心の本領域を拡張
気付くと温かい水の中を俺は漂っていた。目が開かないが全身がそうだと感じている。リブラーの声が
現在、ナランさんはアンリミテッドボード内のアムニジアシーに混ざりあっています。同じく混ざり合ったリースさんとミヤさんを探し出し再構成してください。心の本へアクセスします。
……
目を開けると、全身を紫に塗りたくったティーン兄そっくりの片腕の無い男が本棚に背をもたれ座り込んでいた。彼は目を開けこちらを見ると
「……来たのか」
「モノラースだよな?」
「ああ……そうだ」
俺が本棚に近寄ると、彼は少し避け、古びた椅子に俯いて座り込んだ。俺が自然と4段目の「リースの愛」と「リース、努力と希望」の本を纏めて手に取ると、モノラースが
「もう一冊ある。よく見ろ」
確かに隣に薄い一冊があり、タイトルは藁半紙に走り書きで「私の恥ずかしい全て」と書かれていた。他の本を戻し、その薄い本を開くと白紙の上、走り書きのような文字で
「サナーちゃん……もう治らなければ良いのに。そしたら私がずっとナランの一番」
「抱き合うと気持ち良いの。ずっとずっとナランとベッドに居たい。もっと愛し合いたい。いっぱい触って、ずっとたくさん気持ち良くして欲しい!夜が明けなければ良いのに!」
苦笑いしながら戻そうとすると、モノラースがジッとこちらを見つめながら
「気にせず、最後まで読め」
少し考えた後、確かに今はそうした方が良い気がして、更にページを進めると
「ナラン……結婚したいの。全部、ぜーんぶ!私のナランにしたいの!ナラン……サナーちゃんもミヤちゃんももう見ないでよお……」
「何で……何で!私はナランと同じになれないの!?一緒じゃなきゃ嫌!ナランと同じ景色が見たい!ナランと同じものを感じていたいのに!すぐ先に行っちゃう……」
少し、目を離してしまうと、モノラースが床を見ながら
「ふー……リースは少しずつ、お前の強大さに触れ続けて、イカれて行ってる」
「そんなことはないだろ」
モノラースは目を逸らしたまま薄く笑い
「サナーにしとけ。あいつは正直だぞ?お前への愛しか無いゆえに、お前がどれ程に強大になろうがブレることは無い」
俺はモノラースを無視して最後まで読むことにした。
「くっふうん……リースわあ……おうまさんですう……みんなあ……わたぢうぃお……ばかにしてるうう……あああ……いいい……ならあああん……これいいいのお……もっとおお」
「……私は神である。全ての創造者だ……私に逆らう者は全て死あるのみ……あはははははあははははははあはははははあはははははあはははははあはははははあははははは……」
「……何だよこれ」
モノラースは頭を上げ、ギラギラ光り輝く両目を俺に向け
「気持ち悪いだろう!?それが狂気だ!お前が知らないリースの一面!素晴らしい!」
「……」
最後の数ページは、明らかにアンリミテッドボードで狂わされた後のリースの心の描写だ。ということは俺のせいでもある。破っちゃっていいんじゃないかこれ?ページに手をかけると、モノラースが嬉しそうに
「いいぞ!他者の理解できない面を見ない!素晴らしい!破ってしまえ!」
「……」
俺は大きく深呼吸をして、いつの間にか手の中にあったエンピツで、最後のページの余白に
「リース、大丈夫。恥ずかしくないよ。どんな君も好きだ。どんな君も受け入れる。ナラン」
と書いた。モノラースがけたたましく笑い声を上げ
「くくく!絵空事だ!夢物語だ!愛する人が狂人になっていく様を受け入れられる者がどれだけ居るというのだ!笑わせるのもいい加減にしろ!」
俺は黙って薄い本を畳むと、他の2冊と共に最上段の5段目に並べた。
直後に寝間着のリースが俺の横に立っていた。
「ナラン……?ここは?」
彼女はそう言いながら、俯いたモノラースに気付き、俺の身体に隠れる。
