第1話:夜、部屋に来い
お城の中に入った途端、すれ違う侍女さんや兵士さんたちが、なぜかみんな神妙な顔をしてる。
え、わたしなんかした……? それとも、この王国流のドレープの効いた濃紺のシルクドレス、変だった? それとも普段こんな衣装着ないのバレバレで所作がおかしいとか!?
ビクビク身を縮めてると、耳に入ってきたのは、侍女さんたちの小声だった。
「……あの方が、新しい皇后様……?」
「可哀想……」
「まだお若いのにねぇ」
ええっ!?
嫌われて居なさそうなのは何よりだけど、さっきは首が飛ぶぞ、で、今度は可哀想って何!?
思わず「ど、どんなご事情がおありですの~~~?」って聞きたくなったけど、わたしにそんな勇気もなく、ただただ曖昧な笑みを浮かべるしかできない。
周囲は「婚礼」っていうか完全に「葬式」って空気だし、さっきの護衛の「首が飛ぶぞ」って言葉が急にリアルに思えてくる。
で、そんな不安が最高潮になったところで、案内されたのは、大広間。
さすが帝国が誇る王城の大広間。
天井がとんでもなく高くて、窓も床も、たぶん鏡石、全部が磨き上げられててピッカピカ。
でも、そんな豪華な空間のど真ん中に、ただひとり立っていたのは――
深紅のマントがひるがえる。
うん、デカい。
とにかく大きくて、怖そうな男の人だった。
この人が、皇帝エンジュ。
そして、わたしの夫になる人。
……思ったよりも若い。
というか、わたしより10歳は年上って聞いてたけど、そんな風にはぜんぜん見えない。
大広間の光源が淡いのも相まって、どこか影がある顔立ちに見えた。肌の白さと鳶色の髪がやたらと目立つ……あと、本当に背が高い。顔の彫りの深さも相まってなんか彫像みたい……。
なにより瞳――薄い空色が、まっすぐにこちらを射抜くように見つめてきて、ドクンと心臓が跳ねた。
こ、こわい。
けど、綺麗。
なんかね、野生の動物みたいな。研ぎ澄まされてる美しさがある――なんて思っていたら、その皇帝サマがいきなりこっちに近づいてきたので、わたしは思わず背を反らせてしまった。
やっぱり怖い。めちゃくちゃ怖い!
近寄ったら絶対斬られる。サクッとやられる感ある!!
そんな妄想で、パニック寸前のわたし。
ずんずん近づいてくる冷酷帝。
そして1メートルくらいの所で、わたし達は見つめあった。
空色の目って初めて見た。
綺麗だなぁ……なんてぼうっと思っていると、いきなり言われた。
「夜、部屋に来い」
低い声だった。大広間の高い天井に、その声が響いて溶けて、シンとした。
──し、死んだ。
これ、知ってる! こういう展開、わたしちょっぴり大人向けの御本で見たことあります!
最初に服ビリビリビリィってされて、あーんなことやこーんなヒドいことされて、心も体もズタボロにされるやつだよ……!
■
結局その後すぐに陛下は部屋に引っ込んでしまって、わたくしキーラはそのまま皇后様のお部屋になる場所に連れてこられて、陛下のお部屋に行く準備をしております。
なんとなんと、あの大広間で一言言葉を交わしただけで、婚礼の儀式は終わりらしい。
本当???
ともかく、ともかく。
夜、部屋に行く。
そりゃあ、やることはひとつでしょうよ?
でも、落ち着いて、わたしの妄想力……と、一度深呼吸をして一旦ブレーキをかける。
もしかしなくても、さすがにさすがに!
わたしの名前すらお伝えしていないのに、すぐにお手付きなんてないんじゃない?
ほら、部屋に来い、って……あんなところでは言えない、わたしに何か極秘裏に伝えることがあったのかも……?
そんな呑気な考えが浮かんでくる……けれど!
侍女さんたちはあたりまえのようにうなずきあいながら、わたしに妙にスッケスケな夜用ドレス(ドレスというかほぼ下着)を着せてくるし、これもう、ほんとにそういう流れなの!?
あの冷たい空色の瞳が、ふいに脳裏によぎる。
すごく綺麗だった、あの空色。
(ほんとは、優しい人……かも、なんて、思いたい……。ほ、ほら、まだわかんないし、ね?)
とりあえず、スケスケ夜用ドレス~新婚仕様~を纏ったわたしは震えながら皇帝陛下の待つ部屋へと向かったのでした。
本当にわたし、これどうなっちゃうのかなぁ……。
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