残り火よ、在りし日を燃やして 三十四
かなり日を空けてしまい申し訳ありません。
戦犯はポケットの中でカードゲームしてた私と来たるその時に備えてポケット増設してた私です。
不甲斐ない死に方をしてしまったものの、幸か不幸か武器を破壊せずとも地面から引き抜かれた事で無茶苦茶な召喚陣は消え、渦巻く灰は聖火の竜へと帰り燃える。
「キルナちゃん!10秒交代ね!」
「……わかった」
「意味ないと思うけど……タウント!」
Die助は迅速に取り決めと位置取りをし、聖火の竜のタゲを取る。
キルナを最大限休ませるつもりのようだ。
「なんか早くなってない!?」
しかし聖火の竜は俺たちの甘い思惑を嘲笑うかのように、一瞬にしてその距離を詰めてきた。
側から見ても明らかにさっきより早い。
「おっもいね……!」
それどころか火力もさっきより上がっているように見受けられる。
リアクションから見るに近しいそれは残火の獣第一形態のバ火力。
盾でガードしてなおノックバックさせられる怪力を思わせる。
別人と言われても納得してしまうほどの変貌ぶり。
この増して行くスピードと火力に説明を付けるなら恐らくそれは帰結灰燼という名の自己強化技。
徐々に出力を上げるにしてもこの跳ね上がり方はなんだ?さっきの情報圧殺フェイズを挟んだだけで何故こんなに強くなる?
その問いに頭は記憶を辿り、それらしいものを見つけてくる。
帰結灰燼という技の名前、発動してから起きた灰が燃える現象、そして竜巻の残した灰が聖火の竜へと帰って行った事。
……燃料が投入されてしまったという事か。
あまりの戦犯具合に目を覆いたくなるが、まだ2人が頑張ってくれているので逸らすワケにはいかない。
キルナもだいぶ集中力が戻ってきたようで、この苛烈な攻めもなんとか凌げている。
キルナをして防戦一方なのが気がかりだが、これだけ苛烈なのだ、そろそろくたばるだろう。
長い戦いも終わりの時が近づいている。
最後の最後にトンデモないヘマをしてしまったが、諸々の事を考えればパーティとしては悪くない働きだったように思う。多分及第点だ。
あとは2人が終わらせてくれるだろう。
あとは2人が……
2人が?
なんか…………違うな。
体に得体の知れない気持ち悪さを覚える。
まるで自分の体じゃないような、そんな感覚。
こんな殊勝な考え方を俺はしていただろうか。
2回もあっけなくやられ、うち1回は死体斬りなんて飛び切りの挑発を受け、更には自分のプレミ。
それで残る2人に仇を取って貰って満足?勝ちましたってか?
冗談じゃない。
いつだ、いつ俺はこんな風になった。
いつお利口さんになった。いつ牙が抜けた。
レベル、ステータスの差を自覚した時か?強いやつと戦う機会が減ってからか?それとも越冬やドラグラを格ゲーから切り離して考え始めた時か?或いは格ゲーから離れたあの日か?
探すにしては心当たりが多すぎる。
あー、カッコわりぃ……
相手が俺より強いから?隣に俺より強いやつがいるから?
どれも諦めるにはカッコ悪い理由。
30のレベル差があろうが、キルナが居ようが、俺がただの雑用である理由にも諦める理由にもならない。
なにより諦めるってそれ……
1番つまんねえじゃん。
体の奥底が熱を持ち始めたのを感じる。
最後にこんな感覚になったのはいつだったか。ゲームを始める時のそれとも、周りの熱に当てられた時のそれとも違う。
思うはただ一つ。
しなきゃなんねえだろ。リベンジ。
湧き上がるは反骨心。
なんだかんだと言っても俺は所詮ナメられっぱなしで終わるのも、自分をナメたまんまで終わるのも納得出来ないただのゲーマーだったというワケだ。
俺は傍観する事を辞め、2人にパーティチャットにて呼びかける。
──悪い、起こしてくれないか?俺を。
「今はちょーっと厳しいかな!スイッチ!」
どんどんと火力と速度を増す連撃を受け切れず、キルナと前線を入れ替える。
既に一切の余裕は無く、俺の倒れているラインまで引き下がって来たDie助は額からポーションを握る指先に至るまで……その全てに汗を滴らせていた。
──そんな余裕がないのは百も承知している。その上で……頼む。勝ちたいんだ、あいつに。
「勝ちたい……勝ちたい、ね。全く2人して寄り道大好きなんだから」
そう、これは寄り道。
このまま時間が切れるその時まで全力を賭して凌ぎ切る、それが最適解である事はよくよくわかっている。
Die助の言うそれは攻略としてこの上なく正しい事も、計算された泥臭くも美しい戦術である事もわかっている。
でもそれじゃ納得出来ないやつが、寒い勝ち方だと思ってしまうバカがここに2人いる。
みんなで頭回して、歯食いしばって、地面を抉りながらも踏みしめて、ちょっと奇行も多かったけど……それでも望んだ勝利が相手の自滅で終わっていいのか、それで諸手を上げて喜べるのか?
