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I話 宙の希望

 

 ––––あの日、俺から唯一の家族を奪った「シプレル火災」と呼ばれる事件から10年の月日が経った。


 社会的な伝手(つて)や繋がりを持たない自分が外に出て行けるわけもなく、俺は今も変わらず母が死んだ星であるこのコロニーで生きている。


 俺にあの時何が起こったのかなんて詳しく知れるわけないんだけど、何故だかあの事件はその名前の通り、一隻の大型民間船が起こした事故による大規模火災ってことで片付けられた。

 それについては宙央(ちゅうおう)政府のよくやる隠蔽工作だってよく言われてた。

 あの時母を失った自分が真実を知ることができないことに、初めの頃は怒りや悔しさに(さいな)まれたりしていたが、最近はそんないつまで経っても解決しない事に思い悩むのはやめにした。


 今俺はシプレルの中に用意された慰霊室(いれいしつ)の中で、ホログラムとして映し出される母の名が刻まれた墓石に手を合わせていた。

 そこは全ての死者の痕跡を電脳上だけでデータとして形式上保存しておくための空間。

 限られたコロニーの規格の中でこれが精一杯とでも言いたげに、最低限のスペースだけが設けられたこの部屋はとても手狭で息が詰まりそうになる。

 それでも、もう戻ってこないものでしか埋まらない胸の穴から幸せが逃げていくせいか、あれからのコロニーでの生活が息苦しかった俺にとって、ここは唯一落ち着ける場所になっていた。


「……よし!」


 墓参りも済んだことで決心も固まり慰霊室を出て行こうと扉を開ける。


「あ……」

「っと!」


 そこでちょうどこの部屋に入ろうとした誰かと衝突しそうになるが(すんで)のところで踏み止まる。


「すいません。今出ますんで」

「ええ……」

「ん……? あれ、もしかして……」


 その人もあの日家族を失った誰かさんだろうと思い、入れ替わりに出て行こうとするが、俺より少し低いぐらいの身長から見えるその顔にどこか見覚えがあったので、少し呼び止めて改めてその人と向き合う。


「……あっ、君……」

「おお、やっぱりあの時の!」


 それはあの事件の日、火の手に包まれる中で一瞬だけ空に見えた女性と間違いなく同一人物であり、幸い相手の記憶にも残っていたのか、彼女も俺の顔を見て記憶が蘇ったような様子を見せてくれた。




「そっか、お母さんが亡くなって、それ以来一人で……」

「まあ、そういう感じです」


 俺たちは近場にあるガラス張りの壁から星空を眺められる広場のベンチに腰掛けている。

 あの日一瞬目を合わせたという以外にこれといった接点もなく、その唯一の接点も俺やおそらく彼女にとっても好んで口にしたい話題でもない。

 それでも俺の方は、あの事件の当事者二人が10年越しに顔を合わせるという巡り合わせに心動かされたからか、少しばかり彼女と話したいという思いが湧き出てきたようだ。


「もうお察しでしょうけど、俺孤児収容施設に入れられまして、自動教育と能力向上プログラムでもう真っ当に生きてけるぐらいには立ち直りましたよ」

「そう……ごめんなさい。私があの時すぐに駆けつけていれば、もしかしたらあなたのお母さんは……」

「犯人追ってたなら仕方ないですよ! それに母さんは、さすがに厳しかったんじゃないですかね……死体も見つからなかったらしいですし」

「っ……」

「いやつまりね! どうしようもないことは気にしたって仕方ないってことですよ! 俺も今日から新しい人生を始めるってことでそうやって思うことにしたんで! 貴女にももう気に病まないでほしいなってことが言いたくて」


