よろしくにゃん
恐る恐る振り返ると、ボロキレ一枚だけ着た痩せた裸足の顔色が悪い女子が抱きついていた。体温が全く無く、服の上から触れているのにその両腕は妙に冷たい。突然サナーが激怒して
「おい!私のナランに抱きつくな!無礼者めが!」
わけの分からない難癖を付けながら女子をあっさり引き剥がし、意外そうな表情をする。ボサボサの金髪女子はその場に力なく座り込むと項垂れ
「……出してくれ」
ポツリと言った。ローウェルが冷静な表情で俺達を見回し
「これが亡者だ。暗黒地帯の特殊ルールにより、門番とやり直しの契約をしたものは死ねなくなり、簡単には暗黒地帯から出られなくなる。説明した通りだな」
サナーが心配そうに
「こいつ、靴すら履いてないし、レベルも多分1とかだぞ。力も全然なかったし」
アンジェラが頷いて
「そうよ。死んだら全て奪われてスタート地点に戻るの。だから元々能力やスキルに乏しい者は延々と死に続けることになる」
サナーは何故か両目を輝かせ
「アンジェラ!ローウェル!このクソザコ私が鍛える!私の奴隷にしたい!名前は!?」
俺が止める前に亡者の前にしゃがみ込み尋ねてしまった。そして
「ナズナ・ポーラ」
名乗った女性亡者に、ローウェルは
「幸運の使者持ちが2人も居る効果だな」
そう言ってため息を吐き、俺とリースは驚き、アンジェラは興味深げにナズナを見下ろし、サナーは嬉しそうに
「特に意味もなくわざわざ暗黒地帯に入ったクソザコ王族女子のナズナだな!お兄さんのバンカーさんが気にしてたぞ!さっき会った!」
「……えっ」
ナズナはサナーを見上げると
「お、お兄様は元気なのか」
「うん!ウウゴ州の管轄者だな!二十年お前が帰らないって言ってた!」
「そ、そんなに時間が……」
サナー……お前……言いたい放題しすぎだろ……デリカシーないのか……。俺とリースは呆れてもう言葉も出ない。サナーはニカッと笑ってナズナの両肩を触ると
「お前!女神公認勇者サナー様の奴隷一号な!」
「いや……私は……」
戸惑うナズナにサナーは容赦無く
「クソザコ王族がどうにかなりたかったら従え!勇者サナー様、よろしくにゃん。はい言ってみろ」
ナズナは戸惑った顔で俺達を見回す。正直助けてやりたいがローウェルからは、俺やリースは亡者とはできるだけ関わるなと飛行船内でキツく言われている。アンチダークフィールドが無いとメンタルに悪影響が出る可能性があるらしい。
ナズナはしばらく戸惑った後
「勇者サナー様……よろしくにゃん……」
そう言ってしまった。同時にナズナの額に「サナーのもの」という刻印が浮き出る。これも暗黒地帯特殊ルールで、亡者が従者契約をした証だ。主人が死ぬまでもう逆らえない。サナーは嬉しそうに
「ナズナ!これからは語尾に、にゃとかにゃん付けて喋れよ!」
「わ、分かった……にゃん……」
サナーは自慢げにローウェルを見る。
「とんだ聖人様だな。まあいい、サナーちゃん、ナズナさんに案内してもらうぞ」
「ヨシッ!ナズにゃん!案内しろ!」
サナーは横を向き片足を上げて右手の人差し指をナズナに向けた変なポーズをする。完全に調子に乗っている。
「は、はいにゃん……」
ナズナはローウェルが足元に投げ渡した予備の靴を急いで履くと、フラフラと樹木が覆っている廃墟の中を進み出した。
恐らく町だったはずの廃墟は好き勝手生い茂る樹木に貫かれ、森とほぼ一体化している。その中に偶然出来た様な開かれた通路をナズナは慣れた様子で進み、そして怯えた様子で立ち止まった。樹木に覆い隠された通路の先には明かりが灯り、踊るスケルトンや、手拍子をする顔色の悪い男の亡者達が十数人騒いでいた。酒らしきものを飲んでいる者も居る。サナーが震え出したナズナに
「何だあの集団?」
「しょ……初心者狩りだ……にゃん……」
ローウェルがウンザリした様子で
「暗黒地帯の探索を諦め、入ってすぐの冒険者を狩って楽しんでるクズ共がいるとは聞いていた」
サナーはアンジェラを見つめ
「あいつら全員、レベル10も無いよな?」
「そうね。どうするの?」
サナーはニヤリと笑い、俺の荷物からロープを取り出す。
俺たち4人が見ている先で
「あああああああやめてええにゃああ!」
「こんな事する意味ないにゃあああんん!」
サナーの背中に括りつけられたナズナの叫び声が響き渡る。サナーは大立ち回りであっという間に亡者とスケルトン達を制圧すると全員正座させ、ナズナを背中に括り付けまま、その前に仁王立ちすると
「お前ら!私の奴隷になるか!超絶ボコられてトラウマを植え付けられながらスタート地点に戻るか今すぐ選べ!」
ヘグムマレーの覇気と威圧感を真似た様子で言った。上級職の俺やリースから見るとやりたいことは分かるが本家と比べて全然威圧感がない程度だが、低レベルの亡者やスケルトン達からすると真剣に恐ろしかったらしく、何度も頷き、直後にサナーの
「復唱しろ!勇者サナー様、奴隷の僕らをよろしくにゃん!」
命令の後、野太い声で一斉に
「勇者サナー様、奴隷の僕らをよろしくにゃん!」
そして亡者やスケルトン達の額が一斉に光り、全員の額に「サナーのもの」という刻印が刻まれた。
サナーとナズナ、そしてガヤガヤと煩い亡者とスケルトン達が先を歩いていき、残りの俺たちはその背後を付いていく。アンジェラが笑いながら
「緊張感が消えたわね」
ローウェルが目を細め
「……悪魔ってか、ヒトの気配は未だねえな」
アンジェラが頷いて、ジャケットのポケットから小さな長方形の鉄札を取り出すと、ローウェルに渡し
「国務保護委員の資格証を出されたわ。ヒトと遭遇した場合、保護する義務があるの」
ローウェルが鉄札を返しながら
「うちの国もヘグムマレーさんのお陰で手続きの簡略化が進んでいるが、アンジェラさんたちの国はもっと早いな」
アンジェラは苦笑いしながら
「国の方が私の動きを予測して、予め各種資格証を準備しているのよ。我が国の上層部を舐めない方がいいわよー?」
「おお、怖い怖い。永久に仲良くしときてぇもんだ」
前方の雰囲気と2人の長閑な会話を聞いていると、すっかり気が緩んでしまい、リースと並んで最後尾を散歩気分でダラダラ歩いていると
「ナランーーーーー!!!」
突然、リースが悲鳴と共に上空へと連れ去られていく。直後にアンジェラが背中から左右複数枚ある漆黒の翼を出現させ、とんでもない速度で追尾していった。
おいおいおいおい……あっさりリースが拐われたぞ……ど、どうする……と思っていると、超高速で戻ってきたアンジェラが長い腕の両脇に挟んで、目を回している無傷のリースと、顔が紫に腫れて伸びている小柄なヒトの男子を連れ帰って着た。男子のボサボサの黒髪から三本の紫の角が生えているので間違いない。