……少なくともキルナの顔が崩れる事はないだろう。
だから。
──百点満点の勝ちが、欲しい……!
まだ出会って1週間も経っていない俺に全力で力を貸してくれるみんなと。
肩を叩いて笑える勝利ってやつが俺は欲しい。
「……聞いたかいキルナちゃん、熱烈なラブコールだよ」
「……いまそれどころじゃっ、ない」
「そうだよね。ようやく僕にも回って来たってことかな、見せ場ってやつが!」
Die助は肩を震わすと、流れる汗を拭った。
「キルナちゃん、10秒作る。イケる?」
「……………………やってみる」
2人は最低限の言葉を交わすと互いの位置を入れ替える。
キルナはポーションを割り、テキパキと俺の蘇生を始めた。
「こういうゴリ押しプレイはあんまり得意じゃないんだけど、ねっ!」
俺たちを庇うように背負い立つDie助は二刀流に対して盾を横にして構え、二方向からの同時攻撃を攻撃を横方向にパリィする事でノックバックを消し迫り来る次の一撃に対応、まとめて打ち上げた。
判断、身体操作、盾捌き。
シンプル故に自力が問われる高難度の対策。Die助は攻撃を一方向にまとめて受け流す事で二刀流への解答を出した。
しかし聖火の竜は即座にその身を翻した。
一瞬力を溜めるような素振りを見せ踏み切る。
「嫌なことしてくるね!」
飛び出したのは縦回転しビックリドッキリ丸鋸と化した聖火の竜。
猛スピードで飛来する炎の刃に対してDie助が取れた行動はかろうじて俺とキルナの前に立ち塞がることだけ。
「ごめんやっぱ10秒も持たないかも……!」
満足に構える時間も貰えなかったDie助は踵で地面を削りながら、ジリジリと押されていた。
根を上げるDie助から、この高回転率の攻撃が既に残火の獣の化け物膂力のアレを上回っている事がわかる。
「ちょっと痛いね君の攻撃……!」
受けながら攻撃の合間に膝を落とし押されないように構えるも、斜めに上を向いた盾の上で聖火の竜はお手玉のように回転し続け、ゴリゴリとDie助のHPを削っていた。
なお当の本人は口元に笑みを浮かべていた。それが根を上げてる人間のする顔かよ。
「キルナちゃんあと何秒!」
「……3秒ぐらい」
「なら大丈夫そうだね……」
Die助は小さく呟くと足を広げ、炎が盾に触れると同時に立ち上がり、思いっきり弾き上げた。
回転する物体をパリィするとどうなるのか?それはすぐにわかった。
「骨は拾ってくれると嬉しいなぁ……」
大きく上に打ち上がったものの回転する聖火の竜はすぐに上空で体勢を整え、腕を交差させいつかのX斬りの構えを取る。
対してDie助は一応天に向けて盾を構えてはいるが、既にへとへと。
最後まで時間稼ぎに徹したDie助の顔はいつもの爽やかな笑みを浮かべていた。
ギリギリ10秒。
俺の蘇生が完了すると同時、圧倒的耐久力を誇るDie助が降って来た聖火の竜によって盾の上から削り殺された。
「あとはまかせたよ!」
五体満足のまま斬り伏せられたDie助は幸せそうな顔をしていた。
……それが斬られた人間のする顔かよ。
「おうまかせろ!」
もう日和らない。
俺たちを守る盾が失われた瞬間、俺とキルナは飛び退く。
足元には二つの割れたポーション。
眼前を切り裂くは白炎の煌めき。軌跡に残った灰すらも瞬き、その姿を火の粉へと変え舞う。
あぁ、体が軽い。
キルナより僅かに早く着地した俺は受けたデバフが解除されている事を悟る。
それが表すは俺の生命線、エアリアルの解禁。
「なあキルナ──」
「……わかってる、だから蘇生した」
「話の早いことで……!」
ここからは俺が盾であり斧。
2人が文字通り命をかけて繋いだその先を俺は見せなきゃならない。
この手に握るは黒炎の剣。
肌を焼くこの感覚も今となっては心地が良い。
なあ聖火の竜、お前もこんな気持ちなのか?
