第6話:あなたを知りたい②
手を当てては流し、また別の場所に当てては流し。
徐々にわたしの手からの魔力が小さくなる。
今夜も、これが限界だろう――。
「……ふう……。陛下、ええと、今夜はこれくらいで――」
魔力を流し終えたあと、軽く息を吐いた。その瞬間。
(あっ、やば)
ふらり、と視界がぐらついて、体が斜めに傾ぐ。
「大丈夫か!」
体が斜めに傾いで、頭がぐらんと揺れて――あれぇ、これ、ベッドに沈んじゃう、って思った瞬間。
強い腕が、しっかりとわたしの体を抱き留めてくれた。
え……あ、え……???
わたし、陛下に抱きしめられ、てる???
これ、夢じゃないよね?
っていうか、不敬!? 不敬罪??
「す、すみません……。今日はちょっと、魔力使いすぎて……」
ダメダメダメ!!
ダメでしょこれ、早く離れないと――って思ってるけど腕に力が入らない。
ええと。
魔力不足って、その、結構――ぐったりしちゃうんだよね。
意識はあるんだけど、体に流れている魔力がないから、本当にくたっとして動けなくなっちゃうの。
「無理はするな、顔色が悪い」
へ、陛下!
エンジュ陛下、距離、近いです!
施術を終えたばかりの、めちゃくちゃ熱い、陛下の身体。
それに体力をつかったせいか、互いの息がすごく浅くて、額と額が近くて、汗ばんだ肌がふれてて―――でも、不思議とそれが嫌じゃなかった。
むしろ心が、じんわりと温かくなる。
そっと寝台に仰向けに寝かされて、めちゃくちゃ優しく額に手を当てられた。
「大丈夫、か?」
陛下の慌てた顔、初めて見た。
可愛い。うん、なんだか可愛い。
彫りが深くて、キリッとしてる顔しかみたことなかったから、この慌ててる、目をぱちぱちさせてるこの顔が、なんだか本当に可愛くて。
ふふ、と声を洩らしたわたしを、エンジュ陛下はどこかあっけにとられた様子で見ている。
「なぜ笑う。苦しくないのか」
「くるしい、ですよ。でもふふふ、嬉しくて」
「嬉しい?」
「……。はい、嬉しいです。優しいんですね、エンジュ陛下って。ご心配ありがとうございます」
「……優しくなどない」
そう言って、腕を離すエンジュ陛下。
身体が、熱くて――うん、なんだろう、心も、熱い。
(もっと知りたい、陛下のこと……)
無表情に隠されたその心の奥に、わたしはそっと触れてみたくなった。
■
次の日の夜。
「陛下、お願いがあります。……解呪に必要なので、いろいろ教えていただけませんか?」
いつものごとくのペラペラレースの服のわたしに、上半身裸のエンジュ陛下。
寝台の上で向かい合って、わたしは陛下にそう問いかけた。
「何が知りたいのだ」
じっとわたしを見つめる淡い空色の瞳。
その奥には、ためらいと、怪訝なものを見る目と、どこか素直な色があった。
その声に、わたしはきゅんとして、にっこりと笑った。
「できるだけ、ぜんぶ、お願いします! 解呪に必要なので!」
そう言って、わたしはエンジュ陛下を見上げた。
大きな体に、いつもどおりの無表情。けれどその奥には、わたしの問いに困ったような、戸惑いの色がにじんでいる。
「……何を」
「ええと、まず、好きな食べ物は?」
「…………は?」
見事な間。あからさまにけげんな表情。
いや、わかってる、わかってるよ?
今の顔は、たぶんこんなこと聞かれるとは思ってなかった顔ですよね。
「いや、あの、ですね……ええと、呪いって心とか記憶とか、すごく深いところに根を張ることが多いので、陛下のことをよく知らないと、魔力の波長を合わせにくいんですよ」
これは、本当。
「だから、たくさん教えてほしいんです。お仕事のことでも、趣味でも、なんでも!」
これは、ちょっとわたしの欲が入ってる。
わたしは、ぱたぱたと両手を振って説明する。
すると、陛下はほんのすこーしだけ、目を細めた。
怒ってる……? いや、違う。
もしかして、笑ってる……?
わからない、けど。
「……食べ物なら、肉だな。あと……甘いものも嫌いではない」
そっと心に陛下の答えを刻みながら、魔力を流していく。
「では、趣味は? ご公務以外で、息抜きになるようなことってあります?」
「……槍の稽古だな。呪われてからは武芸は難しいが――体を動かすほうが、性に合う」
「そう、なんですね」
顔が、顔が近い、というか、熱い。
さっきの解呪でお互いちょっと汗ばんでるから、なんかこう、あったかくて、ちょっと息が上がってて、わたしまでどきどきしちゃう。
「じゃ、じゃあ、次の質問いきます!」
わたしはちょこっとだけ咳払いして―ちょっとだけ距離を取って、口を開いた。
「陛下が好きな色は?」
「空の色か。昔から空を見るのが好きだった」
「陛下の瞳も同じ色ですよね、すごく綺麗ですよ」
「……」
言い過ぎたかも。
陛下は黙ってしまった――でも怒ってる色はないから、大丈夫、かな?
「子どもの頃はどんな遊びをしてました?」
「あまり、記憶がないな。槍の稽古はしていたが――昔から、本を読むのは好きだった」
「いつも読まれてますもんね。今度貸していただけませんか?」
「ああ。……お前が良ければ」
ぽつぽつと質問を続けるわたしに、最初は驚いたようだった陛下も、やがて少しずつ答えてくれるようになった。
あれ、なんか、思ってたよりも――この人って――
「……陛下」
「なんだ」
「呪いが解けたら、どうしたいですか?」
その問いに、彼はすぐには答えなかった。
目を伏せ、少しだけ眉を寄せて、何かを探すように沈黙する。
やがて。
「民のために、生きたい。……ただ、帝国の未来を守りたいのだ」
その声には、痛みと祈りが混じっていた。
ああ――やっぱりこの人は、”冷酷帝”じゃない。
立派な、皇帝陛下だ。
絶対に解呪してあげたい――そう思って、わたしは陛下をまっすぐに見つめた。
夜は静かに更けていく。
この会話を通して、陛下と心の距離が近づいた。
――わたしは、そう思っていたのだけれど。
それは、わたしだけの勘違いだったのかもしれない。




