血縁を捏造
リースに教えられた2階のヘグムマレーの執務室へと行くと、ふくよかな老年メイドが掃除をしている最中だった。
「あら、リース姫、ご用事ですか?」
「ザニーさん、父に執務の代理を頼まれました」
メイドが怪訝そうな表情をするので、俺が前に出て
「リースの婚約者のナランです。ウィズ公が国王様との話し合いでお忙しいので、政務の代理を先ほど頼まれました」
メイドはようやく納得した表情で
「そこのデスクの上の書類の山が、王国宰相である公の居ない間に溜まっていた専断案件です。筆記用具や印鑑は引き出しの中にございますよ」
「ありがとうございます。では、リースさん始めましょうか」
リースは笑いを堪えて
「そうですね。ナランさん」
と返し、メイドは会釈をすると出て行った。
俺はさっそく窓際のデスクの椅子に座り、隣に来たリースに教えられながら、引き出しから筆記用具と印鑑を出して揃え、数百枚重ねられた種類の一番上を見てみる。そこには
ナミツ州 司法長官 スーベ・ズロース
王国法第百七十五条により、二カ月の収監刑を執行されたレヴェユーモス元市長ですが、昨年冤罪であることが確定したのはお聞きの通りです。法に基づき復位をさせたいのですが、州内に妥当なポストの空きがありません。王国宰相である聡明な公のお知恵を拝借したい次第であります。
何か難しそうなことが書かれていた。リースを見ると微笑みながら
「リブラーね」
完全に同意というか、それしか打つ手がないので
「リブラー」
と呟くといつもの声が
スキルの追加を行います。”書類整理の達人””達筆レベル8””筆跡をなぞる者”を追加。更に”真実を知る者”のスキルを追加します。このスキルはミャーマさんのものと同様のものです。説明は以前しましたが、追加でお知らせ致します。このスキルは使用者の知的レベルに非常に影響されます。ナランさんの知的レベルは標準的なので”真実を知る者”があっても、高知能と経験が必要な王国宰相の書類整理は困難であると思われます。
なので更に”脳内会議”というメンタル系マイナススキルを追加し、ナランさんの拡張された精神世界内に住むエシュリキアコーライ達の知恵を借ります。”脳内会議”は、常に別人格の声が脳内で聞こえるというマイナススキルですが、実際に脳内や精神世界内に別存在が住んでいる場合は非常に有用に働きます。高知能で経験豊富な別存在達に”脳内会議”と”真実を知る者”スキルを通し、現実世界を覗かせ、アドバイスをしてもらいましょう。
長々とリブラーは小難しい事を言ってきて、頭が痛くなっていると、リースが心配そうに
「大丈夫?どうだった?」
尋ねてきて、俺が答えようとする前に頭の中で老人の声が
「どうもどうも、エシュリキアコーライの代表で今回呼び出されたスワーヴと申します」
更に元気のよい若い女性の声で
「ついでにペイルでーす!知能高いでーす」
「あ、お世話になります」
つい、何もない方向に挨拶するとリースが察した様子になり
「ナラン、本を読んでいるから」
近くの本棚から難しそうな歴史書を一冊取り出すと少し離れたソファに座り、読み始めた。
そこからは早かった。先ほどの書類を再び見ると脳内の2人の声が
「これは、新たにポストの創設許可を与えるべきじゃな」
「そうね。森林局局長とかで良いんじゃないの?全ての方面に角が立たないでしょ?」
と言ってきて、俺はサラサラと書類の空白の下部分に
新規ポストの創設をせよ。森林局局長など良いのではないか。 王国宰相 ヘグムマレー
自然とヘグムマレーの筆跡を真似そう書くと、印鑑を右下に押した。そして書類を横に置き、2枚目の書類に取り掛かる。すぐに集中し始め、書類仕事が楽しくて仕方なくなる。
……
気付くと、書類は全て終わっていた。元の感覚に戻っているのでリブラーがスキルを戻した様だ。頭の中の声も異様な興奮も跡形も無い。リースがパタリと本を畳み
「もう終わったの?うわー凄い!よし!お昼ご飯行きましょう」
俺は何とも釈然としない感じで立ち上がり、リースに手を引かれて外へ連れ出される。もう昼過ぎだった様だ。
3階の王族専用の食堂へと連れ立って入ると、難しい顔の国王、苦笑いしているヘグムマレー、そしてその横で礼儀正しく食べているミャーマが奥の席に居た。
国王はこちらに気付いた直後
「リース!ナラン!同席を許す!早く来い!」
自らのテーブルに呼び寄せ、メイド達によって追加された席に俺とリースが並んで座ると、真剣な顔付きで
「ナラン!ミャーマの身の上を調べよ!古代王国の生き残りでも、没落貴族の娘でも、他国の王族の血筋でも構わん!王妃として相応しき血縁を探すのだ!」
「は、はい……」
意味が分からないのでヘグムマレーの方を見ると、近寄って来ようとしたメイドに
「人払いを」
そう言って下がらせる。そして俺にウンザリした表情を向け
「つまり、庶民ですら無いミャーマが国王と結婚はできぬ。例え、これから我が養子となってから、国王と結婚したとしても、元々の血縁は必ず問題となる」
リースが仕方なさげな顔で
「ナラン、ミャーマちゃんの真実を知る者のスキルは先代王と同じものなの。そんなミャーマちゃんが奴隷だと知られると国民が動揺するわ」
俺がつい
「あの……くだらなさ過ぎません?」
超失礼な本音を言ってしまうと、何と国王とリースとヘグムマレーの三者が同時に頷いた。国王は真剣な眼差しで
「ナランよ。王宮や王都とはそういう世界なのだ。悪意から身を守るため、ミャーマの血縁を調べよ。お前の知恵が頼りだ」
俺がいまいち納得も理解もできないが、国王の真剣な眼差しに負け
「……分かりました。やりましょう」
と言ってしまうと、国王は安堵した様子で強く頷き、そして立ち上がり
「ミャーマ、行こう。もはや一時も離れたくない」
ミャーマはウットリした様子で手を取られ
「はあい……デュラン」
うわー!うわー!国王を呼び捨てにいいい!と俺が青ざめるより早く、2人は寄り添って去って行った。
もう、何が起こっているのか頭の整理が追いつかず、食堂の白壁を見つめ、固まっていると、ヘグムマレーが
「すまんなあ……デュランにミャーマが奴隷だと明かしたら、余計燃え上がりおってな。自分から、ナランに血縁調べを頼むと言ってきたんじゃ」
「……多分なんですけど……ミャーマ……全然、凄い血縁とかないと思いますよ」
生まれながらの奴隷で、両親がどうとかそういうのもないと思う……。実家でも一切聞いたことがない。リースが決心した様子で
「まず、リブラーに尋ねて、それでもダメなら、血縁を捏造しましょう……」
血縁を捏造って何……と思っているとヘグムマレーも
「そうなる可能性が高そうじゃが、まずは良いかね?」
俺を見てきた。当然頷いて2人に聞こえるよう
「リブラー」
唱えると、いつもの声が
残念ながらミャーマさんの血縁は五代遡っても奴隷か庶民です。特筆した人物は居ません。以上です。
今の結果を2人に即座に伝えるとヘグムマレーが苦笑いして
「……とりあえず、2人は食べなさい」
大きく一度手を打ち人払いを解き、メイドを呼び寄せた。




