残り火よ、在りし日を燃やして 三十三
「なあDie助、骨拾えそうか?」
「うん?もう拾う時の心配かい?」
「いくらキルナと言えどアレに飛び込むのは燃えてる本能寺に信長助けに行くぐらい無謀だと思うんだよな」
「あはは!そりゃまたえらく心配してるね」
「おまっ、笑ってるけど……まあいいか、それで?拾えそうか?」
「行動次第かな?でもまあほとんど無謀だね」
神様仏様聖火の竜様、どうかキルナがなんだかんだあって帰ってきますように。
「祈るね〜ヨバル君、藁にも縋りたい気持ちってやつかな?」
「だってよ、キルナが死んだら俺とDie助だろ?……キツいだろ」
「あはは、否定できないのが悲しいね。でもまあ大丈夫だよ」
かなりマズい状況なのにもかかわらず、ヤケに平静を保っているDie助に疑念の目を向けた。
あ、笑った。
「ほら、僕って日頃初心者の子たちとよくやってるでしょ?」
「あーそう聞いてるな」
「だからある程度わかるんだよね、持ってるか持ってないかみたいなの」
「運的なやつか?」
「ううん、なんて言えばいいのかな?……ゲーム以外のどこでも咲かなかった蕾を咲かせに来たみたいなそういう……あっ、渇望が1番近いかもね」
え、なに?ポエム?
涼しい顔で唐突にぶっ込まれる凶行に恐れ慄く。
大丈夫?それ後で思い返して死にたくならない?骨拾いのプロが骨にならない?
「ふーん、なるほど。それでそんな拗らせちまったのか……」
「なんでそっちに持っていくかな!?」
いま一度自分の属性を鏡で確認して出直してきて欲しい、渇望してなきゃそんなクセの強い属性にはならないんだよ。
「まあ否定はしないけどさ」
「しないのかよ」
「僕の経験上、特に独り者はそういうのが強い事が多くてね。ヨバル君はもちろん……キルナちゃんはそれが3本の指に入るぐらい強いの、持ってるね」
Die助はそっと付け加える。
「だからっていうわけじゃないけど」
指差す先にはジリジリとした空気が漂っていた。
「見れるよ、鬼が」
怒り狂い、咆哮を上げ燃え盛るがあまり一対の炎の翼を噴き出す姿は奇しくも聖火の竜戦が始まった時の構図に酷似していた。
繰り返される状況に違うところがあるとすればそれは位置。
今度の後光はキルナに差していた。
「……その羽斬り落とす」
斧を突き出しての宣戦布告。
怒り狂う聖火の竜にとってそれはまさに火に油であり、ヴェルフリートへ向けられていた怒りがその方向を変えた。
どちらが言うでもなくキルナと聖火の竜は同時に地面を蹴った。
片やポーションを前に投げながら、片や立派な翼をはばたかせながら。
その目には互いに互いの姿のみが映っていた。
最短距離、ポーションが割れる音と共にキルナのHPが全回復する。
先手を取ったは聖火の竜。
触れるだけで命を焼き切る業火に右手を燃やし、息の根を止めんと一直線に首に手を伸ばす。
単調、故に最速の掴み攻撃はキルナに構える暇も与えず肉薄する。
……が、この時既にキルナは行動を終えていた。
首を撫でる熱を追い払うように、下から振り上げた斧が不届きな腕を捉える。
これまでの経験から来る予測かそれとも野生の勘か……キルナはその類稀なる攻撃への嗅覚で、迫る最速の掴みが自らの首に迫っている事を嗅ぎ取り、軌道上に置いていた一撃で弾き逸らした。
今世紀最大の八つ当たりがただの置き攻撃にて完璧にパリィされ、25秒限りの戦いに火蓋が切られた。
「……ちょっと想像以上で引いてるよ」
「ありゃどっちかっていうと鬼神じゃねえか?」
一目見た感想は「なんだこれ」その一言に尽きた。
まず初動からしておかしい、俺の予想ではどうにもならないであろうと踏んでいた発狂攻撃をあっさり、当たり前のようにパリィしやがった。
これは別に発狂状態の聖火の竜が俺の予想を下回っていたワケではなく、むしろその逆。
必殺技のそれと変わらない……謂わば全身凶器の状態に加えて炎の翼による飛行と超スピード。明らかに予想を上回る危険さだ。
だから本来キルナは1秒にも満たない時間であの世行きだったはず……なんだがなぁ。
「実はコンピューターなんですって言われた方がまだ驚かない自信がある」
「えっ!?キルナちゃん目瞑ってない?」
