表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/41

第14話:月下の花畑

 


 夜風がそよいで、わたしの髪を揺らす。

 花が舞う。華やかだけれど穏やかな、優しく甘いにおいに満ちていた。

 そこは、帝国の小さな裏庭。


 小さいと言っても十分な広さがあるんだけどね!

 月光に照らされた薄青い花々が、夜空に浮かぶ満ちかけの月とまるで呼応するように咲いていた。

 王国でも見かけたことがある。

 月光花と呼ばれる、美しくて珍しい花だった。


「……綺麗ですね」

「ああ」


 思わず声が漏れる。

 青というより、銀と蒼の中間みたいな、なんともいえない幻想的な色。

 

 そのとき、エンジュ陛下がぽつりと言った。


「……キーラの、目の色だな」

「え?」

「この花の色だ。……キーラの瞳に似て、とても綺麗だ」


 心臓が、跳ねた。

 ええ~~……ちょっと。

 ちょっと待って。なにその、急な言葉。

 ふいうちがすぎて、心が追いつかない!


「そ、そんなこと、ないですよ……」

「いや、キーラの色だ、間違いない。毎晩見ている、俺が言うのだからそんなことはあるのだ」


 あのさあ。

 今度は顔から火が出そうだった。

 こんな夜中に、皇帝陛下からそんなこと言われるとか聞いてません。心臓に悪いです、ほんとに。

 でも、エンジュ陛下はそのまま、少しだけ笑った。

 ちゃんと、目元がゆるんで口の端が上がって――。


「綺麗だな、キーラ。連れてきてくれて感謝する」


 陛下の笑顔を、わたしは初めて見たかもしれない。


「陛下……?」

「そうだ。お前には本当に、感謝しているんだ」


 そういって、陛下はそっと私の手を取った。


「え、えぇ、と」


 思わず、変な声が漏れてしまった。

 

 施術中、散々肌に触れているのに。不可抗力だったけれど、もっとぴったりとしたことだってあるのに。

 手と手を握り合っているだけで、身体が熱い。

 本当に、ちょっと待って……これは無理……!


 月光花の花びらが、夜風にそよそよと揺れる。

 エンジュ陛下の声も、その風の中に溶けるようにやわらかくて、優しかった。


 あたふたと顔をそむけるけど、手は離せない。大きくて、温かくて、指がしっかりとわたしの手を包んでくるけれど、その手が震えていて――わたしは目を伏せた。



 陛下って不思議な人だ。

 顔も仕草もわかりにくくて、見た目はちょっと怖くて。

 それでも言葉はまっすぐで――とても優しい人。



 安心させるように、わたしは顔を上げて陛下を見つめると、そっと手を握り直した。

 裏庭の花壇の前で見つめあう。

 月光が、エンジュ陛下の空色の瞳を綺麗に照らしていた。


「……キーラ。お前が皇后としてここに来てくれたこと、本当に、感謝している」


 真剣なその声音に、思わず息をのんだ。

 そんな、と言いかけたわたしの言葉は静かに首を振って止められる。


「初めて会った時から、俺はキーラにずいぶんと冷たくあたった。あれは……不本意だった、でも酷かったろう。お前には、ずっと謝りたかったんだ」

「陛下……」

「随分な言い方や態度だったと思う。お前を損ねるような、雑な言い方もした。でも、それでも――お前は逃げなかった。何度も痛みに触れて、何度も俺を癒してくれた……。ありがとう、キーラ」


 まっすぐな瞳と、まっすぐな言葉。

 ごまかしも飾りもなくて、不器用だけど誠実で胸に刺さる。

 ううん、刺さるんじゃなくて、染みるみたいだった。

 心の奥に、じわあって。ゆっくりと、エンジュの優しさと言葉がわたしの中に広がっていく。


「……陛下の方こそ」

「?」

「がんばって、らっしゃいますよね。わたし、ちゃんとわかってますよ」


 手を握り返すと、その指先が震えた。


「わたし、確かにエンジュ陛下のこと、最初は怖かったです。それにわけがわからなくて……だって……、いきなり名乗りもせずに、名前も呼んでくれなくて、寝所に来いって」

「それは、悪かったと」

「もう、今では全部わかってますから大丈夫ですよ。エンジュ陛下は、我慢強くて、優しい皇帝陛下です」



 わたしの声が震えていたのは、花のせいでも、風のせいでもない。

 目の前のエンジュ陛下がずっと閉じていた心の扉を、ほんの少しでも開けてくれたことがたまらなく嬉しかったから。

 陛下の指が、少し強く、わたしの手を握った。

 まるで――何かを決意するように。


「キーラ」

「? 陛下?」

「俺は――」


 その瞬間だった。


「!」

「!!!」


 わたしたちは同時にびくりと目を見開く。

 遠くで――カツン、カツン、と規則的な足音が響いた。


 (見回りです、陛下!)


 わたしが小声でそう叫んだとき、陛下はすでにわたしの手を引いて走り出していた。

 足音をかき消すように、小走りで、わたしたちは石畳を駆け抜ける。


「納屋だ。飛び込むぞ」

「ええっ!?」


 そう短く言って、陛下は裏庭の片隅にある小さな古納屋の扉を勢いよく開ける。ぎゅっと中へ引き寄せられて、わたしたちは一緒にその中に飛び込んだ。


「……せ、狭……っ!」


 思わず声が裏返った。

 狭い、なんてもんじゃない。ギュウギュウだ。理由は完全にわかっているけれど。


「……20年前は、もっとすんなり入れたのだが」

「どう考えても体躯が違うでしょう、陛下!」


 ものすごく、距離が近かった。

 というか、わたし、完全にエンジュ陛下の腕の中で、抱きしめられてる状態なんですけど!?



(続)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