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第18話:やさしい人

 

 周りのみんなを安心させるためにも、意識は保っていたかったんだけど……。


 次に目を開けたとき、わたしは自室の寝台の上にいた。

 白く透ける天蓋が、揺れるように霞んで見える。意識はおぼろげで、体が鉛みたいに重い。喉も乾いて、声すら出なかった。

 この歳にもなって魔力枯渇なんて、調節が下手でちょっと恥ずかしい。

 

 


 薄闇に沈む部屋。差し込む茜色の日差し、多分夕刻。

 今起き上がれれば陛下との治癒の約束は夜だから、十分間に合う。

 ぎゅっと眉を寄せて、なんとかしゃっきり、起き上がろうと頑張ってみる……でもなかなか起き上がれない。体中の関節がぐにゃぐにゃになってしまったみたい。


 魔力は、魔術師にとっては血液のようなもの。

 身体を動かすときの源にもなりうるし、こうして涸渇してしまうと何もできない。

 やっちゃったなぁ……回復は三日後くらいかなぁ、なんて脳内で思っていたそのとき、扉の開く音がした。


 部屋の灯がわずかに揺れて、誰かの影が夕闇の中に差し込む。

 侍女さんか誰かかな、なんて思っていたけど、違う。

 侍女さん、あんなに大きくないもん。

 

 すぐに分かった。

 大きくて、背筋の伸びた、どこか懐かしくも感じる姿。


 「……へ、へい、か……?」


 かすれた声でそう呟くと、影がこちらを向いた。

 焦げ茶の短髪に、淡い空色の瞳。まぎれもないエンジュ陛下。

 でも、なんで? 

 なんで、わたしの部屋に?

 必要最低限しかみんなの前に姿を現さない陛下。呪いを――悟られないために。

 それなのに――えっと、たぶん、わたしの見舞いのためだけに??


 「へい、か、どうして」

 「無理にしゃべるな。倒れた、と聞いた」


 陛下はゆっくり歩み寄ると、枕元に置かれた椅子に腰を下ろした。

 無言のまま、少しだけ俯いて――やがて、ぽつりと、声を落とす。

 

 「心配した」

 「は、はい、倒れました」

 

 返事がバカみたいだけど、ただそうとしか言いようがないから仕方ない。私の言葉に陛下はなぜか笑ったようだった。


 「加減は?」

 「――なん、とか」


 なんとか、陛下の施術は続けられますよ、という意味合いで言ったのだけれど、陛下の顔を見るにちょっと言葉を間違えたのかもしれない。


 「そうか……。生きていてくれて、よかった」


 ぎゅっと陛下の顔が歪んで――その空色の瞳がじっとわたしを見つめた。


 「解呪が負担ならやめてもいい。それだけ、伝えたくて来たのだ」

 「え?」

 「知らなかった。解呪が、お前にそこまで負担をかけるということを」


 そっと、その手をわたしに延ばしかけて、陛下は止めた。

 そのまなざしが、ひどく甘い。

 優しい瞳だった。


「お前が、俺のせいで倒れるのは……耐えられない。無理だ。わからないんだ。自分でも、なぜこんなに苦しいのか。胸が苦しい」


 夕日が差し込んで、陛下の鳶色の髪を染める。

 ぼんやりとした意識の中で、ああ綺麗だなって、そう思う。


「呪いの痛みとは、違う。お前が苦しんでいると思うと、本当に苦しいのだ」


 その絞り出すような声に、胸が締めつけられる。

 優しさを、不器用なほど必死に隠そうとして、それでも零れてしまってる。

 たとえ形式だけの夫婦だったとしても、冷たい無表情の裏に、こんなにも温かなものを抱える不器用な人。



 ――やっぱり、わたし……この人のことが、好きだ。



「へいかは、おやさしすぎますね」

 

 何とか動く口でそう言って、そっとわたしは笑った。


「だいじょうぶ、です。ちゃんと、治ったらつづけますから」

「……だが」

「だいじょうぶです、よくあること、です」


 それより早く帰らないと。お忙しいでしょう。

 そう言って、わたしは陛下を追い立てる。



 優しい人だ。

 まっすぐな視線に、率直な言葉。

 治療で触れているとナカまで触れるからわかってしまう。

 陛下は、とても正直な人だって。


 だからこそ、勘違いしそうになるからやめてほしい。

 陛下が――わたしのことを、好いているかもしれない、なんて。

 あんな優しい瞳で見ないで欲しい。

 あんたに、本当に、愛おしげな瞳で――。


(早く、治して治療続けないとね)


 そんなことを思いながら、わたしは再び眠りに落ちていった。




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