残り火よ、在りし日を燃やして 三十一
「…………」
「くっ……」
まずい、どうにかしてこの並走する分身を処理しないと死ぬのも時間の問題だ。
ちまちま黒炎の剣で削るにしても閃礼が邪魔だ。
5秒毎に地上に降り注ぐ天の怒り、天焦の時と違い永続なのがキツすぎる。
永続……そうだ。
「そういえばあったな処理方法!」
耐える事ばかりに意識を割いていて頭から除外していた。
厄介にリニューアルされていたとして、天焦と似ているのならアレが使えるかもしれない。
「Die助!これ天焦の時と同じ手が使えるんじゃねえか!?」
「こっちも今からそれを試すところだよ!」
向こうも同じ事を考えていたらしい。
残火の獣を突破した時のあの戦法、閃礼が降り止まないとなればそれはむしろボーナスなのではないか?
思いついたそれを実行に移す。
「折り返し地点だ!」
急停止から急旋回、急加速で並走していた分身とストーキングしていた閃礼を置き去りにすると、首だけ後ろに振り返る。
大事なのはこの目で閃礼の発動を確認する事。
早く、早く、早く……!
永遠にも思える一瞬が過ぎ、瞬きと共に視界が明滅する。
待ち焦がれた閃礼が俺のすぐ後ろに降り注いだ。
「よし来たァ!」
閃光が地面に到達したと同時にエアスライドを発動、その距離を大きく離す。
リキャストまで残り6秒。
これが時間感覚が狂ってしまった俺が5秒を間違える事なく把握するためのたった一つの方法。
「来いよ分身野郎!返り討ちにしてやる!」
マラソンを辞め、閃礼を喰らわない安全なタイミングを弾き出した事で足を止める余裕が出来た。
それ即ち100%絶火へ意識を割けるという事。
前回の絶火から俺はある程度あの技に再現性がある事を知っていた。
毎回は飛んで来ないにしても、確実に条件を満たしている事はわかる。
分身体は俺がエアスライドで離した距離を慌てて詰めてくる。思わず俺の体にも力が入る。
少し風に揺られるだけで空振りを誘えるそのギリギリの間合いに分身体が入ったのはエアスライドが残り2秒を数えた時だった。
「【絶火】」
目の前にバッチリ捉えていたはずの分身体がゆらり、忽然と姿を消す。
「ようこそ!」
今度の狙いは足、身を低くして横から即死のゆらめきが風を切りながら迫り来る。
俺は前傾姿勢で迎え撃つ。
やや高い位置にある頭部に手をついて、跳び箱の要領で躱す。
そして回避したと同時に閃礼を擦りつける。
「これが俺からの洗礼だ!」
跳び越えた瞬間後ろから煙を上げるような……或いは鉄板に水を垂らした時のような音が上がった。
「魔崩天!」
効き目は上々、ならばすぐに次に備える。
足りないHPとMPはポーションで、足りない1秒は魔崩天を使う事で埋める。
「なんだかうまそうになってんなぁ……その鎧、あと何回持つ?」
「…………」
「そこのダンマリは焦って見えるぜ!」
全身から湯気を立ち昇らせながら一心不乱に蒼炎の剣が振り回される。
しかしそれではどうぞ続けてくださいと言っているようなものだ。
越冬で磨いた軸をズラしての近距離回避術で分身体に張り付き、閃礼をぶち当てては逃げるを繰り返す。
「いい加減くたばっといた方が気が楽だぜ」
「…………」
蒼炎の剣を避けた拍子に肩に硬い感触を覚える。
「悪いDie助後ろ見てなかっ……た?」
「【絶火】」
「っぶねえ!」
盾かと思ったその感触は本体のものだった。
硬直した俺に容赦のない声が浴びせられるも剣筋を予測するだけの頭が回らない。
一か八かお祈りでしゃがむと熱気を纏った腕が目の上で振るわれ、運良く回避に成功した。
閃礼に備えてすぐに飛び退くが、分身体は何故か動かない。
「本体と仲良く心中……へ?」
