王都
ナプキンの使い方とか意識したのは、両親が生きていた時以来だなと思いながら、美味い朝食を食べ終わり、ナプキンをクシャッと丸めて食事の横に置く。リースが俺を見て
「そうそう。綺麗に畳むと料理が不味いって意思表示になるから気をつけてね」
ミヤも食べ終わり、何か話したそうにこちらをチラチラ見て来る。
「高校?」
「そうそう!今日辺り、入学手続きに行こうと思うんだけど、忙しい?」
朝日に照らされたリースが微笑みながら
「王都近くのどの辺りにあるの?」
「大ワビ湖の中心にルコムーン島あるでしょ?」
「あの辺りって、王族の避暑地用の島が幾つもあるよね?小さい小島に沢山囲まれてるから」
「それそれ。ルコムーン島の周りにウジョウト島群があるじゃん。人間の村があったり無人島とか王族避暑地とか、とにかく大量の島があるとこ。そこの目立たない元無人島を一つ、丸々高校にしてて」
リースは納得した表情で頷いて
「つまり、ルコムーン島に飛行船で向かってそこから船で高校に行くルートね」
「そういうことだね。姉貴によると高校の校長が、ルコムーン島領主はもう抱き込んでるから、島周辺ではヒトはフリーパスだってさ」
リースは苦笑いして
「ルコムーン島周辺の王族管轄者はお父様よ。先代王から直々に頂いた飛び地ね。領主は別だけどね」
ヘグムマレーがアンジェラと近寄ってくると
「ということで、ヒトさん達、いや邪悪なる悪魔どもと癒着したけしからん島の領主を懲らしめに、巡察へと向かうこととなった」
ニカッと笑う。アンジェラは苦笑いしている。
広大な宮殿の入口に向かうまで、歩いてどれだけかかるんだろう……と思っていると、食堂すぐ横のエレベーターとかいう鉄格子に囲まれた機械に入り、それが降下して扉が開いた場所から出ると、もう入口手前のホールだった。拍子抜けしているとリースが得意げに
「これは機械で動いていて、私が昔乗りたいって言ってお父様が付けてくれたの。そしたら皆に好評で!」
ヘグムマレーも頷きながら
「使用人達に自由に使わせておるよ。我々は滅多に帰らんからね」
と言いながら近寄って来たメイド達から服を直されて真っ白な羽根帽子を被せられていく。リースも同じ羽根帽子を受け取りながら
「これは王族である証よ。王都周辺では付けていると便利なの」
そうなのかーと俺も数人のメイド達に服を直されながら思う。アンジェラ、ミヤとミャーマは少し離れて我々の様子を眺めていた。
左右にズラッと並んだ執事達とメイド達から
「行ってらっしゃいませ!」
と一斉に挨拶されながら、青空の下、2台の馬車に別れて乗り込んだ。走っていく馬車の中、リース、ミヤ、ミャーマと座席を囲み窓から見える人波で賑わっている左右の街を見回し
「王都って思ったより狭いよな」
つい言ってしまうとリースが噴き出し
「言ったよね、ここはただのうちの庭だって。王都はこの数百倍あるけど?」
ミヤも頷くと
「王国の王都地方はヤバイよ。人口1200万人で、王都に700万人とか居て、大ワビ湖周辺で200万で、残りは全体的に超沢山の町と村作って散ってるね」
「想像できないな……」
リースは興味深げにミヤに
「携帯端末で調べたの?」
ミヤは恥ずかしそうに頷くと
「ホントは政府に許可貰ってないと地上では使用も所持も禁止なんだけど、姉貴の所持品として申請して使えるようにしてるみたいで……」
ブツブツ言いながら、ポケットから出してリースにまた見せる。リースは頷いて
「何でも調べられるってリブラーみたいよね?」
ミヤは苦笑いしながら
「便利だけど、殆ど通信と娯楽の為の機械だから無いほうが気楽だよ。リースちゃん達は誰も持ってないでしょ?」
リースが何とも言えない顔で頷くとミヤは笑って
「だから、私も持ってなくても気にしなくて良かったからね。ほんとは今すぐ窓から投げ捨てたいけど、姉貴がどうせ即座に拾うだろうから、仕方なく持ってる」
リースが小声で
「要らないなら貰える?」
ミヤは笑いながら
「姉貴に言ってみたら?多分、ヒトの法律的に難しいと思うけど。そんな良いもんじゃないよ。便利さに縛られるっていうか」
リースは腕を組んで考え込み出した。俺は殆ど何言ってるか分からなかったし、王都の広さにビビっていて、それどころでは無かった。
飛行船からグスタフが迎えに出て来る。タラップを渡り全員で乗り込むと扉が閉まり、直後に碇が全て外れ、王都上空へと上昇していく。ヘグムマレーは満足げに
「グスタフさんは超優秀じゃな。我が家の者たちにも引けは取らぬ」
グスタフは恐縮しながら
