちゃ便利だな」
ヘグムマレーは肩で息をしつつ振り返り
「……魔力の消費がなければな……」
と言ったので、サナーは俺の背中から飛び降り
「さあ、どうぞ、年老いた王族の方!ナランの背中に!」
と皮肉めいた顔で冗談を言いながら勧めてきた。俺の意志を確認する気もなさそうだが、まあ、確かに今回はリブラーも軽々しく使えないし仲間を背負って休息させるのが俺の役目なのかもなと、黙ってヘグムマレーを背負う。
隠し扉の先は真っ暗で元村長が、いつの間にか持っていたカンテラに火を点け、先頭をゆっくりと歩いていく。リースは楽し気に
「お父様、ナランさん!この先に何があるのかな!?」
俺に背負われたヘグムマレーは
「この通路は見つけられた跡がない。ということは何かあるはずじゃ」
「大発見かな!?凄い装備とか魔法とか!?」
「どうじゃろうか」
何となく嫌な予感がしているのは気のせいだろうか。
リブラーの予測通りなら、この遺跡でヘグムマレーがなぜスライムに好かれたらいけないのかという理由が分かるはずだ。
先導する元村長は、時折、道が分かれると黙って立ち止まりそして一人頷いて、右へ左へ勝手に進んでいく。
ヘグムマレーが「彼に任せてよいと思う」と言ったので俺たちも黙ってついていくと鈍く光る金の両開きの扉に行きついた。
サナーが駆け寄って
「ちょ、ちょっと待って!中のものもう要らないかもよ?」
リースが冷静にカンテラに照らされた扉を見つめ
「……すべて金だったとしても数千万イェンと言ったところかな?取り外したり溶かしたりする手間を考えると、ちょっとなー」
と不満そうに言う、サナーは驚いた顔で
「お、王家の人間にとってはした金なのか?」
「そうじゃないけれど、手間でしょ?」
上級国民と奴隷のかみ合わない会話を眺めているとヘグムマレーが黙って俺の背中から降り、軽く息を吐き、元村長に近づきながら
「ちょっと、魔力もらってもいいかの?サーチアイズで枯れ気味でな」
元村長は何とも言えない表情で頷いた。
ヘグムマレーは元村長の背中に手を当て
「その血よ!我が血肉となれ!マジックドレイン!」
同時に紫色のオーラが元村長の身体から、ヘグムマレーの身体へと吸い込まれていき、元村長は、なぜか気持ちよさそうに頬を染める。
サナーが引いた表情でそれを見つめていると、リースが得意げに
「体力や魔力が吸収されるときは、特有の快感があるのよ。特にレベルドレインの時は、人によっては絶頂に達するらしいわ」
サナーは嫌そうな顔で
「うーわー……絶対にとられたくない……」
リースはニコニコしながら
「ドレイン中毒者という、ひたすらレベルを上げてから飼っているレベルドレインスキルのある魔物にレベルを吸い取らせてその魔物を売って、また低レベルのスキル持ちの魔物を買って……という変態行為に勤しむ者達もいるわ」
「世の中には、救いようのない変態も居るんだなぁ……」
そうこうしているうちに、元村長から魔力を吸い取ったヘグムマレーが
「やはり、この人は魔力の壷のようなもんじゃな」
と言いながら、今度は金の扉へと右手を当てると、小さな声で高速詠唱した後に
「サーチアイズ!」
大声で唱えた。同時に金の扉が金色に輝き、左右に重々しく開いていく。
そして、その先にあるものに俺たちは驚愕した。




