III話 アプホート
––––宇宙怪獣という存在は、この広大な世界の中でも十大災害の一つとして、また七不可思議にも数えられるほどに超常的な存在である。
その生物かどうかもハッキリとしていない未知の脅威の起源は全く明らかになっていない。
著者としては、イカルスゲートが開かれた際に発生する次元の断層を辿って現れるという一説が有力だと考えているが、如何なる論説においてもそれを裏付ける物的な証拠が見つかっていないのが実際のところである。
それらに共通する特徴としては、強固な外骨格と星雲のような体表面を持つこと、真空状態へ完全に適応し単独で宇宙空間を遊泳することが可能なこと、そして身体構造がそれぞれ全く異なりながらも(※確認されている限りでは※)脳細胞および電気信号を発する機能を持つ器官を有していないことが挙げられる。
最後のものこそこれらが生物なのかも不可解とされる所以なのだが、この特徴がどのような情報を示しているのかは全くわかっていない。
生きた個体を直接調査できれば話は変わってくるのだろうが、それがどれだけ困難な所業であるかをわざわざここで説明する必要はないだろう。
––––「命無き頂点捕食者:ヒルキンティオ・ジャラキアン著」––––
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此処はA7銀河・南半円のエテポス宙域。
宙央警察総合ステーションから数万光年を移動したエレオノーラ・デマリウスは、前方を歩くマーゴルト・サンダーハウスという男の先導の元、彼女が初めて訪れる施設の中を進んでいた。
「ここが今後我々の活動拠点となります。施設内に限れば、私用登録された携行銃器もウイルス性以外は持ち込んでいただいて構いませんよ。後で部下にデマリウスさんのためにご用意した専用私室を案内させます」
「それは……想像していたよりも手厚い待遇ですね」
「これぐらいは当然でしょう。貴女は私たちの活動における重要な役割を担う人物。そうでなくとも基本的な隣人への対応を疎かにするようでは、ペトケレジコ族のように宇宙で生きることを許される最低限度の品性も持ち合わせていないと自ら喧伝するようなものですから」
サンダーハウスは饒舌に今歩く施設を案内しており、デマリウスはこの施設が、全体的な外観も含めただの研究所ではなく明らかに軍事的な目的で運用されていることを察し始めていた。
「通常の宇宙怪獣との戦闘も想定しているため、それらを撃退し得るだけの兵器は保有させてもらっていますよ」
「……そうですか」
それは最早私有軍であろう。という言葉が喉のところまで出かかったデマリウスだが、結局は尤もらしい言葉で受け流されるのは目に見えているためその言葉を静かに飲み込んだ。
「さて、この辺りは主要な研究区画でしてね。我らが組織の中核となる人物を紹介しましょう」
今まで歩いていた区画と比べて彼女の専門外な機器等がそこら中に置かれた空間にやってきた。
そこで数いる研究職の人間たちの中でも特に冴えない雰囲気を漂わせる中年男性と対面する。
「紹介しましょう。こちら宙央警察警事曹長のデマリウス殿だよ。こちらはこの宙央総合科学研究所の研究主任であるヘプロイネン殿だよ」
「エレオノーラ・デマリウスと申します」
「あ、あぁ……モスケロだ。よ、よろしく……マーゴルトさん。もしかして彼女が、例の個体に接触した……?」
「その通り。だからここに連れてきたのですよ」
デマリウスの存在が例の人型怪獣と接触した者として識別されているところを見ると、この施設の人間が研究しているものはサンダーハウスの言葉通りで間違いないらしいと分かる。
「こう見えて研究対象への執着心は飛び抜けていましてね。他にもこの立場に置く人間の候補はいましたが、私は彼の執念を買ったのです。成果を出せるかは……また別の話ですが」
「た、正しい選択だったとすぐに理解できるさ……それより君。あの、オメガを直接見たのだろ? できる限りソレの情報を紙に書き出してくれないか……!」
