ブレイブ
リースに手を引かれて屋敷の扉を開けて入ると、ホールに10人ほどの明らかにサキュバスな露出が多い……というかほぼ裸で怯えた表情の悪魔達……いやヒト族達と、パンツ一枚の太った坊主頭の若い音が座らされていて、その近くでは、顔を真っ赤にしたヘグムマレーが真顔のアンジェラに羽交い締めにされていた。
アンジェラは俺の顔を見ると安堵した様子になり
「ナラン君が来ましたよ」
そうヘグムマレーに囁くと羽交い締めを解く。ヘグムマレーは大きく息を吐いて、太った男に
「痴れ者が!良いか!このナランは娘の婿になる賢き男じゃ!今日、この瞬間からルコムーン島周辺の管轄代理はナランにやって貰う!ただで済むとは思うな!」
そう叫ぶとアンジェラと共に屋敷から出て行った。
「……!?」
俺が驚いた直後に、太った若い男はその場に突っ伏して動かなくなった。一斉にサキュバス達が
「ルコム様!お気を確かに!」
「ルコム様!まだ王族の方々がいらっしゃいます!」
「ルコム様!服をお持ちいたします!」
若い男を囲んで必死に世話をし始めた。立ち尽くした俺と手を繋いだリースが
「お父様……多分、あのままだとルコムさん処刑しちゃうから……咄嗟にナランに代理で管轄して貰うことにしたのね」
ミヤとミャーマも入ってきて
「姉貴があと頼むってさー。これから2人で島内の巡察に向かうんだって」
それを聞いた太った若い男はガバッと立ち上がると、ヘグムマレーの後を追おうとしてサキュバス達から一斉に止められ即座に諦め、座り込んだ。サキュバスの中で恐らく年長者の綺麗な女性が俺たちに
「応接室があちらにございますので……そちらでお待ちください」
「……ご丁寧にどうも……」
俺たち4人は案内されていく。
応接室の椅子に並んで座って待っている間、リースから何があったのか聞くことにする。俺たちがダラダラ歩いている間、屋敷内は修羅場だったらしい。
まず、ルコムと呼ばれていたパンツ一丁の若い男はこの周辺の領主で、周囲のサキュバス達はそのメイド達らしい。戦火から遠い王族の避暑地や観光での税収で潤っているルコムーン島周辺は豊かで平和であり、領主のルコムは贅沢三昧していた。王族管轄者であるヘグムマレーも全く顔を見せない上に、少ない税金を定期的に低姿勢の代理の者が徴収していくだけなので、ルコムは完全に絶大な権力者である自分にビビっていると勘違いしていたとのことだ。そして、その結果、何と先程のヘグムマレーの巡察にパンツ一枚で出て行き、ほぼ裸のサキュバス達と共にホールでいい加減に応対したらしい。最初は笑っていたヘグムマレーもルコムの舐めきった態度に次第に怒っていき、終いには覇気と威圧感全開の説教を始め、ルコムをティーン兄のように凍らせる寸前で俺が来て何とか場が収まった様だ。
話を聞いたミヤはケラケラ笑いながら
「あのヒト達、高校の生徒っぽいんだよなー」
リースが深刻な表情で
「ヒトさん達に相当たぶらかされてるみたいねえ……」
ミャーマは不思議そうな様子で
「そうかなあ……あの太った人お……お仕事できない悪魔さん達をお……養ってるかもお」
全員、ミャーマを見る。少し考えた後、俺が皆に
「リブラー使った方がいい?」
尋ねるとミヤとリースが頷いたので
「リブラー」
そう唱えると、いつもの声が
この状況の解決方法ですね。ルコムーン島からヘグムマレーさんが徴収している税金は地域全体の収入の0.25%ですが、それを1パーセントに上げましょう。そして今回はその増税のみで穏便に済ますように伝えると良いです。それと、ルコムさんは毎晩のサキュバスさん達との相手で、亜鉛とタンパク質不足なので、牛肉やレバー、牡蠣などを摂るように勧めると良いでしょう。
良く分からないので、2人にそのまま伝えるとミヤが呆れた顔で
「サキュバスに精力吸い取られ過ぎみたいだね。人間男の精力回復の食べ物でしょ?中学で習ったし」
「ああ、そういうことか」
リースは苦笑いして
「ダメ領主だけど、余計なことしてなさそうなだけ良いかもね。島内は平和でしょう?」
「確かに良い島だよな」
「ミャーマあ……ここ、好きだなあ」
「高校早く行きたいなー。どんなとこだろ」
