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II話 天浪団

 

天浪団(てんろうだん)!? 最上級指名手配犯がこんなところに……!」


 俺を取り囲む兵士たちの輪の中でそれらを見下ろすように現れた一団の正体に、宙央(ちゅうおう)警察に所属している警官であるエリーさんは心底驚いているようだった。


「お決まりをかましてやったばかりではあるが、怪獣対策の戦艦が送られてくるのにもう猶予がないみたいだ。今日は戦争する気分じゃねぇんでな。そろそろ退散させてもらおうか!」

「っそうはいくか! わざわざ目の前に現れてくれたならあとは捕えるだけだ! 電芯(でんしん)弾を撃て!!」


 指揮官の命令に兵士たちは怪獣へ向けていた有線弾を巻き取って回収し、それを再度装填して今度はその一団へと放とうとするが……。


「ふっ……」


 それは辺りを見回していた俺だけが偶然気付けたことだが、コロニー兵のうちの一人が突然懐から何らかの筒状の装置を複数個取り出した。

 床に()かれたそれらは急速に濃い煙を噴射し始め、ピリピリとした微弱な電流が含まれる煙幕によってその場の人間達の視界が塞がれてしまった。


「くっ、これは!?」

「電磁煙幕!? そ、装備が動かない!」

「随分と高価な武器を惜しげもなく使う……! 全員敵の接近に注意しろ!」


 噂で聞いたことがある。あれは煙に触れた電子制御された近代兵器を一時的に無力化できるもので、宙央政府の認可を得ておらず闇のルートからのみかなりの高値で手に入れられる非合法の武器だと。


「ヴァン。確保」

「本当にアレを連れていくのか? しょうがねぇな」


 そんな煙幕の中でも俺の耳は派手な帽子の男が出した指示を拾い上げる。

 そばに立っていた巨漢がそれに応えてひとっ飛びで俺のところにやってきて、片手で俺の身体を担ぎ上げてしまった。


『ちょっ……!?』


「あんま暴れんじゃねえぞ」


 また一足でトラックに飛び乗ったその人は俺を天浪団と名乗った彼らと同じ場所に降ろし、こちらを多少気にしながらもさっきと同じ体勢に戻っていた。


「––––」


『え、っと……どうも……?』


 俺は状況を呑み込めずに呆然と膝をついていたのだが、そこに手を差し伸べてきたのは以前にも会ったことがある肌や髪、瞳に服装まで真っ白な、そういう絵画を見ているかのような美しさを感じさせる女の人だった。

 躊躇なく差し出された彼女の手を咄嗟に取った俺はそれを支えに立ち上がる。

 それと同時に先ほど煙幕の装置を撒いた兵士がトラックの運転席に滑るように乗り込んできた。


「予定より大事になったなお(かしら)ぁ。このまま()に直行でいいな?」

「無論だ! 宙央の役人(バカ)共もいねぇし、こんな場末のコロニー兵相手じゃ張り合いがねぇ! 今度また気が向いてきたら軍の野郎共にでも喧嘩売るかな!」

「あまり気軽に宙央軍とは戦うべきではないのですが……」


 トラックは急速発進してこの場を離れようとするが、

 広場から出る際に振り返った一瞬だけ目が合ったエリーさん以外、未だに電磁煙幕に翻弄されている兵士たちがそれを見咎めることはできなかった。

 俺や天浪団を乗せたトラックは長い通路を全速力で駆け抜け、軍用の小型船入出ハッチにたどり着いた。


「船に乗り次第()()()で飛ぶぞ! 準備出来てるなニコち!」

「無論です」


 まるで彼らを導くかのように一人でに開くハッチを通り抜けてコロニーの外に出た先で、俺の目の前に宙央軍が主に使う白や緑とは対照的な黒い艦艇が現れた。


「ようこそ怪獣くん。俺たちの最高の方舟(はこぶね)、”アリーシア・パーシヴァール号”へ!!」

『……!』


 その船を目にした俺は言い知れない感動のようなものを覚えた。

 軍や民間の見慣れた船には見られない、最旧式の観賞用のような外観でありながら近代的な大砲や推進装置を搭載する改装を施された様は、まるで見目麗しいご令嬢が機械的なハイテク装備に身を包んでいるかのような異色の美とでも言い表せる情感を抱かせるようだった。