「オメガ?」
デマリウスはヘプロイネンの言葉に疑問を覚える。
先の個体のように特殊な怪獣を研究しているのはわかったが、何がどこまで解明されているのかまだ聞かされてはいないものの、それでもこれから捕獲しようとしている存在に何やら意味深な名前を付ける理由にどこか引っ掛かりを覚えたようだ。
「貴女が遭遇した件の怪獣ですがね。これこそが我々の研究を最終段階へと導いてくれる完璧な検体だと考えており、故に我々はこの個体を“Ω”と呼称することになっています」
「あなた方は、一体何を研究しているんですか……」
「じ、時代を変えるほどの、画期的な電脳AIと通信システム。と言うのがわかりやすいかな……あの個体には従来の怪獣とは異なり人間のものと同じ働きをする脳細胞が存在するはずだ。それを利用すれば……」
「ち、ちょっと待ってください……!」
今度は疑問が生じる余地もなく聞き捨てならない言葉が聞こえてくる。
彼女は自らの知識に間違いがないことを思い返しながらその問題を指摘する。
「なぜあの怪獣が人と同じ細胞を有するという確証が? それにそもそも生物細胞を用いてCPUやAIシステムを開発するのは、他ならぬ宙央政府が定めた宇宙連邦国際条約によって固く禁じられているはずです!」
「第7条32項はそれ自体が論外だ! 初期開発段階で試作型が暴走したのはIF調整担当が有機性学習型人工知能の仕組みを理解していなかったために起きたヒューマンエラーに過ぎん! 当時の担当者が私であれば有細胞式の禁止などと言う愚かな制度など生まれず今頃は宇宙中にある全てのコンピュータに私のAIが搭載され演算機能や通信可能距離と速度、それに加えて––––!!」
ヘプロイネンは条約が話に出た途端人が変わったように憤慨し始めた。
サンダーハウスに目を向けると肩をすくめて部屋の外へ誘導される。
「いやぁ申し訳ない。彼の執念には期待しているが、ああいったところが玉に瑕ですねぇ……さて、次はオメガを捕獲するために宇宙中から集められた選りすぐりの実働部隊を紹介しましょう」
「サンダーハウス殿。その前にまずこの組織の本当の名前を教えていただけますか。宙央総合科学研究所などという当たり障りが無さすぎる名前は、捕獲作戦の実態を世間の目に晒さないための偽装でしょう」
「ハハハ。やはり貴女は優秀ですねぇ。あの時私が見込んだ通りだ」
楽しげに笑う男からはヘプロイネンのような人物が持つ、オメガという怪獣の捕獲という目的へ向ける真剣さのようなものが欠けているように感じられる。
そんなつかみどころのない様子も、デマリウスの目から見て彼に得体の知れない人間だという印象を抱かせる一因だった。
「“アプホート”と言います。これは私の故郷に生息するある猛禽類から名付けました。羽の1枚1枚が異なる色彩を持つ派手な生き物でしてね。全く異なる出自を持つ精鋭たちが徒党を組む事となるこの組織にはぴったりかと」
「なるほど」
「それと偶然にもこの言葉はもう一つの意味もありましてね。私は昔宙央軍で小さな軍艦を率いる立場にあったのですが、そうなってから初めての任務のために訪れた星で、独自に育まれていた言語の中に同じアプホートという言葉があったのです。私はある意味こちらの意味も我々に当てはまっているのではないかと思っていましてね」
「……それは?」
「神の使者、と」
〜〜〜〜〜
「アプホートですか?」
正式に天浪団の一員となってこのアリーシア号に乗る事となった翌日。
改めて自分がこれから住む場所として与えられた自室で、この船の一員であるAIのムーナさんによって次の行き先が案内された。
《いえーす! マクたんもお出かけの準備しといた方が……って、そいえばなんも持ってなかったね!》
「はっきり言わないでくださいよ……いつの間にかVirnはなくなってるし。私物も全部シプレルに置き去りで着の身着のままなんですよ……」