「空を纏いて……」
思えば相手がいる事への感謝もどこか遠くに忘れていた。
「我が想いを為せ……」
腐っても俺は格ゲーマー、挑戦者だ。
ならば震わせるのは心であれ。動かすのは体であれ。
「飛翔しろ」
俺より強いやつがそこにいるのだから。
そんな相手と戦える幸せに最大限の敬意を表したい。
ポーションを飲み干し、潤った喉を空気で渇かす。
在りし日を燃やして言葉を紡ぐ。
「いざ尋常に!対戦よろしくお願いしまァァァァァァす!」
エアリアル発動、静かに散る火の粉を舞い上げて一気に駆け抜ける。
30秒。それが俺がこの火狂い騎士を倒す事が出来るラストチャンスでありタイムリミット。
相対するは縦横無尽に飛び舞う双剣の竜騎士。その構えは竜の口を思わせる奇抜な構え。
何が飛び出すかわからない初見の攻撃。しかしそのどっしりとした出立から迎え撃とうとしている事はわかる。
カウンターか?
「いいぜ、真っ向勝負だ」
それだけわかれば十分、もとより引くという選択肢はないのだから。
誘って刈り取る……!
笑みを深めた時、カウンターと思わしき構えを取った聖火の竜が牙を剥いた。
「【穿火】」
「なっっっが!」
独特な構えから突き放たれた白く揺らめく切先は真っ直ぐに俺の額を捉えていて……急ブレーキを踏み仰け反った鼻先を撫でた。
予想以上に伸びてきた刀身を曲芸じみたひどい体勢で避けると、後隙を咎めるべく動く足に上体を追いつかせる。
ちょっと遠いな……
長すぎるリーチは接近を許さず、攻撃を避けたご褒美を得ようにもこちらの攻撃が届く頃には次が来るだろう。
エアスライドで詰めたくなる衝動を抑え、ただ距離を詰めるに終わる。
こちらの動きに合わせ、聖火の竜は次の動きを見せる。
その動きには既視感があった。
「ネタ切れか?それはさっき見たぜ」
Die助を削り殺した時のそれと同じ動き。
聖火の竜に聞けばただの飛びかかり攻撃とでも言うのだろうが、側から見れば『空中大車輪 〜燃え盛る炎を添えて〜』とでも言うべきものだ。
割に合わない短い予備動作から殺意の塊が飛来する。
「うおぉっ!」
流石にわかっているだけあって避けられるが、思った以上に早い。
初見ならば少し怪しかったかもしれない。Die助に感謝だな。
縦横無尽にあっちへこっちへ飛び交う光と炎で出来た白い刀身を躱して行く。
縦、横、縦、横、横、横、縦。
気を抜けば即死する連続攻撃をややオーバーに避け、目で追いながら考える。
縦回転で頭上を通る時と横回転で真っ直ぐに来る時はランダム。見てから反撃するには少し速すぎるし、見分けるのもかなり難しい。
デバフを逃れエアリアルを発動した今でも到底追いつけそうにない。
「おーけー、そろそろ止まってくれていいぜ」
見ていたのはその僅かな予備動作。それさえわかれば十分。
そっちから向かって来るというのならその縦横無尽な動きだって捉える事が出来る。
昔の人は言いました。
「飛んで火に入る夏の虫ィィィ!」
全く良い言葉を残してくれたものだ。
聖火の竜は踏み切る直前、足首を前に倒した。……上か。
突き上げたるは黒炎の剣。軌道上に置かれた攻撃を既に踏み切った聖火の竜は避ける事が出来ず、ただ相打ち狙いで両の手を振るうしか無かった。
被弾からか幾らか精度の落ちるその攻撃に当たってやるつもりは毛頭ない。
右足を軸に体を回し、近づく熱気をやり過ごす。
「随分と痛そうだなァ!」
聖火の竜は全身に纏う火を揺らめかせ、膝を着く。
黒炎の剣が当たった箇所からは蒸気とは違う気体……煙が漏れ出ていた。
初の手応え、ここに来てようやく火竜キラーを自称する黒炎の剣がその力を示した。
勝てる……!