 そのままトラックはその船、アリーシア号の甲板に()()し、俺や一団はその船体に降り立った。


「さぁて、早速次の星に向かうとするか。でどこだったか?」

「カッツァモンゴだ。シプレル星市長がお熱な()()()()の記録はバッチリ押さえてあるから、あとはその星にいる依頼主に渡すだけだぜ。ボクちゃんたちの手で直接渡すのが達成の条件だ」


 何らかの作業をするためか足早に船内へ向かっていったドローンの女性を差し置いて、男性たちは一仕事終わった後というような様子で次の目的地について話し合っていた。

 軽い調子で会話する彼らはすぐそばに怪獣が立っていることに、緊張や警戒といった感情を抱いている様子が少しも伝わってこない。

 俺をここまで連れてきた事といい、一体なにを考えているのだろうか。


「闇の人間らしい用心の仕方だな」

「どうせこんな情報強請(ユス)(たか)りにしか使わねぇだろ。さっさと終わらせちまおう……にしても()()()()()()()()を秘密裏に輸入たあ。やっこさん何が目的だったのかね? こんなもん人が金出して買うもんでもあるまいし」

「さてな。宇宙にゃ俺らが想像もしたことねぇ物好きがゴロゴロいるってこったろ」


『怪獣を……?』


 彼らの話の中で聞き逃せない言葉が出てきた。

 思わず顔を向けて疑問をこぼすと、関心を示したのがわかったのか派手な帽子のリーダーであろう男性がこちらに目を合わせてきた。


「ん、お前さんも気になるか? 後でゆっくり聞かせてやるよ。それより俺の読みじゃそろそろ……来なさったぞ!」


 とてもではないが話が通じるとは思えない姿の俺にまで他と変わらず接してくるこの人の態度に戸惑っていると、そう遠くない距離からなにか大きなものを引き裂くような音が鳴り響いた。

 それを予想していたような彼らにつられて同じ方向を見ると、宇宙の空間そのものにぽっかりと開いた穴らしきものから、吐き出されるようにして急速に巨大な艦艇が現れた。


 《あれは……記録確認。レックス(5\3)級対怪獣強襲型戦略艦、”デオス0(ゼロ)”です》


『あの船は……!』


 その姿を見て十年前の記憶が頭に過ぎる。

 三隻の中型船をそのまま合体させたような異様と、甲板で鎮座する大きな三つの砲門を備えた主砲の威容は、忘れ去られることなく俺の記憶に残っていた。

 まさかあれほどの事故を起こした艦が今でも現役で運用されているなんて、まさか本当に問題が解決したのか、それとも事件を隠蔽したことでその事実からも目を逸らしているのか。

 今まで出来るだけ公平な視点を心掛けるようにしてきたつもりだが、この光景にはどうしても宙央政府に対する不信感が強く滲み出てくる思いだった。


「ほう……なるほどな。すぐにゲート開け! 怪獣用の船ってことなら、たぶん()()()を乗せてる俺らを真っ先に攻撃してくるぞ!」

 《座標指定完了。サンガ・ルク波収束完了。各種機関異常無し……イカルスゲート、開きます!》


 帽子の男性の読みが正しいことを示すように、あの艦の巨大なレールガンの砲門がこちらへ向けられようとしていた。

 それと同時に俺は辺りの空間()()()()が波打つような感覚を覚える。

 それが噂には効いていた。実際にその次元転送技術によって移動する人間だけが体験できる、”世界のズレ”と呼ばれる現象だと理解できた。


 イカルスゲートは数千年という大昔に発明された、今ではもうそれ以外の方法が必要ないと言われるほどの宇宙間ワープ技術だ。

 航宙力学者サンガ・ルク・オンタゴーサ氏によって発見された、特殊な重力波形を一定の範囲で反復させることで空間に穴を空け、その向こう側にまた目的の場所へ繋がる穴を空ける。というもの。

 謂わば、”離れた場所同士を繋ぐ出入り口を作る”といった感じの技術だ。

 距離や位置関係、送る物の大きさや数、種類を問わず、デブリや超新星に巻き込まれる恐れもなく、さらにはこの転送は外部に全く痕跡や悪影響を残さないことから、今や宇宙中の人々が好んで利用する画期的な航行技術だった。