《まーまーそー落ち込まないのー! 今から行くアプホートは周囲八つの銀河も合わせた40%もの商業流通を仲介してる宇宙でも指折りのお買い物スポット! お金さえあればここでなら船でも家でもVirnでもなーんでも手に入っちゃうよー!》
そう、冒険やお宝が大好きな団長のジーアスさんだが、素寒貧の丸裸怪獣となってしまった俺に気を遣ってここまで大きな商業宙域に連れてきてくれたようだ。
ありがたい話ではあるが買い物をするには肝心の俺が無一文だという問題が残されている。
しかしそれについては「今後の活躍でチャラにすればいい」と一蹴されてしまった。
それはともかく先ずは朝食をいただこうと食堂に向かうと、ジーアスさん以外の皆んながグロリアさんの用意してくれた食事に手を付けていた。
「おはようございます。さっきゲートを通ったってことはもう到着してますか?」
「ええ、食事が済み次第早速出発したいと考えています。それと昨日お借りした石ですが、解析にはもう少し時間が掛かりそうです」
「分かりました……えっと、ジーアスさんは?」
「さっき寝るっつって部屋に入ってったよ。お頭はとにかくずっと動き回って暇な時に寝るからねー。今回の買い出しにゃ不参加でしょ」
そういえば普段の寝泊まりを宇宙船の中で過ごす人は昼夜の概念から縁遠くなり、生活環境が狂う離星症候群に掛かると聞いたことはあるが、俺もこの船に乗り続けているといずれそうなったりするのだろうか。
そうして腹も満たされたところでいざショッピングだと甲板に出れば、初めに最も大きな人工物が視界の奥からその存在を主張しているのがわかった。
「おおぁ……“星間接続コンテナ”……直接見たのは初めてです」
それは今自分たちがいる星系に存在する複数の惑星間を、文字通り橋渡しするように構築された巨大な鉄のパイプだった。
「あの巨大倉庫から毎日何百億トンもの貨物が入出品され、幾多の銀河における商業の要として活躍しているわけですね」
「そんな当たり前のことに胸張れるほど清廉な商売やってる企業なんてギュスタークぐらいでしょ。ココを取り仕切ってるマイギートは大分怖いとこにまで手ぇ出してるって噂だよ〜?」
「んなこたぁどうでもいい。どっか暴れられるとこはねぇのか」
「今回はコンテナ街での物資調達の後今日中に船へ戻りたいので諦めてください」
ニコさんやヴァンさんにディルさんと4人でコンテナの表面に作られた街に降りる。
ここはいくつもの銀河から集められた様々な品物が雑多に並べ売られる商店街。この一角をしばらくぶらついているだけでも今の俺に必要なものは大抵揃うことだろう。
「マックスさんは一通りの生活必需品でしたね。付き添いは必要ですか?」
「いやいや、もう子供って歳じゃないですからお構いなく! そっちもお好きに買い物しといてください!」
「迷子になったらちゃんと大人を頼るのよマクたん〜!」
そうしてすぐにそれぞれの目的の物を買うために一時解散となった。
統一感のない光景が連なる商店街と言えど、ある程度は外観から売られている物の傾向は分かるため、俺は目当ての物が置いてある店舗を探し始めた。
「まず最初にVirnを買うとして……部屋に置いておきたい物を包んだ後は、ジーアスさんに改まり挨拶の菓子折りでも用意した方がいいかな……?」
とにかく現代の最重要生活必需品と言ってもいいデバイスを買わないことには始まらない。
そうして目的の店を探すためそれ以外への注意力が散っていたのか、曲がり角から歩いてきたその人物とばったり衝突してしまった。
「はっ。すいません!」
「いえ、お気になさらず……あら?」
「んん? あれ!?」
さすがにぶつかってしまっては相手の顔を見ることになるわけで、そこで目に映った人物とは、同じようにこちらの顔を見て驚いているシプレルで出会った婦警。エレオノーラさんだった。
〜〜〜〜〜
「いやあまさかこんなところでエリーさんと会えるなんて思ってませんでしたよ!」
「私もよ。あの日別れてから直ぐに事件が起こったから心配していたの。貴方が無事で本当によかった……」
「俺はあれくらいの事故でやられるほど弱っちくないですから! エリーさんの方こそなんともなさそうで安心しましたよ!」
