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残り火よ、在りし日を燃やして 三十


 祈り始めた聖火の竜は次第に崩れるように座り込む。


 場所を選べばお金さえ取れそうなパフォーマンスだ。

 しかし悲しいかな、どれだけ絵面がよくとも残火の獣第二形態を経験した俺たちの目には寸劇にしか映らなかった。


「聖別……」


 誰に向けられたワケでもなくぽつり。小さく呟かれると、祈る聖火の竜の体がブレて見えた。


「おいおい勘弁してくれよ……!」


「あはは、別ベクトルで嫌な事してくるね……」


「……福の範疇」


 目の前の光景に俺は目を擦り直す。

 ブレて見えたそれは残像でも幻覚でも、そういう錯覚の類ではない。

 座ってなおデカい図体がブレ、3()()()()()

 今ようやっと一つ山場を乗り越えた俺に取っては信じられない光景だった。


 座った3体のうち、端の2体が立ち上がる。


「「【燃成】」」「灰十字」「灰刃」


「しかも知らない事してくんのかよ!」


「ヨバル君は左!キルナちゃんは僕と右の処理!」


「……わかった」


「えぇっ!?俺こっちなの!?」


「持ち堪えてくれるだけでいいから!こっち処理したらすぐそっちに向かうから!」


 分身。正直下手なギミックより恐ろしい。

 本体が沈黙しているだけまだ有情とも言えるが、1人1体、それも初見の方を割り当てられた俺はいま猛烈に苦情を言いたい。確かに雑魚処理は任されていたけども。これ雑魚じゃないじゃん、強魚じゃん処理出来ないじゃん。


 しかし抑えておけと言われたからにはやるしかない。

 とりあえず前に立ち塞がり、分身体をよくよく観察する。

 ぱっと見では本体との違いはほぼない。あるとすれば本体にはあるさっきつけた凹みがない事ぐらいだろうか。

 新品の分身体なんて寄越されても嬉しくない。

 どれぐらいHPがあるのかもわからない、わかるとすればそれはダメージが蓄積されていない事だけ。

 そこら辺にいる普通の敵の分身ならワンパンで消滅なんて期待も持てるが、相手がこいつじゃ望むだけ多分無駄だ。


 そして極めつけは灰刃、灰槍の時と同じように右の掌に生み出された灰で出来たデカい十字架。

 これが太刀や槍もどき……ハルバードならその見た目からある程度推測も出来るが生憎十字架、何をしてくるかわかったものじゃない。

 2体いるうちの1体でしかない分身から目が離せない。


 十字架を両手で持って?それから胸の前まで持ってきて?おいやめろそれ祈りのポーズじゃねえか。


「おいお前それだけは絶対や──」


「…………」


「うおぉぉい!」


 祈り(物理)じゃねえか!

 運用方法はまさかの剣。太刀が既に見えていたからダブりはないだろうと完全に意識していなかった。いや意識も何も十字架からこんな危ない攻撃が飛んで来るなんて予想もしていなかったが。

 ただの十字架なら振り回されようと痛くも痒くも怖くもないのだが、ヤツの持つ十字架からはガスが絡んだ時にしか見ないような星空を思わせる蒼い炎が噴き出ていた。


「そういうかっこいいのは本体の時にやってくれよ、なあ」


「…………」


「聞いてます!?」


「…………」


「お客様!?」


 あー!困ります困ります!そんなに振り回されては!

 文字通り蒼炎の剣をギリギリの間合いを保つ事で対処し、たまに来る踏み込みに対しては首、手首、足首(三つ首)のどこを狙っているかを見切って回避する。

 ボケても何も反応を示さない分身体を前にシュンとしながら迫り来る炎に対しマジレスし続ける。

 正直後ろも気にせず耐えるだけならこれでいい。


 Die助たちはどんな調子かな?

 ほんの少し目を離したその僅かな間に分身体の姿がなくなっていた。


「あれ──」


「【絶火(ぜっか)】」


「ふっ!」


 三つ首狙いの話はどこへ行ったのやら、視界の端から突然現れ既に斬り上げモーションに入っている分身体を認識すると同時にエアスライドを発動、長めに距離を取る。


「こちとら小さい時から火は危ないから近づいちゃだめって英才教育受けてんだ、そう簡単に当たってたまる……か、よ……?」


 ちょーっと目を離した隙にはしゃぎ始めた分身体を見遣ると、頭にハテナが浮かんだ。

 振り上げられたのが十字架だったのだ。

 今更なにをなんて話ではなく、今まさに俺を斬ろうとしていた蒼炎の剣が文字通り()()()()だったのだ。

 これはなんだ?俺は今フェイントか何かに引っかかったのか?それともヤツなりのボケか?


