執務室
王宮の昼食は、地味な味で思ったより美味くはなかったが、とにかくボリュームだけはあり、腹一杯でナプキンの端で口を拭っていると、ヘグムマレーが
「腹ごしらえは済んだようじゃな。まずは私の執務室で仕事の点検じゃ」
そう言ってきた。
執務室でヘグムマレーはデスクに座ると、短時間で全ての書類を点検し終え、ソファで待っていた俺とリースを見ながら
「宜しい。片付けたのはリブラーじゃな?」
「はい。今さらなんですけど、宰相だったんですね?」
ヘグムマレーは頷いて
「ほぼ名誉職じゃ。王国議会は国王と貴族議員達が回しておるし、地方の州は権限が強いので実質独立国のようなものじゃ」
リースが真面目な面持ちで
「国王の力が届くのは、この王都地方が最も強いんだけど、そこも大ワビ湖はお父様の管轄地だったりして、微妙に力を削がれているのよね」
ヘグムマレーは書類を整頓しながら
「なので、この様に私のところに来る相談事も多い。私が実質支配者じゃと勘違いしておる地方貴族や官僚も多くてな」
「大変ですね」
「いや助かった。これで半年は王都に帰らずとも良くなった」
「役に立てて良かったです」
そんな会話を交わしていると、扉がノックされる音がして甲高い声の
「ウィズ公!帰っていたのなら!お尋ねしていたのに!ルカさんから聞きましたよ!弟さんが婚約者だとか!?」
薄緑に金の刺繍の大きなドレスを纏った大柄で太った婦人が入って来た。王族のものによく似た羽根帽子を被り、羽根扇で自らの巨体を扇いでいる。続けてルカ兄が申し訳なさそうに入って来た。婦人は見るからに強欲そうな横に拡がった堀の深い笑顔で
「リース姫様!ご健康になられたようで何より!」
「あ、はい。ありがとうございます」
リースもヘグムマレーも明らかに婦人の勢いに引いている。ヘグムマレーは目すら合わそうとしない。俺はもう耐えきれなくなり
「リブラー」
と呟いてしまった。
この状況を切り抜ける為の方法ですね。まずご婦人は、ドブトモーナ・ニューシティさんです。王国貴族議員ですが、庶民の出で、性風俗産業の商売に成功し、貴族の籍を買い取り議員に上り詰めました。非常に顔が広いので、王都で伝手を探していたルカさんと出会い、彼からの陳情を聞いたふりをして、長年、無用な報酬を得ていました。更にルカさんが常連である王都風俗店の経営者でもあります。紹介をしたのは彼女です。
彼女は数々の脱税や違法人身売買に関わっており、さらに贈収賄も多数行っています。この場で罪を告白させ、逮捕させるのがナランさんのみならず、王国民の為に良いと思いますが、実行しますか?実行する場合、マイナススキル”最後の審判”レアスキル”懺悔室の番人”を追加します。ヘグムマレーさん、リースさん、ルカさんには即座に退出するように促してください。その後すぐに扉を閉めましょう。
迷わず小声で
「やってくれ」
と言ってから
「ウィズ公、リース姫、ルカさん、ドブトモーナさんと二人きりでお話があります」
ヘグムマレーを見つめながらわざと他人行儀に頼むと、すぐに察してくれ
「おお!ルカよ!何処に行っていたのだ」
「そうだわ!ルカさん、ごめんなさいねえ。ずっとナランとばかり」
戸惑うルカ兄を親子で押し出して行き、外から扉が閉まった。
ドブトモーナは落ち着き払った様子で
「わたくしの名前を知っているとはー!ナランさん、でしたよねえ」
嫌らしい笑みを向けてくる。俺は自然と微笑み返し
「座りましょう。大事なお話があるのです」
「……あら、楽しみだわあ」
テーブルに向かい合って座った瞬間、俺の心に怒りとも悲しみとも、虚無感とも多分違う、不思議な荒涼とした感情が駆け巡り、ドブトモーナを見つめると、彼女は何故か号泣していた。今、リブラーがスキルを入れ替えたらしい。
罪の告白でも始めるのかと思いきや、ドブトモーナは太った顔を歪めて
「ああああああああ!お金があああもっと欲しいいいいのおおおお!人をお!踏みつけてええええ虐めらたいいい!もっとおおおおお偉くなりたいいいいい!」
目を真っ赤にして、口から泡を噴きながら天井に向け叫びだした。俺は妙に冷静に、ヘグムマレーのデスクにあった白紙を手に取り、
「ドブトモーナさん、お金と虐めと偉くなるために何をしてきたか、書いてみましょう。二つ尾の女神は聞いてくれていますよ」
全く信仰していないポピュラーな女神教の司祭の如く、微笑みながら勧めていた。
「書きます!書かなければ……書かなければ私は救われないいいいい……」
彼女はブツブツ呟きながら、ボロボロと涙を流し、細かく丁寧な字で、ここ三十年やってきた犯罪内容を紙の裏までびっしりと書くと、余白にサインをした。そして立ち上がり
「帰りゅ……帰りゅの……ぽへへへ」
涎を垂らしながら、扉を開け、出て行った。
すぐにヘグムマレー達が入って来て、俺が黙って罪の告白が書かれた紙を渡すと、真顔で読んだ後
「ルカさん……」
「はっ……はい」
「これは、ルカさんが書かせた。良いな?」
ルカ兄が困った顔で俺を見てくるので、黙って頷くと決心した表情になり
「公よ。御心のままに」
ヘグムマレーに深く頭を下げる。立ち上がった彼は背中で
「……貴族の籍が空くな」
ポツリと述べるとルカ兄と出て行った。……うん、もうこれは分かんねえな!短時間で事態が変化し続けている。また俺はリースと取り残されるが、この荒波に段々慣れてきたかも知れない。ちょっと冷静だ。