「いやまさかそんなワケ……まじだ」
CPUのように正確なパリィを決めるキルナは驚くべき事に目を瞑っていた。
理屈はわかる。第六感を頼りに戦う場合五感はむしろノイズなのだろう。
でもいま目を瞑るのは怖えよ、ダイアモンドで心臓出来てないと無理だろ。
幾度となく繰り返される超スピードの突進攻撃をキルナは防いでいる……らしい。
ハッキリとわからないのは外野の俺たちからは聖火の竜が速すぎて姿は見えても何をしているかまではよくわからないからだ。
俺たちがわかるのはキルナが斧を振るえばそこに火花が散るという事だけ。
研ぎ澄まされた神経が、刻一刻と削られる命が、極限状態が。キルナに神業を成させているのかもしれない。
完璧に捌いているように見えるが、段々とキルナの動きが乱れてきた。
原因は聖火の竜。
パリィされ、明後日の方へ受け流されても次の瞬間にはUターンを決めて再び襲いかかる。
どれだけ読みが合っていても攻撃が間に合わなければ止まらない。
キルナも軸足を変えての半回転などでなんとか間に合わせてはいるものの、それにも限界はある。
「「あっ」」
ミスか、はたまた運が悪かったのか弾き逸らした先が悪く、聖火の竜がキルナの背中を捉えてしまった。
遂にキルナに限界が来た。間に合わない、俺とDie助は瞬時にそれを悟ってしまい溢れた反応が重なる。
聖火の竜が動き出し、誰もが最悪の光景を幻視した時。
キルナは背中に手を伸ばし、虚空を掴んだ。
「はぁ!?」
「わーお……」
虚空を掴んだはずの手はどこからともなく現れた斧を握っており、背後に忍び寄る攻撃に火花を散らして見せた。
今度のパリィは最高も最高、聖火の竜はよろけ吹き飛んだ。
「……ここ」
時間にして15秒が経った時、キルナは徐に斧を地面に突き立てた。
もはや何が見えての「ここ」なのかわからないが、キルナは突き立てた斧を軽やかに登り宙へと踏み切った。
武器を捨て、誰が見ても隙だらけ。そんな状況でキルナは何故か笑っていた。
突然、足場の役割を成していた斧が消えた。
「消えた!?」
「あはは、なんでこのタイミングがわかるんだろうね……」
Uターンして聖火の竜が戻ってきたのと消えた斧が再びキルナの手元に現れたのは同時だった。
開眼。
「……流星の一撃」
青白い閃光が上空で爛々と輝き、振り下ろす瞬間、キルナは頂点に達した。
「……堕ちろ」
宣言通り炎の翼が噴き出す背中にドンピシャでぶち当て、叩き伏せた聖火の竜の上でそれはそれは良い笑顔を浮かべていた。
「……あちっ」
慌てて飛び退きポーションを飲む姿はなんとも締まらない……が、そんな事を気にするものはこの場に1人もいなかった。
「キルナお前すげえな!ほんとに人間か?」
「キルナちゃん……初めてちゃんと引いたよ僕」
「……素直に褒める言葉はどこ?」
人間チェックにドン引き、褒め言葉の中でも変化球を投げる俺たちにキルナは苦言を呈した。
いやいや、あれを見て素直な褒め言葉が出てくるならそいつは多分目を瞑っていたに違いない。
ステータスダウン下という普段とは違う感覚で、反応が追いつかない攻撃に対して置きでパリィを取り続ける。
1日前なら普通にチートを疑うレベルの神業だ。
「それよりあの手に斧出てくるやつどうなってるんだ?手品か?」
「……あれは──」
「まあ手品みたいなもんだね、装備欄から外して再度装備し直す事で規定の位置……背中に現れるっていうちょっとしたテクニックだよ、実戦で決められるような難易度じゃないはずなんだけどね」
「……全部言うじゃん」
「あはは、ごめんね。つい」
「へぇ〜すごいなキルナ」
「……覚えておいて損はない」
むくれたりドヤ顔したり忙しいやつだ。
「……それよりヨバル、気をつけて、あいつ思ったより熱い」
「そりゃそうだろ」
「……そうじゃなくて近づくだけで結構痛い」
「あーなんだHPの方か」
「どれぐらいだった?」
「……次のDoTダメージ耐えられないぐらい。でもDie助は気にしなくていいと思う」
「げ、結構痛いな」
発狂モードという事を加味しても15秒で8割以上か、かなり回復挟めるか怪しくなるな。
そうだ回復……
