第9話:皇后として
それからの帝国での毎日は、少しずつだけれど、いい方向にまわりはじめた、気がする。
なんと、昼間。
皇后としてのお仕事を任せてもらえるようになったんです!
朝の謁見には出られないけれど、地方からの報告文をまとめたり、侍女さんたちの勤務状況を整えたり、お台所の予算を見直したり。
帝国の中枢に関わるようなすごいお仕事ではないけれど、どれも大切なものばかりだった。
「皇后様、助かります。こういう事務的な処理は内内に処理したいのですが、なかなか担当の者がおらず」
おずおずと言ってくれた書記官の青年のお話によると、エンジュ陛下が外に出てこなくなって、そういうお仕事は宰相のスオウさんが一人でかかえてこなしてらっしゃるんだとか。
スオウ……なんかどこかで聞いたことがあるなぁその名前……と言う顔つきのわたしに、侍女さんが「皇女シュリ様の後見人です。エンジュ陛下とは幼いころからのご友人なんですよ」と小声で教えてくれた。
ああそうだ! こないだシュリちゃんと話していた時に出てきた名前! っていうかシュリちゃん探してた人じゃん! とそこで思い出す。
「わたし、元々こういう仕事好きなんです」って書記官さんに笑ったら、ほっとした顔をしてくれたのが嬉しくて、よーし、頑張ろう!って思えた。
それからというもの、侍女さんや兵士さんたちと話す機会が増えていった。
「皇后様、見てください。新しい訓練用の槍です。陛下が直々に選んでくださったんです!」
「わ、わたしに見せていいものなの? これ、刃が……すごい綺麗!」
「エンジュ陛下は昔から武具の目利きに長けておられましたからなあ」
若い兵士が誇らしげに語る横で、年配の将軍さんが懐かしそうに目を細めていた。
「……ええっと、エンジュ陛下って、昔からああだったんですか?」
素知らぬ顔で訊ねてみると、将軍さんは首を横に振った。
「いや、昔は……本当に立派なお方でした。どこまでも真っ直ぐで、民の声にもよく耳を傾けておられた」
「……今でもそうだと思いますよ」
わたしがぽつりと言うと、将軍さんは驚いたように目を見開き、それから静かに首を振った。
「そうだと、願っておりますが。部屋から出てこられませんからな。我らのことも、国のことも――どうでもよくなってしまわれたのか――」
「皇位を得るために、兄二人を殺められた方ですからな」
ちが――――う!!って叫びたかったけど、呪いのことはナイショなので、わたしはむぐぐと口をつぐんだ。
でも。
みんな、恐れてばかりじゃないんだ。
陛下を、ちゃんと見てる人たちがいる。信じてる人たちがいる。
わたしは、そのことに、ものすごく救われた気がした。
お城の中だけじゃなく、帝都の様子も少しずつ知るようになった。
視察に行ったり、農政の報告書を読んだり、職人さんの話を聞いたり。
フソウ帝国って、最初はラグーノ王国と全然雰囲気も違うし、ちょっとこわい国だと思ってたけど――そうじゃなかった。
無駄なことを嫌う、実直で効率的なやり方。でも、人と人との繋がりはあたたかい。わたしが書類を手伝えば「皇后様もご苦労様です」と声をかけてくれるし、王国とちがって身分差があるんだけど、なんていうのかな、垣根がない。
なんだか、じんわりくる。
この国、好きだなあって思った。そして――この国の人たちのことも。
そしてなにより、こんな国の、頂点に立つあの人のことを。
(エンジュ陛下が部屋から出てくるのを、みんなが待ってるんだ)
早く呪いを解いて、完全に治してあげたい。
みんなの前に立つ立派な皇帝陛下としての姿を見せられるように―――。
「……わたし、解呪……絶対、やりとげなきゃ」
誰に言うでもなく、わたしは部屋でぽつりと呟いた。
ただ「呪いを解く」だけじゃ足りない。
この国の未来のために。
エンジュ陛下の、本当の姿を取り戻すために。
わたしは、この国の「皇后」として、この役目を絶対に果たすんだ……!
心から、そう思った。




