後日譚③ 舞踏会なんて柄じゃない!①
「ねえ姉さま、姉さま! お聞きになりました!? 王国からのお客様をお迎えするために、来月舞踏会を開くんですって!」
エンジュと同じ鳶色のつやつやとした髪を二つに結い上げて、黄色のリボンをふわりと揺らしながら、シュリちゃんがわたしの元に駆け寄ってきたのは、午前の陽光が窓辺を優しく照らす中庭だった。
バッと飛びつかんばかりの勢いで走ってくる姿はどこかきゃんきゃんしてる小型犬感がある。この兄妹ってワンちゃんだよなぁ……エンジュは大型犬ね。
わたしは「帝国のマナーと礼節」との本を読んでいた。うーん難しいけれど、やっぱりこういうことって一から学ばないといけないわよね、ということで。国の違いもあるし正直面倒くさいけど、エンジュに恥はかかせられないもの!!
でもシュリちゃんより大事なものはないのであっさりと本は閉じました。うん、かわいいは正義。
そしてその愛らしい姿を抱き止めながら頷く。
「……え、ええ、聞いたわ」
でもその声はいつになく弱々しかったと思う。
なにせ、舞踏会――それはわたしにとって、未知の領域だったから。
「楽しみね、姉さま! 舞踏会、わたくしは大好きよ! 素敵なドレスも着られるし、それに……」
そこで彼女はふふっと笑って、わたしの耳元にそっと囁いた。
「姉さまと兄さまのファーストダンス……きっとうっとりしちゃうくらいロマンチックになると思うわ」
えーん辛い。義妹のテンションについていけない!
ファーストダンス。
そう、舞踏会の始まりを飾るのは、もてなす側の最上位・皇帝陛下と皇后のダンス――つまり、エンジュと私が踊る一曲なのだ。
(……どうしよう)
思い出し胃のあたりが、きゅうっと締めつけられる。
宰相のスオウさんからその辺りの話を聞いてから、1週間。
わたしはずっと、そのことを考えて体調が悪いのだ。いや、体調が悪いは言い過ぎだけど、胃のあたりがぐるぐるしてる。
――もうこれは、腹を括って相談するしかない。
「ええとシュリちゃん……わたし、……その、実はね」
「なぁに、姉さま?」
「舞踏なんて、やったことないのよ。ううん、それどころか、舞踏会にも出たことなくて……」
わたしは苦笑を浮かべながら、自分の出自を簡単に説明した。
白魔術の名門ではあるけれど、分家であって裕福な家ではなかったこと。
そもそも舞踏会と呼ばれるような催し物に縁が遠く、参加などもしたことがないこと――。
「まあ……!」
シュリちゃんがそのまんまるで大きな、エンジュと同じ空色の瞳をぱちくりさせて瞬きをする。
うーんかわいい。どんな表情をしてもお人形さんみたいだ。
「でも姉さま、なんだか素敵ね! 立場と身分を超えて結ばれる……ロマンス物語みたいだわ!」
「ええっと、ロマンがあるのはいいけど……本当に踊れるようになるかどうかが、問題で……」
「大丈夫よっ!」
そう言って、シュリちゃんは小さく拳を握った。
「姉さまならきっとすぐに覚えられるわ! それに兄さまのリードがあればきっと姉さまも迷わないわよ」
「え、……エンジュって、ダンス踊れるの?」
ついぽろりと疑問をこぼしてしまう。
――だってエンジュって槍の名手だし、武骨だし、その……無駄なことは一切しない、って雰囲気じゃない?舞踏なんて、やらなさそう……と心のどこかで思ってしまう。
でも、そんなわたしのつぶやきを聞いたシュリちゃんは、くすりと笑った。
「ふふっ、姉さま、それ完全に偏見よ?」
「えっ」
「兄さま、ああ見えてとってもダンスがお上手なのよ。わたくしにダンスを教えてくださったのも兄さまだし……。以前まだ皇子の立場だった時には兄さまと踊りたい淑女が列をなしていたわ」
「え、……ええ……エンジュ、が?」
「ええ! きっと姉さま、惚れ直すと思うの! だってダンスってペアの愛の共同作業ですものね! うふふ、楽しみだわ!」
シュリちゃあん……そんなこといわないでぇ……。
(そ、そんなの、困る)
惚れ直すどころか、もう完全に間に合っている。
結婚後、最近は近くにいるだけで心臓が落ち着かないというのに、これ以上惚れ直させられたらどうなってしまうのか――なんて義妹にノロケるわけには!
それでも、逃げるわけにはいかなかった。
皇后として、ちゃんと務めなければ。おもてなしする側の人間として、恥ずかしい姿は見せられない。
「……やるしか、ないわ」
「頑張って、姉さま!」
シュリちゃんの応援を背に、ぎゅっと拳を握りしめ、わたしは立ち上がった。
初心者キーラ、やるしかない!!!
女は、度胸よ!
■
「ステップ、ワン、ツー……いえいえ、皇后陛下、右足からでございます!」
「ひゃっ、またっ……! わ、わかってます、たぶん!」
「膝をもっと柔らかく、そうそう、その調子です!」
練習が始まって三日目。
私は舞踏室の鏡に向かって、指導を受けながら必死に足を動かしていた。
指導教官は、シュリちゃんの家庭教師もしているという年配のマダム・フヨウ。ひっつめ髪にキリリとした瞳のちょっと怖そうな人――だけど、怖いのは外見だけ、実はとっても優しい人だ。
思ったよりもずっと難しくて、最初はスカートの裾を踏んづけて転びかけたり、エンジュに似た体格というだけで相手役に抜擢されてしまった兵士のヒノキさん(正直申し訳なく思う……)の足をギュウギュウ踏んで謝ったり、散々だった。
でも、繰り返すうちに少しずつ、動きに慣れてきて――
「……あっ!! い、今のところ、ちょっとスムーズじゃないですか!?」
「はい! 皇后陛下、お上達が早うございます!」
「やったぁ……! ありがとうございます!!」
シュリちゃんの「すぐに踊れるようになるわ」って言葉、あながち間違ってなかったかも。
踊っているうちにだんだん楽しくなってきた。
自他ともに認める「調子に乗りやすい」わたしは、優しい先生や相手役の方から褒められてルンルンだった。
気持ちがノってくると、身体も軽い。当日はコルセットギュウギュウの派手なドレスだろうからこんなに軽やかには踊れないだろうけれど……と思いながら、やっぱり、ちょっと、嬉しい。
でも。
「――その、私が最初に踊るのって、ファーストダンスの時、なんですよね?」
恐る恐る尋ねる私に、指導してくれているマダム・フヨウが何を今さら、という表情でこっくりと頷く。
(そこなんだよなぁ……)
足よりも何よりも、心の準備が追いついてない。
……だって。
あのエンジュと、音楽に合わせて、手を取り合って、腕を預けて、身体を寄せ合って――ううん、この。
(し、心臓が持つ気がしない……!)
頭を抱える。
結婚して、一緒に過ごして、寝台でも一緒に寝ているーーけど、それとこれとは別問題だ。
恥ずかしいし、緊張する。正直嫁いで来たあの時よりも緊張しているかもしれない。
だけど、それをやりきるのが皇后ってもの……なんだよね。
(……頑張る、わたし。だって、エンジュの隣に立つって、決めたんだもの)
揺れる気持ちと緊張を胸に。
わたしは本番の日を迎えるのだった。