 こんなことをポンと言ったところで、そうそう気にせずにいられることじゃないのは十分わかっている。

 だが彼女があの日のことで未だに心を曇らせていることがあるなら、俺の存在が少しでもその肩の荷を軽くしてあげる手助けができたらと思わずにはいられなかった。

 そんな俺の気持ちが伝わったのかはわからないが、婦警さんは少しくらいは緊張が解けてきたのか柔らかい笑みを浮かべてくれた。


「……ありがとう。あなたはとても強い人ね。子供の身で親を亡くしたのに……そういえば、あなたのお父さんは?」

「あー……実は父とは会ったことないんですよ。詳しい事情は聞いたことなかったんですけど、どうしても離れ離れでやってかなきゃいけなかったらしくて、それがあの日ようやく会えるはずだったんですけど、事件以降父は俺を引き取ることもなく、一度だって会いに来ることも連絡をしてくることもなかったんです。今も何星(どこ)でなにしてるのか……」

「そう、なの……」


 それを聞いた婦警さんの表情はまたもや曇り空に隠されてしまった。

 せっかく少しだけ彼女の笑顔が見れたと思ったのに、俺の身の上話はやっぱり聞いていても楽しいものじゃないみたいだ。

 そろそろこの話題は切り上げてどうにか普通のおしゃべりをしたいなと思っていると、彼女の目元の微妙な違和感に気付いた。


「そういえば、目に隈ありますよね? 寝れてないんですか?」

「え? ああ……ちょっとね。最近はかなり忙しくて」

「睡眠だけは意地でもとったほうがいいですよ。仕事の効率落ちちゃうし、美人もちょっとだけ台無しですからね!」

「ふふ、ありがとう。気をつけるわね」


 ちょっとくさいセリフを言いながらおどけて見せると彼女も気が抜けたような様子で、互いに距離も縮まって少しは打ち解けられたような感じがする。

 そんなところでふと腕時計を見てみると、目的の場所に行かなきゃならない時間が迫ってることがわかった。


「おっと、すいません俺そろそろ行かないと。船に乗り遅れちゃうんで」

「あら、引き留めちゃってごめんなさい。って、船に? どこかへ行くの?」

「そうですね……実は俺、このコロニーを出て旅に出ることにしたんです」

「えっ……」


 俺の予定を聞いた婦警さんは不意を打たれたように驚いて呆気に取られているようだった。

 俺がこの造星(ほし)から離れるのが意外だったんだろうか。

 まあ母さんの墓があるのもここだけだから、自分からその選択をするのが想像しづらいのだろうということは理解できる。


「何年もしっかり考えて決めたことですよ。母さんにもよく冒険の楽しさを聞かされてましたし。宇宙中のいろんな星を見て回るなんて楽しそうですよね!」

「……寂しくはない?」

「えーっと……正直ちょっとありますね、あはは……でも旅をしてれば、そんな気持ちも忘れるくらいの体験が待ってるらしいですし。それにどこかにいる父を見つけ出して、一発キツいのをお見舞いしてやらなきゃいけないですからね!」

