嘘を平気で吐く、この世界に
リースと執務室で座ってしばらく待っていたが、ヘグムマレーは戻って来なかった。執務も終わり、やることもないのでリースに
「血縁の捏造って何?」
気になっていたことを尋ねてみる。リースは真顔で
「えっとね、滅多にないことだけど……貴族や王族と結婚する相手が、元犯罪者だったり奴隷だったりする場合、その人を何処か凄い家系と無理やりくっつけるの」
「……世間に嘘つくってこと?」
リースは困った顔で、しばらく考えると
「うーん……そうなるよね。でも必要なことよ?過去に仕方なく犯した犯罪や元々の地位の低さを、捏造した血縁で覆いかぶせて本人を守るのよ。もちろん、それをするに値する人物なら、だけど……」
俺はもうわからなくなる。優しさの様な、大きな過ちの様な……。もしサナーがこの場に居たら爆笑しているだろう。必要だと判断すれば嘘を平気で吐く、この世界に。
結局、夕方まで執務室で俺達は待っていた。途中、小難しい歴史書をリースと寄り添って、王国の歴史について教えられながら読んでいると身体が触れ合って目が合い、一瞬、二人ともその気になったが、ほぼ同時に「ここでは止めよう」と言い合ってギリギリ回避した。
扉が開いて、晴れ渡った様子のヘグムマレーと疲れた顔のルカ兄が帰ってくる。
「ナラン、リースよ!帰るぞ!いやー!今日はひたすらに良い日じゃった!」
はにかんだヘグムマレーを先頭に全員で執務室を出た。
帰りの馬車は当然4人全員で乗って帰るのだが、ヘグムマレーはかなり機嫌が良く、ルカ兄に
「確か、貴族になりたいんじゃったな」
「は、はい。我が家の悲願でもあります」
「ニューシティの籍が空くので渡しても良いが、ベラシールの名を残したいのならば、ナランの結婚を待つと良い」
いまいち理解してなさそうなルカ兄に
「ヘグムマレーさんは、うちの実家を貴族にしたいって言ってるよ」
「おっ……おおおおお……」
ルカ兄はしばらく感動して俺を見つめた後
「……ありがとうございます」
ヘグムマレーに深く頭を下げる。
「良い良い。獅子身中の虫の駆除に協力してもらったので貴族の籍に充分値する」
リースが真面目に
「ドブトモーナさんは、どうなったの?」
俺もそれが気になっていたが、流石に尋ねるのが怖かった。ヘグムマレーはニヤリと笑うと
「デュランを交えて、裁判後のドブトモーナの資産、所領、公的ポストの分配を話し合い、ほぼ国王預かりにしてやったわ。喜んでいたよ。実にな」
リースが頷いて
「……つまりドブトモーナさんは、裁判後に確実に受刑者になるのね」
ヘグムマレーは実に嬉しそうに
「ルカさんの証言と本人自筆の自白もあり、ドブトモーナ自身も自分で書いたと言っておる。これで終わりじゃ」
ルカ兄と俺は怖すぎて言葉が出ない。ヘグムマレーはルカ兄を見て
「ルカさん、先ほど言った通り、ドブトモーナの風俗店は頼んだ」
「はっ……はい!」
「潰してしまっても構わぬのでな。流石に風俗店は国王が経営者になるわけにはいかぬ」
ルカ兄は神妙な面持ちで聞いていた。
馬車でヘグムマレーの敷地に入ると、見慣れない小型の飛行船が着陸している直後だった。船体には「フーンタイ州公認傭兵会社ハルン・バートフル」と大きく書かれている。ヘグムマレーは馬車を近くで停め、俺とリースに降りるように促し、俺達が降りると宮殿へと去って行った。
碇に繋がれた飛行船から
「うわー!ずっと都会だな!ちょー都会!」
嬉しそうな旅装姿のサナーが開いた扉から飛び降りてきた。続けてローウェルが降りてくると
「シャルロットちゃんに感謝しろよ。俺の友達にもな」
「おっさん、だってさあ、ナランが私に乗り移ってまで呼びに来たんだぞ?行かないとな!もう嫁への愛だろこれは!」
サナー、元気そうだな……とリースと少し離れて見ているとサナーがようやくこちらへと気付いて
「ナラン!っとそこの金髪王族!馬……兎……じゃなくて……誰だっけ!人?」
「リースよ!サナーちゃんおかえり!」
サナーはこちらヘと駆け寄って来ると俺に飛びついて来た。
「第一の嫁が来てやったぞ!」
「……事情は聞いたか?」
「ああ……私が必要なんだろ?」
「その通りだ。早かったな?」
サナーはリースから引っ張られて俺から引き離されると、ニカッと笑って
「話を聞いたらすぐ行きたくなって修行をキャンセルしてきた!」
サナーとの壁になるようにリースから抱きつかれた俺に、近づいてきたローウェルが
「ナラン、各所に迷惑かけてるから、後でツケは払えよ」
「ああ、分かった」
「俺もお前らに同行する。暗黒地帯は前から行きたくてな。ちょうど良い機会だ」
「そうなのか……後で詳しく話聞かせてくれ」
宮殿側から迎えの馬車が走って来ているのが見える。
宮殿3階の食堂で、全員で食べながら、ヘグムマレーが今までに起こったことを嬉しそうに説明すると、ローウェルは笑い出し、サナーは顔を真っ赤にしながらフォークを振り上げて