降り注ぐ閃光が明けるとそこには絶火、閃礼と受けてなおピクりともしない本体の姿だけがあった。
「ちょっとかたすぎない?」
見た目はところどころ鎧が欠けていたりと少しダメージがありそうに見受けられるものの、今の一撃……いや二撃を受けて平然と祈り続けているそのチグハグさにハテナが浮かぶ。
そんな俺を置いてけぼりに本体は言葉を発する。
「嗚呼……【閃礼】……」
「おかわりは頼んでないって言わなかったか!?」
足元に二つ目の円が現れる。
まさかのおかわりだ、欠片も嬉しくない。
「げ、しかも性能違うのかよ……」
追加された閃礼はだいたい7秒毎で追尾速度が1段階遅かった。
分身体が消えたいま特に厄介なものではないが、範囲が実質2倍になってぱっと見見分けがつきにくいというのはただただ面倒だった。
「全く余韻にぐらい浸らせて……Die助?」
脅威ではなくとも気を抜けばお陀仏、そんな緩い即死攻撃を前にDie助の姿を発見する。
しかし様子が変だった。
「……なにしてるんだ?」
「……回ってる」
「あーえっとね、キルナちゃんが数えるのに飽きたんだよね」
回っていた。俺が随分前に辞めたマラソンだ。
それは謂わば脳死の回避行動であり、ギミック攻略部の足が止まっている事を意味していた。
「あれ?さっきは閃礼ぶつけるって息巻いてなかったか?」
「初めはね……ヨバル君も現場を見たならわかるんじゃない?」
「……多分効いてない」
2人の顔からは少し見ない間に覇気が抜けていた。というかしなしなだ。
考えられるは一つ。
「また無敵か?」
「うーん、そういうわけでもないんだけど、ね……」
「……体験した方が早い」
違うらしい。
歯切れの悪い返事と共にキルナが斧を構える。
「そうだね、ヨバル君も攻撃してみればわかるよ」
「お、おうわかった……」
「……流星の一撃」
閃礼に追われながら俺とキルナは本体に向かって魔法に蹴りに流星の一撃に様々なアプローチを試みる。
「かったぁぁああ!?」
「……無敵ではない、でしょ?」
「いやまあ確かに……うん……」
これでも肉体派、多少は殴り殴られた相手の事はわかるつもりだが、その俺の体が告げている。
打ちつけた時の反動が一切ない。
弾かれているワケでも防がれているワケでもなし、第二形態の時のような無敵状態ってワケでもないのだろう。
ただシンプルに硬い。
打てども打てども響かない。山に石を投げているようなそんな感覚……平たく言って絶望が立ちはだかっていた。
いやそれ実質無敵じゃねえか。
「なるほど、それで萎えてたワケか」
「いや、別に硬くて萎えてるわけじゃないよ」
これも違うらしい。
「じゃあなんでそんな顔してるんだ?」
「うーんとどこから説明しようかな?ヨバル君はあの不自然に傷付いた本体見たよね?」
「あー見たな」
「……簡単に言うとやらかした」
「だいたいその通りなんだけど端折りすぎだね」
「Die助は説明が長い」
「あ〜どっちでもいいから教えてくれ〜」
しなしなな割に口だけは一丁前に回る2人を前に俺は頭を抱える。
「じゃあ出来るだけ短くまとめるよ。閃礼でボスを巻き込むでしょ?そしたら鎧の一部が欠けたんだ、これはいけると思ってキルナちゃんにも手伝ってもらって頑張るでしょ?ところがどうにもそんなに効いてる感じがしない、だから一度辞めてみたんだ。どうなったと思う?」
「虚無った?」
「鎧の一部が欠けたんだ」
「えっ」
突然のホラーチックな展開に驚きが隠せない。そういうのはもっと場所を選んでやってほしい。
なおもDie助は続ける。
「もしかしたらと思ってヨバル君の方を見てみたんだよね、そしたら……」
「そしたら?」
「鎧が欠けるタイミングとヨバル君がいじめてた分身体に閃礼が直撃するのと同じタイミングだったんだ」
