第11話:好意と誤解
そんなある日。
皇后としての仕事も特に今日はない――ということで今日は、夜エンジュの部屋にいくまで一日のんびりとする日だ。
普段より簡素な、碧色のワンピースタイプのドレス。リボンを少な目に、と頼んだ甲斐あって最近わたしに用意されているドレスはずいぶんとあっさりとした形の装飾少な目のものが多くなっている。ありがたや。
そんな恰好で城の中をのんびり歩いていると、前方に見知った姿を見つけた。
「あれ……シュリちゃん?」
つい声をかけると、こちらを見たシュリちゃんが、ぱあっと明るく微笑んで駆け寄ってきた。
か、かわいい! かわいい!
今日は黄色のふわふわシフォンのドレス姿。左右で編み込まれた髪がふんわりしていて妖精みたい。その鳶色の髪が走るたびにふわふわとドレスと一緒に揺れていて、本当に天使みたいだった。
「キーラ! 久しぶりね! なかなか会えないから寂しかったのよ!」
「わたしもです、シュリちゃん!」
「もう、キーラ! あなたもシュリ、と呼び捨てにしてくださいな」
ね?と首をかしげるたびに髪がゆれて可憐だ。
10歳にしてはずいぶん大人びている気がするのは、皇女という立場だからだろう。
それでも明るいその姿は、まさに帝国の花! 癒しの天使、可憐な妖精。
(ほんとにかわいい……)
胸元に飛びつかんばかりに駆け寄ってきたシュリちゃんの手を取った、その時。
シュリちゃんの後ろから声がした。
「シュリ様、あまり皇后様を困らせないように」
「ふふっ、やだわ、スオウったら。 ああそうだわ、ねえキーラ、紹介するわ! こちら、兄さまの親友で――」
シュリちゃんの後ろから歩いてきた男性に視線を向ける。
黒衣のような深い紺の正装は、王国の魔術師さんたちのローブとちょっと似ていた。肩を過ぎる長い赤黒色の髪に、すらりとした体躯。鋭い赤い目元はじっとわたしを見つめていた。
少し威圧感を感じるけれどどこか含みのある、品のいい微笑みを浮かべたお兄さん。多分陛下と同じくらいか少し年上な気がする。
「私は、スオウ。この国の宰相を務めております。皇后陛下、ようやくお会いできましたね。陛下からよくよくお話は伺っております。解呪の件、本当に感謝しております」
「えっ、あっ……え……えへへ、あ、ありがとうございます……じゃなかった、ありがとう?」
うっかり、いつもの調子で動揺してしまって、頭を下げるのも中途半端になってしまった。そうそう、いけない、いけない。わたし、いちおう皇后だったわ。ヘラヘラしちゃ、だめなのよね……?
「陛下の容体も随分と落ち着かれておられますよ。特に日中、以前のような激痛の兆しは少ないようです……感謝しております、皇后陛下」
ああそうだった。
この人、たしか陛下の親友で、今仕事を全部まとめてる宰相さん……スオウさん。
城内でも名前だけはめちゃくちゃ聞いてたけど、実際にお会いするの初めてだった。。
「い、いえっ、あのっ、それは、施術はもちろんですが、陛下ご自身がすごく我慢強く……頑張ってくださっているので。わたしも、全力を尽くします」
「ありがとうございます。あなたが来られる前の陛下が、ほとんど痛みで眠れていないような状況でした。今も時折は痛むようですが随分とマシに……。本当に、皇后様には感謝しているのですよ」
「そ、そうですか」
笑顔でそう返したつもりだったけれど、内心はズシンと重くなった。
やっぱり……まだ痛むんだ。
最近、少し距離が近くなったように感じてた。陛下から話しかけてくれたり、名前で呼んでくれたり。あれって、少しずつ良くなってきた証拠だって思ってたけど、わたしにまだ痛いとかそういう話はしてくれない。
やっぱりまだ、わたしには心を許してないのかな。
そう思っていたのが顔に出てしまっていたのかもしれない。
「皇后陛下、そんなお顔をなさらず。……エンジュ陛下は、あなたに弱みを見せたくないのでしょうね」
「え?」
スオウさんの優しい声に、わたしは顔を上げた。
「どういう……?」
「惚れている女に、痛みに呻く姿は見せたくない。男はみな、そういうものですからね」
「……。 え……………?」
最初、何のことかわからなかった。
でも、次第に、顔が熱くなってきて、真っ赤になって。
「そ、そ、そんなこと……」
耳まで熱くなって、逃げ出したくなるくらいの衝撃。
スオウさんがからかってるだけなのかな、なんて思ったけど相変わらず鋭い赤い瞳はめちゃくちゃ真剣だし、そんな私にシュリちゃんがさらに追い打ちをかけてきた。
「ふふ、きっとそうね! エンジュ兄さま、この間お会いしたとき、ずっとキーラの話ばかりしていたのよ?」
「えっ、えっ、でも、えーっと、それは……ほら、わたししか陛下お話してないから……」
「そんなことないのよ! キーラ、本当にありがとう。兄さまのこと、くれぐれもお願いね」
シュリちゃんとスオウさんににこにこされて、わたしはもうどうしていいかわからなくなってきてしまった。
なに、この、幸せ空間。
心拍数がおかしい。
皇后がこんな顔してていいのかな。
正直ちょっと、嬉しかった。
でも―――。
■
ふたりと別れてから、廊下を歩きながらなんだか心がふわふわしていた。
(陛下が、わたしに、弱み……? 惚れて……?)
そんなわけ、あるのかな。
でも、だったら嬉しいかも。
いやいやいや、でも、そんな、そんな。
ふたりからの言葉に、ああもう、頭の中でぐるぐるが止まらない。
だってわたしは――陛下の解呪のためだけに結婚した皇后なのに。
そんな中、ふと耳に入ってきた声に立ち止まった。
「……それにしても、皇后様っておかわいそうよね」
むむ、わたしの話題?
柱の陰で侍女たちが三人ほど集まって、こそこそと話している。
思わず立ち止まって、そっと近くの陰に隠れてしまった。
ほら、やっぱり陰口叩いてる相手に見つかったら、気まずいでしょう?? 何とかやり過ごそう……と隠れたわたしに侍女たちは気づかずに話し続ける。
「本当に陛下も懲りずに……! 皇后さま、呼びつけられては、毎晩やつれた顔で戻ってこられるのよ」
「汗だくで、ふらふらで……。いったい、どんな酷いことをされてるのかしら」
「おいたわしや。エンジュ陛下も昔は優しかったのにねえ」
思わず、飛び出してしまいそうだった。
ちがうの!
汗だくなのは魔力をバリバリにつかう施術をしてるからで!
呪いがすごく重たくて、力を使うからで!
陛下は、なにも……悪くない!
なんにも……酷い事、してないのに……。
でも、言えなかった。
わたしが否定すればするほど、きっと余計な誤解を招く。
(そうだよね。やるしかない! わたしがはやく解呪すればいいだけだから……! )
スオウさんとシュリちゃんの言葉で、ふわふわしてた自分を反省した。
きっと、わたしの気持ちとか、そんなことはどうでもいい。
わたしの役目は――呪いを、癒すこと。
(……なんとか、しなきゃ)
自分に言い聞かせるように、呟いた。
恋とか、愛されてるとか、そういうのは後回しでいい。
わたしは皇后なんだもの。
エンジュ陛下を、解呪するために、わたしはここにいる。
それだけは、絶対に忘れちゃいけない。




