マイナススキルと裏スキル
俺たち四人が唖然として立ち上がりマントがごそごそと動いて中から
「ふっ、ふふふ……お父様!!成功です!」
若い女の声が響いてきた、さらには明らかにヘグムマレーの声で
「成功なわけあるか!!オートセーフスペルマントで生きとるだけじゃ!」
「うっ……でも、私は成功だと思います!」
そしてマントから、使い古された厚手の作業用ツナギを着て艶々した金髪をポニーテールにした目鼻立ちの整った青い目の美少女がサッと出てくる。
「さあ、このリース・ウィズに話があるという殿方はどこかしら!?」
とんでもない自達の登場の仕方や、割れた窓の破片などまるでなかったかのようにキラキラした笑顔で、俺たち四人を見回してくる。
どうやらこの少女が、リースという王族らしい。マントから咳をしながらヘグムマレーも這い出てきて、取り返しがつかないほど割れた窓を見つめ、驚愕の表情をすると
「ろ、ローウェルさん、すまない。あとで修繕費は送るから」
ローウェルは苦笑いしながら窓際に近寄ると
いつの間にか持っていた箒と塵取りで、瞬時に片づけを終えガラス片や散乱していた窓枠をササッと布の袋へと纏め
「えっと……我々は、別室で話をしましょうか……」
「そうじゃな。驚かせてすまん、ナランさんたち、娘を頼むな」
と言いながら、逃げるように別室へと去っていった。
俺とサナーと元村長は固まって動けない。
娘って言ってたよな……この子がヘグムマレーの娘なのか?
などと考えていると、リースと名乗った少女は美しい笑顔でツカツカと俺に近づいてきて
「ああ、あなたがナランね。どうぞ、よろしく……あっ……」
上品に手を差し出し、俺と握手をしようとした瞬間、リースは何もないところで転び、そして俺は両手を伸ばすと、彼女を抱きかかえる形になってしまった。
「あっ……」
俺とリースは見つめ合う。リースは少し頬を上気させて
「ふふっ。やるじゃない!初対面で私を抱き止めるだなんて!」
と嬉しそうに言いながら、俺の隣の椅子に座った。
そして俺たちにも着席するように促してくる。
リース、俺、サナー、村長が一直線に座って、さらに目の前の割れた窓からは微妙に夜風が吹き込んでくるという……なんだこの状況という感じのまま沈黙が続き、時が流れていく。
焦れたサナーが口を開こうとした瞬間にかぶせる様にリースが
「……やっぱり、言わないといけないわね。もしかするとご存じかもしれないけれど、私はこの国で有数の生まれながらのマイナススキル持ちなの」
ニコニコしながら言ってきた。
サナーが驚いた顔で
「えっ……じゃあ、もしかして"不運"とか"悪魔の呼び声"とかそういう……」
リースはニコッと笑いながら
「その程度じゃなくて。"神の見放した運気"と"精神世界の見えぬ者"の超レアマイナススキル二つとそれから、混沌のレベル10持ちよ!生まれながらにね!」
聞いた瞬間に真っ青な顔をしてガタガタと震え出したサナーは俺に泣きそうな表情を向けてくる。無学な俺はそれらのスキルのヤバさは全く知らないので、とりあえず
「あの、ヘグムマレーさんの娘さんとお聞きしましたが?」
リースはニコッと微笑むと
「お父様が五十の時の一人娘よ。その頃はお父様も半ば王族を離脱したようなもので、私も王族としての立場は強くないから、世間的にも知らなくても当たり前かもね。ところで……」
リースは興味深そうに俺の方を見てくる。
「スライムから嫌われてるお父様を変えるつもりなんでしょう?どんな秘策があるの?」
「そ、それはこれからやる予定です」
恐らく、この状況で唱えればいいのだと思い、ボソッと「リブラー」と呟くと、すぐに頭の中に
リースさんを伴い、ここから北西へ二百キロ離れた樹海に沈む遺跡へと向かうと、なぜ、ヘグムマレーさんがスライムに嫌われていなければならないかという理由が分かります。
ローウェルさんに許可を取り、向かってください。
警告、マジックポイントが切れました。
リブラーの再詠唱は絶対にお止めください。
倒れてもよい姿勢を取り、十秒後の気絶に備えてください。
俺はリースに今、リブラーから言われたことを言い直して話そうとするが、なぜか言葉が出ない。
「どうしたの?顔が真っ青だけど……まさか私が……」
「ナラン!なんか変だ!」
俺はサナーたちの叫び声と、慌てて走り回る音を聞きながらそのまま目の前が真っ黒になった。
目を覚ますと、しばらく寝たことのないようなフカフカのベッドの上に寝ていた。
隣には、リースが腰掛けている。
「あ、あれ……?」
「ああっ、良かった。てっきり私のせいかと……」
なぜか、リースは心底安堵した表情だ。
「いや、ちょっと最近無理をしすぎたから……疲れてたみたいです……」
リースは苦笑いして
「原因は分かってるの。何らかの詠唱で、マジックポイントが切れたんでしょ?高レベルウィザードでもあるお父様が言ってたわ。あなたは、昼にも不自然な魔力の消費があったって」
「……」
ばれていたか。黙り込むしかない。リブラーのことは言いたくない。
絶対に他人に知られたらよくないことが起こる。
「……もしかして裏スキル持ちなの?介抱するために、あなたのスキルも教えてもらったけれど魔力関連スキルはまったくないはずだけど」
「裏スキルってなんですか?」
俺が尋ねると、リースは困り顔になって
「決して鑑定されない能力のことよ。それらは、特別に強力なことが多いと、王家には伝わっているの」
「……いや、たぶん、ないと思いますけど……」
リブラーは今のところ、そこまで強力だとは思えない。
