ナランとサナー
ボロボロの皮鎧と折れかけのブロンズソードを装備し、膝を抱えてため息を連発しながら小さな荷馬車に揺られている俺はナラン・ベラシール、18歳の傭兵だ。
……いや、傭兵は傭兵なんだが、元々はただの農金持ち家の三男坊で人生どうでもよくなって、目先の小金につられ街で勧誘していた傭兵会社に入っちまった、まだ任務二回目の新米傭兵だ。
最近、不出来な俺にも優しかった両親が、流行病で二人とも死んで、豪農一家な我が家の、先祖代々面積を増やしていった小規模国家並みの耕作地はやり手の長男に取られ、そして親父とお袋の、恵まれた体格やら頭の良さを継いだ次男は長男から金を支援され、商売の販路拡大のため都へと旅立った。
貧弱馬鹿とか、優秀な血筋の敗北とか、歩く馬糞とか、昔から地元で好き勝手罵られてた俺は、最近までまともに働けもせず、働き者な一族からは、両親が死んでから今まで以上に厄介者扱いされだしたんだ。それで、もうどうでもよくなって、傭兵なんかになっちまった。
俺は背は高くも低くもないし、髪も黒で顔も地味だ。唯一、自分で良いところだと思うのは、悪いことには手を出さなかったことだ。
薬も盗みもしていないし、いじめにも一度も加担していない。いじめられたことは散々あったけど……。
……俺の二人の兄貴たちは、親の名声や財産を上手に利用して、良いことも悪いことも沢山やり、今はこの国の社交界にまで入り込みつつある。
いや、そういうのも大変なのはわかるよ?
俺みたいな社会からどうでもいい扱いされてる馬鹿には分からないような金持ちや貴族たちと付き合うための難しいマナーとか、色々あるんだろうけど……あるんだろうけどよ……なんで……俺はこんな……。
「おい!ナラン!辛気臭い顔してんじゃねえよ!」
バンッと背中を叩かれて、ビクッと驚いて横を眺める。
横に座っている俺と似たようなボロ装備してる若い女は、浅黒い、日に焼けた顔とボサボサの赤髪をかきながらニカッとボロボロの歯で笑う。
こいつは、サナー・ミニジーオ、俺とはガキの頃から腐れ縁の……いや、つーか、元々は友達のいない子供のころの俺の遊び相手として親が安値で買った奴隷の女だ。
こいつも確か俺と同じ18歳だ。
奴隷とか使うの苦手な俺が、偉そうにしなかったせいなのか、いつの間にか、自分の立場を忘れ、腐れ縁の親友みたいな顔して俺に年中ずっと付きまとっている。仕舞いには傭兵にまで一緒になりやがった。
俺はできるだけ嫌そうな顔を向けて
「……うっせえよ。今度こそ死ぬだろ……お前なんで、そんな元気なんだよ……」
サナーはニコニコしながら
「いつも言ってるだろ!私はお前と居られればいいんだよ!」
「……はいはい。脱走するなら今だぞ?」
サナーは意外そうな顔で
「傭兵になるって言ったのはお前だぞ?二回目の任務で早くも投げ出すのか?」
そう言うと、俺が「俺じゃなくて、お前に脱走しろって言ってるんだぞ」と反論する前に
ガタガタ揺れる狭い荷車の上で立ち上がり、空に向かって
「私、サナーは!!ナラン!お前と共にこの国最強の傭兵になるって決めたんだ!!」
思わず赤面してしまうような、恥ずかしい宣言を吐き散らかした。
華奢な身体の細い両手まで空に向けて、大層なポーズまでとっている。
「できるわけねぇだろ……お前は奴隷で俺は農家のバカな三男だよ。こないだも、グリーンゴブリンよく倒せたよ……。あんな小さい一匹でも、俺たちの新品装備がこんなボロボロだぞ?あれだけ苦労したのに会社から装備直す金もでねぇし……もう死ぬだろ……いいんだよ、俺はそれで……」