殴れば倒せるその証明に全身が震える。
晒した隙を突くため、歓喜を堪えすぐに聖火の竜へと肉薄する。
出来るだけ多くのダメージを与えるべく掌に熱を集める。
「炸裂しろ!イグニスプ──ロォ!?」
久しぶりにぶっ放した魔法は聖火の竜にぶち当たる……事なくその火球に亀裂が走った。
「これはこれは大層なご挨拶で……」
まさかのやられたフリというとんだビックリ攻撃に冷や汗を流さずにはいられない。
もしイグニスプロードを打ち込んでいなかったら。そんなもしもの世界線を想像してしまう。
そこまでするか、聖火の竜。
しかし裏を返せばなりふり構っていられなくなったほど追い詰められているとも捉えられる。
今の状態ならあと一太刀浴びせれば倒せそうだ。
ただまあ、そっちがその気ならこっちにも考えがある。
「正々堂々一本勝負と行こう、ぜっ!」
イグニスプロード……延いては近づく者を斬り払うための一閃に俺は黒炎の剣を左手に持ち替え刺し返す。狙うはピンと張った右腕の先に握られるかつて灰だった十字架。
すばしっこく飛び回るのも奇天烈な攻撃もいいが俺はやっぱり真正面からの勝負がしたい。
故にコレは不要……!
持ち替えた事により発生、届くまで、その両方の速度が大幅に短縮された一撃は聖火の竜に腕を引く猶予すらロクに与えず、武器の破壊に成功する。
「【炎還】」
追撃を恐れた聖火の竜は誤魔化すように炎還の名を呼ぶ。
誤魔化しと言えど距離が距離、普通ならお陀仏一直線だろうが、生憎とこの状況は2回目、見えずとも既に避けるのに必要な情報は揃っている。
ここまでやって来て理解した事がある。
それは聖火の竜が俺たちプレイヤーと変わらない思考をする事。
CPUの超反応にプラスしてプレイヤーのそれと変わらない狡猾さ……一見最強に見えるがそれはどちらも同じ欠点を抱えている。
厳密には欠点は補えなかったというべきそれは、例えば反応出来る攻撃につい反応してしまったりなど、CPUだろうが人間だろうが誰しもが背負う十字架……所謂悪癖の存在だ。
そうそう、咄嗟の行動ってのは古来から手癖が最も現れる瞬間だって言われていてな。
とどのつまり何が言えるかといえばそれは……
「ワンパターンなんだよ!」
身を屈め、低く水平に跳ぶ。気分はさながら火の輪を潜るサーカスのライオン。
先行して跳んだ俺を追いかけるように燃える波紋が発生する。
赤く煌めくそれは予想通りに頭上と地上を通過し、虚空を燃やして行く。
もはや見飽きたその軌道を尻目に両の手足で着地する。
炎還の発動を機に聖火の竜はゆらりと姿を消した。
頭によぎるは絶火の前モーション、全身に神経を張り巡らせ、熱気を感じた瞬間エアスライドを発動出来るように意識する。
しかしその時が訪れる事はなく、聖火の竜は遠く離れた位置……ステンドグラスの下に現れた。
仕切り直し。ここまで16秒、折り返し。第二ラウンドには持って来いのタイミングだ。
聖火の竜は一本になり両の手で握り込んだ十字の剣を天へ掲げ、息を吐く。
たったそれだけの事で場の空気は一変し、舞い上がっていた火の粉は鳴りを顰め、鳴り響くパイプオルガンの音は終わりを迎える。
「悪いがそれに付き合ってられるほどの余裕はねえ」
何かの前触れ、しかしエアリアルの効果時間も既に折り返している今それの発動を待てるだけの余裕がない。