10年越しと比べればほんの短い間ではあるが、久しぶりという挨拶を交わした俺たちは、彼女がこちらの歩みに合わせてくれる形で歩きながら会話を始めた。
「実はお恥ずかしながら、あの事故でVirnを失くしちゃったので、このアプホートで新しいのを買おうかと思って!」
「……そう、なの……何か、他に困っていることはないかしら……? 例えば交友関係とか」
「いやっ、全然大丈夫ですよ! むしろ色んな人に助けられっぱなしでお礼もロクにできてなくて……あれ、そういう意味では困ってるかもですね!」
シプレルから遠く離れた銀河のこの宙域で彼女と再会することになるとは思っていなかった。
“ゲート”の技術がある以上何も不思議なことではないのだが、今近くに彼らが居ないとはいえ、素人の俺に緊張を誤魔化し切れていたかどうか。
「そういうことなら、専門店の場所を知っているから私が案内するわ」
「え、わざわざいいんですか? 場所教えてもらえるだけでもありがたいですけど」
「今日は仕事ってわけじゃないから。それにせっかく再開できたのにもう別れるというのも味気ないでしょ?」
そんなわけで俺はエリーさんに先導されてVirnの専門店にやってきた。
こういった非公式店で売られているのはあくまでも大量生産したものが輸入された卸売り品なので、アスマダ本社で開発された最新型や正規店ほどの高品質なものは手に入らないが、そうした高価なものはいずれ自分で稼いだ金で買いたいと思っている。
今回買うのはその時が来るまでの急拵えのようなものだ。
「うーん……ジーアスさんは赤系のイメージだし、ニコさんは知的だから青かなぁ。ヴァンさんは木っぽいから緑でリアさんはもちろん白だし……ディルさんは黒、いや白かな? 俺の色って何がいいんだ?」
「(他は即決だったのに、色だけでもう10分は悩んでる……)」
これからよろしくやる仲間とイメージカラーが被るのはどうなのかと機体の色を一番慎重に選んでいる。
しかしそろそろエリーさんを待ちくたびれさせてしまうかもしれない。
「よし、ここは願掛けも兼ねて間を取り紫でいこう。エリーさん決まりました! 会計してきますね!」
「え、えぇ。無事に決まってよかったわね……」
俺は早速選んだ待望の新品Virnを自動会計機で購入する。
「やはりここにいましたか。エレオノーラ氏」
買ったVirnを早速身に付けようとしたところで、入口の方からエリーさんへと呼びかける声がする。
「あっ、ナインビート殿……!」
それは少年と間違えかねないほど小柄だが、おおよそ20代後半といったところに見える男性だった。
彼は理知的な瞳から呆れたような感情を覗かせる視線をエリーさんに向けていた。
「若い男性と合流した足跡からまさかとは思いましたが……先ほどの七路交差点で落ち合う予定ではありませんでしたか?」
「すみません……偶然友人と会って道案内をしていたもので」
「ふむ。彼が? ではあなたがマクスウェル氏、というわけですか」
「え、よく分かりましたね!」
驚き感嘆するように振る舞ってみせるが、見覚えのあるその顔から考えればそう不自然なことはない。
「申し遅れました。私立探偵事務所”狗瞳会の所長を務めています。カィチ・ナインビートという者です」
「もちろん知ってますよ! 名高い捜査王のことなんて今時知らない方がおかしいですからね!」
彼は生まれ持った類稀な頭脳と天文学的とすら表現できる知識量によって、今までに数多くの凶悪犯罪や未確認現象を解き明かしてきた男であり、俺の立場的に今最も出会いたくないタイプの人間ぶっちぎりの1位と言っていい人物だった。
おそらく俺の正体を言い当てたのは、エリーさんが直近で訪れたシプレルに関する記録で俺の名前を見たから。
彼が今エリーさんと行動を共にする理由があるとすればそれは天浪団かシプレルに現れた宇宙怪獣の件についての調査かの二択。天浪団がその怪獣を連れ去ったことを考えるとその両方か。