「ゲートを潜るのは初めてか? 舌噛むなよ!」


 俺が未知の体験に戸惑っているのが伝わったのか、帽子の男性はその様子を見守るように近くに立っている。

 これは彼なりの気の(つか)い方ということなのだろうか。

 そうしてゲートが完全に開くと、聞きかじっただけでもそうなるのは知っていたものの、怖がって身構えたのが拍子抜けするほどその転送は一瞬で終わってしまった。

 周囲を見渡すと見知ったコロニーやあの軍艦の姿は影もなく、船のすぐ下側に見知らぬ星が浮かんでいた。


「さてと……もうここにゃ兵士も警察もいねえぜ。そんでお前さん喋れるか? 言葉は分かるか?」


『えっと……はい。なんか助けてもらっちゃったみたいで、とりあえずありがとうございます』


 落ち着ける状況になって本格的に彼らが話しかけてきたのでこちらも言葉を返そうと声を出すが……。

 俺自身は問題なく話せているつもりなのだが、彼らはこちらが何と喋っているかわからないようで、どうしようかと悩んでいると、突然俺の横側から真円状の穴のようなものが現れた。


『なんだこれ!?』


「ぬお! なんじゃこら!?」

「……なんかゲートに似てねぇか?」

「コイツそんな事もできんの? ってか、だったら逃げられんじゃね?」

「おいおい待て待て! せっかく乗りかかった船なんだから話くらい聞いてけ……よ?」


 向こう側に見たことのない宙域が広がるその穴は、まるで俺を飲み込もうとするように迫り来る。

 一体どうなるのかと目を(つぶ)ってしまったのだが、何も異常が起こらない感覚にすぐ目を開けると、立っている場所は何も変わっていなかったのだが、俺の身体は怪獣のそれから元の人間に変化しているようだった。


「も、戻った……?」

「人間、だと? ってか、おまえは……」

「……いっ!? っ()ぅぅ……!!」


 身体が戻ったこと自体はいいのだが、それを喜ぶ暇もなく肩を中心にして全身を強烈な激痛と疲労感が襲ってきた。


「おいおいどうしたよ!?」

「特に外傷はないみたいだけど、そういえば怪獣の時はかなりデカい傷があったような」

「しょうがねぇ。おいリア! こいつの介抱を頼むぜ!」

「––––」


 男性たちの慌てる声に応えることもできず、俺の意識は疲労感に引きずり込まれるように暗転していった、




 〜〜〜〜〜




 A7銀河・テイラン宙域・宙央警察(ちゅうおうけいさつ)総合ステーション。

 有事は堅固な宇宙要塞としても機能するその巨大建造物の廊下を、つい先日までシプレルにいたエレオノーラ・デマリウスが歩いている。

 彼女もまたイカルスゲート技術によって宇宙の遥かな距離を(また)ぎ、異なる銀河に存在するこの施設へと訪れていた。


「…………」


 現場仕事をする者の中では最上の階級を持つ彼女と同級の案内役に連れられて歩く中、その最終的な行き先は当初、指名手配犯との遭遇時の状況報告という名目での呼び出しを受けた際の予想よりも、より上を行く人物との面談という形になっていた。

 その理由を彼女はまだ知らされていないが、おそらくあの日コロニーに現れた二体の怪獣の内の()()()()についてだろうという予測を立てていた。


「こちらです。簡易検査が終了次第入室してください」


 しばらく歩いて目的の部屋の前に到着すると、案内役は自らの仕事は終わったというように足早に去っていく。

 エレオノーラは扉の前に設置された、武装の有無や体内環境を調べる検査機に数十秒掛けられた後扉へ声をかけた。


「C21銀河オードロス宙域支局所属、デマリウス警事曹長(けいじそうちょう)であります」

 《危険性無し。音声・網膜・DNA・光力波浸透反応。全認証クリア。入室を許可》


 機械音声の通りに扉のロックが解除される音を確認して、彼女はようやくその部屋に入ることができた。

 そこはたった一名の人間が執務をする為のものとしては、少々広過ぎると言えるほどスペースを持て余していると彼女には感じられた。


「召喚により只今参上致しました。デマリウス警事曹長であります!」

「こちらへ」


 部屋の主に促されてその目の前まで歩く中、近くに置いてある応接席にもう一人見覚えのない男性が座っているのを確認する。

 しかしそのことは一旦思考から排除し、自らを呼び出した上官への対応を優先することにした。

 エレオノーラは足を揃えて見慣れない木製のデスクに座る壮年の男性、ティダイモン・オノスロプス()()()()()()の前に立った。


「ご用件をお伺いします」

「うむ。先ずは遠い銀河からの足労に感謝する。これ以上世間話を挟まれても迷惑なだけだろうから早速本題に入ろうと思うが、少しばかり混み合った話になる故、とりあえずそこの席に掛けてくれたまえ」