「そう、なんだ……やっぱりあなたは強いね。えっと……」

「あっ、そういえばまだ互いに名前知らないですね」


 二人して何をうっかりしていたのか、ここまできて未だに自己紹介をしていなかったのを思い出した。

 旅立ちの前の奇縁(きえん)に緊張していたからだろうか、婦警さんも似たような感じだったのか、俺たちは一緒になって思わず苦笑をこぼし合った。


「じゃあ遅れまして……俺、マクスウェル・カグラガサキって言います! どうぞよろしく!」

「ええ、私はエレオノーラ・デマリウス。エリーって呼んで。良き旅を祈ってるわね、マクスウェル」

「はい! こちらこそ、快眠を祈ってます! あといつかまたどこかで会いましょう!」


 大手を振ってエリーさんと別れ、それから港のある階層へと向かうリフトに乗る。

 名乗りが最後になるという奇妙な会話にはなったものの、新しい友人ができた記念すべき日が旅立ちの門出と重なるのは幸先がいい証拠だ。


 そんな特別な日の前触れだったのか、ここ数日の間は身の回りでいろんな人と関わる機会が多かったように思う。

 霊安室に行く前のことだが、なんとなく目に付いたという理由で派手な帽子のかっこいいお兄さんにブラックミルクを一杯(おご)られたし。

 知的そうなのにかなりの方向音痴な女性にしっかり道案内をすることになったり。

 下層のストリートでやってたアームレスリング大会で優勝してた殻鱗人種(かくりんじんしゅ)のガタイのいいオジサンと一緒に写真を撮ったり。

 買い物用のカートを用意しておらず不便そうにしていたものすごく美人で物静かなお姉さんの荷物持ちをしてお礼にお菓子をもらったり。


 10年以上このシプレルで生きているが、この造星の中だけでさえまだまだ未知の体験に溢れていることをここにきて実感している。

 そんな手前生まれ育った故郷から広大な宇宙に飛び出してしまえば、一体どんなに波乱に満ち溢れた冒険がこの身を待っているのかと高鳴る胸が抑えきれない思いだった。


「……」


 リフトの次に乗った階層内を手早く移動できる巡回列車から降車し、ついにあの日の事件があったのと同じ港に足を踏み入れた。

 俺の心に恐怖を刻み込み10年間訪れることを避けていた場所からでなければ、民間人である俺はこのコロニーから旅立てないというのはなんとも言えない皮肉を感じなくもない。


「……よし!」


 それでも一度心に決めた歩みを止めないために、(すく)みそうになる足を叩き、目的の船に乗るために一歩踏み出した。


 次の瞬間、ほんの半歩分後ろ、俺が今まで立っていた場所に壊れた小型船の残骸が飛んできた。


「うぇっ!?」


 突然のことに周囲からも驚きと困惑の声があがる中、港の中でも奥にある船着場の辺りからその原因である何らかの騒ぎが起こっているらしいことがわかった。


「君大丈夫か!?」

「なんだよ一体……まさか星賊(せいぞく)が暴れてるんじゃないだろうな……?」

「警官はなにをしてるのかしら。さっさと騒ぎを収めてほしいわ……」


 騒ぎの中心から離れた場所にいる俺の周りの人々は、まだ事態をそこまで重く考えてはいないようだった。

 しかし俺はなぜだか強い胸騒ぎというか、胸の部分が熱くなるような感覚に襲われて、無性にその騒ぎの根源の元に行きたい衝動が湧き起こってきた。

 そんな気持ちに手を引かれるように歩みを進める。

 そこへ近付くほど多くの逃げ惑う人々とすれ違い、辺りに車両や人が倒れる中、俺はついに暴れ狂う()()を目にした。


『ムギャアアアアアア!!』


「か、怪獣……!?」


 それは鋭い牙と爪を持つ猛獣のようだったが、その体躯は人間の数倍は大きく、背中から四本の触手が生え、太く強靭そうな四肢で鋼鉄の大型車を紙のように引き裂いていた。

 さらに身体中に血液の代わりに星空が流れているかのような光の脈が走っており、あんなに小さい個体がいるというのは知らなかったものの、俺はこれこそが世に知られる”()()()()”の特徴であることをすぐに思い至った。


「(なんでコロニーの中に!? シプレル(ここ)でも怪獣探知用のセンサーが働いてるはずなのに……いや、今はとにかくここで倒れてる人たちを助けないと……!)」


 驚きと正体のわからない衝動のせいで怪獣にばかり向く意識をなんとか引き戻し、俺の足下に倒れて気を失っている人を担いで一旦その場を離れようと動き始める。

 しかしやはり動くものには敏感に反応するのか、歩き出した俺に怪獣が気付いてしまったらしく、まるで遊び半分に弾むような足取りで突進してきた。


『ムギャアアアア!!』


「うっぐ……!」


 人を担いでいる状態ではあまり速く動くこともできず、押し除けるように突き飛ばされた俺は後ろにある車両の残骸に背中を打つ。

 それと同時に先ほどから胸中を打っていた謎の衝動が、今度は物理的な熱を持ち始めたのかと思うほど胸部が熱くなってきた。

 咄嗟に胸元を探ると、上着の中にしまっていた母さんの肩身であるネックレスが出てきた。


「これって……」


 あの日見たままの淡く光を放つ白い宝石の首飾りがいつもより強い光と熱を放っている。

 それが一体なにを示す兆しなのか俺にはわからなかったが、ネックレスに気を取られていたせいなのか、前方に倒れる先ほどまで俺が担いでいた人に怪獣が近付いていくのにようやく気が付いた。