 いや、本体ならまだしも分身体がそんな無意味な事をするワケがない。

 何かを試されていると感じた俺はもう一度よく見てみるが、その時には何事もなかったように蒼く燃え盛っていた。

 

「お前が喋るってことは今の技なんだろ?もっかい見せてくれよ」


「…………」


 そう簡単には見せられない奥の手らしい、ならばこちらから引き出すまで。

 さっきの状況を再現するために間合いのギリギリ、振るおうと一瞬硬直すれば自動的に空振る距離感を保つ。


 出来た余裕で頭を回す。

 スキルの類に常識は通用しない。考えるなら技名からかいま見た情報からだ。

 絶火……絶つ火、火が絶たれる?うーん、記憶と擦り合わせてもそれじゃ本当に判定がない事にならないか?

 

「まあ妥当なところで考えるなら見えない攻撃ってところか?これまたひどい攻撃だなおい」


 唸りながら適当なところに着地した時、分身体は遂に違う動きを見せる。


「【絶火】」


 ゆらり、陽炎のように姿を消した。


「そぉぉぉい!」


 次にその姿を見たのは俺を真っ二つにしようと蒼炎の剣を振り下ろさんとしているとところだった。

 こいつ、完全に俺を斬りに来てる!

 正中線を狙った一太刀に最も早く、滑らかに対応するべく肩を引き強引に硬直した体を動かすと、反った胸板のスレスレを熱気が通過し、なんとか追いついた足を生暖かい風が撫で……()()()()()()


「わかったぜ、お前のタネ……!」


 蒼炎抜きのその一撃を間近で見たからこそ絶火という摩訶不思議な技の全貌がわかった。

 判定がないなんていう戯言は既に彼方、不可視というのも厳密には違う。

 目の前を通過する空間のゆらめきを俺はこの目で()()()いたのだから。


「火が消えるほどの高速斬撃、だろ?」


 理屈はそう、ゲーム的には剣筋の見えない実質不可視の攻撃と言ったところか。

 尤も不定形の炎を剣筋などと言い表す酔狂なプレイヤーがいなければただの理不尽な不可視の攻撃(そんなの見えるか!)だが。


 しかしタネがわかったところで強さも厄介さも変わらない。

 絶火の本質は見えないところではなく、その早すぎる剣速だ。

 とはいえそれ自体は何も珍しい事ではない。古今東西ありとあらゆるゲームに存在しているものの、誰1人として正攻法では攻略出来た事のない……所謂()()()()攻撃ってやつだ。

 そう、あくまで正攻法ならだ。

 どれだけ些細でも、根拠足り得ない勘だろうと、見えない攻撃には確かに予備動作が存在している。その予備動作を見切れれば、認知を超えた神速の一撃も攻略可能だ。

 今回はご親切な事に絶火と「今からお前を斬る」なんていう衝撃の次回予告が付いているので、それを聞いて分身体が現れた位置を見てから即座に狙いを見極めて回避行動をとってもギリギリ間に合う。

 

 肩を回し、首を傾げ、手を捏ねくり回し、足をぶらつかせる。

 今更になって行うストレッチはその大部分の意味を成さない。分身体には挑発の類など効かないからだ。

 故にこれは純然たる準備運動。高速斬撃に即応するために固い体を柔らかくする儀式。


「24時間360度いつでも受け付けるぜ」


 そんな俺の声に応えたのは分身体ではなく、乱入者の声。

 その声は静かで誰に向けられたものかわからない。が、明確な意志を宿して聞こえる。


「我ら……聖火隊……楽園を求めて……」


「は?」


 分身体を生み出してより沈黙を貫いて来た本体から発せられた言葉だった。


「果てなき……狩りの……その先へ……」


「待て待ていま参加してくるのは聞いてない!」


「【聖者の行進(ヴァグラントマーチ)】……【竜蹟(ドラグメント)】!」


「これ以上処理情報を増やすなばかやろーう!」


 祈るやつにロクなやつはいないと認識した瞬間だった。

 バカ野郎。こっちはまだ戦闘中だって言うのに。

 1番やられたくない事を1番嫌なタイミングで放り込んで来る。


「なるほど、ちゃんと性格が悪かったワケだ」


 処理が遅れると本体が参戦してきてギミックとフィジカル攻撃……言い換えれば頭と体の両方をフル回転させる事を要求してくるのか。

 意識だけでも絶火で手一杯だというのに目線も分身体と本体両方の攻撃を確認しなければならない。

 どれだけ無茶を言っているのかわかっているのだろうか?是非ともそのよく動く口で復唱してもらいものだ。


 嫌な汗が額から噴き出す。

 絶火を避けながらギミックの攻略、俺に出来るか……?


「ははっ、やってやるよ分割思考」


 仕方がないので早めに腹を括る。

 実は俺、前世からのマルチタスク人間なんだ。この際千個ぐらいなら相手してやらない事もない。

 ただまあギミックの方は早く見せてくれると嬉しいな?絶火が来るちょっと前には見せて欲しいな?


