第5話:皇女シュリ②
翌日、やっぱり魔力を消耗した身体はすごく重たくて、お昼過ぎにようやく部屋の外へ出たわたしは、こっそり城内の散歩をしていた。正装とは言えないけれど、一応誰かとお会いしても大丈夫なレベルの帝国風の青色のドレスワンピース。足さばきがもたつくから下に履くあれこれは省略してもらってるけれど、やっぱり長い裾は慣れないなぁ……。
正直、日中は暇だ。
王国にいた時は、あちこちの解呪依頼に走り回ったり家の兄弟の面倒を見たりしていたから、何にもしなくていいよ、って言うのは本当に落ち着かない。
皇后としての仕事はとくに用意されていないし、誰も指示をくれない。
侍女たちも優しく、「ご無理なさらずお部屋でお休みください」としか言わない。
(ご無理なさらず……って。優しく聞こえるけど、それってつまり、顔を出さないでってことだよね)
エンジュ陛下も、公の場には一切姿を現さない。
政策指示は全部筆談で行われ、重臣たちもそれに従って動いているとか。
どーなってるの、この国!……って最初は思ったけど、陛下の呪いの現状を見ると、まぁそうするしかないよね、としか言えない。
表立って公務に参加して、何かの拍子に呪いのことがバレたら一大事!ってことなんだろう。
帝国は王国と違い、周辺国といまいちうまくいってないらしい。
陛下が言ってた「弱みは見せられない」っていうのはそういうことなんだろう……あーあ、上に立つ人って大変だなぁ……までを思って、はた、と思い当たる。
わたし、皇后だよ!
長い回廊を歩きに歩いて、わたしは、やっと目的地についた。
皇后の部屋にある窓から、いつも眺めている「お花綺麗」な城の裏庭。
(ここ、来てみたかったんだよねぇ……あれ?)
手入れの行き届いた花壇の前。ちょこん、と座る少女の姿が目に入ってわたしは思わず足を止めた。
(女の子……? あの格好ってことは……皇族?)
淡いピンク色の彼女自身がお花みたいな可憐なドレス姿。
すっごく、すっごく、可愛い子。
多分まだ10歳くらいだ。わたしのすぐ下の妹くらい。
淡い栗色のくるくるとした長い髪をハーフアップにまとめてる、そして綺麗な空色の瞳――エンジュ陛下に似てる、っていうか顔立ちが違うけど、目元の優しさや色がそっくりそのまんまだ。
ハッとする。
たぶん、この子が――王国との政略結婚の話があった、皇女様??
(でも、泣いてる……?)
彼女は、わたしの見間違いじゃなければ泣いていた。
そしてその掌の上には――傷ついた小鳥……?
「あ、あの、大丈夫ですか?」
かわいこちゃんは国の宝だしね!!
思わず声をかけると、少女はハッと顔を上げた。
その空色の瞳に、一瞬だけ警戒の色が宿った――けれど、わたしを頼ることに決めてくれたみたい。
「この子……さっき、狐に襲われていて……! 助けたのだけど」
かわいこちゃんは、掌の中の小鳥を、そっとわたしの方に寄せた。
「! 任せて」
震える小鳥。命の灯火が消えていなければ、それはきちんと白魔術師の領分だ。
久しぶりにあつかう治癒術にちょっぴり緊張しながらも、わたしは指先に意識を集中させた。
「まぁ!!」
ふわりとやわらかな白い光に包まれる小鳥を、少女はびっくりした様子で見つめる。
そして小鳥とわたしを交互に眺めながら、じっとしていた。
「ほら、もう大丈夫……元気でね」
「わぁ!」
彼女の手から無事に飛び立っていく小鳥。二人で見送りながら、わたしたちは互いに視線を合わせた。
「ありがとう!! ええと……」
「キーラと申します」
「キーラ! ありがとう」
そう言ってふんわりと笑う、目の前のかわい子ちゃん……か、か、かわいい!!! かわいい! すごくかわいい!!
弟妹と離れて不足していた、自分より年下の子を可愛がりたい衝動が抑えきれない!!
けれど彼女は少し神妙そうな顔になって、わたしをじっと見つめた。
「あの……キーラ……? その、この白魔術……。もしかしてあなた、エンジュ兄さまとこの間、結婚した皇后様かしら?」
「は、はい」
その言葉にホッと息を吐いて、彼女はスッと立ち上がると綺麗なカーテシーをした。
「わたくしはシュリ。この国の皇女です。ご挨拶が遅れましたことお詫び申し上げます。ようこそ帝国へ」
やっぱり!
わたしは微笑んで、立ち上がるとそっとその手を取った。
「あなたのような優しい方がお相手でよかったわ」
「え?」
そうこぼした後、シュリ様はわたしの耳元で囁いた。
「エンジュ兄さまの呪いは、解けそうなの?」
「!」
そういえばエンジュ陛下言ってたわ……「城内でも呪いのことを知っているのは一部の者だけ」って!
そりゃそうだ、陛下の妹である皇女さまならご存じだよね!
ホッ、として息を吐く。
初めて陛下本人以外で呪いの話ができる相手に出会えて心底ほっとしていた。
「そう……ですね。結構大きい呪いですけど……でも!! 絶対解きますから!」
「本当……!?」
ぱぁっとその愛らしい瞳がキラキラと輝く。
うう、かわいい……超絶美少女。本当に可愛い。
「今までもね、こっそりとスオウが……ええと、スオウっていうのはエンジュ兄さまの親友なんだけれど……秘密裏に何人も解呪師を呼び寄せていたのよ。……でも、どなたも兄さまを治すことはできなかったの」
「……そう、だったんですか」
正直、呪いや魔術に特化した王国出身のわたしでも見たことがないレベルだもの。
それはしょうがないのかもしれない……けど。
「ねえ、キーラ様」
「キーラでいいですよ、シュリ様」
「じゃあキーラ。あなたもシュリでいいわ」
そう言って皇女様—―シュリはわたしの手を取った。
わぁ小さい! 手まで可愛い、良い匂いする……じゃなくて!
「兄さまを絶対に治してちょうだい……! あの呪いは、わたくしのせいでもあるの」
(ええええっ!?)
シュリの切羽詰まった思わぬ言葉に、わたしはポカンと口を開いた。
(続)