「くっ……! やめろぉ!」


 どうにか俺に注意を向けてその人から引き離せないかと、無謀だとはわかっていながら怪獣に拳を向ける。


「っが……!」


 奴は背中の触手の一本を動かして埃を払うように俺を同じ場所に突き飛ばしてしまった。


『ギャァルルルルル』


 怪獣はそんな悪足掻きを嘲笑(あざわら)うように唸り、まるで俺に見せつけるようにその乱雑な牙が生える口をその人へ近づけていく。


「ぁ……た、たすけ……」

「う……ぐぐ……!」


 いつの間に目を覚ましていたのか、その人は迫り来る死に絶望の表情を浮かべながら、救いを求めて俺に手を伸ばしていた。

 痛みで体がうまく動かないが、それでも届かせようと手を伸ばし続けるが……。


「あぁっ……!!」


 無情にも救いの手が届く前に、怪獣の凶牙によってその人の首から上で言葉にもしたくない音が鳴ってしまった。

 俺は静かに歯噛みをして悔しさと罪悪感に苦しむことしかできず、そんな無力な自分への怒りでやっと立ち上がるだけの力が湧いてきた。


『ギャアルルルルルル……』


「(俺は……また、なにもできないのか……!? ただこうして、理不尽にやってくる災いに抗う力も持てずに、何かを奪われ続けるのか……!?)」


 心の中で己の弱さを吐露するほどに胸の熱さがより強くなる。

 痛いほど拳を握り締め、震えそうになる体を必死に絞り出した勇気で支えて一歩前に踏み出した。


「うああああああああああ!!」


 もうそんなことをしても無意味だとか、生きたいのなら絶対に逃げるべきだとか、そんな当たり前の理屈さえ忘れて、俺は固く握った拳を大きく振りかぶって怪獣の顔面に突き出した。


 そして、俺は確かに見た。


 それになんの脅威も感じず余裕だという雰囲気を見せながら受けてみせた怪獣が・撃ち出された砲弾のように広い港の反対側の壁にまでぶっ飛んでいく光景を。


『––––え……っ?』


 それをやってのけた俺自身でさえなにが起きたのかと状況を呑み込めなかった。

 ただ奴を殴り抜いた体勢のまま硬直する俺の拳、というか視界に映る腕が見覚えのない変な見た目になっていることに少し経ってようやく気が付いた。


『な、なんだこれ……!?』


 指先から手首、前腕から上腕へと視界が滑ることで自然と自分の全体が目に映るのだが、やはりと言うべきなのか、全身が石灰(せっかい)に近い質感の白い体に変わってしまっていた。