「私も見てみたいわ」
「ミャーマもお……行きたいなあ」
「皆で行こ。1人だと絶対緊張するって」
などと雑談していると、扉が叩かれた。
貴族服を着込んだ顔面蒼白のルコムが、メイド服姿で角を外したサキュバス達と入ってきて、テーブル越しに座ると
「くうっ……リース様、ナラン様申し訳ございません」
頭を深く下げてきた。周囲にしゃがんだメイド服のサキュバス達が力を入れた小声で
「ルコム様ファイトです!」
「ルコム様!今が正念場ですよ」
「ちゃんと練習した通り謝るんです!」
などと応援しているが、そこは見ないことにする。ルコムは更に涙目で顔を上げ
「リース様……ヘグムマレー様に……こっ、この首を差し出しても……領民だけは……領民だけは助けてください……」
「……?」
リースが首を傾げているのにも構わず、今度は俺の方を向くと
「ナラン様……罪は全て、私、ルコムにあります……領民達はお許しください……」
気絶しそうな表情で、何か勘違いした謝罪をしてくる。周囲でしゃがんだメイド服のサキュバス達は感動した表情で
「ルコム様……男らしいです」
「かっこいい……後世に残る名君です」
「よく言えました……ルコム様は偉いです」
口々に褒めている。
ミヤが俺の耳元で小声で
「……言いたくないんだけど」
「……どうした?」
「私とおんなじ、勉強できなかった子たちなんだよね。サキュバス職のヒト達って」
「……いや俺も似たようなもんだし、気持ちは分かるよ」
「だからさ、もう言っちゃうと、バカ✕バカっていうか……いやサキュバス職のヒトが皆バカじゃないけどさあ……ここのヒト達は私から見ても、すっごいダメな感じが……」
言いたいことは何となくわかった。堕落した領主に加えて堕落したサキュバス達の集まりで余計ダメになっている様だ。
謎の謝罪の連発で絶句したリースの耳元に
「後は俺がやるよ」
と言って、咳払いを軽くすると
「ルコムさん」
「ひっ……ナラン様……なんでしょうか……」
「あのですね。ウィズ王家に支払う税金が地域全体の収入の0.25%になっていますが、これを来月から1%に上げます」
「わっ……分りました」
俺はまるで有能な役人の様に軽くため息を吐き
「ヘグムマレー様にはそれで手を打ったとお伝えします。公は、ルコムさんの反省の証として喜ぶでしょう。今後、我が家に失礼なき様にお願いしますよ」
呆然としているルコムを俺はジッと見つめ
「……少し健康を害していますね。牛肉とレバー……牡蠣を食べてください。たくさんの女性を養う為に精力をつけるべきです」
自分でも言ってて馬鹿だと思うがリブラーが指示してきたから仕方ない。
「はっ……はい」
どうにか答えたルコムの横のサキュバス達は必死にメモをし始めた。俺は立ち上がると
「皆、行くぞ。これ以上、領主のお仕事の邪魔はできない」
リース達と応接室を出ていこうとすると、ルコムが慌てて立ち上がり
「ゆっ、許されたんですか……!?」
全然理解していない質問をしてきた。リースが輝く王族スマイルをしながら
「ナランの優しさと知恵に感謝しなさい?お父様には私とナランが話をつけておくわ。来月から1パーセントちゃんと支払うのよ?」
「はっ…はい……」
ルコムは椅子に座り込み、サキュバス達から
「ルコム様の想いが実りました……」
「これで皆、明日からも楽しく暮らせます」
「ルコム様あ……かっこいい……大好きい」
一斉に抱きつかれているのを見ながらミヤが扉を閉めた。
屋敷から出るとミヤが両腕を上げて背伸びしながら
「あー何か楽しいね!有能な王族達の側近って感じだった!」
「そうね。私も王族らしい大きな仕事をした気分かも。ナランすっごい……かっこよかった!」
「ありがとう……。リースこそかっこよかったよ。俺はちょっと話しただけだ」
絶対リブラーがスキルで滑らかに話をさせていたはずだ。ミャーマが嬉しそうに
「ナラン様あ……皆、幸せになってましたよお?」
「だったらいいけど。増税して良かったんだろうか」
「ルコムが贅沢を改めれば良いだけよ」
「庶民が苦しくならなかったら良いんだけどな……」