 警事総業(けいじそうぎょう)長官(ちょうかん)が指し示した席はまさに見慣れぬ客人がいる席であり、それを無視して話を続けようとすることは彼女には難しかったようだ。


「そちらの方のお邪魔になりませんでしょうか」

「おっと、これは失敬。私は宙央政府の庇護下でしがない研究をさせてもらっている者でして。申し遅れてしまって申し訳ない。ハハハ」


 改めてしっかりと姿を視界に収めてみると、その男性は警事総業長官と同世代程度といったところだろうか。

 気安い物言いで親しみやすい雰囲気を出しているようだが、エレオノーラの嗅覚というべきか、相手の大まかな人となりを推測する観察眼は、その人物を公職人としてお(そら)のために働くといった、至極真っ当な信念を持つ人間とはとても感じ取れないようだった。


「彼はマーゴルト・サンダーハウス殿だ。近年設立された宙央総合科学研究所の所長を勤めていてね。そこも宙央政府直下の組織だから、立場上は私と対等だと思ってほしい」

「ハハハ。そう脅かすものじゃないですよティダイモン殿。私どもの方から無理を言って彼女とお話しさせていただく機会を設けてもらったのですから、むしろこちらが(へりくだ)って然るべきですとも」

「……サンダーハウス殿が、私をですか? 天浪団の出現に関する状況報告という話では?」


 エレオノーラはこの人物が話に入ってきた途端、会話の空気とでも言うようなものが変質するのを感じた。

 純粋な字面の点でも、彼らは重要な情報を隠した上で自分に接触する必要があったことになり。その背景事情には二つの可能性、”政府絡みの極秘任務”か”独断での暗躍”が存在するだろうと考えていた。


「まあそれも嘘というわけではないのですよ。だってその天浪団がアレを持ち去ってしまったのでしょう? 私が貴女へ持ってきた話題というのは、貴女が遭遇したあの状況の中心にいながら最も奇妙な存在について」

「……あの人型怪獣のことでしょうか?」

「ふぅん。貴女はそう呼んでいるのですか、おもしろい……その通り。ハッキリ言わせてもらうと、我々の組織は何年も前からああいった()()な怪獣についての研究を行ってきたのです」

「な、何年も……!? では、ずっと以前から存在が確認されていたのですか!?」


 その告白に彼女は驚愕を禁じ得なかった。

 これまで自分はもちろん世間に影すら見せなかった謎の怪獣の存在を、彼らはとっくに見つけて研究を始めていたのだ。


「ええ。この存在を最初に発見した人物は、”この生物は人類に歴史上最も大きな()()()()()()()をもたらす”と豪語しました。我々はその言葉にまんまと踊らされた人間の集まりというわけです」

「……世間一般の方々はともかくとして、同じ宙央政府に属する公職である私たち(警事人)にまでその情報が秘匿されていたのはなぜでしょう」

「もちろん伝えるべき人には伝わっていますよ? 例えば、このステーションに勤める彼を含めた数人の重役などにはね。たった今貴女はその重要人物の仲間入りを果たしたわけですねぇ。おめでとうございます!」

