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後日譚② お忍びデート②

 

「……すごい……! これ、誰?」


 鏡の前で思わずつぶやいた。


 うねるように巻かれた金の髪。ぱちぱちと瞬く大きな碧い瞳。そして、ぱふっと丸く膨らんだ白いワンピースの少女。背も心なしか低くなっているような、気がする。


「キーラ、か?」

「! エン、ジュ?」


 思わず疑問符を付けてしまう。

 振り返ると、そこに立っていた“誰か”は、どこからどう見てもエンジュじゃなかった。

 黒髪、前髪がさらっと流れていて、長いまつげの奥には、知的そうな焦げ茶の瞳。そして、細身の銀縁眼鏡。


「……スオウさんとちょっと似てる……」

「俺だ」

「うん、声でわかるよ」

「キーラもな。しかし……君の銀の髪がそうなってしまうとは」


 困ったように、いや残念そうに、なのかな?

 口元をゆるめるその顔は、ちゃんと“エンジュ”だった。


 こんな顔して笑うの、やっぱり好きだなぁって思う。

 変装してても、結局、内側はいつも通りだ。


「これなら大丈夫でしょう」とスオウさんに太鼓判を押され、わたしたちはこっそりと町へ滑り出た。



 ■



 どこからどう見ても、ごくごく普通の市場で買い物を楽しむ若夫婦だ。

 市場に出ると、世界がパッと明るくなった気がした。


「すっごい、活気! あっ、あれ見て、果物屋さん! ね、ね、エンも好きそうなやつあった!」

「……ふふ。キラ、君はいつも通り、元気だな」

「そ、そう?」


 さすがにフルネームで呼べないから、エンとキラ。

 安直だけど全然違う名前はさすがに反応できなさそうだし。

 いつも通りってエンジュは言ってくれたけど、ちょっとだけ、テンション上がっているかもしれない。

 エンジュとこうして、町中を並んで歩けるなんて。

 小走りで店の前に駆け寄ると、屋台のおじさんがにっこり笑って「奥様、試してみな」と赤い実をくれた。


「わあ、ありがとうございま、――んん、すっごく甘いよ!」


 エンジュの方を振り向くと、彼はそっと一歩後ろから見守るように立っていて、ふわりと目を細めた。


「……いい顔をするな」

「エンもだよ。――もしかして、初デートで浮かれてる?」

「否定しない」


 か、かわいい。かわいい!

 顔を覆って「エンジュ可愛いよ!!」って叫びそうになったのを、かろうじてこらえた。

 

 なんだろう、エンジュって格好いいけど可愛いんだよね。

 纏う空気が、のんびりしてる。あまり周囲に影響されないからか、会話のテンポもすごくゆっくりだし、反応も「えっ、今それを言うの」みたいなときもあるし。

 でもそれが、心地よくて、可愛くて。


 その後も、わたしたちは手をつなぎながら、香辛料を試して鼻をくしゅんってしたり、手作りの布製おもちゃに「可愛いね」って微笑みあった、なんていうか――普通の楽しさと幸せを満喫した。

 もう全部が、愛しさに溢れている。


(幸せ、だなぁ……)


 最初は愛のない結婚、それだって仕方ないなんて思っていたけど。

 あとから芽生える、愛もある。

 エンジュと手を繋いで歩いているだけで、胸がいっぱいだった。





 ――でも。

 事件が起きたのは、ちょうど昼過ぎのことだった。



「……あっ!」


 鋭い音と共に、ガラガラと崩れる音。

 ふたりで思わず振り向くと、果物の積まれた木箱が高く積まれすぎていてバランスを崩して崩れてくる――その先に、小さな子どもがいた。

 恐怖で凍り付くその顔。逃げられない。

 魔術を、と思ったその瞬間だった。


「危ないっ!」


 わたしの隣にいたエンジュの姿がひゅっと駆けて、崩れ落ちる木箱からその子をかばう。

 凄まじい音、木箱がエンジュにぶつかって――でもエンジュは、すべてその身体で受け止めた。


「エン!!」

「……大丈夫、か?」


 額から血が出てる。周囲も騒然、わたしも茫然。

 そりゃそうだよ、結構な怪我だ。でもエンジュは抱きしめた男の子をじっと見つめて優しい声でそう呼び掛ける。


「い、痛い……」


 彼が庇ったのは、小さな男の子だった。無傷では済まなかったようで、子どもの腕がぶつかった場所から、赤いものが滲んでいた。腕も木箱が当たってしまったのかひどい腫れ方をしている。


「大丈夫? ちょっと、見せて……!」


 思わず駆け寄る。二人とも結構な怪我だ。

 もちろん医術士さんを呼べば治る程度の怪我だけれど――痛そうで、放っておけない。

 痛いよぉ、と泣く男の子。

 額とこめかみから血を流すエンジュ。


「大丈夫よ、ほら……わたしの目を見て?」


 そっと男の子とエンジュに均等に手をかざし、わたしはそっとほほ笑む。

 口内で小さく詠唱し、手のひらから白い光が、ぶわっとあふれ出した瞬間――


「……あっ」


 や、やってしまった。

 そうだよ、これ、魔法薬で化けてるんだから。

 

 魔法使ったら、ほら―――ああああああ!


 シュウウ、と音を立てるようにして、わたしの髪がほどけた。

 くるくるだった金髪が、さらりと落ちて、元の銀色に。

 隣のエンジュの眼鏡が砕け、黒髪が流れるように元のこげ茶に変わっていく。


「…………」

「…………」


「――こ、皇帝陛下」

「エンジュ様だ!」

「皇后さまだわ~~~!」

「陛下!!」


「あ、あああああ!?」



 わたしの絶叫とともに、周囲の人波がぎゃーっと沸いた。

 だめだ、これ完全にバレた!!


「え、エンジュ……」


 どうしよう、の顔でエンジュを見つめるわたし。

 エンジュの顔は、穏やかだった。ふふ、と笑ってそっとわたしの手を取る。


「ありがとう、キーラ」

「……大丈夫? でも、あなたが怪我してて、わたし、何もしないなんてできなくて」

「一緒に怒られよう」


 そういって肩をすくめる愛しい人に、わたしも笑ってみせたのだった。





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