それらを前提とすると彼ほどの人間なら怪獣が人間の姿に化けられる可能性があることには思考が及んでいてもおかしくない。俺も怪獣である“可能性が0ではない”人間の一人に入っているといったところだろうか。
ならこの場で遭遇した理由も彼の推理が的中したものかとも思うが、さすがに最重要手配によって専用の対策軍事部門すら設ける宙央政府の追跡から、今の今まで影すら踏ませなかった彼らがその程度の足取りを掴ませるヘマはしないだろう。
やはり幾つもの候補域の多面同時捜査の一つに引っかかってしまっただけなのだろうか。
「もしかしてこの辺りで何か事件の調査とか!? やな時に来ちゃったなぁ」
「いえ、そこまで大きな用ではありませんのでご安心を。ただ最近引き受けた依頼の関係で彼女と連携して少々調べ物を」
「なるほど! この人と一緒に仕事できるなんてエリーさんって思ったよりすごい警事さんだったんですね!」
「おだてなくていいから。たまたま手の空いてた私が担当になっただけ」
俺が怪獣に変わる方法は彼の頭にある知識に当てはまるような通常の現象ではないはず。故にその正体が俺だと証明することは非常に難しいだろう。
しかし俺が天浪団と関係していることを示唆する情報を如何にして彼が察知するかは予想できない。
「それにしても、これから遷宙の生活を送ろうという人が新しくVirnの用意。それも廉価版の型落ち品ですか。やはり先日の事故は大変だったようですね」
話の振り方がだいぶ露骨なように思う。もし俺が黒ならしらばくれるしかないからと、直接当時の状況について想起させることでほんの僅かでも反応の変化を期待しているというところか。
「いやぁそうなんですよ! 例の、っ大型車両の暴走ですよね。出星の時にする検査の為に荷物をひと纏めにしておいたのがまずかったです……暴走した車両に弾き飛ばされた車に潰されて丸ごと爆発炎上ですよ……旅費とこのVirnを買うだけのお金だけは直接持っておいたのが不幸中の幸いですね!」
「なるほど」
しかし物的な証拠さえ押さえられなければたとえ宙央警察でも人を逮捕することはできない。
私立探偵ならなおのことだ。逆に言えば証拠さえ出れば後の話は早いということで出来る限り早期かつ少数に捜査対象の候補を絞り込みたいのだろう。
「一先ずはVirnを無事に買えたようでなにより。これからの旅程に問題は?」
「実は昨日それについて困ってたら、偶然出会った同じような遷宙者の方が旅に同行させてくれるってことで、とりあえず寝食に困ることはなさそうなんです! やっぱり世の中捨てたもんじゃないですね!」
「そうだったんだ。よかったわね……」
エリーさんの方は素直に受け止めてくれたようだが、彼の方はまだ疑いの目を逸らすつもりはなさそうだった。
しかしそれでいい。今はとにかく、現時点では証拠を吐き出させるのは難しいと判断させれば、それだけでこの場は凌げるはずだ。
「あっと……実は出発の時間がもう近くて、お二人の仕事の邪魔もしたくないしもう行きますね! エリーさんもありがとうございました!」
「えぇ。よい旅を!」
特に引き止められることもなく店を出られたことで、脳を強く働かせたことで溜まった疲労を感じながら、足早にアリーシア号が停めてある港へと帰ってきた。
港の入り口に着いた頃に他の3人へ連絡をしようと、リング状のVirnを耳の付け根に嵌め込んで起動し、諸々の初期設定をしている途中。
《おいマクたん!》
「うわっ!? あれ、この声……ディルさんですか?」
突如としてまだ連絡の準備ができていないVirnの機能によって、光力波で内耳神経に直接聴覚情報が送られることで少年的な声が聞こえてきた。
《そうだよみんな大好きディルたんですよ! それよりおまえ金は多めに渡したよね! なんでよりにも非正規型買ってんの!》
《人のお金であんまり高い買い物するのも気が引けまして……》
《そっちだと宙央連中が構築した監視システムへの防衛プログラム組むのにスペック足りないからダメ! ほらほら早速病巣作られてるじゃん! はい強制シャットダウン!》