「そんなことが聞きたいわけでは……!」


 “まさか身内にまで情報を与えられない危険な研究というわけではないだろうな”。

 エレオノーラはそう質問したつもりだったが、サンダーハウスはひらりと身を躱すようにその意図から逃れてしまった。

 大事な腹の内を明かしたような素振りから一転したその態度に彼女は苛立ちを感じ始めていた。


「まあ落ち着きなさいデマリウスくん。本題はこれからなんだ」

「本題、ですか……」

「そう。私がなぜわざわざ貴女を呼び付けてこの話を聞かせたのか。その目的を告げることで、先ほどの疑問にも同時にお答えできるでしょう」


 その言葉にはまたもや一転して真実を取り繕おうという意志は感じられず、真剣に彼女を説得しようという本気の熱意が乗っているように感じられた。

 まるで風に揺られるままに何度も行先を変える綿毛のような立ち振る舞い。

 エレオノーラが益々その男個人への疑念を深めるのを知ってか知らずか、サンダーハウスはさらに彼女の気を引かせる一手を打ち出した。




「デマリウスさん。貴女には……あの怪獣の、()()()()に加わっていただきたいのです」




 〜〜〜〜〜




「……ぅ……んん……」


 それはいつものような睡眠からの覚醒というよりは、水の中に沈められていた体が急速に浮き上がるかのような目覚めになった。

 身を起こして周りを見ると、俺はデスクと椅子にクローゼットといった家具が置かれた、ごく一般的な1人用の部屋にあるベッドの上に横たわっていた。


「ここは……?」


 施設の部屋よりも広く生活感のあるその空間で目覚めたという事実を呑み込むのに時間を要していると、部屋の唯一の出口である扉が開き、俺にとって見覚えのある全身が白い女性が入ってきた。


「あ……どうも。俺って、どれぐらい寝てました?」

「––––」


 その女性は俺の質問に言葉で答えずに、部屋のデスクに置かれていた時計を手渡してくる。


「え、1日経ってる! あちゃー……船乗りそびれちゃった。結構しっかり作った旅の予定が台無しだ……」

「––––」


 彼女はそんな独り言をよそに俺の額に手をやり体温を測っている。

 問題がなかったのか特に反応を見せず、俺の手を取って起き上がらせた後に扉を開けて外へ出るよう促す。

 慌てて部屋から出ると、道案内をするように船内を進む女性について行き、数十人程度が一同に集まれる食堂らしき部屋に通された。


「––––」

「あのー、他の人たちって今どこに?」

 《カッツァモンゴ星内にお出かけ中だよー!》

「へっ!? 誰が!?」


 キッチンから持ってきた暖かい飲み物を手渡してくれた女性へと質問をしたのだが、その答えは彼女からではなく、どこからともなく響いてきた非常に感情的な機械音声によって返ってきた。


 《おはよー怪獣もどきくん! あーしはこのアリーシアたん号に搭載された統制補助AIの”ムーナ”ちゃんでーす! 今あーしらはE2銀河トルフォロ宙域カッツァモンゴ星上に停泊しててねー。周囲10光年に宙央政府関係艦船の反応は無し! 君ちゃんの覚醒は3分前にはみんなに連絡してあるから、あと11分くらいで帰ってくるんじゃないかなー!》


 ムーナという固有名詞まで持ち合わせているAIさんは、とても元気いっぱいな調子で基本的な情報を丁寧に並べ立てて俺に教えてくれる。

 しかし宙央の法律では、艦船に会話や自己学習が可能な人工知能を搭載することは違法なのだが、公権力から星賊(せいぞく)と認識されるようなこの船の持ち主がわざわざそんなルールに従うわけがないということか。


「わ、わかりました。ここで待ってればいいですか?」

 《おけおけー! ちょうどリアたんが晩御飯の準備中だったからみんなここで集合予定だよー!》


 ふと見ると白い女性はいつの間にかキッチンの中に立っており、その手で複数人用の料理を作っているようだった。

 そんな姿を眺めたりしながら待つこと10分ほど。ほぼムーナさんの宣告通りのタイミングで入り口から数名の人間が入ってきた。


 《はいみんなお客さんでーす!》

「腹減ったぜ……あ? おめぇは……」

「よぉ、目が覚めたか! 案外元気そうじゃねーか」

「大事ないようでなによりです」

「おはよう怪獣くん。1日寝てたんじゃ腹ペコじゃねぇか? アイツの飯は美味えぞ」

「どうもおはようございます! いきなり気を失ったのに部屋貸してもらっちゃっ、て……?」


 怪獣の姿から戻った途端激しい痛みに気絶してしまった俺を船で介抱してくれたことに例を言いたかったのだが、その言葉が途中で途切れてしまったのは、劇的な初登場によって俺の心象に強烈な印象を残した彼らの姿が記憶とは異なっているからだった。


