後日譚③ 舞踏会なんて柄じゃない!②
舞踏会当日の夜。
わたしはコルセットでギュウギュウにされた背中を気にしながら、王国からいらっしゃった方々が広間に吸い込まれていくのをこっそりと眺めていた。
なんでこっそりかって? 分家出身のわたしは名家に知り合いがいないからね!同じブランチェスカの方も来てるって聞いたけど、正直向こうは多分本家のお嬢様とかだろうし、キーラって言われても「誰それぇ……」って感じだと思うし。そんでもって、わたしは今や帝国の皇后様だしで気を遣わせちゃうと思ったのだ。
あとは実際、ダンスが気が気じゃなくてそれどころじゃないです!
それを全部素直に言ったら、スオウさんとシュリちゃんが代わりにお出迎えをしてくれることになったのです。
うう……ありがたい……ふたりの優しさに感謝。確かに宰相様と皇女様なら相手にも不敬じゃないしね!
にこやかに受け答えする今日のシュリちゃんは、薄ピンクのドレスに鳶色の長い髪を結い上げてる。
もう本当に非の打ち所のない愛らしい皇女様。変な人が寄り付かないかお姉ちゃんは心配です!
元々、わたしが皇后として王国から来る前からラグーノ王国とフソウ帝国の関係は悪くはなかった、らしいけど、実際にわたしたちの婚礼がうまくいってから、交流がめちゃくちゃ盛んになっているんだとか。
国を越えて結婚してる人も出てるらしい! やったね!
帝国の技術力(こっちは魔力が多い人があまりいないので魔術に頼らずに機械って呼ばれる道具が結構使われてるのだ)と、王国の魔術力。協力し合えたらいいよねぇ……。
そんなことを思いながら、わたしは階段を上がって、広間が見渡せるバルコニーへ出た。
「……う、わぁ……」
使用人さんたちがいい仕事しすぎてる。特別給金、あげてほしい。
普段は静かで格式高いだけの大広間が、まるで別世界のように変わっている。
金糸銀糸の織り込まれたカーテン、壁を彩る大輪の花の飾り。色とりどりの衣装と香水の香りが入り混じり、まるで夢のような眺めだった。
煌びやかな光が、広間を染めている。冷厳な、わたしが最初に通されたあの寒々とした大広間が一変してた。
今回は舞踏会だから、あらゆるものが華やか仕様。天井から下がるいくつものシャンデリアが揺れる灯を撒き散らし、あちこちで談笑する人々のざわめきが柔らかく交差する。磨き上げられた石の床に、女性たちのドレスが花びらのように広がっていた。
うーん壮観。
……これでファーストダンスという大役がなければ、きっとわたしも目をキラキラさせていたんだろうけど、わたしの胸の中は、それどころじゃなくて。
(た、たしか、このあと……よね)
胸元を手で押さえて、ひとつ深呼吸した。
今日のドレスは、エンジュの瞳に合わせた透き通るような空色。できるだけシンプルに……といつものお願いをした私に、マダム・フヨウは『ダンスが美しく見えないからダメです』とにべもなかった。
でもダンスを理由にされてしまうとこちらも強くは出られない。だ、だって大事な大事な外交の席でのダンスだからね!!!
「ファーストダンス……」
皇帝陛下と皇后が踊る舞踏会の幕開けの舞。誰もが注目する最初の舞台だ。
(わ、わたし、転ばないかな……)
頭では練習のステップを思い出そうとしているのに、緊張で膝ががくがくしてきた。
えーん、もうやだ! もう一度お手洗いにでもいこうかな……でもこのドレスじゃ……なんてそわそわしていた、そのときだった。
「……キーラ」
後ろから聞き慣れた、低く落ち着いた声が届く。
「エンジュ……!」
振り返ると、彼がいた。
濃い青の礼装に身を包んだエンジュは、まさに帝国の皇帝にふさわしい威厳をまとっていた。
私のドレスと同じ淡い空色の瞳が、静かに、けれど優しく私を見つめてくる。
その瞳に見つめられるだけで、胸の鼓動がまた早まってしまう、けれどこれは嫌な高鳴り方じゃない。
「俺の瞳の色か」
直球すぎる! 普通さぁもうちょっとさぁ婉曲的に聞かなぁい?
こっちがさらに顔真っ赤だよ!!
でもそういうエンジュが好きだよ、ついでにいうとふふん、俺はキーラに愛されている、みたいなその得意げな顔も結構好き!
こほん、と咳払いして、わたしはエンジュを見つめた。
「そうよ。わたし、この色が一番好きだから」
「嬉しいな。――俺も一番好きな色にした」
エンジュの言葉に、全身を改めてみる。
濃い青、エンジュの淡い空色の瞳とも合っているし、もちろんわたしとも同系色で並んだ時に収まりがいい。
「ふふ、エンジュも似合ってるよ。エンジュって青が好きなんだね?」
「言わねばわからんか」
「?」
「キーラ、これはキーラの色だ」
おおう。おっふ。うん。わぁああそうだ!
昔々、まだ呪いが続いていた日々に、『キーラの目の色だな』と月光蒼の花を見て真っすぐに言われたあのことばをおもいだして――わたしは頬を抑えてうつむいた。
あのさぁ。
ほんと、ううん、いや、わたしも同じことやっておいてなんですが。
これ、すごく、恥ずかしいね??????
