特殊ルール
俺たちが乗ってきた方の飛行船のタラップを上って乗り込み、荷物を船内横壁に開いた荷物入れに押し込むと、席に座る。リースはいつものように横に座ったが、直後にサナーが俺の膝上に乗ってきた。
「席に座れ」
「やだ!リースの上をいく!」
てっきりリースが怒るかと思ったが、余裕の表情を浮かべ
「サナーちゃんは子供ねえ」
更に輝く王族スマイルをこちらへと向けてくる。サナーは顔を真っ赤にして目を逸らし
「……くっ」
しばらく恥ずかしさに悶えていたが、見かねたローウェルが横に置いたパイプ椅子に、黙って座り直した。そんなことをしていると、碇が全て外れた飛行船はゆっくりと空へ上昇し始める。
ローウェルも、近くにパイプ椅子を置いて座ると
「現地に着くまでに今回の作戦を説明するぞ。暗黒地帯はこの王都地方の東部にあるイラクラ地方の更に東部のウウゴ地方のこれまた東部にある」
サナーが
「王国の東端の外なんだよな」
ローウェルは頷いて
「そうだ。五十年前まではタリア廃墟群と言う、一夜にして滅びたと伝わるタリア帝国の大廃墟地帯が存在していた」
学校の歴史の授業で習う有名な出来事だ。ローウェルは更に
「その奥に、マイナススキルてんこ盛りの隠者であるヘコムが棲み着き、そこにヒト、つまり悪魔達の侵攻事業大手会社がリサーチ不足で現れてしまい、ヘコムのマイナススキル群で悪魔達は操られ、タリア廃墟群は強力な悪魔達が彷徨う大暗黒地帯に変貌した」
全員集中して聞いている。ローウェルはニヤリと笑い
「大暗黒地帯は空中まで黒い瘴気が渦巻いていて、いつぞやの様に空中投下で一気に頭を狙いにはいけない」
神獣が上から落としたアレのことだろう……二度とやりたくないので良かった……とホッとしているとローウェルは怪しげに笑いながら
「なので、正面から入る。今から言うことをよく聞けよ。暗黒地帯には他の地域にはない特殊ルールがある」
と言った。
飛行船は高い岩山が多いイラクラ地方を悠々と通り過ぎ、砂漠の多いウウゴ地方上空を通過していく。俺たちはローウェルの語った特殊ルールが衝撃過ぎて、言葉少ななまま景色を眺めるしかできなかった。そして地平線の先に南北に空の上まで拡がった黒い半球状のドームが見えてくる。
「あれが暗黒地帯……」
ローウェルが横から
「あの超巨大ドームは全部瘴気で出来てる。内部は昼でも暗い」
余りの禍々しさに、勢いで大変なとこに来てしまった……そう、今さら俺が後悔していると隣のサナーが嬉しそうに
「勇者サナー伝説の始まりの地に相応しいな!」
逆隣のリースも闘志を漲らせながら
「まさに結婚の為の最終試練って感じね!」
女子達すげーな……あんなの怖すぎるだろ……何がどうなったらあんな広範囲が、滅茶苦茶怖い感じになるんだよ……おかしいだろ……。俺は黙って項垂れるしかない。
飛行船は、暗黒地帯の数キロメートル手前の砂漠が途切れて荒野になっている地点に降下した。碇を降ろさず、俺たちが荷物を持って扉から飛び降りるとすぐ、王都へと引き返していった。砂嵐と暗黒地帯の瘴気がある場所で長時間待機すると機器に異常が出る可能性があるかららしい。荷物を背負って飛行船を見上げていると、砂漠から砂漕ぎ船に乗った船団がこちらヘ向かっているのが見える。ローウェルが面倒そうに
「王国特別警護員認定証あったら出してくれ、前にヘグムマレーさんがくれたやつだな」
俺が慌てて荷物を降ろして探し始めると、サナーがあっさり自分のポケットから出した。
船団の主は何とウウゴ州の管轄者である王族のバンカー・ポーラだった。黒いマントを羽織り、白いターバンを巻いた金髪碧眼のバンカーは切れ長の両眼で、船頭からサナーが掲げた鈍く青く光る鉄札を見下ろし