すぐに地面を蹴り、後光差し逆光となる懐かしい絵面に一直線に駆ける。
直後、逸る心と足を縫い止めるような冷たく透き通る声が耳に届いた。
我らが聖火の遺志は尽きる日を知らず。
心せよ。
──終束、不知火。
詠唱付きの仰々しいその技は全身の炎を掲げた十字の剣に集め、けたたましく燃えるとその刀身に纏う光を真っ赤に染め上げ聖域全体……360度至る所に赤すぎる火の玉が出現する。
ここに来てまさかの全方位攻撃、しかし俺は似た状況をヴェルフリート戦で経験している。
恐らく、いやほぼ確実にこの真っ赤な火の玉が動きだし、俺を丸焼きにせんと殺到すると見た。
エアリアルが切れるまで残り5秒、HPは次のDoTダメージを受けられるか怪しいところまで減っている。
避けている暇はもう残されていない、ならば。
「行くしかねえだろ……!」
エアスライド発動。様子見なんざしてられるか、最短距離を最速で。それが俺の出した答えだった。
一陣の風が聖火の竜へと続く一本の道を作り、進むべき道を示す。
急加速した俺は点在する赤すぎる火に近づく。
風に乗ったいま、避ける事は控えめに言って不可能。かと言って無視も出来ない、ならばこの手でこじ開けるしかない。
ぶっつけ本番。体が追いつくかも、そもそも出来るかどうかすらわからない。
だがとうの昔に賽は投げられた。的を絞るは行手を阻むものだけ!
黒炎の剣を握り込み、真正面で爛々と燃える紅蓮の業火を見据えた時。
その赤すぎる炎が揺らめいた。
「そういうことか……!」
眼前に突然現れたは聖火の竜。
直感的にこれが……不知火という技が絶火の派生技である事を悟る。
ワープから神速の一撃だと?
上等……!
現れた聖火の竜は既に攻撃体勢であり、燃え盛る剣を真横に構えていた。
水平一閃、狙いは首と見た!
赤すぎる刀身に対し垂直に振り上げ、赤と黒が交わるその刹那──斬り弾く。
「パリィィィィィ!」
土壇場で初めてのパリィを決めた時、体の感覚が抜け落ちる。
水と油のように黒い炎に斬り除けられる赤すぎる炎、視界の端に散り行く真っ赤な火の粉、その一つ一つが見える。
右上、左下、左、右後ろ、正面、上……
真っ赤な剣閃だけを残して次々にワープする聖火の竜。いつどこに現れてどのタイミングで振るうべきか……全て正確にわかる。
斬って斬って切り拓く。
五感が知覚出来なくなるほど周囲に溶け込む極限状態、頭の中からありとあらゆる雑念が排除され必要な情報だけが湧き出すクリアな世界、ログインした時のそれとは明らかに異質で自然な全能感。
無敵に等しい感覚は勝利への道筋を直線で描く。目に入る全てが障害物足り得ない。
──ゾーン。
それは未来予知に匹敵するほど感覚を研ぎ澄まし、俺にマイナスフレームの世界を見せた。
体も事象もその全てが思い通りに動く。
膝、肩、背中……
やや低めの横薙ぎに対しては飛び越えて、浮いたところ狙う袈裟斬りには体を捻り受け流すように、背後からの着地狩りには振り向きながら叩き切るように黒炎の剣を振り下ろす事で対応。
何十もの殺意を真っ向からぶち破り、奥に佇む聖火の竜に迫る。
「そろそろっ!納めてもらおうかっ!年貢ってやつを……!」
真っ赤で黒い火花を散らし、聖火の竜を見据える。
その距離は歩数にして10歩。エアリアルで強化された状態なら……
ギリギリ圏内!
