王城
起きると、昨日と同じベッドの上だった。開いた窓際で寝間着のリースが金髪を風になびかせながら朝日を浴びている。室内の澄んだ神聖な空気感や、沢山の人に守られている安心感、昨日やれた事の充実感などが溢れてきて……なんだろう……凄く嬉しくて、感動的で、愛おしくて……今、リースの後姿を見つめているこの時が、俺の人生で最高の瞬間かも知れない。
黙ってベッドの上に座って、眺めているとリースが振り返り、朝日に輝く笑みで
「……今、幸せだって思ってるでしょ?」
「……うん。とても思ってる」
「同じっ」
リースはベッドに飛び込んできて抱きついて来た。その寝間着越しに伝わる体温がまた、何か凄く嬉しくて、愛おしくて、少し涙ぐんでしまう。
「……俺、生きてて良かった」
「同じよ。ずっと私はナランと居たい。ナランと一緒に生きていくの」
黙って抱き合う。しばらくすると
「あのお……」
ミャーマの声が廊下からして、静かに扉が開くと
「お腹すきましたあ……ご飯食べたいかなあ」
顔を見せてそう言ってくる。
食堂で、昨日より多少は上手くなった作法で美味い朝食を食べていると、空いている席にヘグムマレーが座ってきて、近寄って来たメイドに
「カフェオレのみで頼む」
と言うと、俺の方を向き
「昨日は収穫が多かったのう」
「……はい。そう思います」
ヘグムマレーは微笑んで
「肩ひじ張らんでよいわ。今日は王宮に行こうかね」
「……なっ、何するんですか?」
思わず緊張して尋ねると、ヘグムマレーは笑いながら
「出来の悪い甥っ子が、難件をためていてのう。まあ、二日もあれば、暗黒地帯以外は片付くじゃろう」
ナイフとフォークを置いたリースが真剣な表情で
「暗黒地帯は何故、今更討伐を?」
確かによく考えれば気になる。ヘグムマレーはしばらく苦笑いをしながら、メイドが置いたカフェオレを飲み、そして
「デュランが新たな王族管轄地を欲しているわけじゃ。私の管轄地の方が、国王より大きいからのう」
「えっ……そうなんですか!?」
リースが父親をジッと見つめ
「……それにタリア廃墟群は元々王国の領土ではないから、制圧が完了した場合、王国の版図が大幅に広がることになるでしょう?」
ヘグムマレーは頷いて
「うむ。つまり、後世の歴史書には、有能なデュラン国王が、叔父のヘグムマレーに指示をしてウィズ王国の領土を大きく広げた。と記されるじゃろうな」
俺がつい
「何か、ずるいっすね……」
馬鹿な感想を言ってしまうと、ヘグムマレーはホッとした顔で何度も頷きながら
「まさに、まさに。領土が欲しければ、自ら遠征に出れば良い。王国には人材がおらぬだけでもない。デュランが知らぬだけじゃ」
リースは苦笑いしながら
「デュラン兄ちゃんは、単純だからね。貴族たちのお父様への悪口を信じてるのよ」
ずっと黙っていたミャーマが
「……ミャーマあ……国王様に会ってみたいかもお」
ヘグムマレーは頷くと
「もちろんじゃ。ミャーマさんの養子登録は昨日済んだ。後は国王に認めさせるだけじゃ。これは難しくはない」
そう言ってきて、俺とミャーマは驚く。
その後、俺達は歯磨き、トイレ後にメイド達に手伝われての貴族服への着替えなどを完璧に準備して、入口に揃った執事達、メイド達に挨拶をされながら、大きな屋根に王家の旗の付いた付き二頭立ての馬車に乗り込み王宮へと向かう。リースとヘグムマレーは着慣れた貴族服とスリムドレスに昨日と同じ羽根帽子を被り余裕があるが、俺とミャーマは着慣れないラメの入った緑地の貴族服と薄ピンクの上品なドレスで何となく窮屈だ。
老御者が手綱を握る馬車は、街になっている広大な庭の半分を素早く通り過ぎ、発着場に静かに停まっている飛行船を横目に通り過ぎ、高い鉄柵の鉄門が屈強な鎧兵達から開かれると、王都の大通りへと出て行く。
