第15話:忘れえぬ月
納屋の中は、思っていた以上に狭かった。
いや、納屋自体は広いんだけれど。農具っていうのかな、花壇の世話する道具とか、土とか、なんかよくわかんない棚とかで埋め尽くされてて、隙間がない!!
現在わたくしキーラは、壁とエンジュ陛下の胸板のあいだに挟まれて、なすすべもなく立ち尽くしております。いや、立ち尽くしている、というよりも、もう抱き留められて、支えられてるというか……。
「……狭いな」
エンジュ陛下がぽつりと低い声で呟いた。
言葉がその喉を通るたび、胸に当たる響きがじんわりと伝わってくるのは、気のせいじゃない。
息を詰めたわたしの頭に、ふわっと彼の吐息がかかった。
「へ、陛下が、大きすぎるんですよ……っ」
小声で精いっぱいの抵抗をしてみたものの、状況は変わらない。
というかこの距離、呼吸ひとつ間違えたら、顔が――重なる。
「それは、そうかもしれんな」
思いのほかあっさり肯定された。
でもそのあと、ふいに彼の手がわたしの背にまわって、ぎゅ、と少し力をこめられる。
「ひやああぁ?!」
「大丈夫か」
抱きしめられた、のかと思ったけどそうじゃなくて、ただ陛下が腕の位置を変えただけだ。密やかな声で心配されて、わたしはただコクコクと頷く。
「潰れてないか?」
「だ、だいじょうぶです……!」
むしろ潰れるというより、心臓がどこかに飛びそうです……!
全身が、どくどくと高鳴る鼓動に包まれる中、見回りの兵士たちの足音が納屋にゆっくりと近づき――そして、遠ざかっていった。
「…………」
「…………」
その間、わたしと陛下は一言も話さずに、ただひっそりと身を寄せ合っていた。
月明かりの差し込む、誰もいない狭い納屋の中。
この場所は、完全にふたりきりの小さな世界だった。
見回りの気配が完全に遠ざかってから、陛下はようやくわたしをそっと離した。
周囲を確認しながら、ゆっくりと納屋から出る。
「……悪かったな、こんな目に合わせて」
目を伏せて、申し訳なさそうに言われ、わたしはぶんぶん首を振る。
「だ、大丈夫ですよ、陛下、そんなお顔なさらないで」
いや、そう。
呪いとかは全然大丈夫――大丈夫、なんだけど。
陛下とのこの距離は、正直全然、だいじょうぶじゃない。
顔とか、耳とか、絶対真っ赤になってる。
というか、このドキドキ、まだ全然止まらないんですけど……も……。
外へ出ると、月はまだ空の高みにいて、まるで何もかもを見守ってくれているみたいだった。
「……綺麗な月ですね」
話題を反らしたかったのもある。
でも本当に月が綺麗だったからわたしがそう言うと、エンジュ陛下は小さく頷いた。
月だけが、わたしたちを見ていた。




