プロローグ:0日婚、わたし、皇后になりました
馬車の扉がぎぃっと音を立てて開いた瞬間、わたしは思わず息を呑んだ。
フソウ帝国の空は重たく、どこか濁った鉛色をしていた。
曇天。とにかく、暗い。雪が今にも振り出しそうなほど風も冷たくて、魔力にみちて緑豊かなラグーノ王国の柔らかい陽射しとは全然ちがっている。
視線を上げると、真っ黒な城がどっしりと目の前にそびえ立っていて――あれが「冷酷帝」の住む場所かあ、なんて思わずぽかんと口をあけてしまった。
そう、冷酷帝・エンジュ。
わたしの旦那様になる人。
なんでも、第三皇子だった彼は、帝位につくために兄を殺したらしいの。
それもふたりも!
王位のために兄を殺した冷酷帝――他国にもその名はとどろいている。
「……あれが王国からの皇后様、か」
「のんきな顔してんな……。あんなの、すぐ首が飛ぶぞ」
となりにいた護衛の兵が冗談交じりにささやいているのが聞こえて、わたしは慌てて顔を引き締めた。
三つ編みでひとつにまとめた白銀の髪を触りつつ整える。
いや、でも、ほんとに冗談で済むのかな……?
──今日から、わたしはこの帝国の皇后。
政略結婚って、よく言われるあれですあれ。
愛とか恋とかは、最初からないやつ!
■
そもそも、なぜ姫でも貴族でもない一介の貧乏白魔術師であるわたし、キーラ=ブランチェスカが、このフソウ帝国に嫁ぐことになったのかというと。
対外的には、「我らが魔導王国ラグーノと隣国・フソウ帝国の政治的なつながりを強化するため!」 ……なんだけど。
実際には、王国が過去に一度、政略結婚をドタキャンして、条件について何にも言えなくなっちゃったからなんだよね。
ちなみに、当時破談になったのは帝国の皇女様と王国が誇る国家魔術師さんの縁談だった。
実際水面下ではかなーり進んでたらしいんだけど、こっち側の国家魔術師さんが、なんと乳母さん(!)と結婚する、っていうか、もうしちゃいました! ってことで御破算になったみたい。
びっくりだよねえ。でも、あまあまな恋愛、ちょっぴりうらやましいなぁ……。
で、このたび帝国からの再度の政略結婚の要請があって、それにぴったりの条件の皇后……っていうのがわたしなんだって。
そこそこ名の知れた白魔術師で、かつ解呪ができるっていうのが条件らしいの。
解呪ってことは、呪いの武具でも使いたいのかな?
帝国は確か、魔力がある人間が少なくて、魔術や呪術があんまり発達してないらしいから。
我が家はラグーノの誇る白魔術師の三大名家のひとつ・ブランチェスカ――の分家の分家の分家……。
つまり、一応は名家の出身、ってことになるけど、苗字としてブランチェスカ名乗るのも恥ずかしいくらいなんだよね。なにより弟妹が八人もいて、口がいっぱい、生活はカツカツ。
そんな中で「弟妹の生活を保障する代わりに、帝国に嫁いでほしい」なんて言われたら、うん、そりゃ行くしかないよね。
それに何より、これは王命。
我らがラグーノ王国では王命は絶対だから。
「お姉ちゃん、すごいね!」
「お姉ちゃん、お妃さまだ!」
無邪気に喜ぶ弟妹たちの顔。わたしと同じ深い青の瞳でこちらを愛らしく見上げてくるあの顔を思い出すだけで、心はあったかくなる。
ちょっとくらい寂しくたって、あの子たちの生活を守れるなら頑張れる気がした。
……ただね、正直に言うと。
お姉ちゃん、帝国の空気がこんなに空気が重いとは思ってなかったのよ……。
帰りたい。
怖い。
帰れないけど。
ぼんやりとそう思いながら、わたしは今にも雪が降りだしそうなその重い空を見上げていた。
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