第7話:拒絶
あの日、エンジュ陛下のことを色々教えてくれて、どこか優しい目線をかわしあった、と思ったのに。
なぜかは、わからない。
次の夜から、エンジュ陛下は――急に、元に戻ってしまった。
あの、冷たくて静かな、まるで石像みたいな「冷酷帝」に。
寝室に入っても、目も合わせてくれない。わたしが笑いかけても、ただ「さっさと治癒しろ」と短く言われて目を逸らされる。
ぽつん、と胸の奥に、小さな棘が刺さった気がした。
「……あの、今日、ちょっと寒くないですか? 毛布、かけ――」
「要らん。はやく済ませてさっさと帰れ」
びくりと指が震えた。
確かにエンジュ陛下は、淡々としてる。無口だし、余計なことはいわない。
でもこんな言い方をされるのは、はじめてだった。
(え……どう、して……?)
最初の時は、こうだったよね。
うん、これが陛下だよ。
そうなんとか心を納得させながら――魔術を流す。
でも施術中も、心の中はざわざわして仕方がなかった。
前は、優しかったのに。
目を閉じてくれて、うんって頷いてくれて――倒れかけた私を支えてくれたのに?
――あれは、幻だったの?
ううん、……あれが、もしかして嫌だった……?
ぐるぐると考えながら治療を終えて、わたしは思わず声にしてしまった。
「……エンジュ陛下」
「何だ」
「わたし、なにかしてしまいましたか? わたし、陛下とちょっと近づけたかなって……嬉しかったんです。お嫌だったなら謝ります、でも……どうしてですか? どうして、急に」
「……」
しばらくの沈黙のあと、陛下の低い声が落ちてきた。
「魔術師……お前は、悪くない」
でも、それだけ。
目も合わせてくれない。
声に温度がない。
(ほんとに……?)
陛下の瞳が見られない。怖くて、顔があげられない。
心にぴしりとひびが入った気がした。
それでもぐっと堪えて、お辞儀して、部屋を出る。
廊下に出たとたん、なんだか涙がこぼれそうになった。
誰かに見られるのが嫌で、足早に自室に戻る。
部屋の戸を閉めると同時に、涙がぶわりとあふれてきて止まらなくなってしまった。
だめ。侍女さんたちが心配しちゃう。
そう思っても――止まらない。
(……やっぱり、エンジュ陛下は”冷酷帝”なのかな?)
わたし、何かした?
しちゃったんだろうな。理由もなく、こんな冷たい事言う人じゃないんだもの。
なにか気に障ること言ったかな。
それとも、毎晩毎晩、こんなことしてるのに、全然解呪できないから、かな。
やっぱり――わたしは、ただ治すためだけの皇后だから。
仲良くなんて、なる必要なかったんだよね。
もともとお飾りで、解呪師をごまかして呼ぶために結婚しただけなんだから。
「……そっか、そう、だもんね」
涙が零れ落ちる。
ぼろぼろと溢れて、そこから先はもう止まらなかった。
侍女さんたちが声をかけてくれたけど、「ひとりにしてください」って言って帰ってもらって。
着替えも断って、布団に潜り込んで、銀の髪の三つ編みもほどかずに丸くなって。
泣いてるのばれたくなくて、枕に顔を押しつけた。
(わたし、なんでこんなに……寂しいの)
政略結婚だって、最初からわかってた。
陛下にとって、わたしは呪いを治すための道具――って、自分でもちゃんと割り切ってたはずなのに。
でも、あんなふうに、ちょっとずつ会話できるようになって、少しずつ心があったかくなって。
わたし――わたし、エンジュ陛下と仲良くなれてきたかな、なんて思っちゃってた。
でも陛下は別に、そんな風になりたくなんか、なかったんだよね。
「もっと知りたい」なんて、言っちゃったから。
距離を近づけすぎたのは、きっとわたしの方。
ひとりで、勝手に舞い上がって、勝手に、しょんぼりして。
「……ばかみたい」
涙で滲んだ目で天井を見上げて、思わずつぶやく。
部屋の中は、シンとしていた。




