第10話:いきなりの寵愛①
治療の時間だけが、わたしとエンジュ陛下が顔を合わせる唯一の機会だ。
相変わらず陛下の寝室は静かで、陛下の話す言葉は少ないけれど、それでも彼自身の雰囲気はほんの少しずつやわらかくなっている、気がする。
凍りそうなほど冷たかった水が、だんだんぬるま湯くらいにはなってきた、ような。
そんな、ささいな変化。
白い魔力を手に込めて、わたしはいつものようにエンジュ陛下の胸に手を置いた。
一度暴発して以来、呪いの波はごくごく穏やかで、今日も暴れる気配はない。
もしかしたら、あの時のギスギスしていたわたしたちの空気が原因だったのかな、なんて思うくらい。
「今夜は、少し温かいですね」
「そうだな」
いつも、気温とか、天気とか。
今日は皇后の仕事、こんなことしたとか。
他愛ない、それだけの会話なのに、わたしは胸の奥がじんわりする。
わたしを呪いに巻き込むまいと、顔すら見ようとしなかった人が、名前すら呼ばなかった陛下が、今はこんなふうに言葉を返して、見つめて、頷いて、返事をしてくれる。
やさしい空色の瞳。短い鳶色の髪が頷くたびに揺れる。
それだけで嬉しかった。ほら、こう、あんまり懐いてくれない動物が、そばに居るのを許してくれた、みたいな。
「……今日は槍を握ってみた」
そしてついに!
治療中にぽつりと陛下がそうつぶやいて、わたしはびっくりして手を止めそうになる。
いや、実際ちょっと止まった。
しゃ、喋った! エンジュ陛下が、自分から! 喋りかけてくれた!
「陛下、自分から喋ってくださったの初めてですね!!??」とか言いたくなっちゃったけど、一生懸命喉奥へ押し込む。だって、きっと、そんなこと言われたら恥ずかしいだろうし。
「えっ! ほ、本当ですか?」
「ああ。キーラのおかげで痛みが和らいでいたので、少しだけ……」
「そうなんですね」
「以前のようには振るえなかったが、それでも進歩だな」
エンジュ陛下の横顔が、ほんの少しだけ悔しそうに歪んだ。
そういえば兵士さんが、エンジュ陛下は槍の名手だった、っていってたな……って思いだす。
どれだけの年月、武芸に打ち込んできたんだろう。
この国の皇帝として、武器を持てないことが、どれほどの痛みか――。
「そう、ですか……」
「全てお前のおかげだ、キーラ」
「え?」
「お前の治癒の前、俺は槍を持とうとすら思わなかった。お前の力は心も癒すのだな」
今日はめっちゃ喋ってくれるんですね、陛下!
う、嬉しい……。
口元が嬉しくて上がってしまいそうになるけど、一生懸命平常心を保つ。
プルプルしちゃってるかも、だけど。
「陛下、そういうの、どんどん伝えてください!」
「?」
「わたし、嬉しいので! やる気出るので!」
「そう、か」
そういって陛下は少し考えこんで――そして、口を開いた。
「……お前の魔力は、温かい」
「え?」
「気持ちがいいんだ。痛みがやわらぐだけじゃない、こう……俺の中に、沁み込んでくる」
「……そ、そうなんですね」
もちろんわたしは呪われたこともないし、解呪されたこともないから「そうなんですね」としか言えないんだけど。
き、気持ちいいんだ……。し、沁み込むって……いい意味、だよね?
どうしたんだろう。いや、ええと、伝えてほしいって言ったのは、わたしだけど!!
顔が熱い。ま、まだ治療残ってるのにな……集中集中!!
饒舌な陛下に、どうにもなんだか心がソワソワしちゃう。
でもそんなわたしに、さらなる爆弾が降ってきた。
(続)