ぱたぱたと手で顔をあおぐ。暑いか、と真顔で聞かれてあなたのせいだよ!!と言いたかったけどぐっとこらえた。
「キーラ、舞踏は不慣れだったのだな」
「え?」
「全く、今まで経験がないと」
突然聞かれて、キョトンとする。そしてああ、と思い当たった。
「シュリちゃんから聞きました?」
「ああ。……勝手に王国でも経験があったかと思っていて――キーラとダンスが躍りたいと、舞踏会を提案したのは俺なのだ」
「!」
お、おまえが発端か―――!とは言いませんでした、目の前のエンジュがしょんぼりしていたので。
「お前がこの1ヶ月ほど、随分と悩んでいただろう。いつ言い出そうかと、キーラは許してくれるかと、思い悩んでこの日になってしまった」
可愛すぎるでしょ。一か月ウンウン、悩み続けてたのか。仕事もあるのに。忙しいのに。確かにこの一か月、わたしはわたしのことでいっぱいいっぱいだったから周囲のことに無頓着だったけれど、その間ずっとエンジュは悩んでいたんだろう。確かにちょっぴり目の下にクマがある。
「ううん、大丈夫。練習、楽しかったし」
「そうか」
「マダム・フヨウも褒めてくれたよ、たぶん今日もちゃんとできるはず」
「そうか……だが」
「ねえ、エンジュ」
そっと歩み寄ってその胸に手を当てる。
「わたし、あなたの妻よ。帝国の皇后。だから――あなたのためなら、何でもするのよ」
ちょっと格好つけすぎたかもしれない……なんて照れ臭くなった瞬間、エンジュがぎゅっとわたしを抱きしめて――キスをしようと唇が重なる――と思っていた瞬間、ファンファーレが鳴った。
「行こう、エンジュ」
「あ、あぁ。そうだな、キーラ」
そっと手を差し出されて、手を重ねて。
エンジュはそっとわたしを引き寄せると、腰を抱き寄せた。
「!」
「―――大丈夫だ、練習、頑張っていたものな」
「え?? でも、エンジュは」
仕事だって言って、練習には一度も来れなくて――
そこまでを言いかけた私の口は、エンジュの指でそっと止められる。
「ずっと見ていた。……キーラ、ありがとう。今日は俺に身を委ねてくれ、お前の頑張りは無駄にしない」
■
荘厳な音楽。よしよし、もう聞きなれてるもんね!
ダンスの最初は順調だった。
足元を見ないように、でも意識してエンジュのリードに身を任せながら、身体を預けて動いていく。
(……できてる、かも)
ふわりとスカートが舞い、手と手がすれ違う。そのたびにエンジュの視線が触れて、胸がくすぐったくなる。
でも――
クライマックスに差し掛かるその時。
緊張が頂点を越えたわたしは、ほんの一瞬、足をもつれさせてしまった。
「っ……!」
ぐらりと身体が傾いだ。
身体全体にヒュッと冷や汗が走る。
転んじゃう――こんな、こんなみんなの前で――っ!!
けれど――その瞬間。
(!! エンジュ……)
エンジュの腕がするりと伸びてきて、わたしの腰をがっちりと抱きとめた。
「え……?」
倒れるはずだった身体が、ふわりと宙に浮いてくるりと回る。
そして、わたしは次の瞬間には彼の腕の中にいた。
まるで――ドラマチックなポーズのように彼の胸元に倒れこみ、エンジュは当然最初からこのポーズの予定でした、の顔でわたしの腰を抱いて支えてくれる。
勢いがついたせいで、まつ毛が触れそうなくらいの至近距離にその顔があった。
そして――ちょうど、音楽が終わった。
場がシン、と静まりかえり、そして――
「……おおっ」
「なんと情熱的な……!」
「これが……帝国の舞踏スタイルか!」
「素敵ね!」
広間がざわめきに包まれた。そして、盛大な拍手が湧き起こる。
(――わ、わわわ、これ……!)
確かにものすごく、ものすごく情熱的なポーズだ。
キスすれっすれに近づいた顔。
も、もちろんね、わたしたちは夫婦だからキスごときで緊張するような関係じゃない。
そうそう、ほんと、うん、全然緊張してないし……と内心バクバクで早口で誰にともわからない言い訳が頭の中をよぎる。
でも、ダンスで高まった身体の熱と、こんな至近距離で見つめられるエンジュの透き通った空色の瞳。
綺麗だなって思って、そうしたら、身体がだんだんドキドキしてきて。
「キーラ、よきダンスだった」
「……うん。……ありがとね」
ゆっくりとエンジュが体を起こしてくれるけれど、真っ赤になったわたしの頬はなかなか冷めない。
でもエンジュは落ち着いた様子で、軽く手を周囲に手を振りながらそっとわたしの耳元で囁いた。
「よかった、愛の力だな。しかしキーラ、そんな顔をするな」
「えっ、……えぇっ???」
へ、変? どうしよう、侍女さん呼ばなきゃ。
化粧でも崩れてしまったのか。どうしようとおろおろする私に、エンジュは困ったような顔する。
そして当然のように腰を抱き、わたしをほとんど捕まえるようにしてまた耳元で囁いた。
「舞踏会など放り出してしまいたくなるからな」
「…………」
言葉の真意を数秒考えて、わたしの頬はさらに赤くなる。
もう!!!またそういうコト言って!
これが冗談とかじゃないから、またエンジュはタチが悪いのだ……こんなところも、好きだけど。
ぽすん、とそのがっしりした胸板を叩くと、エンジュは眉を下げて笑う。
柔らかいこの人の笑顔が本当に好きだなぁっと、あらためて思ったのだった。
■
舞踏会はその後、終始和やかに進行した。
でも――広間の一角で囁かれていたのは、間違いなく、皇帝と皇后の甘いファーストダンスについてだったんだろう。帝国の人からも、王国の人からも、視線がバッチバチに刺さってくる。
私は、人生で初めての舞踏会で、誰よりも特別な一曲を踊った。
そして、心のどこかで――また踊りたいと思う。
次はもっと自然に、彼の胸に身をゆだねられるように。