 周りの物の見え方からして体格も二回りは大きくなっているようだ。

 さらに最も俺を混乱させるのが、体の節々に走る、血の代わりに星空が巡っているかのような光脈だった。


『なんで、俺の体……はっ!』

『ムギャアアアアアアアア!!』


 いつまでもその異常事態に戸惑っている暇はないらしく、殴り飛ばした怪獣が空中を泳ぐようにこちらへ向かってくる。

 俺のパンチに確かな威力があったからなのか、攻撃を受けた奴は興奮状態にあり、既に遊びを捨てて完全に殺意を剥き出しにしていた。


『うっ……!』


 そんな怪獣の爪や触手の一斉攻撃に思わず腕で頭を庇って身を守る体勢を取るが、激突の衝撃がやってきたのは腕や胴体ではなく、俺の感じたことのない未知の場所だった。


『あれ……? こ、これ……!?』


 腕を解いて怪獣を見ると、俺の背後から伸ばされた奴と同じような触手が叩きつけられた奴の攻撃を防いでいた。

 俺は背中から感覚が繋がったソレへ命令の信号を送ると、本当に自分の体と同じように動き、怪獣を弾き飛ばすように振り払った。


『なにがなんだか訳わからないけど……一つだけなんとなくわかってきた……』


 宇宙怪獣がこの場にいる訳とか、俺がこんな体に変わった理由とか、わからないことはたくさんあるが、とにかく俺が今やらなければならないことだけは理解できる。


『ずっと、体を押さえつけていた殻を破るような……』


 (かたわ)らの地面に倒れる人の亡骸に目を向ける。

 無惨に砕かれた頭は最早浮かべていた悲痛な表情すら見えないが、俺が奴に立ち向かうための勇気を振り絞るきっかけとなった怒りが再燃し始めるのを感じる。


『大きな力が、湧いてくる……!!』

『ギャアルルルル……! ムギャアアアアアア!!』


 俺が戦いを決心すると同時に怪獣も再び牙を剥いて飛びかかってくる。

 だがこちらは四本の触手を使って突進を受け止めながら拘束し……。


『ッせぇい!!』


 無防備な腹に渾身のアッパーカットを叩き込んだ!


『ギャアアアアア!?』


 奴にとってもそれは痛烈な一撃になったようで、港の外側にまで飛んでいくところを追って俺も空中へ身を躍らせる。

 躊躇することもなくそんな行動に出るということに自分で驚いている気持ちもあるのだが、それも己が大地や重力下ではなく()を居場所とする生物なのだと直感していたが故だった。


『やっぱり飛べる! なら、宇宙()で倒す!』


 空を自在に遊泳する不思議な感覚には戸惑いがあるものの、慣れを待っている暇はないと気を取り直し、そこらの小型船じゃ出せないほどの速度で飛び、怪獣の体を捕まえてコロニーの外にまで引っ張り出した。


 港を出たばかりのところでは大小無数の船が行き交っており、よく見るとそれらは全てコロニー駐屯(ちゅうとん)兵のマークが貼られていることが見て取れた。


「外に出てきました!」

「待てよ、いるのは1匹じゃなかったか!?」

「争い合っているようです! どうしますか!」

「構うか! とにかく攻撃してコロニーから注意を逸らせ! 本軍の戦艦が到着するまでの時間を稼ぐぞ!!」


 コロニー兵の武装船たちの間で交わされる通信の内容が頭に入ってくる。

 聴覚が優れているというより、音波とか電波を感知しているのかもしれない。

 そうして合図によってそれぞれに搭載されたプラズマ機関銃が一斉に火を吹き、四方八方から俺や怪獣へと攻撃が撃ち込まれた。


『うわっ……! あ、あれ……?』


 咄嗟に身を守ろうと腕や触手で防御の姿勢を取るも、実際に体へ当たったプラズマ弾は見た目ほど衝撃がなかった。


『痛く、ないな。あんまり……すごいぞこの体……』

『ムギャアアアアアア!!』

『あっ! ちょっと待て!』


 攻撃を受けたことで怒った怪獣が武装船に襲い掛かろうとするがすぐに飛びついて引き離し、まだ続く船団の攻撃をできるだけ無視して、宇宙空間を飛び回りながらの戦いが始まった。