ポーションに手をかけた時、異変に気付く。
HPが減っていない……つまりはムービーに突入した合図。
口上込みの奥義が発動された後に挟まるムービーに嫌な予感を覚えながら、ゆっくりと立ち上がる聖火の竜を見る。
怒りの大きさからかキャンプファイヤー並に燃え盛っていた炎は鳴りを顰め……発狂モードの終わりを告げると共に炎は聖火の竜へと帰った。
「嗚呼……久しく忘れていた……此の痛み……我が太陽……アルナよ……其処に居たのだな……」
左胸……心臓の位置に手を当てると、噛み締めるように言葉を溢した。
太陽って人を指してたんだなんて野暮な事を考えながらひしゃげた胸部の装甲を眺める。
「感謝する、竜の末裔よ」
「ど、どういたしまして?」
これから殺そうという相手に感謝の言葉を贈る。そんな侘び寂びという名のキラーパスをビックリしながらも受け取る。
しかし悲しいかな。いまはムービー中、返事は届く事なく聖火の竜は天を仰いだ。
仰いだ先はステンドグラス。
差し込む光を真正面に受け、ボロボロになった鎧の隙間から灰が舞い散る。
「既に此の身堕ちようと、心まで失ってなるものか」
帰結灰燼はその身が朽ちる事を許さず、舞い散る灰の一切を火の粉へと変えた。
「我が火は災禍を焼き穿つために在り!応えよ!灰十字!」
その身を光と火に焼かれ、されど朽ちるものかと奮い立つ聖火の竜は両の手に燃える十字架を握り込み、舞い上がる火の粉を振り払う。
噴き出したるは2本の蒼い火柱。
十字蒼炎剣を交差するように構え、三つ目の十字架を作り出した聖火の竜は小さくそれでいてハッキリと聞こえる声で呟いた。
「ゆくぞ。【聖十字】」
聞きたくもない悪夢のようなその名前。
行く宛のない力は地面に黄金を落とし、見たくもない十字を描いた。
黄金は蒼い炎と真っ赤に燃える十字架までをも飲み込み、白く光り揺らめいた。
「なーんで殴られて強くなるんですかねぇ!」
お前Die助かよ。いやDie助でも強くはならねえよ。
だらりと流れてくる冷たい汗が聖十字によって強化されたハルバードの猛攻を思い出させる。
……なんかあの時よりダメそうなんだが?
「もうすぐ倒せるって言う合図じゃないかな!」
「……火事場の馬鹿力」
「だったらいいんだけどな!」
帰結灰燼は恐らく自傷を代償に火力を強化、ついでに技の追加辺りを行う自己強化技と見た。
強化の重ね掛け……その脅威は想像するまでもない。
一瞬でも目を離したら後手に回って殺される。
だから凝視を怠らず、俺は確かに動き出すその一瞬を捉えた……はずだった。
「うっそ!?」
地を蹴り膝を畳み、恐るべき速さで飛び込んで来た聖火の竜は両の手を肩の後ろから力任せに振り下ろす。
瞬きの一つもせず一挙手一投足を見ていた俺はその野蛮な斬り掛かり……Xを描く軌跡が発生するまでに僅か12フレームしかない事を数えてしまった。
「ナメんぬぁぁぁ!?」
VRの優れた肉体ならばギリ反応できるライン。
Xを描く剣筋から飛び退く事で逃げるも、目の前に着地した聖火の竜は不発を悟るや否や手首を捻り半回転、逃げ遅れた足首を焼き斬らんと切り返しに移行してくる。
入れる保険は一つだけ、エアスライドを発動しなんとか緊急退避に成功し事なきを得た。
やばい、やばすぎる。
ハルバードの時の比じゃない。下手したら発狂モードの方が簡単な可能性すらあるレベル。
速度に関してはまだ優しいが、代わりに長いリーチを有する得物とアクロバティックで縦横無尽な動きの幅を手に入れてしまっている。
「キルナ!いけ……厳しそうだな」
頼みの綱である我らが鬼神、スーパーコンピューター、切り札であるキルナに打診を試みようにも、その目にはさっきのような気迫はなく、言ってしまえばいつもと変わらない……ステータスダウンの分だけ調子が悪そうな姿をしていた。
「……いける」
「あいや今は休んでてくれ、俺とDie助でなんとかする」
「なんとか、ね……」
ムービー挟んで集中力が切れてしまったか。
さっきので流星の一撃が十分なダメージを与えられるところを見た。
つまり2人落ちても最悪キルナ1人残れば勝ちの目は残る。
だからここは集中力が回復するまで2人でなんとか時間を稼ぐ……!