「んー……説明が難しいけど、リブラーの用意した世界というか。えっと、とにかく、リース 、おかえり」
俺が抱きしめるとリースは抱きしめ返してきた。
「ナラン、もう大丈夫……よね?」
「うん。終わった。あとはミヤだな」
モノラースは床を見て、大きくため息を吐き
「そいつの本は増えてない。ページが増えただけだ」
「お兄さんがこの本棚の司書なの?」
リースに俺が、こいつがリブラーに囚われたモノラースの本体であるという事と、恐らく兄そっくりなのは、長兄が苦手な俺への嫌がらせだと告げると、黙って頷いた後
「この本棚には?」
「……俺が関わっている人達の心の中を表した本が並べられてる。何でそうなってるのかは分からない」
リースは5段目に並べられた自らの本を手に取り開くと赤面して、慌てて全て読み始めた。
しばらく黙って待っていると、リースは最後の薄い本を本棚に戻し、恥ずかしそうに軽く咳払いした後、黙って俺に抱きついてきた。そのまま抱き合っていると、モノラースがイライラした様子で床を見ながら
「さっさとミヤの本を読め、そっちはすぐ済む」
俺はリースとキスをすると手を繋いだまま身体を離し、以前の段から4段目左端に場所が変わっていた分厚い作りの「ミヤという少女」を手に取った。
少し心の準備をしてから、リースと共に本を開くと、以前見た「しねしね……」の連発は消えていて、リアルな1枚イラストが吹き出しと共に1ページごとに描かれ、ミヤが過ごしてきた俺たちとの日々が綴られていた。フーンタイ市でのマネージャーをしたことでの充実感や、俺たちとの旅の楽しさ、急に来る姉への不満、サナーの介護への真剣さ等、読んでいて今回は怖くなかった。むしろ普段の自由な態度と真逆な真摯さに驚いていると、横に居るリースも感動した表情で
「ミヤちゃん……優しい子だったんだ……」
更にページをめくっていくと、先ほどのリースと同じような1ページの白紙の上に走り書きで
「ちょっと!やめてよ!オムツで姉貴からあやされるとか最低なんだけど!サナーちゃんぜったいに許さないからね!」
「私も神だ!逆らうものは許さない……うふふふぐふふあひゃひゃヒャヒャヒャぷほひほ……」
少し考えて
「下半分だけ破るのはどうだろうか?」
リースに尋ねると、モノラースが代わりに
「チッ。正解だろうな。ヒトとしてまだ子供のミヤには整理整頓してやるのもありだ」
ふと気付いたので
「モノラース、お前もしかして心の本、全部勝手に読んでる?」
モノラースは項垂れた様子で
「仕方なく管理をしている、と言い直せ。リブラーに押しつけられている」
リースが微笑むと、俺の代わりにページの下半分を綺麗に破ってしまった。リースが4段目に本を戻すと、直後に俺たちの背後が光り出す。
モノラースが大きくため息を吐いて
「リブラーが、心の本領域を拡張しやがった。さっさと見てこい。お前らの頭の悪い顔を眺めるのは飽き飽きだ」
「ミヤは?」
モノラースは呆れた目つきで
「ヒトはスキャンしきれない。お前ら人間と違って構造が複雑だからだ。意識の底を利用した精神介入にも限界がある。処置としてはそれで十分だろう。もう現実世界に出現しているはずだ」
意味不明なことを言ってきた。
「ナラン、行きましょう。モノラース、ありがとう」
モノラースの舌打ちが聞こえ、輝く微笑みを浮かべたリースが俺の手を取り、衝立の向こうの光へといざなって行く。
奥から光が射している、実家の倉庫によく似た地下階を進んでいくと、実家のものと同じ階段があり登って行く。光に溢れた一階通路へと出ると、見覚えがある手足の長い何も着ていない人たちがそこら中で楽しげに歓談したり散策したりしていた。遠くから見覚えのある顔の姉妹が走って来る。2人とも当然の様に何も着ていない。青い髪の方が
「ナランさん!これからお世話になります!」
赤い髪の方は真面目な表情で
