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第19話:呪いの真実

 

 

 うーん……なかなか、起き上がれない……。



 ベッドで呻き続けるわたし。優しく交換される額の濡れタオル。そしてまったく動けないわたしの身体を、床ずれ防止か優しくゆっくり転がしてくれる侍女さん……ううう本当に申し訳ございません……。

 一度枯渇してしまった魔力の回復には、思っていたよりも時間がかかってしまった。

 ふらつかなくなったのは三日後。

 起き上がれるようになったのは五日後。

 ちゃんと歩けるようになったのは……ようやく一週間が経った頃だった。



 わたしがぶっ倒れている間、侍女さんたちはあれやこれや、本当に優しく世話を焼いてくれた。皆さんホントにお優しい……。文官さんたちも皇后としての公務もホントは色々あったんだけど、なんとかアレコレ延期したり分担したりしてくれて。


 エンジュ陛下とはいきなり部屋に来たアレ以来会えてなかったけど、スオウさんが一日おきに様子を見に来てくれて、陛下の様子を伝えてくれた。

 毎晩の治療は、もちろん中止だ。


 でも「陛下の具合はどうですか?」って聞くわたしにスオウさんは毎回「身体は大丈夫そうですが、心が皇后様に捕らわれているようですね。生返事ばかりなのはやめていただきたいものです」だとか、「皇后様のことを心配されてそのことばかり話されております」だとかいうので、「冗談はやめてください」と怒っておいた。スオウさんは肩をすくめただけだったけれど。




 そして今夜。

 わたしはようやく、久しぶりに陛下の執務室へと向かっていた。



 扉の前に立つと、胸が少しどきどきしてくる。

 わたしをあんなに心配してくれた陛下と、顔を合わせるのはあれ以来だ。


 「失礼します、キーラです」


 ノックして声をかけると、低く短い「入れ」という声が返ってくる。

 最初のころを思い出すなぁ、なんて思いながら扉を開けると、いつものように寝台に上半身裸で座っている陛下の姿があった。

 

 相変わらず背筋が真っ直ぐで、どこか近寄りがたい気配をまとっているのに――今日は、それ以上に、何か決意を秘めたような強い眼差しをしていた。

 ランプの明かりに揺らめくその顔と身体を見ていると、別に今更……なのに胸がどきどきしてくる。

 時間をあけちゃったせいなのかな。


 「……もう平気なのか」

 「はい、お待たせしました、エンジュ陛下。お身体はいかがですか?」


 わたしは微笑んで一礼した。

 すると、陛下はほんのわずか、息を吐く。そしてわたしを手招きする。

 その仕草も、どこか緊張しているように見えた。


 「……キーラ」

 「はい」

 「実はお前に謝らねばならないことがある」 

 「はいぃ?」

 

 語尾があがってしまった。

 いきなりそんなこと言われてちょっと混乱する。

 な、なんだろ、謝らなきゃいけないことって……一国の皇帝が簡単に謝罪するものではございませんことよ。

 陛下はひとつ息を吐いて、いつものように寝台の上で向かい合ったわたしを見つめて言った。


 「呪いの理由について、お前が聞いたとき……俺は”心当たりはない”と嘘をついた」

 「!」

 

 思い出す。

 シュリちゃんから、心当たりを聞かれたとき、わたし、陛下にかまをかけたんだっけ。

 知らないふりして。「何か心当たりないですかー」って。

 静かなその声に、胸が締めつけられるような気がした。

 わたしこそ、胸がズキズキする。罪悪感。知っていたのに、陛下から語らせようとしてたわたしの方が謝らなくちゃいけないんじゃ……。


 でも陛下は、わたしに話す気になってくれたんだ。



「本当は……原因に、心当たりがある。たぶん……兄二人だ」


 静かな声。

 静かな部屋に、言葉が滔々と流れていく。


「俺は第三皇子だった。双子の兄たちがいてな。けれど父亡き後、子らに託された遺言書は、俺を後継にと指定されていた。その後――兄たちはおかしくなった。俺が正式に皇帝になる前にと、父の喪に服している期間に、城内を掌握していたのだ」

「……」


 シュリちゃんが言っていた通りだ。


「奴隷制度を復活させようとしていた。それを引き換えに貴族どもから支持を得て、権力を戻し、民を縛る政策を……。俺は反対したが、聞き入れられなかった。しかも……妹を人質に、政略結婚に出そうとした。俺はもちろん反対した。けれどその時はまだ、俺は即位しておらずただの遺言書に権限はないと――兄たちは、俺を殺そうとしたんだ」


 陛下の声がわずかに震える。

 拳が、机の上でぎゅっと握られている。


「それで……俺は二人を廃した。兄たちは最期に言った――”こんな国など滅びればいい”と。そんな呪いを、俺と国に残して死んだ」


 わたしは何も言えなかった。

 死に際に残す呪いは、強い。命をささげることになるからだ。

 しかも、ふたり分の、恨みつらみを込めた、自分と国への呪い。

 そんな大きなものを、陛下は一人で抱えていたんだ。


「……教えてくださって、ありがとうございます、陛下。お辛かったでしょう」


 何て言っていいかわからなかったけれど。

 自然と口から零れ落ちたわたしの言葉に陛下の表情が少しだけ緩んだように見えた。


 「キーラ」

 「はい」

 「……昔は、優しい兄たちだったのだ」

 「……はい」

 「――年が離れていてな、槍を始めたのも、兄たちの影響だった」

 「はい」

 「母が、違っていたんだ。でも昔は――とても優しくて。ふたりでよく俺を交代に抱っこしてくれた」

 「……はい」

 「……俺は――本当は、殺したくなどなかった……!」

 

 声が、震えていた。

 見つめる目の前のエンジュ陛下の身体も震えている。

 そっと近寄ると、わたしは目の前のその大きな身体を抱いた。

 

「俺が殺した。兄たちを、俺が」

「陛下、違いますよ。――止めたんです、陛下は」

 

 小さな声になってしまったけど、言った。

 言わなくちゃ、いけないと思った。

 

 別に呪いを解呪するためにじゃない。

 陛下のために、伝えたかった。

 

「陛下は、フソウ帝国を――この国を、守ったんですよ」

 

 国を、と陛下が静かに呟く。

 静かな部屋に、わたしと陛下の呼吸だけが聞こえている。


「わたし、この国が好きです。帝国ってもっと、怖くて殺風景でいじわるで――冷たいところかと思ってました。でも違う。実を重んじるだけで、みんな本当に優しくて、あたたかくて、助け合っている。――この、素敵な国を、陛下は守ったんです」


 そっと腕を離して見つめあって、わたしは笑ってみせた。

 笑顔には、ちゃんと力を込めた。

 陛下は何も間違っていないって。


 「大丈夫です。お兄さんたちからの呪いは、わたしが治します、必ず。帝国のために――そして、陛下のために」


 わたしの言葉に、陛下の瞳が少しだけ揺れた気がした。

 


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