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第12話:小さな約束

 

 「……はぁ、はぁ、……今夜は、これくらい、です、かね……」

 「大丈夫なのか」

 「はい、お気遣いなく――寝れば、回復するので」

 

 ゆっくりと陛下の、今日は背中から手を離してわたしは息を吐く。

 施術が終わり、わたしは汗をぬぐい、陛下も椅子においてあった紺のガウンを纏った。




 


 「そういえばこの間スオウさんと初めてお会いしましたよ。シュリちゃんと一緒でした」

 「そうか」 

 「……陛下?」


 施術が終わっても、陛下は寝台を降りないことが増えてきた。

 わたしもなんだか離れがたくて、施術が終わった後、わたしたちはこうして並んで、なんでもない会話を続けることが増えてきた。

 今日のエンジュ陛下はいつになくぼんやりと窓のほうを見つめている。その視線を追うと、そこには――ちょこん、と小さな小鳥が、窓辺にとまっていた。

 茶色のふっくらした身体に赤い小さなトサカ。見たことのない種類だったけど、まだ子どものように見える。


「珍しいですね、こんな時間に小鳥……」

「そうだな、ふわふわだ」


 そう言った陛下の声がなんだかどこか寂しげに聞こえて、わたしはそっと隣に歩み寄った。


「かわいいですね。あの子、いつも来るんですか?」

「……時々な。夜のこの時間だけ、どこからか現れて……なぜかこの窓に来る」

「ふふ、それ、陛下が優しそうな顔して見てるからじゃないですか? 会いに来てくれてるんじゃ?」

「優しい顔……?」


 怪訝な表情でこちらを見るその目に、クスッと笑ってしまう。


「はい。エンジュ陛下のお顔、とっても優しいですよ」


 陛下はいつも、なにかを言われるとすごく考え込んで、時々困ったような顔になる。

 それがすごくかわいいって思ってしまってること、言ったらまた同じような顔をするんだろうな。

 わたしたちはしばらく、小鳥の様子を黙って眺めていた。

 しんと静かな時間だったけれど、不思議と居心地は悪くない。


 ――でも、ふと、思ってしまった。


(本当なら窓から小鳥を見るだけじゃなくて――……お庭に出たりして、風を感じながら眺められたらいいのに)


 呪いを受けてから、部屋から出ていない。そう言っていた陛下。

 誰に見咎められて、「皇帝陛下は呪われている」という噂が立つかもしれない。だから、部屋からは出ない。公務は最低限――


(きっと、すごく窮屈だよね……)


 わたしは小さく息を吸った。


「あの……エンジュ陛下」

「なんだ」

「ご提案なのですが……。今度こっそり……外に出てみませんか?」


 ぴくりと、目の前の大きな肩が動いたのがわかった。


「外?」

「はい。もちろんわかってますよ、呪いがバレちゃだめなんですよね? だから、人のいない時間にちょっとだけ。わたしがいれば万が一呪いが暴走しても抑えられますし、最近、調子もいいじゃないですか」

「だが」

「……ずっと部屋の中ばかりじゃ、辛くないです?」

「……」

「夜でも帝国の空は綺麗ですよ。裏庭にあった噴水、きっと月明かりできらきらしてます、花畑も。行ってみませんか? ふたりで、ちょっとだけ」


 そのとき、エンジュ陛下はわたしを見て、なにか言いかけて――けれど、結局言葉にはせずに、ふっと目を細めた。


「……そうだな、キーラ、お前がいるなら……。ただし策を練る。この城の見張りは、手厳しいぞ」


 どこかいたずらを思いついた少年みたいなそんな微笑みを浮かべるエンジュ陛下に、わたしの心がじんわりと温かくなった。


「じゃあ、決まりですね! 計画は、わたしたちだけの秘密ってことで」

「……ああ」


 小鳥は、窓辺から音もなく飛び立っていった。

 そのあとに残ったのは、わたしたちの、小さな約束。


 ほんの少しだけ――また陛下との心の距離が、近づいたような気がした。



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