「社長に鍛えられてるもんですから。まあ、優秀さではローウェルには勝てませんね」
「いやいや、そう謙遜するものではない」
2人の会話を横目に、きちんと王都の広さを確認しようと、窓から外を眺めていると俺は目が眩む。東西南北何処までも建物だらけで、屋敷に店舗に団地に長屋にと、そして、そのど真ん中に広大な敷地と街に囲まれたヘグムマレーの宮殿が建っているのも分かり、衝撃で座席に座り込み、しばらく頭を整理しなければならなかった。分かっていたが、ヘグムマレーはとんでもない権力者だ。
リースは飛行中ずっと、アンジェラに携帯端末について質問していて、ヘグムマレーも興味深げに横で聞いていた。ミャーマはミヤとヒトの高校について話している。少し気力が戻った俺は座席から立ち上がり、とにかく逃げないで広い世界の景色を見ようと後部へと行き、王都の建物群内に、低い城壁に囲まれた王宮らしき宮殿を見つけたが、何かおかしいので首を傾げながら眺めていると、ヘグムマレーが横に来て
「あれが王城じゃよ」
「……あの、ヘグムマレーさんのお家より小さ……」
ヘグムマレーは苦笑いすると
「聡明な我が兄である先代王が存命中、権力欲の無い私に散々権力を押し付けおってな。まあ……今代の王を見ると正解じゃったよ」
「そんなにですか……?」
「王としては凡愚じゃな。私のことも目の上のたんこぶ程度にしか思っとらん」
唖然としていると、アンジェラも横に来て
「……リースちゃんを王にしちゃえば?」
ヘグムマレーは笑い出し
「尊敬する兄の息子じゃ。それはできん」
リースも俺の横に来るとしょげながら
「……携帯端末ダメだって」
アンジェラが申し訳なさげに
「ごめんねえ。見せびらかすつもりはないの。ミヤちゃんが高校に行くから、安全の為に持たせてるだけだからね」
ヘグムマレーが首を横に振り
「ヒトの為の技術じゃ。我らは我らの為に技術開発せねばならん。高望みしてはならぬ。歩んでおる速度が違うからのう」
「……はい。お父様」
アンジェラとヘグムマレーは難しい王宮についての会話をしながら離れていく。リースは俺にくっつくと
「携帯端末欲しいなあ……あれがあればナランに追いつけるかも」
「……リース、正直な」
「……うん」
「リブラーが凄いだけで、俺は無学な農家の三男のままだよ。王都に来てから驚くことしかない」
「そんなことないよ。ナランは凄いもん。ナランが居ないと皆集まってないんだよ?」
「ありがとう……頑張ろう」
2人で寄り添って、王都の大都会を眺めていると、巨大な飛行船が遠くから飛んできて、発着場へゆったりと着陸していくのが見える。平和だなと思う。愛する人と絶景を見下ろす、こういうのがきっと幸せなんだろうけど、若い田舎者の俺はとにかく必死で、今はそう、感じられないんだと思う。
飛行船は進み続けて、まるで海のような超巨大な湖の中心に浮かぶ、緑豊かで中央に大きな山脈を持つ巨大島南端のほぼ草地の発着場へと着陸していく。近くには大きな港街があり、島内中心部寄りの小高い山上には古びた三階建ての領主の館も見える。島全体の草地に馬や家畜が多数放牧されていて長閑だ。周辺に無数にある小さな島には色とりどりの屋敷や、小さな村などがあるのが見える。
飛行船から伸びた碇が繋がれ、タラップが伸びると、慌てた衛兵達が駆け寄ってき整列し始めた。ヘグムマレーは少しウンザリとした様子で俺に
「昨晩、飛行船の登録を王都で済ませてな。巡察についても明朝に通達しておったが……緩んどるのう」
「お父様、怒らないでね?」
羽根帽子をかぶり直したヘグムマレーは微笑むと
「もちろんもちろん。ミヤさんの入学を台無しにはできん。様子を調べるだけじゃ。ヒトとの癒着の様子もな」
グスタフが開いた扉から、外へと出て行き、俺も晴れた日差しを浴びながらリースの後ろを付いていく。
用意されていた馬車にヘグムマレーとリースとアンジェラが乗り、遠くに見える領主の館へと向かって行く。俺はミヤ、ミャーマと歩きで向かうことになった。ヘグムマレーは俺たちが馬車に乗れないことを少し怒っていたが、俺やミヤは爽やかな島風に吹かれながら散歩出来て、むしろ気持ちが落ち着いて助かったと雑談中に、意見が一致した。。リースへのスキル加護範囲もこの距離なら大丈夫だろう。ミャーマも呑気に
「すぐ近くが都会なのにい、凄い田舎だなあ……好きかもお」
などと言っている。
3人でダラダラ歩いて、ようやく領主の館にたどり着くとリースが血相を変えて走って来て
「間に合って良かった!急いで来て!」
俺の手を引いて古びた三階建ての屋敷に引っ張っていく。