あーなんとなく話が見えてきた。
本体はご覧の通りの鬼耐久、なのにダメージらしきものは通った痕がある。
そこで分身体を見てみるとリアクションが本体とリンクしているではないか。
つまりは本体を殴ってもダメージは通らないが分身体を介してならダメージが通る仕掛けだったワケだ。
「ん?それならなんでやらかしたになるんだ?」
「えーっとね、僕たちが一体処理して次は本体って息巻いてた時あったでしょ?あの時本体凹み以外に傷なかったんだよね」
「……分身は巻き込みで処理しないとダメなやつだった」
「そう、僕たちは分身一体分の損をしてしまったんだよね……しかもキルナちゃんの火力でもなかなかしぶとかったからさ……」
「今度はこっちが凹まされていた、と」
「あはは、なかなか上手いこと言うね……」
頑張った結果逆効果、それがボディに刺さってじわじわと効いていたらしい。
精神攻撃……まさかこんなところでも遭遇するとはな……やはり全国各地どのゲームでも基本なのかもしれない。
「まあなんだ、初見だし死んでないなら全然安いだろ」
「……しなやす」
「そ、しなやすだしなやす。一体分損したなら一体分……いや二体分ぐらい殴れば倒せるだろ」
「あはは、しなやすだね。じゃあ早速切り替えて行こうか!相手もその気みたいだし!」
なんとか2人の顔に生気を吹き込む事に成功すると、分身を失い1人となった聖火の竜は両手をバっと広げた。
「人よ……我が血肉を喰らい……幾千の夜を超えて見せよ……【生餐】」
「物騒な言葉使ってんなぁ!」
おおよそ熱心に祈る者からは出るはずのない直接的な表現にビビる。
広げた両手とその直角に光の波が地面を走り、十字を一瞬描くとボス部屋の壁にぶつかり4箇所スポットライトで照らし出される。
これは……あれだ、間違いなくギミック系だ。
「Die助ェ!お前の大好きな頭脳労働の時間だぞ!」
「好きとは一言も言った覚えないけどね!?」
「……とりあえずこれなんとかして」
「そんな無茶な!」
追撃は……ないらしい、この謎のスポットライトと閃礼だけのようだ。
だけとは言ったものの常に動きながらギミックを考えさせられるっていうのはなかなかに難易度が高い。
「頭脳担当!HPはこっちで勝手に管理しとくからあとまかせた!」
「ええぇ!?」
「……Die助なら、出来る」
回復係を買って出て、頭脳労働の大部分を任せる。なんてったってギミック攻略部、今度こそ燃えているに違いない。
なんとかしなくてはいけないのがあの4つのスポットライト。
どう見ても怪しいそれを正しく紐解けなければどうせデスられるのだろう。
「情報が足りなさすぎるよ!あのスポットライトどうしよう!」
「Die助ならどんな仕掛けにする!?」
「え!僕?僕なら……スポットライトが爆発するかスポットライト以外が爆発するか……?」
「爆発しかレパートリーないのかよ!」
ダメだ、多分俺たちここで死ぬ。
こうなったら遺書を書く時間にでも当てた方が建設的かもしれない。
逸る鼓動とは反対に波のように静かになった心でポーションをぶん投げる。
「……殴ってみる?」
「アリだね!」
「いやいやさっき散々殴っ──」
「……えい」
突飛すぎる行動は時に天啓を与え……
「なんかさっき見た光の波出てきたって!ゆっくりスポットライトに向かって行っちゃってるって!」
「……あれ、ダメージ通る」
地獄を生み出す。
再び四方に走る光の波。その速度は牛歩となっているがそれが逆に不気味さを醸し出している。
考えられるはタイムリミット。
思えば十字に伸びている段階でかなり怪しい。十字といえばあの危なすぎる聖十字辺りが思い浮かぶが……
ん?今なんて?
