第8話:庇われて、惹かれて、通じ合う
エンジュ陛下の部屋に向かうときから、わたしは気まずい気持ちでいっぱいだった。
今日の衣服もまた、やたら透けてるシースルー・スケスケ・ナイトドレス。
これ、いくつ種類あるの?
ちなみに毎晩違う衣類なので、おそらくどんどん新作が作られているか、もしくはいっぱい用意されてる。何より施術以外、なぁんにもない!って分かってるのに、これ着る意味ってある???
完全にわたしは、やさぐれていた。
でも、着替えを拒否したら、侍女さんたちが泣きそうな顔で「皇后様、それでは陛下にお仕えする覚悟が……!」とか言ってくるし、実際、夜伽だと思われないと陛下の呪いのことを言わなきゃいけなくなっちゃうし、で。
だからもう、何も言えない。
そんなこんなで、いつも通りの緊張と羞恥を引き連れて、わたしは今夜も陛下の寝室に足を踏み入れたのだけれど。
やっぱり昨晩からのあの雰囲気のそのまま。
”冷酷帝”に戻ってしまった冷たいエンジュ陛下、そしてしょんぼりしてそのままほぼ無言なわたし。
「――始めるぞ」
低い声が、静かな部屋に響く。
エンジュ陛下は寝台に座ってわたしを待ち、わたしは目を合わせずにその前に座る。
わたしは一度無言で頷いて、指先に魔力を灯した。
いつも通りの解呪を進める。まず全体にわたしの魔力を呪印に沿って根を張ってそれからそこからゆっくりと身体の奥深くに向かって魔力を伸ばしていく――
「……触れますね」
手を伸ばして、陛下の胸元にそっと触れたときだった。
――ざわっ。
今まで、こんなことなかったのに。
何かが、逆流した。
(な、な、何っ―――!)
強い、黒い力が、体の奥からわたしに迫ってくる。
熱くて、冷たくて、どこかで見た悪夢のような気配。目を見開いた瞬間、それが呪いの暴走であることを理解した。
(だめ……っ、何、この力……っ……!?)
「……っ!」
「! 魔術師、俺から離れろッ!」
「だめです、暴発します!!」
陛下の声が鋭く跳ねた。でもわたしの身体は反射的に動いていた。
むしろ、もっと近づいて、そのざわざわする黒い力を強く押し込むようにする。
陛下の胸の奥から飛び出した力の奔流が、彼の全身を襲う前に、わたしが間に入った。
「きゃあっ!!」
「キーラっ!!」
とっさに、陛下の体に抱きつくようにして暴発を抑えようとして――破裂するような音と共に身体全体に衝撃が走った――けれど、なんとか障壁が間に合ったみたい。
陛下の身体の複雑な魔法陣から飛び出したその黒い衝撃を、わたしはなんとか抑えて弾けさせた。
「ま、間に合いましたね……?」
くらりと寝台に倒れこみそうになるわたしの身体を、陛下が抱き留めてくれる。
とっさにした行動に、わたし自身が一番驚いていた。
どうしてわたし、今、陛下をかばったんだろう?
いきなり冷たくされて、もうわけわかんないと落ち込んで。
それで――それでも、かばってしまった。
「……」
エンジュ陛下は固まったようにわたしを見ていた。
そして、ポツリと呟くように言う。
「キーラ。おまえと、近づけばその分呪いが」
「陛下……?」
「……距離を、とらねばと思った。知らないうちに、近づきすぎていて。だから……」
短い言葉だったしあまりにも言葉足らずだったけれど、わたしにはわかった。
陛下は――自分の呪いがわたしに移ることを恐れていたんだ。
優しいから。
だから急に、わたしと距離を取った。
言葉足らずで、うまく伝わらなくて――それでも、とても優しい人。
「陛下」
「なんだ」
「そんなことより……わたしの名前、初めて呼びましたね? 名前ご存じないのかと」
そう言って陛下の腕の中で笑うわたしを、陛下はなぜか泣きそうな顔で見つめた。
「名は知っている、と、言った」
「じゃあ、これからもちゃんと呼んでくださいよ」
「……キーラ」
低く絞り出されたその言葉に、わたしの心臓が跳ねた。
「はい」
「……ありがとう」
それ以上は、言われなかった。
けれど、その一言で十分だった。
冷たく、無表情で、まるで心がないみたいな彼の奥にある優しい心。
わたしはもう一度、彼の胸元に手を当てる。
そして深呼吸してから、ゆっくりと起き上がった。
「大丈夫です。わたしは陛下がずっと、誰にも頼れず、呪いに耐えてきたことを無駄にしたくありません」
「キーラ」
「解呪していると、感じます。わかるんです、どれほどの痛みか、どれほどの苦しみか――どれだけ、陛下が耐えてこられたかが」
「……」
「絶対に、解呪しましょう。わたし……がんばりますから」
力を込めて言うと、無意識にわたしの手から光があふれた。
白く、柔らかな白魔術の光。
癒しの力にみちたそれにあたたかい力が流れていく。
「キーラ……お前の力は、あたたかいな」
名前を呼ばれた。
それだけで、わたしはとても嬉しかった。




