サツマイモを狩れ
「うおおおお!」
至る所から蔓が伸びてくるのをなんとか避けて走る。
蔓はどうやらおれに向けたものではないらしい。
小走りに近寄ってくるイノシシの足に巻き付いた。
手近にあった岩の影に逃げ込む。
イノシシはわめき声をあげると、蔓を引きちぎりサツマイモに向かって突進をはじめた。
蔓の素早い動きに反して本体は緩慢だ。サツマイモでは逃げることはできない。
が、今度は地面に根を張った蔓が、ばっと何かを抜き取り、空中に何かを大量にぶちまけた。
よく見ると小さなサツマイモだ。
「なんだ……」
隠れていた岩にも降ってくる。
嫌な予感がしておれはサツマイモから遠ざかる。
岩に当たる瞬間おれは地面に倒れてうつぶせになった。
爆発音が断続的に次々と起こった。
ぱらぱらと石ころが背中に当たる。
振り返ると、先ほど隠れていた岩が粉々に砕かれていた。
「すげえ威力だな。イノシシはどうなったんだ」
イノシシは血を垂らした頭を振って、ふらふらと歩いている。
だから気づかない。
爆発によって、倒れた木がイノシシに落ちてくることに。
木の下敷きになったイノシシは一度大きなうめき声を発した。
それからうんともすんとも言わなくなった。
「……おっとラッキー」
サツマイモは少し遠くの幹に打ち当たってぐたっとなっていた。
「こりゃ漁父の利ってやつかな」
『いえ違います。あのサツマイモは変異体。本来はこの世界に存在するものではないものがこの世界に来て、動き出した存在です。体内に取り入れてこの世界の動物か魔物に引き継がれるか、正成くんが『リサイクル』しないと倒せません。この世界の理から外れているがゆえに、この世界では処理できない。それが『ゴミ』と言われる由縁であり、正成くんがこの世界に呼ばれた理由です』
「ということは、どうすればいい」
『正成くんがリサイクルすればいいんです。幸い弱っている様子。いきましょう』
「近づかなきゃいけないのか。ああ……嫌な予感がする」
またもやクラッと目の前が真っ暗になった。
「ヒールブレス」
倒れそうになったところをなんとか持ち直し、近くにあった木の根っこによりかかった。
まずいな。意識を失う。
このままではじり貧である。
とにもかくにも、決着をつけよう。
そしてあのサツマイモを食べよう。
サツマイモと言えば、高校の頃おれに告白してきた図書委員長を思い出す。
何かと立て続けに問題が起きて、それどころじゃなかったおれは告白は断ったのだ。が、その日の帰り道に通った公園のベンチで泣きながらさつまいもをほおばっている図書委員長の姿を目撃したのだ。
やけに可愛く見えた。
不思議だな。
今君のあのサツマイモの食べっぷりを思い出しておれはなんとか空腹に立ち向かおうとしてるよ。
近づくと、サツマイモがのそりと根っこをはり、立ち上がる。
さきほどより緩慢で、だいぶ弱っているみたいだが。
「わりいな。お前、食べさせてもらうぜ!!」
『正成さん! いいですか。私の直感で言いますと、このサツマイモは本来まともに戦って勝てる相手ではないです。根拠とかはまったくありませんが私の独断と偏見によるとあのイノシシはおそらくこの樹海でもかなりの実力をもつ存在。おそらくこの近辺のボスでしょう。そのイノシシを仕留めることができるほどの力をこのサツマイモを持っている……まさに絶望的です』
「ちょっ、アマネさん、今言うことそれ! はやく対処法教えてくれるとありがたいんだけど!!」
サツマイモはイノシシに突かれて体に大きな穴があいている。
そのせいか、先ほどよりだいぶ蔓が伸びる数も少ないし速度も遅くなっているとはいえ、あの蔓に拘束されれば二度と逃れることができないのはわかる。
あのイノシシでさえ、全力を出さなければ千切れなかったんだからな。
『しかし、正成さんには『リサイクル』と唯一無二天上天下唯我独尊にスーパー可愛い私の存在があります!!』
「なるほどね。で、どうリサイクルを使えばいいんだよ、っておいおいどぅわー」
サツマイモの空いた穴から赤い光が放たれ、蔓が連動するように根を張り、地中からぽいと無造作に芋爆弾を投げてくる。
泡を食って全速力で駆ける。
轟く音にちびる。
振り返ると、樹の幹や根っこを削り取り、地面がえぐれていた。
こんなの一斉に放られたらどうしようもないではないか。
『あの……今のちょっと言い過ぎてみたのですが……。違うんですもっとこう突っ込みがほしかったんです』
「今言うこと! それ! 今おれ全力で逃げたい気分だわ。今からでも逃げようかな、そんな、気分だから!」
しかし引くにも引けない。
こちとらお腹が空きすぎて飢餓でどうにかなりそうだからな。
異世界に来て間もないのに、腹が減って死にそうだとか何の冗談だと思うが、こればっかりは直感としか言いようがない。
この状態を放っておくとマジで死ぬ。
実際体力は何度もゼロになっている。
だからこそこんな命知らずなことをやっているのだ。