『地に足ついてないのまだ慣れないな……!』


 殴っている感触としては、基本的な殴打だけでもしばらく攻撃を続けていれば倒せそうだと思う。


 しかしどうしても無視できない不安要素が頭をよぎる。

 この体にはいつまでなっていられるのかがわからなければ、宇宙空間で生身に戻って死んでしまうかもしれないし、そうでなくとも怪獣に殺される。

 それを乗り越えて生き残ったとしても、人に見られればどんな目に遭うかわからない。

 奴を倒した後のことはどうすべきなのかという不安が俺の動きを少し鈍らせていた。


『ムギャアアア!!』

『はっ……しまった!』


「なにっ!? わあああ!!」


 そんな迷いのせいだろうか。

 攻撃の手が緩んだ一瞬を怪獣が掻い潜り、近くにいた武装船の一つに飛び付き触手で船体に穴を開けてしまった。

 すぐさま蹴り飛ばして引き剥がしたが、壊された船は被害箇所が悪かったのか誤作動を起こし始めたようだった。


「まずい……! 変圧器が故障! 推力炉がオーバーフローを!」

「緊急脱出しろ!」

「……ハッチが開きません! 隊長! 家族にはよく戦ったと伝えてください!」

「ポール!!」


 その武装船は背部のブースターが全力で稼働しかなりの速度で飛び始め、厄介なことにコロニーの方へと向かっていった。


『くっ……! 間に合え!』


 俺はなんとか最悪の事故を防ごうとその船を追いかける。

 この身体の飛行能力は凄まじく、ほぼ全速力で暴走する武装船にもすぐに追いつき始めていた。


『でも止めるには距離が足りない……!』


 悠長な方法では激突を防ぐには間に合わない、なにかないかと辺りを見渡すと、近くの外壁の一部が大きくガラス張りになっており、その先に広い空間があるのがわかった。


『さっきの展望場……! あそこなら!』


 俺は追いついた船の下側から支えるようにして軌道を変え、展望場のガラスを突き破り船の下敷きになってブレーキを掛ける。

 ガラスの穴は即座にシールドで応急的に塞がれ、船のブースターは炉心が停止したのかいつの間にか消えていた。


『な、なんとかなった……』


 俺が船の下から這い出ると、周りの人々が悲鳴をあげて逃げていくのに少し悲しく思うが、大きな被害を出さずに済ませられた安堵を噛み締める暇もなく、外からまたガラスを突き破って怪獣が飛び込んできた。


『ギャアアルルル!!』

『こいつ、俺を追ってきたのか!』


 俺しか見えないと言わんばかりに一直線に飛びかかってくるのを、逆にこちらからも詰め寄り首根っこを掴む。

 そのまま触手で動きを封じながらながら奴の胸部へ拳を叩き込み続けていく。

 すると次第に拳から伝わる感触に変化が起こり、あと少しで勝負を決められそうだという確信が得られた。


『ムギャアアアア!!』

『ぐあっ……!?』


 それを奴自身も感じ取ったのか、死に物狂いな様子で抵抗して俺を引き離し威嚇をしている。

 あくまでも逃げるつもりはないようであり、俺も次の接近で仕留めるつもりで身構える。


 しかし……。



「な……!?」


『えっ!?』


 突然近くから人の声が聞こえてそちらを見ると、なんと俺がさっき話していた婦警のエリーさんが一人、銃を持って入り口の辺りで立っていた。

 彼女は俺や怪獣の姿を見て混乱しているのか体が竦んで動けなくなってしまっているようだった。


『エリーさん……!? あっ、おい!』


『ムギャアアアアア!!』


 エリーさんが出した声は決して大きいものじゃなかったが、やはり奴も鋭い感覚で聞き逃さなかったようで、めざとく彼女に目を付けて襲いかかっていく。

 俺も一瞬遅れてそれを追いかける中、彼女は怪獣に銃を撃つも、戦艦にぶつかる小デブリのようにまるで効果がなかった。


「ああ……!」


 奴が間近に迫りエリーさんは足をもつれさせて尻餅をついてしまう。

 そんな彼女に怪獣は思い切り飛びかかっていくが、間一髪のところで割り込んだ俺が盾になり、奴の牙は俺の肩に深く食い込んできた。


『ぐうっ……!!」


「え……!?」


 激しい痛みに耐えながら根性で奴の体を押し返していき、エリーさんからある程度距離を置いたところで、俺は右手の指を揃えて腕を引いて力を溜める。

 そして他の手で奴の体を浮かせ、無防備に晒された奴の胸部へと渾身の手刀を突き込んだ!