「キルナさん?」
「……さっきの分、取り返してくる」
「待て早まるな!」
「……流星の一撃」
キルナの斧が聖火の竜を捉えたその瞬間、光の波がえげつない速度でスポットライトへの距離を縮めた。
つ、詰んだ……
なんだかんだあって十字が完成して超強化されてゲームオーバーだこれ……
「うーんこれはちょっと悪手だったかな?」
「悪手だったかな?じゃねえよどうすんだこの状況!もうあとちょっとしか時間が!」
「とにかくここは3手に分かれてスポットライトの下へ!」
「根拠は?」
「勘!」
「乗った!」
こうなりゃヤケだ、泥舟だろうがなんだろうが乗ってやる。
「……乗った」
「僕も!」
光の波が俺の足元にまで及んだその時、聖火の竜へと続く光のカーペットが現れる。
今度は十字を作りましょうというタイプだったらしい。
しかし1箇所、無人のスポットライトがあったからか現れたカーペットは一瞬にして消え、聖火の竜は残念そうに呟いた。
「席に名を連ねる勇気も持たぬ小心者よ……其方に竜へ至る資格……無し」
えぇ……人数不足ですってか?そりゃあないぜ。
まあ初見にしては頑張った方だ、一旦持ち帰って誰かスカウトしてちゃんと意見出し合えば次は……
死を覚悟して明後日の方へ向けた意識が……次の一言で裏切られた。
「【囚癒】」
「おいおい冗談にしてはシャレになってないぞ……」
「……体が重い」
聖火の竜が呟いた瞬間、何か抜けていく感覚と共に体が急激に重くなる。
第三の選択肢、生き地獄が待ち受けていた。
記憶と感覚を照らし合わせれば、1番近いのはアルボを召喚した時の脱力感……まさか。
「ステータスダウンに状態異常付与……ペナルティ重いね……」
「あんまりしなやすとも言ってられなくなって来たな」
「……気持ち悪いけどまだスキルは使える」
最低でも3分の1以上のステータスダウン、加えて裂聖という状態異常。
感覚デバフのみならずエアリアルがステータスの低下により封印されてしまったのがかなり痛い。
「2人ともHPの減り早くなってるから気をつけて!」
「……わかった」
その上裂聖はDoTダメージに反応して発動しているらしく……いつもの倍の速度でHPが減る。
だがそれすらも目の前の光景のインパクトには勝てなかった。
「はははっ、笑うしかねえなもう……喜べ、悪いニュースだ」
「僕はちょーっと喜ぶ気にはなれないかな?」
「……良いニュースがいい」
良いニュース?そんなものはとうの昔、ギミック失敗の段階で無くなったぜ。
悪いニュースというのは簡単で、ステータスダウンと状態異常付与だけでは終わらないという事だ。
目の前の聖火の竜は広げた手を再び合わせ、祈る。……その体からは緑の光が立ち昇っていた。
「あの光、なんだと思う?」
「十中八九回復だろうね」
「最悪なニュースだな、こういうのを言うんだろうな──」
「うん、何言いたいかわかるよ僕」
「まじで?じゃあ俺もDie助の考えてる言葉わかるわ」
「……私も」
ステータス、ポーション、これまでの時間、その全てを代償に俺たちは以心伝心……テレパシーの技術を会得した。
尤も誰しもが思わずにはいられない、たった6音の簡単な言葉だからこそという話ではあるが。
嫌な意味で心が一つになった時、聖火の竜は遂に祈る事を辞めて立ち上がった。
純白の鎧だけがボロボロになったその姿から湯気が立ち昇る。
良いニュースと言うべきか悪いニュースと言うべきか、それはこの祈りフェイズが終わった事を意味していた。
そして同時にこの地獄のコンディションで戦闘が再開される合図だった。
もはや口を開く聖火の竜がノリノリに見えてくるがこちらとしてはヒエッヒエ、しかしそんな空気感を人ならざる者が気にするはずもなく、力強い意志を以てして言葉が紡がれる。
「最早其方に明日は無い……ならば葬り去るが我が情け……竜葬の業火にその身を……委ねよ」
全身の鎧の下から炎が燃え出ずる。
ボロボロのはずの鎧から放たれる威圧感は手負いの獣のそれ。
なれど気品は損なわれず、葬送の意志を以てして立ちはだかる竜騎士の姿があった。
「──【帰結灰燼】」
意訳、生きては帰さない。
地獄の業火がどこまでも赤く赤く、燃え盛っていた。
「「「……絶望的?」」」
まじでどうするよ。
人数チェックに引っかかり地獄を見る一行。
生餐は知っていれば簡単なギミックですが、分身や閃礼を捌けるフィジカルがなければ今回のように事故ってしまいます。
ちなみにヨバルたちは3人でも生餐を突破する方法を一応持ってました。