勝利が見えた時、急に視界が加速する。
深く踏み込み力を貯め、解放と共に地面を強く蹴り跳躍する。
黒炎の剣を頭の上でしっかりと握り込み万全の体勢を整える。
その瞬間、俺を渦巻く風が霧散する。
それは30秒という俺に設けられた制限時間が過ぎた証であり、速度と滞空時間の計算が狂った事を示していた。
「くっそ……!」
間が悪すぎるだろ!
まずいこのままじゃ届かな……引きつければギリ届くか!?
いやそれ以上にHPが持たない!どうするどうする!?
「届けええええええええ!」
俺が出来たのはただ一つ、祈る事だけだった。
この一撃に出来る限りの祈りを込めて振り下ろす。
そうして放たれた魂の一撃は聖火の竜を捉えるも──拳半分届かなかった。
あとちょっとが足りねえ……届かねえ…………!
惜しくも空を切ってしまった黒炎の剣は地面に衝突し、聖火の竜の足を土埃で汚すに終わった。
拳半分ほどの僅かな差。だがその差には時間管理、半歩の判断ミスetc…ミスが多分に含まれており、決して詰まる事のない大きな差として現れていた。
脳裏に浮かぶは敗北の2文字。後に残るは勝てなかったという事実のみ。
俺の一世一代の寄り道はここで途切れた。
……はずだった。
パリィィィン!!!
背中に衝撃を覚えると共にガラスの割れる音が響き渡る。
瞼の裏に映るはContinueの文字。
YESを押したのは誰だろうか?考えるまでもない。
「勝って。メインアタッカーでしょ」
たった一言、熱を帯びたその言葉は俺にHPという形で届けられた。
死ぬ事も負ける事も許されない、お前がこいつを倒せ。そう告げていた。
キャラ作り忘れてんぞキルナ。
そうまで言われて燃えないやつがどこにいるか。
見た目も思想も好きな食べ物だって違う、冷たく言えば赤の他人。……それでも想いは同じ。
──勝ちたい。たったそれだけ。
「【絶火】」
目の前でどでかい隙を晒し、しぶとく生きる俺に聖火の竜は大上段にその剣を構えた。ありえないほどに燃え上がった炎はもはや十字という体を成していない。
脳天狙いの極めてシンプル、故に必殺の一撃。
介錯のつもりか?だったら悪いな。
そっちは2人かもしれねえけどこっちはキルナにDie助にめろんぱんだ、ヴェルフリートの分まで背負ってる。
わかるだろ?まだ負けられねえんだ。
「魔崩天……!」
視界が白く染まり、思考がクリアになる。
貰ったこの命、望まれた延長戦。
もはやパリィは時間の無駄、1フレームでも早く届くように大上段から振り下ろされた必殺の一撃を左半身を捻り、前に抜ける形で回避する。
黒炎の剣を握り込み、下から抉るように突き出す。
真っ赤に燃え上がるその炎はあまりにデカく、避けたはずの俺の肌をありえない速さで焼き、HPを減らす。
あぁ、熱いったらありゃしない。
結局いまの今までお前が何を言っているのか全然わかんなかったけど、未練たらたらな事ぐらいは伝わったぜ。
過去に何があったかは知らねえが、その背中に背負ったデッカい十字架ごと俺がまとめて燃やし尽くしてやる。
「炸裂しろ!イグニスプロード!!!」
想いを拳に乗せて、拳を剣に乗せて、剣を燃やして……!
俺がいま叩き出せる最大火力を以てそのひしゃげた胸部の装甲を貫き、内側から爆発させる。
黒い炎と煙が噴き出し、聖火の竜は真っ赤なポリゴンとなって弾けた。
「……綺麗な花火だな」
真っ赤なポリゴンが爆風と共に聖域内に煌めき、舞い上がる火の粉もまたその姿を灰へと変える事なく弾けた。
全てのエフェクトが消えた時、俺はこの長い長い戦いが終わった事を実感し、仰向けで倒れ込む。
「ははっ…………」
残ったHPは1。
1フレームでも遅れていたらまた結果は変わっていたかもしれない。
それでも今はただ。
「俺の……俺らの、勝ちだ」
百点満点の勝利を噛み締めずには居られなかった。