などと雑談しながら、港街への道を4人で歩いているとアンジェラに抱えられたヘグムマレーが飛んできた。2人は手前に着地すると
「領地全体はよく治まっとった。で、不敬な領主は許したのかね」
俺がリブラーに指示されてやったことを報告すると
「……よろしい。この地域の管轄料の半分は君に振り込まれるようにしよう」
「良いんですか?」
「貴族は金が必要じゃ。幸いな事に我が家は所領が広いので金には困っとらん」
アンジェラが微笑みながら
「じゃあ、話がついた所でミヤちゃんの高校に初登校しましょうか」
と言ってきた。
ヒトの高校へは、港街から無料の中型帆船が出ていた。明らかにヒト族のハンチング帽を目深に被ってつなぎを着た老齢の船主が
「人間も行って大丈夫かね?」
アンジェラに尋ね
「この人間達は、この一帯の王族管理者達よ。校長に会わせたくてね」
「まあ、アンさんが言うなら良いか。乗んな」
俺たちをあっさりと乗せてくれる。アンジェラは相当に顔が広いようだ。
ルコムーン島から離れた帆船は、色とりどりの屋敷が建っている小島を左右に通り過ぎていく。船主がのんびりと操舵しながら
「人間の貴族たちが自分らの浜辺で乱痴気騒ぎをようしとるよ。それでサキュバスとインキュバスの需要もあるんやわ。それを当て込んで校長が高校建てよったわけや」
ヘグムマレーが感心した表情で
「やはり通学者はサキュバス、インキュバスが多いのかね」
「そうやなあ、ただ時々……国で学校通えんなった優秀な子も入ってくるなあ。いじめとかでなあ」
「ふむ……彼らは卒業したら国へ帰るのかね」
「どうやろか。アンさんのが詳しいんやないか?」
アンジェラは前方を見たまま
「……ずっと地上に住んでる者も居るわ。アークデーモンになってね」
船主はのんびりと海を眺めながら
「まあ、アークデーモン職ってのは人間で言うたら個人事業主みたいなもんでな。会社社長から、フリーで大きな仕事しよるアンさんみたいなのまで色々おるんよ」
ヘグムマレーは腕を組んで頷きながら
「いやいや世界は広いのう。この歳になってアークデーモンの真実を勉強するとは」
ミヤは高校が近づいて緊張してきたようで、リースに抱きついている。アンジェラが船の欄干に背中を預けながら
「ミヤちゃん、心配いらないわ。通信制高校に通うヒト達は、お仕事してるヒトが多いし、変ないじめとかしてる暇なんてないのよ」
ミヤはアンジェラから顔を背けて、リースの胸に顔を埋めた。アンジェラは優しく微笑むと青空を仰ぐ。
正直、ヒトの高校を舐めてたと思う。小島に小さな木造校舎が建っているだけだと思っていた。実際は、直径十キロはある島の周囲を隠すように太く高い木々が囲んでいて、その原生林が開かれた中心地帯に城のような三階建てのL字型校舎が、広いグラウンドを囲んで二棟も建っていた。校舎と校舎の間には立派な渡り廊下まである。建材は石だと思っていたが、アンジェラが笑いながら
「鉄筋コンクリートよ」
謎の素材製だと教えてくれた。
グラウンドでは、謎の素材の恐らくは体操着を着たヒト達が運動や競技をしていて、それを見たミヤは何故か震え出してしゃがみ込み動けなくなった。アンジェラは仕方なさげに俺を見て
「契約してるでしょ。命令して。私が手を引くわ」
一瞬、戸惑ったが、俺は覚悟を決めて
「ミヤ、アンジェラさんと手を繋いでついていけ」
「……うくっ。いやだあ……ホントいやあ。行きたくない……」
立ち上がったミヤは涙を流しながらアンジェラに手を繋がれて歩き出した。意を決した様子のミャーマが駆け寄ると何かをボソボソと唱え、ミヤの背中を鈍く輝く右手でポンポンと叩く。驚いた表情のミヤがミャーマの左手から渡されたハンカチで顔を拭うと
「あ、あれ……怖くなくなった……」
「私があ……1つだけ知ってる呪文だよお」
ヘグムマレーが感動した表情で
「……神聖魔法ブレイブじゃ……何ということじゃ……我が兄はずっとミャーマさんの中に居たのか……」
リースが俺に小声で
「先代王が得意だったレアな呪文で、勇気を人に与える効果があるの。初めて見たわ」
ヘグムマレーは少し涙ぐみながら
「あれに私も何度救われた事か……」
そう呟いていた。