またもや爆弾が放られた。
全速力で逃げた先に伸びてきた蔓をベリーロールして避ける。
そのままヘッドスライディングして意識を失いかけ——「ヒールブレス」。
なんとか持ち直すと、背後で芋爆弾が爆発するところだった。
「アマネ! だから、たのまあ。あいつをぶちのめす手段があるなら、教えてくれ」
『こほん。いいですか。要はあのサツマイモを変異させているものを『リサイクル』すれば倒せます。それこそ、奴を奴たらしめる力の源。いわば心臓なのです』
「その変異させているものはどこにあるんだ!」
『幸い、イノシシのおかげで、剥き出しになっています』
「あの穴か!」
もう余裕はなかった。
ふらりと立ち上がって、イノシシによって空いた穴から覗く光を睨みつける。
サツマイモはその視線に気づいたのか、一瞬たじろぐように後退した。
矢を放つように、体に鞭を打っておれは駆け出した。
迫り来る蔓を最小限の動きで避けつつ、前に進む。
あともう少し。
蔓が芋爆弾を持ちながら迫る。なんとか避けるが背後で爆風が起こった。
ふっとんだところを待ち受けるように蔓が伸びる。
四肢に巻き付こうとして——
「ショックウエイブ!!」
背後に放って加速することで蔓を回避した。
がまたもや目の前が暗くなり「ヒールブレス」
——ヒールブレスのレベルが上がりました。
ヒールブレスLV2
回復量と、回復速度が上昇しました。
瞼を開くと、目の前には剥き出しの『心臓』が。
叫ぶ。
「リサイクル!」
すると、世界が停止した。
というのも、空中で、おれは静止していたからだ。
サツマイモもぴくりとも動いていない。
風もない。
音もない。
ただ、サツマイモの穴の中にあった赤い光を放つなにかだけがアマネの錫杖に吸い込まれていく。
吸い込む直前、光を放つなにかは抵抗するようにバチバチと反発した。
その瞬間。
——奇妙なことに、おれは真冬の公園に立っていた。
鳴き声が聞こえる。
段ボールの中に一匹だけ小さな子猫がいた。
その子猫を、一人の少年が抱き上げる。
——これは猫の記憶を追体験しているのだろうか。
家に持ち帰って、少年は母親に猫を見せた。
首を振る母親に、もういいと少年は部屋に持ち帰り、猫と一緒のベッドで眠りにつく。そのときに少しだけサツマイモを食べた。サツマイモは甘かった。
しかし、少年が寝ている間に、母親は子猫を取り上げて元いた段ボールの箱に戻した。
「ごめんね」
子猫はその言葉を理解できない。
ただ、少年のベッドのあのぬくもりを思い出して子猫は鳴いていた。
鳴いて……そして意識を失った。
——今も子猫は鳴いていたのだ。
あのベッドのぬくもりを求めて。
サツマイモになった今も。
——だからおれは、その子猫を抱き上げる。
この世界がどうなっているのか、わからない。
ただ子猫が望んでいるであろうことを。してみただけ。
子猫はきょとんとしていた。
そして一度鳴くと、体を寄せ目を細めた。
——リサイクルのレベルが上がりました。
リサイクルレベル50
『ファイア』レベル1
『ウインド』レベル1
『アース』レベル1
『ウオーター』レベル1
『ダーク』レベル1
『ライト』レベル1
『鑑定』レベル1
『蔓操作』レベル1
『芋爆弾』
『サツマイモ召喚』
を取得しました。
世界が動き出した。
静止していた体が動きだし、サツマイモの体にぶつかって地面に落ちる。
「いててて。今のは一体」
『はい。あれは、正成さんと同じ世界から来た存在なんです。正成さんの世界で生まれ、そして捨てられたと認識した存在の思いが、この世界では『ゴミ』となって生まれてしまう』
「……なんだそりゃ……」
『リサイクルしないと、彼らはずっとゴミとなってさまよう。この世界のいびつな力となって汚染し、世界を破滅へと誘う。彼らを救うたった一つの方法が、正成さんの「リサイクル」なんです」
「なにがリサイクルだよ。要は除霊だろ、なにがゴミだよ。ゴミってなんだよ。ちきしょう」
『正成さん……?』
「はあ。だめだ。今は頭が回らねえ。とりあえず!」
目の前の全長10メートルはあろう巨大サツマイモの実にかぶりつく。
少し甘いか? 固いな。
焼いたらめちゃくちゃ美味くなるんだろう。
が、今は、待っている余裕はなかった。
一度食べだしたら、もう止まらなかった。
むしゃむしゃ、ごっくん。ばくばく。
結局、焼く事も無く、巨大サツマイモはおれの胃に収まった。
「ふう」
だが……。
「あーだめだ。全然、食欲おさまらねえ」
『正成さんもしや、サツマイモだけに、食欲が、食欲の秋化してしまったんですか??』
「食欲の秋化ってなんだよ……うまいことを言ったつもりか」
突っ込みをいれつつ、どんどんお腹が減っていく感じがする。
とはいっても先ほどまでの命の危機は脱したようだ。
ただお腹が減っているだけ。
なんでも良いから満たしたいという。という状態だ。
これは一体。
「どうなってるんだおれの体」