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第24話:本当のはじまり

 

 大歓声に包まれる中演説を終え、壇から降りて、わたしたちは一旦待合の間に戻った。

 この後は大広間に行って、今度は臣下たちへの陛下の演説がある。


「ふふ、今日は大忙しですね、陛下」

「キーラ」

「なんですか?」


 振り向いたその瞬間、わたしの身体はぐいと強く引き寄せられていた。


「……っ……!?」


 広くて、あたたかくて、でもどこか必死な腕。

 その中に、わたしは包まれていた。


「へ、陛下?」

「ありがとう。君のすべてに、俺は……感謝している」


 低くて、まっすぐで、真剣で。

 さっきまでの演説よりも、何倍も何倍も、心に響く声だった。


「……いえ、そんな……わたしは、その……。で、できることをしただけで……」


 わたしは小さく笑って、少しだけ、目を伏せた。

 ああ、これで――お役御免、かな。

 呪いが解けて、帝国が平和になった今、わたしみたいなどこぞの白魔術師を皇后にしておく必要なんてないはず。

 どこかの貴族のお姫様とか、王女様とかを正統な后にするんだろうな。

 わたしは、解放されるんだ。

 ちゃんと、終わるんだ。

 ラグーノ王国に、帰れる――そう、思ったはずなのに。


 胸の奥が、きゅっと小さく痛んだ。


「陛下」

「……すまん。少し、抱きしめすぎたか」


 エンジュ陛下が、腕の力を緩めて、わたしを放してくれた。

 でも、まだわたしの手は、彼の衣の裾をきゅっと握ったまま。慌てて離す。


「……いえ」


 なんだか恥ずかしくなって、わたしは視線をそらした。

 やっぱり、こうしてるとわかっちゃう。自分の気持ち。


 ああ、離れたくないんだなって。

 この人が、皇帝陛下じゃなくても、好きだなぁって。

 けど。

 笑顔でお別れしなくちゃ、いけないよね。



「……そろそろ、ですね」

「……何がだ?」

「わたし、もう、任務完了したっていうか。呪い、解けましたし。国も落ち着いたし、正直、わたしなんかじゃもったいないですもんね。皇后の座」


 ちょっとだけ冗談っぽく、ちょっとだけ笑って言ったつもりだったけど――

 エンジュ陛下の顔が、はっきりと変わった。


「何を、言っている?」

「え? だからその……呪いを解いたら離縁っていう話、なんですけど」

「…………」


 完全に陛下の顔が真顔になってしまった。

 わたし何か、悪いこと言ったかな……でもそういう約束、だったし。


「悪いが、その話は聞けない」

「え?」

「俺は、……キーラを手放したくない」


 どういう、ことなの。

 胸の奥が、また、ぎゅっとなる。

 でも、今度はさっきみたいな痛みじゃなくて――きらきらした、あったかい光のようなものだった。

 エンジュ陛下は、わたしの手を取って、丁寧に膝をついた。


「陛下!?」

「キーラ」

「は、はい!」

「すまんが、あの話は反故だ」

「ほ、ほご……」

「なかったことにしてくれ。皇帝命令により、棄却する」


 急に本気の目だ。

 ええ、ちょっとまって皇帝命令ってなんかすごい権限もってるやつでは……?

 普通にお願いとかでいいのに。

 そんなことを考えていたら、ぎゅっと手のひらを握られて下から見上げられてしまった。


「最初は――確かに君に、呪いを解いてほしかったから婚姻した。

 だが、最初に出会った時から――キーラ、俺は君に惚れていたんだ」


 ――はじめてそんな話きくよ!? だって最初「魔術師」って呼んでたじゃんわたしのこと!

 とかは、言わない。

 わたしは、空気が読めるので。

 

 でも内心は、混乱と緊張でバクバクだった。

 ど、どういうことなの……? ええと、エンジュも、わたしを?


「君が呪いを解いてくれたからじゃない。“助けられた”からじゃない。いや……助けてくれた、その中で君との言葉が俺の中で抱えきれないほど大きくなっていて。……君と過ごして、君の笑い声を聞いて、君に叱られて、心配されて、そんな毎日が、ただ……幸せだったんだ」

「陛下……」

「君が王国に帰りたいと思っていることを知りながら、申し訳なく思う。だが俺は君のいない世界がもう考えられない。帰らないでくれ、キーラ。どうか――俺の妻として共に国を支えてくれないか」


 本当に、不器用で、誠実で、どうしようもないくらい優しい人だ。

 そっとわたしもしゃがんで、目線を合わせる。

 空色の瞳、鳶色の髪。大きな体が今はどこか縮んで見える。



「帰りませんよ?」

「……キーラ?」


「気づいてなかったんですか? わたしも陛下が好きだってこと」


 わたしの言葉に、今度はエンジュの瞳が変わった。

 明るく、綺麗な空の色。

 

「エンジュ陛下。こちらこそ――末永くよろしくお願いします」


 気づけば、また、ぎゅっと抱きしめられていた。

 さっきよりも強くて、でもすごくあたたかい。

 その腕の中、わたしも腕を回して抱きしめあう。




 それは、ようやくたどり着いたわたしたちの――本当の始まり。

 帝都の空は、青く澄み渡っていた。


 

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