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後日譚④ ぬくもりひとつ


「はぁ…………」


 わたしは夫婦の寝室の、あのバカでかいベッドに寝転んで手足を大きく広げていた。

 そして、やさぐれていた。

 ここ1週間、エンジュが寝室に帰ってこないので。




 いや、正確に言うと帰ってはきてる。けれど――わたしが寝てしまったあとだったり、部屋に来る前に執務室で力尽きたりしているらしい。


(エンジュにわたしの寝顔を見られているのに、わたしは見られないなんてずるい!)


 そんな謎の対抗心を燃やしては、今日こそは起きているぞとひとりでベッドの中をゴロゴロしていた。

 広い、大きなベッド。いつもは二人分のぬくもりがあるはずの場所が、今はなんだかスースーする。

 枕を抱えて丸くなっても、なんとなく物足りない。

 ……子供か! なんて思うけど、さみしいんだから仕方ない……。

 

 だって、この寝台にくると思い出してしまうのだ。

 あんなに、べったりだったのに。



 エンジュは、ああ見えて結構寂しがり屋だと思う。

 ふたりで寝るときもなんだかんだと理由を付けてわたしを抱きしめるようにして眠るし、そういう――その――ええと、そういう、ね、ええと、察してください、ことをするときも、結構大胆。

 でもあの無表情と淡々とした口調が、あまりそうは見せないっていうか。それが普段とのギャップでいいっていうか。

 そこが好き、っていうか。



 わたしだって寂しいんだよ!!

 そう言って抱きついてギュウギュウしたいけど、さすがに皇帝様の仕事相手じゃ分が悪い。

 はぁ、と小さくため息をついて、ふと視線を横に向ける――と。


 そこにあったのは――寝台横の椅子にかけられたエンジュの濃紺のガウンだった。

 たぶん、昨日着ててそこに忘れていったんだろう。

 一瞬だけ悩んで、でもそんな間は本当に一瞬で、わたしはすぐにベッドから抜け出してそのガウンを手に取った。



 くんと、と腕に抱きしめて顔をうずめてみる。

 ――わ、エンジュのにおいがする。

 ほんのり甘くて、なんかほら、草木の香りっていうか。

 いいにおい……香水とかじゃなくて、エンジュ自身のにおいがする。

 ふわふわの裏地に顔をうずめたら、もう我慢できなくなって、そのまま羽織った。

 羽織ると、肩にかけただけでなぜか落ち着く。ぎゅっ、てエンジュにされてるみたいな気がして。



「ちょっとだけ、借りまぁす……」


 誰に言うでもなく小声てそうつぶやいて、わたしはそのままベッドの上でガウンを羽織って腕を組む。

 エンジュの代わりに、エンジュのにおいと一緒に眠る。

 これなら、ひとりでも……あんまり寂しく……ない気がする……。




「キーラ」


 誰かが、呼んでる。

 う―――ん、まだ、ねむい……。


 ――気づいたときには、目の前にエンジュがいた。


「……ん」


 まどろみの中で目を開けた私に、エンジュは困ったように、でもとろけるみたいな笑みを浮かべていた。


「可愛すぎるな、キーラ」

「え……っ、あ……!」


 跳ね起きようとしたけれど、羽織っていたガウンがずれて、慌てて押さえる。

 赤くなるわたしに、エンジュは笑んで喉を鳴らした。


「まさか、俺のガウンを着て寝ているとは思わなかった」

「ち、違っ……くないけど……その、だって……!」

「寒かったのか?」


 ……。

 目の前にはキョトンとした空色の瞳を瞬かせているエンジュ。

 んなわけないでしょ!!! 

 そう啖呵を切りたくなるのを懸命に抑える。

 うううエンジュ……エンジュのバカ……。

 エンジュって確かに鈍いとこあるけど、こんなに鈍かったっけ???


「そ、そう! 寒くて、ね」

「そうなのか?」


 そう言ってにこりと笑いながら、エンジュはそっとわたしを抱きしめていった。


「さみしい思いをさせたな――だがガウンごときに、妻の身体は許さんぞ」

「??!!」


 小さな声でそう訊かれて、わたしはびゃっとなって……そして、コクリとうなずいた。

 ちょっと――――! 

 わ、わ、わわわわかってるじゃん!!!

 カマをかけるのはよくないと思います!!!!


 耳まで熱くなる。

 エンジュがベッドにあがってきて――わたしをそのまま抱きしめた。

 ガウンごと、ぎゅうっと。


「ガウンはお役御免だな……今夜は、俺が直接キーラをあたためよう」

「え……」

「キーラ、会いたかったぞ」

「え、えええ……?」


 そのままふわりと覆いかぶさるみたいに、優しく口づけられて、頭が真っ白になる。

 ぬくもりが、胸元からじんわり広がっていって。

 ああ、やっぱり……エンジュじゃなきゃ、だめなんだって思った。




 そして今夜は、広いベッドのど真ん中で、ぎゅうっと本物のぬくもりを感じながら眠ることになった。

 今度はわたしがぎゅうぎゅうされてて、首元に顔を埋められて。

 正直、狭い。


 でも、いい。

 幸せだから、いいのです。




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