『ギャアアアアアアアア!!』

『お、オオオオオッ!!』


 手刀は先に何度も殴り続けて脆くなっていたその箇所に深く突き刺さった。

 奴の断末魔を聞きながらさらに腕を押し進めていき、手が奴の背中まで突き破ったことで、怪獣の体から力が抜けていくのがわかった。


『ギャ、ア……ギ、ギギ……』


 やがて完全に沈黙した怪獣の死骸を打ち捨てて俺は荒い息を落ち着けようと……したところで、ようやく自分が呼吸をしていないことに気づいた。

 それと激痛のせいで身体は重いものの、疲れや体力的な限界のようなものも感じないため、俺はこの体がやはり決定的に人間とは異なる生物なのだと実感していた。


『終わった……俺が、怪獣を倒した……?』


 少しだけ気分が落ち着いてきたことで今自分のやったことが信じられない思いが湧いてくる。

 宇宙怪獣なんて軍隊がたくさん戦力を注ぎ込んでようやく倒せるような相手だというのに、それを俺が一人で倒してしまえるとは、未だに何かの間違いではないかと考えてしまう。

 それはそうと、俺は先ほど庇った人物の存在を思い出した。


『そうだ。エリーさん!』


「……っ!」


 彼女は尻餅をついたまま腰を抜かしてしまっているようだった。

 そんな彼女の容体を見ようとするも、近寄る俺に彼女は声を押し殺していても隠しきれない恐怖の色を含んだ目を向けてくるのがわかった。

 そんな様子にそれ以上足を踏み出せずにいると、この展望場の複数ある出入り口から一斉に大勢のコロニー兵達が突入してきた。


「標的を発見! 霊長骨格の方です!」

「もう1匹は死んでるぞ!? こっちのが殺したのか!」

「墜落した船もあります。乗員の生存を確認」

「警官が1人います!」

「ポールの救助を急げ! そこのもさっさと退がらせて奴を包囲しろ!」


 完全な戦闘態勢の装備を身に付けた兵士たちに加え、宙に浮く小型戦車も何台か乗り込んでくる。

 迅速に状況を把握して俺を取り囲む彼らはいつでも集中砲火を浴びせかける準備ができているようだった。


『くっ……! どうすれば……』


 常識的に考えれば手を上げて投降するべきなのだろうが、今の俺がそんなことをして”じゃあ攻撃はしません”だなんて優しい対応をしてくれる保証はない。

 それにさっきまで考えていた不安もまた再燃してくる。俺自身も現状どんな行動が正解だとかを冷静に判断できる状態じゃないことも相まって、最早この場はどちらから戦いの口火を切るかという一触即発の状態に(おちい)っているかのようだった。


「待ってください!」


『!?』


 いつ兵士たちの攻撃が始まってもおかしくないというところで、突然彼らを制止する声があがる。

 それは兵士たちによって背後に避難させられていたはずのエリーさんの声だった。


「こちらから攻撃すべきではありません! そもそも今ある武器では歯が立たないことは明白でしょう!」

「それでも宙央本軍(ちゅうおうほんぐん)から送られてくる戦艦が到着するまでの時間稼ぎ程度なら、皆全うする覚悟だ」

「彼は理性があり無害な可能性が高いと思います! あなた方が来る前から私は襲われていませんし、今も暴れていないのが何よりの証拠です!」


 どうして彼女がそこまで真摯(しんし)に兵士たちへ訴えかけるのかはよくわからない。

 先制攻撃を仕掛けたことで、怒った俺が彼らを全滅させることを危惧したからだろうか。

 とにかく彼女の働きかけによって、ほんの少しづつ場の空気が変わり始めるのを俺は感じていた。


「ではどうしろと? たとえ無闇に暴れることがないにしても、投降を呼びかけて素直に従うような生物には見えんが」

「……一度私に、任せてください」

「何かあれば私の責任問題なのだがな。奴の怒りを買うような真似だけはしてくれるなよ」


 コロニー兵の指揮官を説得した彼女は、恐怖を抑え込み意を決した表情でゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