「あのー……失礼かもですけど、昨日シプレルで会った人たちと同じ、ですよね……?」

「おおう! そういや今と違う姿だったな! ボクちゃん分かる? 昨日兵士に化けて煙幕使ったヤツ!」

「それちょうど見てました!」


 今は性別が分かりづらい少し幼な気な容姿をしている人物は、その場で映像を切り替えるかのように昨日見たのと同じ兵士の姿に早着替えしてしまった。


「みんな人前で正体を明かす時は人種を誤魔化してんだよねー。お頭は顔だけな」

「これでも妥協してんだぜ? 俺の宇宙一セクシーなスタイル! お前ら以外の奴らには拝む機会がねぇってのも可哀想じゃねぇか」

「そういうわけで、みんなボクちゃんが作った変装グッズで正体を隠してるのさ。これが変装してない本当の姿ってわけよ」

「おまえは俺たちにも素顔見せたことねぇだろ」


 宙央政府から指名手配をかけられている彼らが素顔のまま活動すると後で不都合になりやすいため、そういった弊害を避けるための最低限の対策はしているということか。

 確かに巨体の男性とドローン使いの女性は俺と同じ人種のように見えていたが、今はそれぞれ全く違う姿を見せていた。


「じゃあ夕食の前に軽く挨拶でもしとくか。ボクちゃんはディルクス! 天浪団じゃ情報戦にー、諜報(ちょうほう)とか潜入工作なんかもやってるぜ! 素顔も本名も教えてあげられないけど、まあ仲良くしようぜ」


 先ほどの姿に戻ったディルクスという人物だが、それも本当の姿ではなく、仲間たちにも自分の正体を明かしてはいないようだった。

 隠し事をするなら誰でも覚えるはずの後ろめたさを、少しも感じさせずに堂々とそのスタンスを貫く様子が逆に怪しさを薄れさせており、そんな図太さもあって仲間たちも逆に信用しているのかもしれない。


「オーヴァン・ガン・クロッソスだ……俺は大体用心棒みてぇなもんだな。腕っぷししか能がねえ……()()()()問題で困ったら俺を呼びな」


 その男性は大木のような体格は変わらずに、身体中に爬虫類らしい鱗が生え揃った岩の様な殻鱗人種(かくりんじんしゅ)の姿だった。

 見た目だけでも用心棒としてこれ以上頼もしい人はいないだろうと思わせるほどの威容だが、俺はこの人の名前と姿を合わせて考えるとどこかで見覚えがあるような気がしていた。

 何かの放送番組だったはずだが、突然それを聞くのも失礼かもしれないとこの疑問は少し寝かせておくことにした。


「私はメカニコ・メタリッカと申します。役割としては、簡単に表現すると当艦のエンジニアというのが適切でしょうか。技術的な問題でお困りの際は私にご相談ください」


 昨日に限らず数日前にも見ていた何の変哲もない女性ではなく、頭から足先まで全てが金属製の機構によって形成され、それが普通の生物と同じように動く不思議な種族。金構人種(きんこうじんしゅ)の姿となっていた。

 なんとなく知的な雰囲気を感じる黄色い眼光や昨日の巧みにドローンを操る様子から、機械関係でとても腕の立つ人だというのも疑う必要はなさそうだと思った。


「で、料理作ってんのがグロリアさん。本人は雑用係でいいらしいけど、船内の家事はほとんどあの人がやってるからもう団のお母さんみたいなもんだよ。夜魔族(よまぞく)っていう種族なんだけど、できれば気にしないであげてねー」

「夜魔族ですか? 聞いたことありますけど……」


 その種族の名前なら多少歴史を勉強していれば知っていて当然だ。

 それは”太陽の無い星”オルデュラという場所で生まれた人種であり、他人種の血液を摂取しなければ生命維持ができないという特徴を持っているせいで宇宙全体でも長年差別と排斥の対象となっていた。

 そんな夜魔族は今から500年ほど前、宙央政府によって絶滅が宣言されたはずなのだが、目の前にいる女性は本当にその生き残りということなのだろうか。


「そしてお待ちかね! このお方こそ、宇宙一の冒険家にして宇宙一イカした男! たとえ宙央軍だろうが宇宙怪獣だろうが踏み越えて我が道を行く最強の男! ベスト(Best)マイスター(Meister)の1人であり我らが船長! ジーアス・M(マイケル)・ホットストーム様だ!!」


