第4話:抱える痛み①
夕食を終えて、湯浴みを終えて、いつもの侍女さんがやってきて”準備”をさせられる。
着せられたのは、またしても違うデザインながらほぼ布面積ゼロなシースルーの水色のナイトドレスと白いガウン。
すごいよね、違うデザインでこんなにホイホイエッチなもの作れるんだぁ……っていう。透けすぎてて、これ本当に衣類? って思うけど、昨日と同じく侍女たちは真顔で「お召しくださいませ」と差し出してくるし、わたしが拒否権を持ってないことはもう2日目にしてわかっている。
(まぁ……事情話すわけに、いかないし。陛下に新婚の皇后が呼ばれたってことはまぁ、正装はこれだよね……)
さすがにガウン一枚は寒いし、やっぱりなんかスースーする。廊下を歩く間も、城内の人々の目はやっぱり冷たいというか、気の毒そうというか、そんな感じだった。
「皇后様……。気に入られたのかしら、また今夜も」
「お気の毒に」
「ああ……どうかご無事で」
あのね!?
何もされてないんですけど!?
確かにわたくしもですね、なんかそういう御本みたいに、手酷くされると思ってましたよ??
でもね、何もないの!
ほんと!
わたし!
清廉!
そう叫びたいけど、陛下の呪いの事情を話すわけにもいかないから、わたしはぐっととりあえず神妙そうな顔をしながら曖昧に微笑んで見せた。
その笑顔がまた耐えてるみたいに見えたのか、お城の人たちはますますわたしのことを可哀想……な瞳で見てきたのでした。
うーん悪循環!
■
エンジュ陛下の寝室は、相変わらず広くて、静かで、まるでだーれもいないみたいにひんやりとしていた。扉を開けてそろりと忍び込むようにして入ると、お辞儀する。
陛下は、今日は黒に近い濃い青のゆったりしたガウンを着て、ベッドの天蓋の下でわたしを待っていた。
「……来たか」
「はい。きょ、今日からよろしくお願いします」
わたしが小声で挨拶すると、彼は頷いただけでいきなりガウンを脱いだ。
「ぴゃっ」
変な声を上げてしまった。
陛下がいきなり上半身裸になったから――じゃなくて、呪いの文様がとんでもなかったので。
思った以上に、深くて広い。
陛下の鍛え上げられている上体。思った以上にムッキムキ……じゃなくて美しくていい筋肉なんだけど……その上に走る、呪の文様。
(こんなの……見たことがないよ)
大体、呪いっていうのは二つに分けられる。ひとつは「人から」の呪い。そしてもう一つが「呪物」による呪い。
それぞれ解き方が違うんだけれど――これは、そのどちらでもない。ううん、もしかして絡み合ってる??
正直、自信ない。何これぇ……。
でも何より。
(この上半身覆うほどの呪いに浸されて、普通の表情保ってるこの人がおかしいよ!!?? 普通発狂するレベルの苦痛が与えられてるはずなんだけど……?)
「へ、陛下。これは……?」
思わず言葉を呑み込んだわたしに、陛下は「早くどうにかしろ」みたいな顔でこっちを見てくる。
「陛下、あの」
「なんだ」
「痛く、ないんですか?」
「痛い。だからお前を呼んだのだ」
「……は、はい、そうですよね……」
そんな「痛い」で済むレベルの痛みじゃないんだけどなぁ……と思いつつ、わたしもそっと、ベッドに近寄った。
「……し、失礼します」
ひたりと向かい合い、一番濃い色をしている心臓部分に手を当てる。陛下の黒々とした呪いの文様が走る白い肌はとても熱かった。でもそれは、呪いによる熱だ。とんでもない。
「陛下、これはいつから?」
「――一年前だ」
「いちねん!??!」
思わず大声を上げてしまった。何なんだこの人。凄まじい精神力と体力だ。
「さすがに公務は、筆談で指示をしている。武芸は、槍が振るえなくなった。さすがにこのままではと、お前に」
(も、もっと早く何とかした方がよかったと思いますけど…)と思いつつ、そうですか……とわたしは今度は両手を使ってその両肩に手を当てた。
「はじめます」
白魔術の光がわたしの手のひらに灯り、そっと彼の肩へと流れ込んでいく。彼の肌はしっかりと硬くて、体温が高くて、思わず手が震えた。
(相当――苦しかったはず)
魔術がないわけではないけれど、帝国では魔術はほとんど魔道具媒介頼みで、術技術は発達していないと聞く。きっと解呪師も少ないだろう。
この人は、どれだけ我慢していたんだろう。
じわりとわたしの額に汗がにじむ。だって、彼の体から感じる「呪い」は、ただの魔力の塊じゃない。もっとこう……恨み、つらみ、苦しくて、妬ましくて、疎ましい……そんな「悪い心」のかけらが、まるで染みついてるみたい。
「……もう少し、つづけ、ますね?」
「ああ」
陛下がじっと、わたしを見つめてくる。
すべてを見透かすようなその空色の瞳。
「大丈夫か」
「え? あ、は、はい…………」
そのまま、陛下の肩に手を当ててわたしは向かい合って力を流し続ける。大丈夫か、なんてこっちを気遣う言葉をかけられて、ちょっとびっくりしてしまった。
思っていたよりも、見た目よりも、陛下は怖い人間ではないのかもしれない――。
そんなことを思いながら、わたしは力を籠め続けた。