サナーはスッとしゃがみ込んで俺の背中を叩くと
「とにかく脱走はしないんだな?じゃ、一緒に頑張ろうぜ!御者のおっさん!遺跡はまだか!?」
荷馬車御者の茶色の短髪で、無精ひげを生やした精悍なつなぎ姿の中年男性は思わず噴出してからしばらく笑い
「会社専属御者のローウェルだ。お前らとは二度目なんだから覚えろよ。そろそろ、安全地帯ギリギリだ。止めるからお前ら降りろ」
サナーは不満そうな顔で
「おっさんよー?あんたもつきあってくれねーの?」
そう尋ねるが、ローウェルは荷馬車を止めると
「申し訳ねえが、俺は次の運送任務がある。早く帰らねえといけねぇ」
サナーはいきなりキラキラ輝く顔で
「今話題のバース山への高級マジックポーション輸送だろ!?一本、私たちに横流ししてくれないかな!?」
ローウェルはまた噴き出して笑いながら
「一本、七十万イェンだぞ?月給十五万イェンそこそこのお前らにはもったいねぇ代物だな」
サナーは顔を膨らますと横を向いて
「ふーんだ!ケチー!!どうせ、補給隊でグルになって帳簿ごまかしてそんで横流しして儲けてんだろー?」
ローウェルは笑いながら煙草に火を点けて、御者席からゆっくり降りると
「社長が怖いからやれんよ。お前ら、さっさと降りてこっちこい」
俺が嫌々ながら、サナーに手を取られて荷車から降りるとローウェルは、スーッと煙草の煙を吸い込んで、そして俺とサナーに向けて、なんとその煙を思いっきり吐きやがった。
おっさんの口から噴出した大量の煙を吸い込んでしまってむせている俺とサナーに、ローウェルは爆笑しながら
「はははは!煙を払うんじゃねえぞ。ガキどもに俺からの餞別だ」
舌打ちした俺の横で、サナーは少し考えた顔になり
「……おっさん、許してやるけど、もし帰ってこれたらわざわざ煙を浴びて楽しませてやった迷惑代でなんかくれ!」
真剣な顔で頼みだした。
ローウェルはプカーと煙を晴れた青空に向け吐き出し、少し考えた後
「……そうだなあ。ランクDの探索任務だぞ?いらんだろ、そんなの」
サナーが詰め寄って、真剣な顔で体格の良いローウェルを睨み上げだすと、彼は苦笑しながら
「……まあ、戦士レベル3とサポーターレベル2のお前らには難しいかもしれんな。じゃあ、生きて帰ったら、余ってるミーティアライトソードとブロンズシールドを支給するよう、うちの部隊長に言ってやるよ」
サナーはその瞬間に、その場で飛び上がり
なぜかローウェルじゃなくて、俺に力強く抱き着いてきた。
「や、やめろよ……」
「わかんないのか!?百万イェンと四十万イェンの装備だぞ!?」
「……どうせ死ぬから、もらえないって……」
ローウェルはニヤニヤしながら素早く御者席に乗り込むとあっという間に荷馬車を反転させて、去って行ってしまった。
サナーは俺に抱き着いたまま背後を見つめ
「神業だなぁ。あのおっさん、ただもんじゃないぞ……」
俺はサナーの身体を両手で離すと、大きくため息を吐いてズボンのポケットから、使い古された布の地図を取り出した。
会社から支給されたものだが、微妙に謎の黄色い斑点があるのは嫌な感じだ。
俺は地図と、今いる草原のど真ん中の道と、遠くに見えている樹海をなんども交互に見つめ
「あの森の中だな……」
嫌な予感に力が抜けていく。サナーはニカッと笑うと
「よし!私たちの伝説、第二話の始まりだ!」
俺の手を引いて、足早に進みだした。