『エリーさん……』


 そんな彼女の姿を俺は複雑な感情が渦巻く中静かに見つめる。

 これが俺を相手してのことでなければ止めていたところなのだが、結果として俺を助けようとしてくれているのを邪魔はしたくなかった。


「大丈夫……大丈夫だから……」


 俺に喋り掛けているものか、それとも自分に言い聞かせているものか曖昧な言葉を口にしながら、彼女は恐る恐るこちらに向けて片手を伸ばしてくる。

 触れるだけで傷付けてしまうなどということは無いと思いたいが、ここで害のない存在だと信じてもらう以外にこの場を切り抜ける方法はないと、尻込みしそうな体を頭で制してこちらもゆっくりと手を伸ばしていく。


『…………』


「……やっぱり、あなたは……」


 もう少しで互いの手が触れようかというところ。

 これは後々知ったことだが、この時俺は無意識に背中の触手も彼女に向けて近づけていたようであり、それが周りの兵士たちには何かしら危害を加えようとしている可能性があると判断したらしい。


「っ危険だ! 拘束モードで撃て!」


『がっ!?』


 間近に立つエリーさんを巻き込まないためか、兵士たちは持っている武器から有線式の電芯弾(でんしんだん)を装填して撃ってきた。

 無数の機械が四つのクローを開いて俺の全身の至る所を掴み取り、高出力の電流が全身を駆け巡ってきた。

 電気そのものにはほとんど効果がなかったのだが、怪獣にやられた傷の場所だけはとても痛い。

 それでも周りの人間を傷付けないため、俺はただ身を縮めて耐えることしかできなかった。


「もうやめてください! どう見ても抵抗の意思はないでしょう!」


 エリーさんの訴えにも構うことなく兵士たちは攻撃を続ける。

 俺が気絶かなにかして完全に無力化するまで、この苦痛は続くのではないか気が遠くなり始めたその時。


 上方からエネルギー弾が雨のように降り注いで俺を捕まえていた電芯弾のワイヤーがことごとく断ち切られた。


「なっ、なんだ!? 誰の仕業だ!」

「小型のドローンです!」


 いつの間にやら俺の真上を飛んでいたらしい、鳥獣のような翼を持つ小さな三機のドローンが今の弾幕を撃ち込んできたようだ。

 それらはこの一団から離れた場所へ飛んでいく。



「コロニー軍の諸君! なんの騒ぎかと思い見物しにきてみれば、寄ってたかって弱いものいじめたあ感心しねえなぁ?」


「何者だ!」

「……あ、あいつらはまさか!」


 聞こえてきた声の方向を見ると、展望場の上側の空間に大きな車両が浮き上がっているのが見えた。

 それは無機質な色合いの大型貨物車であり、荷台の上に何人かが立ってこちらを見下ろしていた。


「宇宙中を荒らし周り略奪の限りを尽くす星賊! 構成員は少数ながら全員が宙央特別指定最上危険人物として記録されている極悪非道な組織です!」


()()? 俺サマたちが星賊だと!? お前らは親の名前も覚えられねえのか!? しょうがねぇ、赤ん坊並みに真っ白な頭してやがる凡人どものために、俺サマがイカした名乗りをバッチリかましてやるからよく見てな!」


 それらの中央に立つどこか見覚えのある派手な帽子を被った男が、自身に注目を集める演説がかったような話し口調で言葉を連ねていく。


「俺サマ達こそ! 天が平伏(ひれふ)し星が(ひざまず)く! 誰よりも強く! 誰よりも輝き! 誰よりも自由にこの空を行く流れ星! 泣く子も憧れるその名は天浪団(てんろうだん)!」


 身体の痛みや、ついさっきまで命の危機すら感じていたことすら忘れてその姿に()せられてしまう。

 頭に動物の耳が生えたドローンを操る女性。

 鱗で覆われた大木のような身体の男性。

 神秘的な印象を抱かせる真っ白な美しい女性。

 誰もが只者ではない空気を纏う面々がその男へと付き従っている様は、彼らの間に繋がれた信頼と絆が伝わってくるようだった。




銀河を(Galaxy)旅する(Brigade)お宝(Treasure)探し(Hunter)だ!!」




 これは俺が怪獣になった日。


 それと同時に、俺の心から生涯消えることのない、(そら)希望(ひかり)と出逢った日になった。

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