「ナラン!私も王妃になりたい!ミャーマに負けられない!一緒に国を作ろう!」
「大人しくしてろよ……」
ヘグムマレーは楽しげに
「そういうのも良いかものう……サナーちゃん、皆で新たな国を興すか」
「じいさん!分かってるう」
リースは慌てながら
「お父様!ナランと私が結婚するためには暗黒地帯の制圧をしないと!アン王女もナランを狙ってるし……早くしないと……」
サナーは何とも言えない表情で
「リースの結婚を手伝いたくないけど……アンとの結婚はもっと嫌だ……」
俺を放置して勝手に進んでいく会話に苦笑いしながら、肉料理を切り分け口に運んでいるとヘグムマレーがサナーに
「ミャーマについて知っていることを教えてくれんかね」
ワインに口をつけたローウェルもサナーを見る。
サナーは腕を組んで真剣に考え込みながら
「……良いやつだよ。よく掃除とか家事を具合が悪い奴隷の代わりにしてた。あと超絶運が良いな。美人過ぎてナランの兄貴達に手を出されずに、フーンタイ市の高級サロンに派遣に出されて、そこでも大事にされて、お客さんにチップとか超もらうんだけど……」
サナーはヘグムマレーをジッと見て
「フーンタイ市の大教会が綺麗になったのは、ミャーマのお陰だって噂だよな。会社やってる時に聞いた覚えがある」
俺は初耳だった。ヘグムマレーはウンウンと頷き
「あの子じゃったか、寄付し続けたんじゃな」
サナーは真顔で
「奴隷が金貯めてるとさあ、襲われたり、家から取られたりするんだよ。ミャーマなりの抵抗だったんじゃないか?」
ヘグムマレーはそれを聞いた瞬間
「見事なり!やはり王妃に値する!」
覇気と鋭さを剥き出しで答え、それを浴びたサナーはビビるどころか嬉しそうに
「それ何度か見たけど!格好いいな!私もいつかそういうのしたい!」
キャッキャッと、はしゃぎ出した。
その後、風呂に入ることになったが、サナーはミャーマより王族専用の風呂への入り込み方が見事で、メイド達が止めに入る前に
「私ー、ナラン様の奴隷なんでー。お二人のお世話は私がするんで皆さん、休憩しててくださーい。リース姫え、いいっすよね?」
リースは苦笑いしながら
「サナーちゃんは奴隷だけど、有能な冒険者であり、私達の信頼できる仲間よ。任せて良いわ」
「リース姫様あ、あざっーす」
メイド達は黙って引き下がった。
脱衣場へと入るとサナーは
「広過ぎ!やっば!楽しー!これが王族!」
はしゃぎながら、素早く自分の身につけているものを全て脱いで綺麗に畳み、スッと立ち上がるとジッと俺の方を見る。
「何だよ……」
「ナラン様、お脱ぎにならないと。わたくしがたたみます」
期待した表情で言ってくる。
「うるせえよ。自分でするって」
困っている俺の横で、リースがポーンッと着ているものを様々な方向へ脱ぎ捨てていきながら
「奴隷サナー。国内有数の王族であるわらわの服を綺麗にたため」
輝く王族スマイルでわざとらしく偉そうに命令した。サナーは悔しそうにうなだれて
「くっ……はい……」
後ろを向いた所で、全て脱いだリースが
「違う、奴隷サナーよ、四つん這いで口を使うのじゃ。犬のように。いや?馬や兎の様にかなー?」
サナーは驚いた表情で振り向いたが、腰に手を当て胸を張ったリースの揺るがない王族スマイルを見て諦めた顔になり、四つん這いで服を口に咥えて集めだした。もうこれは間違いなくアンリミテッドボードの時にサナーに散々虐められた仕返しだと分かったので、俺もさっさと服を脱ぎ捨て、リースの背中に腕を回し一緒に風呂場へと入る。
風呂場への扉が閉められた瞬間、メイド達が一斉に脱衣場へと入ってきた雰囲気があり、直後にサナーが逃げるように風呂場に入って来た。
「お、おい!リース!やめてくれ!長年の癖で偉い人に命令されると身体が勝手に従うんだ!」
涙目で抗議するサナーにリースは目を細め
「ふーん……良いこと聞いた。奴隷サナーよ。とーっても偉い王族のリース姫が命じる。そこで仰向けに寝ながら猫のポーズしなさい。舌も出して、かわいらしくね」
「くっ……」
サナーは何と、言われた通りの格好をして、舌を出した真っ赤な顔でこちらを見てくる。
「動かないでね?私がきれーいに洗ってあげる。リースの犬とかリースの猫の人格スキルが発現するまで絶対に許さないんだから!」
悶絶するサナーと全力で仕返しをしているリースから、少し離れて身体を洗い、俺は黙って湯船に入る。温かい。今日も一日何とか過ごした。この後、暗黒地帯への遠征があるんだよな……。ミャーマの血縁捏造や俺の結婚もどうなるんだろうか……。まあ、いっか……温かい。
「こらー!気持ちいいからって漏らさないで!やり直し!」
「しゅいませええん……姫様ああ許してえ……」
何か聞こえるが、そっちは絶対に見ない。とにかく食事も風呂も最高だ。今日はそれで良いと思う。