 ディルクスさんが妙に高いテンションで紹介した派手な帽子の男性の名は、やはり天浪団と同時に宇宙へ轟いているもので相違ないようだった。

 ベストマイスターというのは、なにか特定の分野で最も優れている人物に送られる称号だったはずだ。

 それにしてもここまで大層な謳い文句を並べ立てられているのに、本人はなんだか自慢気な笑みを浮かべたりして随分な自信家らしい。


「いいプレゼンだディル。後でいい子いい子してやる。で、おまえの名前は?」

「はい! マクスウェルって言います!」

「じゃマックス(MAX)だな。言いやすいし良い言葉だ、うむ……それでマックスくん。つかぬことを尋ねるのだが、君は人間なのか怪獣なのかどっちなのかね?」

「え、そりゃあ人間ですよ! い、今は……?」


 やはりそこは追求してくるか。彼らにとっても俺に関することで一番気になっているのは間違いないだろう。

 ただ危険性の無い変わった怪獣だと思って連れてきたのが、人間に姿を変えたとあっては事情が変わってくるのも当然の話だろう。


「でも、俺にも()()は説明のしようがないっていうか……変わったのはあの時が初めてで、心当たりとかも全然……あっ」


 自分が怪獣に変化する理由に全く身に覚えがないと口にしようとした途端に、そういえばと一つだけそこと繋がる可能性のある要素に思い当たった。

 俺は自分の首に掛かっているネックレス。今はもう元のままの淡い光を放つだけの宝石を手に取った。


「怪獣になる直前にコレが光って熱くなったような……」

「少し失礼します」


 早速出番が来たというように前に出たメカニコさんがネックレスを観察し始めた。


「……記録が確認できない鉱石類ですね。お預かりして解析してもよろしいでしょうか」

「いいですけど、母の形見なんで分解したりとかは……」

「了解しました。傷一つ付けないとお約束します」


 彼女にネックレスを渡してから改めてジーアスさんに向き合うと、彼は何やら愉快なものを見つけたような笑顔を浮かべていた。


「それで? お前さんはこのままじゃ職業:宇宙怪獣でやってかなきゃいけないわけだが。一つ選びな、ただ駆除される運命にある怪獣に就職するか、それとも俺サマの船に乗って俺サマの物になるか」

「え、それって選択肢あります?」

「俺サマはお宝探しだ、欲しいものはどんな手を使っても手に入れる。特にお前みたいな宇宙に二つとないお宝は、絶対に逃さねぇ……俺サマに値打ちを見出された幸運を呪いな」


 なんだかとんでもない理屈で彼の船に乗ることになってしまったらしい。

 やはり宙央政府にお(たず)ね者として狙われるような人はやることなすことがいちいち豪快だ。


「気になったんですけど、そんな勧誘の仕方してる割には船員少なくないです?」

「この俺サマに宝とまで言わしめる人間は宇宙広しといえどなかなかいねぇってことさ。だからお前もそれを誇れよ……でだ、新人のマックスくんには手始めにテメェの()を明かしてもらおうか」

「夢、ですか?」

「この船に乗る奴の夢は共に追ってやるってのが俺サマのポリシーって奴さ。デカい獲物ほど奪い甲斐がある、デカい夢ほど追い甲斐があるってな。その方がおもしれぇだろ。で、なんかねぇのか?」


 いきなり変な質問をするなと思ったが、仲間の夢も叶えてやりたいという信条を持っているとは、彼は想像していたよりずっとまともな人格を持った人間なのかもしれない。

 それにしても夢ときたか。改めて思い返すと、俺は母さんが死んで以来将来の夢だとか展望だという未来のことは、真剣に考えたことはなかったかもしれない。


「どうなんですかね。子供の頃は何となくかっこいいからって軍人になりたいだなんて思ってましたけど、今はそんな感じじゃないし……コロニーから出て旅をすることにしたのも、あそこに留まってたらそういう夢が見つからないかもって思って……」

「つまり、お探し期間中ってことか……そりゃいいじゃねぇか!」

「え?」


「夢ってのは叶えた後には何も残らねえなんてことをほざくバカもそこらにいやがるが、こんなに広い世界がそんなに狭い世界なわけねぇ! 夢ってのはゴールテープじゃねぇ。掴み取れば消えちまう泡とは違う。夢ってのはそれを追い続ける限りどこまでも続いていく人生そのものだ!」