「……ほんとに大丈夫?」
「大丈夫!ヨバル君がいるからね!」
「2人でなんとかしような!な!」
俺にキルナを求められても困る。
ていうかあんな神業、キルナとて二度は出来ないだろう。
「冗談は置いといてアレ、どうする?」
Die助が指差す先、聖火の竜は十字剣を地面に突き立て今まさに俺たちの知らない事をしようとしていた。
「そっちから付き合ってくれる分にはウェルカムだぜ……!」
「【召竜・灰】」
「おーっと?」
聖域内の至る所に召喚陣らしきものが浮かび上がる。
考えられるは全体攻撃、なんとなくというかほぼ確実に召喚陣の直線上にいると痛い目に遭う事だけはわかる。
誰が言うでもなく俺たち3人は前後左右上下に見える召喚陣を避けて位置取る。
猶予は……5秒ほどだろうか、祈るモーションから天に両手を掲げられたその時、それは発動された。
「……【竜巻】!」
現れたは風に非ず。
文字通り竜が一つ、天井にある召喚陣からとぐろを巻きながら降ってきた。
竜はその身を燃やし、うねうねと回遊しながら他の召喚陣へと向かい、別の召喚陣から綺麗な竜がまた出て来る。
そしてあろう事か、軌道上に残して行きやがった。灰を。
「ね、ねえヨバル君、僕これすごい嫌な予感がするんだけど……」
「よ、よかったなDie助、ついに見られるんじゃないか?」
Q.これまで一瞬で火の粉へと変わっていた灰が残っている時、いつでも着火出来るものが敢えて放置されている時、次に起こるはどういった事象だろうか。
「【爆火葬焦】」
「退避ィィィ!」
A.爆発。
一網打尽を狙った灰の網に気付いたはいいものの、その有効範囲は鬼のように広く、更には回遊する竜に鉢合わせないように前後左右上下の召喚陣に気を張り巡らせられ、加えて回遊する竜が爆発に巻き込まれる事で発生する連鎖爆発。
聖火の竜を中心とする台風……もとい地獄絵図が展開されていた。
「ばっかじゃねえの!?」
「……それダジャレ?」
「そんな余裕ないわぁっ!」
終わってる。あゝ終わってる。終わってる。ヨバを。
差し迫る爆発を気合いで回避、その間にもどんどんと減るHPをチラ見、ポーション片手に竜の出現箇所を確認、次の安置に死に物狂いで目を走らせる。
聖十字のようなフィジカルに対する要求値で殺しに来る類ではなく、ただ単純な情報量による圧殺。
情報処理を間違えなければ死なない、それはいま3人が生き残っている事が何よりの証明だ。
だが敢えて言おう、終わってると。
「【 】」
パンク寸前の頭は新しい情報を拒んだ。
フリーズした頭はエアスライドを発動。危険も何も顧みない最短距離での急接近。
「これ以上情報を増やすんじゃねえ!」
止まった頭が弾き出した心の底から出た本音。
構えるは黒炎の剣。狙うは突き刺さった2本の十字架。
……そうだ、最初からこうすればよかったんだ。
この地獄もヤツの武器を壊せば終わるはず。
黒炎の剣が当たる間合いに入った時、俺の体が止まった。
フリーズした事で回復する時間を与えられた脳が最悪のタイミングで復帰を果たしたからだった。
壊せばこの情報量による暴力は終わるが、今度はフィジカルによる純粋な暴力が待っている。それならば壊さない方が耐久出来るのではないか。
急激に広がる視野は周りの情報までをも拾ってしまった。
「あれ?てかここ安置じゃ……ん…………」
俺は胸に衝撃を受けHPが全損した。
ポリゴンが噴き出し、俺の視界に映ったのは地面に刺さっていた十字架を抜き去った聖火の竜の姿。
あぁ、安置だけど安置じゃなかったのか。
不用意に目の前でぼっ立ちした俺のやらかしだ。
鮮やかなポリゴンで溢れる視界の中、もう一本地面から十字架を抜き、線を足す聖火の竜を見た。
「くそっ、死体斬りか、よ…………」
胸に十字架を刻まれ俺はあっけなく死んだ。
聖火の竜に対する時間稼ぎムーブは正解であり悪手です。
理由は帰結灰燼にあり、端的に言うと「手が付けられなくなる」からです。
一行は悉く難易度が高くなってしまう事をしてしまった結果、取り返しがつかなくなる一歩手前の覚醒聖火の竜が爆誕しました。