「間違いない。ローウェル、やはり公の命か?」
知り合いらしきローウェルは真顔で
「そうですよ。御親征の前までにどうにかしろって無茶な命令です」
バンカーは笑い出すと
「ハルンが居ないようだが大丈夫か?」
「問題ねえっすよ。こいつら会社の優秀な後輩で」
リースは目深にフードを被り、後ろに立っている。俺もサナーの横に出ると、バンカーはジッと見つめてきて
「若者よ。もしナズナに会ったら、バンカーがよろしく言っていたと頼む。反転!拠点へ戻る!」
そう言い残し船団は砂漠へと消えていった。ローウェルに
「ナズナって?」
「バンカーさんの妹だ。二十年前、暗黒地帯に入ったまま行方不明だな」
黙って頷くしかない。飛行船内でローウェルから聞いた特殊ルールと関係なければ良いが……。
その後、俺たちは青空の下、荒野をゆっくりと暗黒地帯の入口まで進んでいく。近づくほどに、遠くからはドーム状に見えた黒い瘴気が燃え盛るように全体を包んでいることが分かる。サナーが楽しげに
「ヘコムのどのスキル効果がこんな異常空間を創り出したんだ?」
リースも興味深そうに
「地上に出現した異常空間よね」
ローウェルは苦笑いしながら
「アンジェラさん情報なんだが……侵攻事業の本来の目標はちょうど上空に来ていたジン・スカイストリートの調査だったそうだ」
リースが驚いた表情で
「えっ……幻の天空城じゃない……五十年目撃が無いってだって聞いたけど……ずっと……あの中に……?」
ローウェルは煙草を取り出そうとして止めると
「恐らく、スカイストリートのフィールド効果か、防御システムが発動して、それがヘコムの強大なマイナススキルと連動したことでわけわからん地獄が作り出されたんじゃないかって言ってたよ」
もう俺は良く分からないので理解はリースに任せることにして、目の前に現れた赤黒い瘴気で出来た巨大門を見つめる。
異様な門の前までに行くと、瘴気により出来た扉の表面から巨大な髑髏がずり出てきた。そして、おぞましい声で
「これより先は暗黒地帯、一度入れば、何人も生きて出られぬぞ……」
しっかり注意してきた。これはローウェルから聞いていた特殊ルールの一つで、予め注意喚起することで、その先に進む者たちを契約で縛るという呪いの一種らしい。ローウェルは落ち着き払った声で
「門番よ。我ら4名……」
「5名よ」
サングラスをかけたアンジェラがいつの間にか俺の横にいた。長い黒髪は頭の後ろで纏め、身体の線がはっきり分かるブラックスーツの上に、灰色のポケットが大量についたジャケットを着ている。サナーが思い出したかのように
「アンジェラ、これやる」
スッと巾着袋に入った鏡を渡し、彼女は微笑んで受け取ると、何と巾着袋ごと口を開け、飲み込んだ。そして嬉しそうに
「ありがとう。一体化しておいた方が良いからね」
ローウェルはもう一度、巨大髑髏を見つめ
「門番よ。我ら5名、生身で通らせて貰う。やり直しは不要だ」
すぐにおぞましい声が
「……よろしい。死に腐って土になるが良い」
そう言うと消え失せ、ゆっくりと瘴気で出来た門が開いていき、暗闇よりも黒い闇が顔を出す。アンジェラが迷わずに中へと入っていき、俺たちも続く。
入ってすぐ、辺りを見回すと気色悪く変形した樹木が一面侵食した、暗い廃墟が広がっていた。頭上は月のない夜の様だ。さっきまで明るい荒野の下に居たのが嘘に思えるほど雰囲気が悪い。ローウェルが落ち着き払った様子で
「よし、事前情報通りだな。自由侵食の森だ」
そう言った直後に俺は背後から、やたら冷たい両腕に抱きしめられ
「出してくれ!出して!もう嫌だ!」
必死な泣き声を聞かされることになる。