左右に高い商業施設やホテル等が立ち並び、人波や馬車が通り過ぎる広い大通りも、自然と左右に避けて行き、支障なく馬車は大通りを通って行く。途中で馬車が停止した。老御者が穏やかな声色で
「公よ。子供です」
「ゆっくりと避けよ。決して轢いてはならぬ」
馬車がゆっくりと迂回して、道の真ん中で遊んでいる子供を避けて行く様を通行人達が見守っているのが見える。無事避けると馬車はまた速度を少し上げた。ヘグムマレーは大きく息を吐き
「王都では、私は存在が大き過ぎて、一挙一投足を監視されておるようなものじゃ。フーンタイ州に引きこもり、好きな研究をしている方が庶民の暮らしの邪魔にはならぬ」
リースが俺の手を握りながら
「でも、たまには王都の問題を解決しないとでしょ?」
「そうじゃな。今日は、我が顧問のアンジェラさんが居らんから、悪いがリブラーを頼りにしとるよ」
「いつの間にか顧問になってる」
リースが楽しげに笑うとヘグムマレーは困り顔で
「私も良い側近にはこの歳まで恵まれんでなあ。デュランのことを悪しざまには言えぬのう」
反省した様子で後ろ頭をかいていた。
たどり着いた王宮は、やはり簡素で、開いていく鉄門も城壁も、その中の城も王都の大きさからすると小さく見えた。ヘグムマレーが
「兄の心持ちを現しておる。欲望の少ない人じゃった」
ミャーマが窓から王城の様子を眺めながら
「このお城、造った人お……人があ……好きだったんだねえ……だからあ……皆、幸せになって、欲しいからあ……自分はあまり要らないってえ……」
ヘグムマレーは一瞬、泣きそうになると
「ミャーマさん、いや、我が娘ミャーマよ。父を泣かせるでない」
ハンカチで素早く目頭を拭う。
「えへへ……ごめんなさい」
ミャーマは笑って恥ずかしそうに下を向いた。
馬車が停まると、衛兵が駆け寄ってきて
「ウィズ公!ナミツ州のグレースジェル公爵とドランスライド州のラルケンバーグ公爵が会議室で王と会見しています!」
ヘグムマレーはウンザリした様子で
「報告ご苦労。早速向かうとしよう」
馬車から素早く降りて、王城へと続く石畳を足早に歩き出した。俺達も当然付いていく。
王城の開いたままの門をくぐると、中は装飾は少ないが、明らかに王宮だった。頭の良さげなローブ姿の文官達が絶え間なく行き交い、衛兵たちは皆上級職でレベル50より下は1人も居ないだろうというのがよくわかる。リースは少し得意げに
「ナラン、皆が私達を見てきているのは分かる?」
「確かに視線は感じるな」
「お父様が、回復した娘と有能な若者2人を自領から連れてきたって、昨日から王都社交界は騒然としているそうよ」
「ミャーマもお……有能お?」
「もちろんよ。ミャーマちゃん、黙ってれば超美人だからね。男達がかなり見てるわ」
「……黙っておきますねえ……」
ミャーマはキリッとした顔をした。それに笑ってしまいそうになるが堪える。
ヘグムマレーは自ら会議室の扉を開け、機嫌の良い声で
「テルナド!ハイエド!久しぶりじゃな!」
円卓の左右に距離を開けて座っていた、茶髪を七三分けして前髪を垂らした凛とした貴公子と、黒のマントを羽織った全身黒尽くめで黒髪をオールバックにした超絶美男子が同時に振り向き、深く頭を下げる。円卓奥には、まるで絵本で見たライオンのタテガミの様な、毛量の多い金髪をオールバックにした大柄な男が不機嫌そうに碧眼をこちらに向けていた。リースが小さく
「奥が、国王のデュランお兄ちゃんよ」
と言いながら、国王に向け、深く頭を下げたので、俺とミャーマも真似して下げる。ヘグムマレーが手前の席に着席しながら
「ウィンター地方のフォールズ市とアーゲイン市の問題じゃな」
深刻な様子で言った。




