エピローグ:結婚式①
その日の陽の光はどこか柔らかくて、わたしの頬をかすめるそよ風まで、なんだか甘い香りがする。
エンジュ陛下――じゃなかった、ええと、最近は人前じゃないときは「エンジュ」って呼んでいいことになったので……エンジュは、珍しく忙しそうじゃなくって、わたしと庭を散歩をしていた。
「あたたかいな」
「そうですねぇ……昼寝したい」
「午後は公務だぞ」
「わかってますってぇ……でもちょっとだけ」
そういって、ばふっと彼にもたれかかるとぽんぽん、と肩を叩かれる。
そんな軽いやり取りができるようになったのは、たぶん――あの“告白”以来だ。
もともと真面目すぎるくらい真面目な人だけど、最近はちゃんと、笑ってくれるようになった。
それだけで、わたしは嬉しくて胸がぽかぽかする。
帝国の中庭には動物たちもいて、モフモフしてるその姿は癒される。
ふわふわしっぽのリス。もちろん鳥たちも集まっている。
寒い帝国の気候にあわせてなのか、どこか動物たちもみんな身体が大きいなぁ……なんて思っていた、その時だった。
エンジュがふいに立ち止まって、わたしの方をまっすぐ見て言った。
「キーラ」
「はい?」
「ずっと考えていたのだが」
でたよ!
エンジュの”ずっと考えていた”。
エンジュは、もともとすごく熟考するタイプみたいで、公務の時はまぁ、たぶん色々頑張ってなんとか速度をあげているんだろうけれど、こうしてふたりきりで話しているときは、時々テンポがずれてとんでもないことを、とんでもない時に発言したりする。
そして、それは今回も。
「なんですか?」
「ちゃんとした式を、挙げよう」
「……へ? 式?」
一瞬、なに言われたのかわかんなくて、思考が真っ白になった。
それくらい、さらっと言ったのだ。
わたしが、木の幹の影から顔をのぞかせたリスを見て「わー、かわいい!」って騒いでたときに。
「……し、式って……あの、結婚式、ですか?」
「ほかに何がある」
「いや、ないですけど……えっ、えええっ!? だって、わたしもう“皇后”って肩書きあるじゃないですか!」
「だが、式はしていないだろう」
「してないですけど……。そもそも! 式がなかったのは、陛下のせいじゃないですか! それは!」
「だからだ」
エンジュは、真面目な顔で、すうっと目を細めてわたしを見つめた。
「君を“政治のための皇后”ではなく、“人生の伴侶としての妻”に迎える式を行いたい」
「…………っ」
言葉が、胸の奥にすとん、と落ちた。
ずるい。今さらになってそんなこと言うなんて。
「……でも、いいんですか? わたし、家柄とか、そういうの全然ですし、式なんて、むしろ必要ないっていうか、ほら、もったいないですし……」
「俺は君が欲しい。君と共に人生を歩むと、きちんと誓いたい。そして、君が皇后としてではなく、“一人の女性として”祝福される日があってもいいと思った」
エンジュの手が、わたしの指に触れて、そっと握られる。
「国民からも、キーラ様を祝福したいと――式を望む声が多く寄せられているとスオウからの報告もあってな」
「えっ、ほ、ホントですか?」
「嘘をついてどうする」
「…………っ」
その言葉だけで、涙腺が破壊されそうになった。
やめてください、陛下、こういうの泣きますから!!
「キーラがのぞまぬのなら、やめておくが」
しゅんと下がり眉になるエンジュ。
わたしの前でしか見せないその表情に胸がキュンとなる。
「わたしも……式、挙げたいです。ちゃんと、みんなに祝ってもらえるやつ」
「そうか」
「で、でも……あんまり予算は裂かないでほしいです。帝国の皆のお金だから」
「そうだな」
「でもケーキは食べたいです」
「……そういうと思った」
「え?」
くすっと笑って、エンジュはわたしの額に唇を落とした。
「……君が笑ってくれるなら、どんな式でもいい。だが――君に一番似合う日を、用意しよう」
(続)