むしろ、何度も使った感触だと、少し厄介な魔法のような気さえしている。
「たぶん……かぁ……」
「なんでリースさんのせいだって思ったんです?」
リースは意外そうな顔で
「マイナススキル持ちは不幸を呼ぶって知らないの?」
「……そうなんですか?」
知らなかった。というか、傭兵になってから鑑定士にレベルやらスキルやら定期的に調べられるようになったが、それ以前の農家の三男だった時は、意識すらしたことがなかった。
リースは少し嬉しそうに
「な、なんか、本格的にナランさんのことに興味が……」
そこでバーンッと扉が開いて、サナーが焦った顔で走って入ってきて俺とリースの間に入り込むと
「ダメ!ナランは私のご主人様!ちゃんと私を通してくれる!?」
微かに震えながら、必死に謎の主張をしだした。
「……なんだおまえ。あと、ご主人様呼びはやめろ」
つい口にしてしまうと、サナーがいきなり俺に抱き着いた。
「ナランはずっと私と居るでしょ?」
「か、かもな……今のところ……そうなるだろ?」
「よ、よかったぁ……そういうことですので!!お断りだ!」
必死に声を荒げるサナーに、楽し気に耳をふさいだリースはふふふと笑いながら
「じゃあ、友達からということでどう?」
サナーは焦った顔でリースに
「そっ、それは、恋人に発展する友達か!?」
「どうかなー。それは今後次第かなー。王族の私にあなたが勝てまして?」
明らかに冗談だとわかる表情なのに、サナーは分からないようで真剣に悔しそうに
「く、くそー!混沌スキル持ちには負けないぞ!私がナランを不運から守る!」
この女たちは何を言っているんだと思いながらいつの間にか俺はまた寝入ってしまった。
……
いつものリブラーの声が聞こえる。
「緊急セーフティ措置により、オートラック修復装置を自動起動しました。ナランさんの周囲へと効果範囲を拡大しますか?」
「なんかよく知らんけど、頼む」
そう言っておかないといけない気がして、適当に答えると
「了解いたしました。周囲の最も魔力の高い対象から力を吸い取り、自動的に高レベル"混沌"スキル対象者の周囲への運の損壊を修復します。現在、魔力吸収対象者は元村長さんですが、できるだけ早く、無限魔力生成装置などを入手されることをおすすめします」
「……よくわからんけど、そうする」
また適当に答えた俺は、ボーっとした頭を横に振る。
少し前に夢で女性にいざなわれた地下の白い空間に立っていて、目の前には前に見たのと同じ、古びた五段の本棚がある。
四段目に前も置かれていた絵本の「サナーの大冒険」の他にも倒れたままの本があったので手に取ってみる。
「リースの努力と希望」という小難しそうな装飾の分厚い本で、めくってみると、びっしりと挿絵のない辞書のような小さな字で
王族に生まれた不幸な少女の努力の物語が書かれていた。
他にも本があるようだ。三段目には「ローウェルと闇、そして光」という吹き出しのついた絵本、確かコミックとかいうやつだったかな……。
兄貴が都から買ってきたことがあった……そういう特殊な描き方の絵本が置いてありパラパラとめくってみると、ある戦士の戦い続きの半生の物語だった。
一段目にも、何か半分くらい燃えた様で焦げた本が置かれていた。
タイトルは「その呪詛師の呪い」という部分だけは読み取れた。
半分しかない本を開こうとすると、灰になり消え失せた。
「……なんだこれ」
リブラーの声が
「壊れていて読み取り不可なのでデータ消去をしました。マジックポイントの充電が完了しました」
という声と共に、パチッと目が覚める。
……
なんか熱い。そして別々の柔らかいものが体の左右に当たっている。
「……どわぁっ!」
俺は左右から下着姿のサナーとリースに抱き着かれて寝ていたようだ。
なんだこいつら……どうなってんだ……。
静かにベッドから抜け出ると、外から朝の光が射しているのが分かる。
たぶん、ここは会社本社の屋敷三階だな……遠くに殺風景な廃墟群が見える。
コンコンと小さくノックがされて、シーネの不気味な声で
「ふふふぅーおはよーございますぅー。昨夜はどうでしたかぁ?両手に花、とはもてますねぇ……」
と言われたので、慌てて折り畳まれていた服を着て音を立てずに外へと出ると、ニヤーッと笑っているシーネが
「回復されたようですねぇ。だめですよぉ?魔力を垂れ流しちゃ」
「はい、すいません……なんでこうなったか分からなくて。あと、別に二人とは何もないですよ」
シーネは俺のつま先から頭のてっぺんまで見回すとふんふんと少し嬉しそうに二回ほど頷き
「抱きつかれていた程度ですかぁ。二人ともまぁだまだ子供ですねー。まあ、マジックポイントはライトスライムたちから勝手に吸われてたのかもしれませんねぇ。もし違ったとしても、そういうことで社長に報告しますねぇ」
と意外にも気を使われたので
「ありがとうございます」
深く頭を下げて感謝すると、シーネはニヤーッと不気味な笑みで
「あのー。ちょっとチークを変えてみたのです。どうですかぁ?」
頬を突き出してきた。確かによく見ると、少し生気のある頬の色になっている。
「温かい感じで素敵だと思います。似合ってます」
シーネは八重歯を見せ、音もなく笑うと、鼻歌を歌いながらクルクルと踊るように去っていった。
よくわからない女性たちばかりだが、皆、少なくとも悪い人ではない。いじめられ続けてきた俺にはそれは分かる。
次はどこかの遺跡に向わないといけなかったよな……思い出さないと。
まだヘグムマレーの依頼が終わっていない。
俺は深呼吸をして気合を入れ直す。




