しゃしゃげまあすう
アンジェラが近づいて来て心配そうに
「どうだった……?」
俺がどうにかリースの状況を説明すると、アンジェラは困った様子でしばらく砂の落ちてくる天井を見上げ
「今、リースちゃんがこの遺跡を一人で探索している最中よ。そして次はナラン君のターン」
黙って頷くと
「アン王女に聞いたけれど、この遺跡は特殊ルールで、2ターン目以降はタウンマップと同じでサイコロを消費して奥へ進むようになっているようね」
少し離れたアン王女がこちらを見てくる。
「えっと……初回探索時に変なことになったらどうなるんですか?」
「一本道を門まで真っ直ぐ進むだけらしいから大丈夫だとは思うけど……あっ」
アンジェラは何か気づいた表情で上を見上げる。直後に上から叫び声がして
「ああああああああ!もういやああああああああああ!ナランー!ナラン助けてええ!」
リースがアンジェラの腕の中に落ちてきた。
「あ、あれ……私、入ってすぐ横の落とし穴に落ちて……」
恥ずかしそうなリースをアンジェラは降ろすと
「……ショートカットルートか……ナラン君と極めて近い場所に居ることで、マイナススキルの相殺が始まったのね。むしろ……全員がナラン君の幸運の使者スキルに引きずられている様にも思えるわ」
リースは真っ赤になって顔を隠して俺に抱きついてきた。抱き返しながら
「と、とにかく良かった」
係員の声が
「ナランさんのターンです」
告げてくるが、俺は
「少し、皆と話すので待ってください」
一応そう断りつつ、アンジェラとアン王女にこの後、どういう風に動けば良いか尋ねた。
アンジェラに促されて、俺に説明してくれたアン王女によると、この砂の遺跡は、ゴールの伝説の黄金都市に繋がっているそうだ。遺跡最深部である冥府に鎮座する冥王を納得させられれば、ゴールにたどり着けるはずらしい。
それからの3ターンはひたすら砂の遺跡を降りていった。全員の足並みが揃わないだろうな……と心配していたが、全く問題無く、俺が操っている全員共に6と6、つまり12に目が出続け、無事に冥府に到達した。地獄への門の様な禍々しい構造物を遠くに見る、長く広い石橋に全員で集合するとアン王女が、今連れてきたリースに抱きつかれている俺に近寄って来て
「……あのナラン様……」
様……?首をかしげているとアン王女は
「……結婚……しましょう……あなた様の様な幸運で、強く賢きお方は他にいません。私の偏狭さを思い知らされました」
俺に傅いて手を取り、口づけしようとしてきた。リースが慌てて俺を引き離し
「ダメです!ナランは私と婚約しています!」
アン王女は一瞬ショックを受けた表情をしたが、すぐに気を取り直し
「では、2人目の妻として、よろしくお願いいたします」
「……その話、後でいいですか?」
アン王女が真面目な顔で頷いたので、ホッとしていると、係員の声が
「ナランさんのターンです。サナーさんが出産を終えたので、シャドーブリングとしてナランさんの元へ戻ります。ここからはサイコロは一つに戻ります」
サナーのこと完全に忘れていた……凄まじく嫌な予感がする……。
直後にポンッという音と共に、紐水着姿でチェンソー3本と大剣を背負ったサナーが満面の笑みで俺の横に出現した。しかも何か……大きなものを両腕で抱えて……。
「ミヤちゃん!」
アンジェラが狂喜した表情でサナーの横に駆け寄ると、胸元から金属の塊を取り出して「パシャパシャ」と音をさせながら光を連射しだした。サナーに抱えられたミヤはサラシを胸に巻き、布オムツを履いていて、口にはおしゃぶりがはめ込まれ、愕然とした表情をしている。
もはや、何がなんだか分からないのでサナーに
「説明してくれ……」
サナーはニカッと笑うと
「城の塔でダラダラしてたらボニアスが私の元に来てな。出産イベント終了後に赤ちゃんができるんだが、知っているやつを外の世界から呼んで、その役割をさせても良いぞって言われてさー」
抱いているミヤをニヤニヤしながら見る。ミヤはアンジェラにあらゆる角度から光を当てられながら、次第に顔が赤くなっていき
「ば、ばぶー!」
おしゃぶりを咥えたまま抗議すると、アンジェラは更に興奮した様子で
「かわいいー!」
光を当てるのを止め、金属の塊をジッとミヤに向け始めた。ミヤはどうやら手足を自分では動かせないらしく、首を横に向けたりして全力で嫌がり始めた。
「……アンジェラさん?何を……」
「ごめん、今、大切な動画撮ってるところだから。家族は当然として、親族とお友達と使用人とペットの皆にも見せないと!こんなかわいい生き物居ないわ!」
ミヤは顔を真っ赤にして
「ぶぶぶ!ばぶ!ばぶーーー!」
怒っているが、赤ちゃん言葉しか出てこないようだ。ミヤが激しく反応するほどにアンジェラはヒートアップしていき
「良いわーミヤちゃん、お姉さんはとっても幸せよー!人生って楽しい!」
金属の塊をあらゆる方向からミヤに向け続け、そのうちミヤは赤面したまま俯いてしまった。