《えっちょっと!」
焦ったように捲し立てるディルさんは一方的に会話を打ち切り、おそらくハッキングによって俺のVirnの電源を落としてしまった。
その言葉から考えると、しっかりとした対策を組まなければVirnを身に付けた人間の関連情報が宙央政府へと筒抜けになってしまうということか。
「(……待てよ? だったらシプレルでのことも……怪獣と遭遇したことは知られててもおかしくないよな……)」
少なくともあの日身に付けていたVirnは、俺がシプレルの港で宇宙怪獣の攻撃を受けるところまでは記録していると考えるのが自然と思えた。
それにしては警察のエリーさんやそこと情報を共有しているはずのカィチさんも、俺を連行しようとする素振りも見せなかった。
当の記録を踏まえた上での行動なら、完全に俺を第一容疑者としてマークしており、周辺人物の詳細も洗い出せるまで泳がされてる可能性もある。
「(それでも今日ここで遭遇したのは偶然以外で説明できないよな。これで狙ってたらドラマの撮影かよって感じだし……監視の目があるとしてもここにいればたぶんディルさんとかが嗅ぎ付けてなんとかしてくれるかな)」
他にも買って帰るべきものは沢山あるのだが、最早そのために商店街へと再度繰り出す気力は残っておらず、俺は3人と合流するまでその場から動くことができなかった。
「おいおいマクたんよ〜。使いもんにならん安物のVirn以外丸腰たあどういうこった〜? そんなこったろうと思ってVirnとか生活用品も適当に一通り買っといてよかったぜ」
「ほんとにありがとうございます……もうこれでもかってくらいヤバい人と出会っちゃったんですから、みんな聞いたらひっくり返っちゃいますよ!」
「それよりも早く船に戻って次の行き先を決めましょう。一つ新しく依頼の連絡が来ていたので」
「戦闘なら俺にやらせろよ」
「ここは入団記念として新人君にやらせてみるのはどお?」
「ええっ、俺がですか……?」
〜〜〜〜〜
「……彼はたしか10年前の事故でも」
「ええ。母親を喪ってもああして自分の生き方を探す旅を前向きに始めてくれたんです……ナインビート殿。やっぱり彼が対象というのはあり得ないかと……」
「そうですね。それらしい反応も見せませんでしたし、可能性は低いと考えてよさそうですね」
私の言葉に分かりやすく安心したように息を吐く婦人警官。
やはり腹芸の苦手な彼女に真実を伝える必要はないと再確認する。
「(マクスウェル・カグラガサキ––––彼は黒だ。ほぼ確実に––––)」
そう結論付けたのは今しがた。事前に確認した情報と彼との一連の会話からの総合的判断だ。
あらかじめ確かめられる限りでは、あらゆる証拠が彼を不運さだけが目立つどこまでも平凡な男であることを示している。
そんな彼が捜査対象の1人に数えられている違和感の正体を確かめるため、当人と直接言葉を交わし一気に真偽を確かめに行ったのだが、そこでここまであっさりと核心に迫る確信が得られるとは想定していなかった。
「(彼の方は平凡な一般人という評価を下した各方面の調査部門に呆れるほどだ。まさか心拍や筋繊維をあれほど平静に保ちながら会話を続けられるとは……だが、だからこそ確実と言える)」
彼はあくまでも役者ではないらしい。嘘を見破られない状態を保つことに集中するあまり重要なことを忘れている。
普通の人間は数日前自分が巻き込まれた事故の話をする際、あそこまで体の緊張が緩和された状態が保たれることは珍しいのだ。
それが彼の場合肉体の状態があまりに平坦すぎた。
「(技術は一級だが対外的な部分は門外。こういうタイプは何かしら組織に囲い込まれやすい傾向がある。やはり天浪団が絡んでくるか……これは誰にも知らせるべきではないな。ここまで警戒心の強い相手の場合、むしろ私1人の方が動きやすい)」
随分きな臭い組織から協力の要請が来たものだと思っていたところで、これほど歯応えのありそうな事件が巡ってくるとは。
「面白くなりそうですね……」