「一体全体、お前は何をしてくる気だ……?」


「【閃礼(シャイニングレイ)】」


「ん?これって……」


 足元には白い円。

 その円にはとても見覚えがあった。

 いやでも理不尽初見技のオンパレードのこいつがそんな事するか?

 よぎる考えを振り払い円の外へ飛び出すと、それは想像してしまうそれよりも2秒遅れてやって来た。


「天焦じゃねえか!」


 標準装備ですってか?全然嬉しくねえよ。

 再び目の前に現れたなんちゃって天焦を俺はいま顔も見たくない食材が数年ぶりに食卓に並んでしまった時みたいなそんな顔で見ている事だろう。


「味変したところで改悪でしかないんだけど、なっ!」


 なんちゃって天焦である閃礼は多少のアレンジを加え、またしても第二形態の洗礼として立ちはだかっていた。

 

 閃礼の見た目は円の大きさも降ってくる時の速さも強化版天焦のそれと変わらない。

 違うとすればそれは発動までの時間と追尾性能にある。

 円が生成されてから5秒後に発動。

 これだけ聞けばナーフ、嬉しい誤算だがそんな優しい相手ではなかった。

 やばいのが追尾性能、天焦の時のプレイヤー狙いとかそういうやつじゃない、文字通り追いかけてくる。それも結構なスピードで。

 ここで5秒に変更された事と追尾性能が噛み合って最悪を生み出す。

 張り詰めた精神状況での5秒とは永遠にも思えるほど長く……ハッキリ言って時間感覚が狂っている中で数えられる秒数ではない。

 俺は走る事を強制されていた。


「おかわりなんて頼んでないが!?」


 5秒間の追尾が終われば当たり前のように追加の閃礼がやってくる。

 5秒毎に訪れる即死攻撃と並走する蒼炎の剣、そしていつ抜かれるかわからない見えない斬撃とのデス鬼ごっこが始まった。









「ちょっ」


「…………」


「まっっ」


「…………」


 眼前に突然現れる蒼炎を避けながらのハイスピードランニングアクション。

 狙いはいつもの3択、三つ首のいずれかへの攻撃だ。

 だが俺の内心は穏やかではなく、全力で祈っていた。

 この3択、あろうことかアタリは足首狙いだけ。あとの2択は回避行動に閃礼のタイミングが噛み合うと即死するという66%で即死(ハズレ)の可能性を秘めた最悪のルーレットだった。


 肝を冷やしながら外周を走っているとキルナとDie助2人の姿が見えてくる。


「止めた!今!」


「……流星の一撃(メテオストライク)


「ナイスキルナちゃん!」


「……しぶとかった」


 今まさに仕留めたところのようだ。よかった、これで楽に……ん?待てよ?

 外周を走る俺、背後には閃礼のストーカー、隣には分身体。

 この状況で2人と合流してしまうとどうなるか。


 俺は大きく息を吸う。


「2人とも!!!」


「よかったヨバル君生きて──ヨバル君!?それどうなってるの!?」


「……ちょっと、持ってこないで」


「走れー!!!」


 外周マラソンに2人のランナーが加わった。


「ヨバル君!いつから君はステージギミックになったんだい!?」


「知らん!気付いたらこうなってた!文句は本体のあいつに言ってくれ!」


「……愉快な自殺に私たちを巻き込まないで」


「そんな冷たい事言うなよ!俺たち仲間だろ?」


「なんか心まで向こう側になってない!?」


 まさか俺自身がギミックだったなんて。流石に一本取られたぜ。

 楽しんでないかって?一緒に攻略しようって時にそんなまさか……いやぶっちゃけめっっっっっちゃ楽しい。

 理不尽な目に会わせる側ってどうしてこんなにも心踊るものなんだろうな。


「ふははははははは」


 ほらもっと逃げ惑え、お前らも一緒にこの死のルーレットを味わおうぜ!


「……これ、私たちまで走る必要ある?」


「はははははは……は?」


「確かに、もっと内に入ればこんな全力で走らなくてもいいね」


 おーまいがっ!

 楽しい時間は一瞬で過ぎ去り、後には閃礼、横には危なすぎるランナーだけが残った。

 そして我に帰る。


「あれ?おふたりさん?終わったらこっち処理しに来てくれるって……」


「……なんか余裕そうだからまかせた」


「そうだね、僕らはギミック攻略に専念しようか」


「待てすまん!さっきの事は謝るから!謝るからぁー!」


 人間とはどうして過ちを犯してしまうのか。

 今ならその問いに花丸満点の答えを出せる気がする。


 つい出来心で……


 因果応報。

 俺は2人からロクに存在していないギミックの攻略という名目で見放され、分身とのタイマンの刑に処された。


「ヘルプ!へぇーるぷ!!!」


「……楽しそう」


「だね」



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