「結局「夢が叶う」なんてのは、テメェがどこまでやれば()()するかっていう感覚の問題でしかねぇんだ。俺サマはガキの頃宇宙へ飛び出して世界中を冒険するのが夢だったが、今こうしてんのがほとんど叶っちまってるような状態だがよ。俺サマまだまだこんなもんじゃ満足できねぇぜ!」


「マックス! おまえにも俺サマのこの気持ちを知ってほしい! 怪獣としてのお前だけじゃねぇ。初めて会った時からお前には特別なもんを感じてたんだ! この運命は俺の夢をもっと大きく輝かせる! そしてお前の夢を見つける旅を俺たちと共に始めるのさ!」

「夢を、見つける……」


 思わず聞き入ってしまったが、彼の言葉はただの口説き文句として咄嗟に口にしたようなものではないと感じられる。

 今の俺が抱えてる悩みを理解してその助けになれる立場から手を差し伸べ、その手を取るメリットをしっかり相手に伝えるのは、本心から俺の在り方に寄り添い、本気で俺を()()()と思っていることが真に伝わってきた。気がする。


「あーあー、こうなったお頭は本物の怪獣が相手でも一歩も引かねぇぞ」

「俺はいいスパーの相手になりそうなら歓迎するぜ」

「私も研究対象として興味がありますので、乗船して下さると有り難いです」

「––––」

 《ちょっと2人ともー! 純粋に喜んでるリアたんの姿勢見習いなよー!》


 船員の中にも反対派はいないようだ。

 正直指名手配犯の船へ乗るなんて想像もしたことがなかったが、いざその決心を固めてしまえば意外なほど胸が軽かった。

 この生き方を選んだ俺に母さんは背中を押してくれるだろうか。

 今となってはそうであって欲しいと信じることしかできないが、生きている内の選択が間違いだったかどうかは全てが終わった頃に決めればいい。


「分かりました。俺この船に乗ります! この船の人たちと一緒に世界中を旅して、(そら)(かえ)った母さんに胸を張れるような夢を探そうと思います!」

「……気に入った。その宝探し、付き合ってやるよ!」


 こうして俺は正式に天浪団の一員となり、彼らと共にこの先に待つ果てしない旅路を進んでいくことになったのだった。




 〜〜〜〜〜




「あ、そういえばよお頭。例の依頼人に会った時適当に情報抜くつもりで奴らのサーバーにクラッキング仕掛けたんだけど、そこでこんなの拾っちゃってさ」

「これは……モールズ(Moles)の裏金ですか。これほどの量をどうやって?」

「それが侵入した時に乗っ取ったIPが、ちょうどモールズ(Moles)の合同出資電子金庫の仲介入出金用の特別製だったみたいでね。手続きのためのチャンネルにいる管理AIのプログラムを書き換えてファイヤウォールも通り抜けて……まあ、なんやかんやでほとんど引き出してきちゃった」

「え……ってことは、汚いお金泥棒しちゃったんですか!?」

「またですか。結局いつも裏の痕跡を残したまま宙央政府関連組織に送りつける嫌がらせにしか使わないのですから。いい加減その手癖はもっと有益な活用法を考えてください」

「善処しまーす」

「いやいや! そんなことしたら恨み買っちゃうんじゃありません!?」

「ボクちゃんがやったって証拠は残してないしー。報復で襲ってきても誘き出した宙央軍と潰し合わせればいいだけだしー」

「俺は強いやつと戦えるなら何でもいい」

「今回くらい別の使い方考えてみるかぁ。まあその金はムナちが管理してるサーバーに保管してあるからひとまず安心だよねー」

 《もちセキュリティ面は任してよーってこらぁ!! いつの間にあーしのこと共犯にしちゃってるわけぇ!?》

「しかし最近は大口の仕事が少なく活動資金に若干の難があることも事実。この電子金を問題なく運用できれば私も今後の研究に憂いなく取り組めるかと」

「いやいや、こんなお金に手を出しちゃだめですよ! ジーアスさん! みんな汚れたお金なんかに頼らなくてもやってけますよね? 悪いことで集められた裏のお金なんてせめて捨てちゃったほうがいいんじゃないですか!?」


「……汚いなら洗えばよくね?」




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