第17話:揺れる想い
相変わらずの夜の陛下のお部屋訪問は続いている。
でも、衣装は変わった。
以前のスケスケセクシー(以下略)な衣装ではない。
「へ、陛下のお好みが変わりまして……」と告げて、(まぁ陛下から直接の指示をうけての変更だから嘘はついてない! はず)普通のワンピースタイプのシンプルな寝衣でおこなっているけれど、以前のあの衣装の時の倍くらい緊張している。
その理由なんて、十分すぎるくらいわかってる。
あの納屋での一件以来、陛下のことを意識してしまっているから。
(ダメダメ、集中、集中……!)
力を込めて、呪いの流れを頭に中に思い描き、指先の感覚を研ぎ澄ませて集中する。
――魔力を載せて、その呪いの文様、一筋一筋に乗せていくように。
魔力を流し終えて、ふぅ、っと息を吐く。
今日は呪いの奥の方まで魔力が送れた気がする。
「どうですか、今日は少し……手ごたえあった、んですけど」
はぁ、と浅い息を吐いてわたしはそっと汗ばんだ陛下の胸に手を当てた。
浅黒い文様がとぐろを巻くように禍々しい様子だったその呪いは、特にここ数日で随分と薄くなってきていた。
一緒に花畑に出かけて、感謝されて――ええと、納屋でぴったりぎゅうぎゅうした記憶は置いておいて――、あれ以来、陛下のもう一段深く、身体と心の「ナカ」に入れるようになったような感触がある。
ええっと、ナカっていうのはその、エッチな意味じゃなくてね!?
「陛下……?」
反応が薄い。わたしはそっと陛下の胸に手を置いたまま、じっと彼の顔を見上げた。
彼の肌から直接伝わってくる体温は、やっぱり高くて熱いのだけれど、今までよりもずっと人らしい温もりがある気がする。
「そう……だな」
エンジュ陛下は少しだけ目を閉じたまま、何かを確かめるように呼吸を整えていたけれど、ゆっくりと目を開けてわたしを見つめた。
「キーラの魔力も、あたたかかった。今までよりもさらに熱くて気持ちがいい」
「そ、そうですか……?」
なんだか、恥ずかしい。
うん、別にそういう意味じゃないってわかってるけど!
「それに……たしかに、今日は手足に力が入る気がする」
「ほんとですか!? よかった!」
思わず嬉しくなって、ぴょんとその場で跳ねそうになるのをどうにか踏みとどまる。
だってここは陛下の寝台の上だし、落ち着かなきゃね。
で、……でも! すっごく嬉しい!
「よかった! よかったですね、陛下!」
「……そうだな」
えっ、………エンジュ陛下、今、笑った?
今、確実に口元が――ちょっと、ちょっとだけど――上がった!
いや、なんというかね、エンジュ陛下の瞳が、最近いつもよりもやわらかいんだよね。
あの透き通る空色の瞳の奥が、ふんわりと柔らかい。
いつもは透き通って氷みたいな色をしてるそこに、あたたかな色がにじんでいるみたいな。
「キーラ、お前のおかげだ」
「いいえ、陛下が頑張ってるからですよ!」
嬉しい。やっぱり白魔術師だもん、人の役に立てるのは、素直に嬉しい。
うぅ、顔が熱い。夜の冷えた部屋なのに、なんだかほっぺたがぽかぽかする。
でも、このときのわたしはまだ知らなかった。
こんなに嬉しくてあたたかい気持ちのすぐ先に、落とし穴がある、なんて。
わたしは気づいてなかった。
治療で陛下の身体のナカに、たくさん魔力を載せられるようになった。
けれど、もちろん、わたしの魔力の最大量は変わっていない。
つまり―――わたしの”ナカ”の魔力が、枯渇しやすいってことに。
その次の日だった。
なんだか、朝から気持ちが悪い。
「皇后様!? お顔の色がすぐれませんが……真っ青ですよ!?」
「……っ、あ、れ……?」
(なんだか、視界が……ぐらぐらして……あれれ、床が近い……?)
確かに調子があんまりよくないな、とは思ってたんだよね……と言いかけて、わたしは床に倒れこんでしまった。うーん石の床って冷たい……なんて呑気なことを思ってる場合じゃない!
皇后としての公務をしていた日の午後。書類仕事をしていて、よし、出来上がったから書記官さんの所へ持って行って――なんて立ち上がったわたしは、ふいに足元から崩れ落ちてしまった。
動けない。
「皇后さま!!」
「医者を、早く!」
「しかし皇后さまは王国の御出身で、魔力が……」
「急ぎ国にご連絡を―――」
なんかすごい大騒ぎになっちゃってる、これ……と、わたしは上へ下へこの大騒ぎを引き起こしてしまったことにただただ申し訳なく思っていた。
「ああこれ、王国だとよくあるただの魔力切れだから大丈夫ですよ~」……って、言いたくても伝わらない、っていうか口が動かない。
自分でも、わかってた。
最近、魔力の消耗が激しかったこと。
施術のたびに、ちょっとくらくらしてたこと。
けど、エンジュ陛下の様子が良くなっていくのが嬉しくて、嬉しくて――止められなかった。
倒れたわたしをいろんな人が囲んで、抱きかかえて、ベッドに連れてって、色々世話を焼いてくれてる――魔力切れって動けないだけで意識はしっかりあるんだよね。
優しいよぉ……申し訳ないよぉ……ってくらくらする頭の中で考える。
まわりの侍女や兵士さんたちの「皇后様おいたわしや」の視線がこれまで以上に刺さってくる。
そりゃそうだよね。夜な夜な呼ばれて、気づけば倒れて、見た目には完全に「やつれた政略結婚の犠牲者」だもん……。
本当は、違うのに。
本当に、本当に、全然、違うのに――!
そんなことを思いながら、わたしの意識は遠くなっていった。