「まずは中庭に来てください」
通路の奥を指さす。
実家そっくりな構造の屋敷内を歩いていく。そこら中、手足の長い人だらけだ。前を歩く姉妹の綺麗な形の後ろ姿を見ながらリースがポツリと
「みんな、服着ないで良いのかな?」
「分かんないな……」
青い髪の方が振り向いて
「ここ、ナランさんのスキル枠内に造られた亜空間だから大丈夫だよ!」
赤い髪の方が
「……すいません。我々の種族は服にまつわる羞恥心が極めて薄いんです。この空間内は安全なので着ていません」
「なるほどー」
リースは納得した顔をするが、俺はよく分からない。夢を見ているような感じで進み続けると実家のと全く同じ構造の回廊に囲まれた中庭一面に、アンリミテッドボードが設置されていた。
しばらく黙って見つめていると赤い髪の方が
「リブラーさんが、ナランさんの中にアンリミテッドボードのレプリカを設置してくれました。お陰で我々もレプリカを通じてナランさんの精神領域に創られた亜空間へと無事に移住完了しました」
「……言っていることが、ほぼ全て分かんないんですけど……」
青い髪の方が
「要するに!ナランさんの心に我々エシュリキアコーライは移住したってこと!これからよろしく!」
バンバンと背中を叩いてくる。そこで意識が急激に薄れていく。
……
起きると、見覚えがあるベッドの上だった。ここは俺たちの家の寝室だ。帰って来たのか……隣には何も着ていないリースが当然の様に俺と同じシーツを被って寝息を立てている。月明かりがカーテンの隙間から射し込んでいるのが見える。深夜の様だ。リースを起こさない様にベッドから出て立ち上がり、両腕を伸ばす。身体は問題無く動く。
1階へと降りていくと、食卓のテーブルに部屋着のサナーが突っ伏して寝ていた。……両手足があるな……治ったのか……。起こさない様にキッチンに行って食べ物を漁っていると、隣の家がうるさいことに気付く。……隣の家……?廃墟では?慌てて外へと出て行く。
完全に再建されていた、2階建ての煌々と明かりが点いた隣家から
「姉さん!ナランさん起きた!服!服着て!ああああ!出てきた!」
「ノヴェナうるさいって!いい加減に夜って概念に慣れなさい!静かにするの!」
ドタバタと音がして、玄関が荒々しく開けられると、ショートパンツとシャツ姿にサンダルの例の姉妹が飛び出てきた。
「どうも……」
現実感がどうにもおかしい状態で挨拶すると青い髪の方が
「おはようございます!」
「ノヴェナ!まだ夜だからこんばんはでしょ!?」
「あの……よく分かってないんですけど……」
赤い髪の方が生真面目な顔で
「私、スヴェナと妹のノヴェナが、エシュリキアコーライの代表として、地上監視員そして他種族との外交員に選ばれました。先ずは特注の物理体を持つ我々のために、地上でもっとも安全なナランさんの家の隣に、この大使館を建てました!」
青い髪の方が得意げに
「ハルンさんが激安の三千万イェンで直してくれたよ!ほら傭兵会社社長の!」
「……」
うちの時は百万とかだったよな……社長……めっちゃボッてんじゃねえか……。青い髪は俺の手を取ると、2人の家の更に隣に、いつの間にか建っていた、敷地8つはくっつけた様な広大な三階建ての屋敷の門前に連れて行く。
人けのない門の前には3つの高い立て看板に赤いペンキで大きく「建設反対!直ちに取り壊しを!」「サーガ共和国に帰れ!上級国民!」「私、サナーはお前の移住に反対します!」と書かれていた。
「あの……これ」
青い髪のノヴェナがドヤ顔で
「アン・サーガ王女がここに住むんだって!サーガ共和国の大使館も兼ねるって言ってたよ!うちと同じ!」
赤髪のスヴェナも頷くと
「家の改修費用や、我々の地上での生活費は、アン王女が負担してくれています」
「……」
とりあえず、立て札を全て引き抜いて、家に持って帰ることにする。