サナーはあっさりアンジェラにミヤを渡してしまうと、俺に抱きついたまま気まずそうにしているリースをニヤニヤしながら覗き込み
「事情はボニアスから聞いた。リースもナラン達に色々と聞いたよな?」
リースが自信なさげに頷く
「良いか?手足がないってのは大変なことなんだぞ?そんな私の身体を弄んだ報いを、今2人は受けている」
いやお前散々リースに仕返ししてただろ……と思うが、一旦は黙っておく。サナーは悪い顔で
「リースホース!サナー王妃様に返事は!?」
リースはビクッとなると、冷や汗を垂らして俺の背中に隠れた。さすがに
「サナー……それ以上言ったら、お前を奴隷解放するからな。ヘグムマレーさんに頼んでフーンタイ州の市民権も付けてやるぞ」
サナーは慌てて神妙な面持ちになり
「すまん。もう止める」
俺は大きく深呼吸すると、右手に現れたサイコロを宙に放り投げた。
当然の様に1の目が出て、石橋の先の巨大門が開いていく。
「リース、行ってくる」
重装備の俺と、重武装のサナー、そして自動でサナーの腕の中に戻った、もはやアンジェラにいじられすぎて心が折れている表情のミヤの3人で、長い石橋を自動で渡り、冥府の門をくぐっていく。門の中は灰色の巨大通路が続いていて、透明な魚群が宙を泳ぎ回っていた。それらは奥へ進むほどに、人魚の群れになり、骨だけの長大な龍になり、と姿を変えていく。最奥には、光り輝きながら渦巻く紫の渦があり、サナーと目を合わせて、ミヤごと飛び込んだ。
……
サナーから肩を突かれ起こされる。直後に
「よくぞ、来たのう」
「ボニアス!?」
周囲は真っ白な空間で、目の前には魔王コスプレのボニアスが立っていた。俺が口を開く前にボニアスは苦笑いで
「冥王の役は、長年募集しとらんでな。急遽わしがやっとる。なんせ、ここまでたどり着いたプレイヤーは、クリアした者含め2人目じゃからな」
サナーが驚いた表情で
「2人しかいないのか!?」
「おい、俺はクリアしたプレイヤーは誰も居ないと聞いたぞ!?」
ボニアスはなんでも無い顔で
「一人目のクリアプレイヤーはデスティン・サーガじゃ。彼とは会っておるな」
「あのじいさんか……」
ボニアスは頷くと
「では、ナランよ。冥王として問う。この先のゴールに進むためには、お前の最も大切なものを捧げねばならぬ。その覚悟はあるのか?」
そう尋ねてきた。
しばらく全員が静止した後にサナーが
「最も大切なものって言えば、私達の愛の結晶である赤ちゃんだろ?しょうがないけど捧げるぞ!」
ミヤを両手で掲げ、ミヤが焦りながら
「ばぶー!ぶぶぶばぶ!ばぶば!」
必死に文句を言いだした。サナーはその様子を見上げてニヤニヤしている。ボニアスは首を横に振り
「違う。現実の人生で最も大切なものじゃ。デスティンはあっさりと捧げとるな」
サナーはミヤを俺に渡すと、真剣な表情で
「私か……しょうがない……ナランのためなら……」
ボニアスは真顔で
「残念ながら違うんじゃ……」
サナーが衝撃を受けた表情で俺を見てくるが、首を傾げるしかない。サナーじゃないとすればリースだが、兄妹の様なサナーと愛するリースは同じ位大切だ。いや、もしかして……。そう言えばデスティンは魔力がないとか、アンジェラが言っていた。魔力って生命エネルギーみたいなもんだよな?それがないってことは……多分、これだろうな……。
俺は思いついてしまった事を口にする。
「ボニアス……捧げる者は自分だろ?」
ボニアスは深く頷くと
「その通り。その身体や身分、全てを捧げられるならば、アンリミテッドボードをゴールする資格ができる」
俺は大きく息を吐くと覚悟を決めた。
「拒否する。俺はまだ、俺を捨てられない」
サナーも頷き
「当たり前だ。ナランが居ないと困る!」
「ばぶば!」
俺に抱えられたミヤも深く頷く。ボニアスも了解した表情で頷いて
「では、ターン終了じゃ。そこで他のプレイヤーの答えを見ておくと良い。一応説明しておくと、冥府マップは魅了含む状態異常が全て解除される。自らでこの質問に答えるためじゃ」
そう言った。
次に入ってきたアンジェラはあっさりと
「私は調査で来ただけだから、今の質問が聞けただけで満足よ。拒否します」
そう言うとサナーから嫌がるミヤを受け取り
「ミヤちゃん、かわいいでちゅねー。お姉さんの初めての赤ちゃんでちゅねえ」
少し皆から離れて熱心にあやし始めた。
三番目に入ってきたアン王女は、ボニアスの質問に散々迷った挙句に、俺をジッと見て
「私……結婚しますので……ちょっと」
そう言って拒否をした。すぐに感づいたサナーに
「そこの女。ナラン見て結婚って言ったよな?おおん?詳しく聞かせて貰おうか?」
アン王女は厳しく尋問され始めた。
最後に入って来たリースは明らかに様子がおかしかった。汗だくの四つん這いで出現すると、真顔のボニアスに
「リースちゃんは、ゴールするために自らを捧げられるかね?」
と尋ねられ、トロンとした両目で
「はあい……しゃしゃげまあすう……」
とんでもないことを言ってしまった。




