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ぶち上げ太陽、命は無い様



 テーマパークもびっくりな絶叫アドベンチャーをなんとか死なずに生き延びた俺達は、ふくらはぎまである水によって足元がぬかるむ林、陥没水林を歩いていた。


「あーっ!クソマップ!」


 俺はいま二つのストレスに悩まされている。

 最初の街に戻るため最短ルートを選んだはいいものの、通ることになったこの陥没水林がそれはひどいクソマップだったということ。

 それがフィールド全域にあるこの水。これが厄介で地面をぬかるませてるだけではなく、足を前に出そうとするたびにほんの少し動くまでにラグがあるのだ。

 格ゲーマーにとってこの数フレームのラグは非常にストレスであり、現実なら気にならない水やぬかるみに足を取られるという現象に腹を立てる事になっているのが一つ目。

 

「まあまあ、そんなカリカリしないでくださいよヨバルさん!もうちょっとっスから!」


「うるせー!なんでお前はずっと俺の背中を陣取ってるんだ!起きたなら降りろ!」


 これが二つ目。

 イチノセがずっと俺の背中の上で楽をしていることだ。

 初めは運ぶついでにツッコミ待ちをしていただけだった。

 しかしこのイチノセ、起きて開口一番なんて言ったか。

 『発進!』だ、そんなことあるか?適応能力カンストしてるだろお前。思わず俺がツッコむ羽目になったわ。

 

「あっ!ヨバルさん!前見るっス前前!」


「え?……っぶねぇ!」


 イチノセのどこかで聞いたようなセリフに気を取られていると、すぐ目の前に白い糸が飛んできていた。

 上半身だけをひねる事でラグの影響を受けずに対処する。

 

「あっ!2度も私のこと盾にしたっスね?あんなに言ってたのに!」


「さてHPがなくなるのと俺から降りるのどっちが先かなぁ?イチノセ」


「鬼!悪魔!乗り物として恥!」


 なんだか後ろで吠えてるが聞こえない、それに俺は乗り物じゃないプレイヤーだ。恥ずかしくなどない。

 こんな調子で一向に降りる気配のないイチノセを俺は正真正銘の肉盾として活用することにした。

 ややうるさいがそこに目を瞑ればイチノセはいい装備なのだ。

 なんと言ってもほぼ鎧だ、俺が反応出来ればほぼ全ての攻撃を防ぐ事が出来る。

 ここにいるモンスターは遠距離攻撃ばかりで貫通の心配がないことも素晴らしい。


「うわぁ……ネトネトする……」


「とりもち系の糸か、ここに来て新モンスターか?」


「こんなところまでリアルなんスね……ちょっとネバネバ系は遠慮したいっスね!精神衛生的にも」


 陥没水林もそろそろ抜けようって時に新モンスターの登場とは運が悪い。

 とはいえ糸を飛ばして来たあたり虫系、十中八九蜘蛛だ。

 蜘蛛モンスターと言えば毒を始めとした状態異常あたりが想像できる、イチノセシールドが機能しているうちにこの水林を抜けたいところか。


「なんか攻撃の周期が早くなってないか……?」


「まるでこれ以上進むなって言われてるみたいっスね〜」


 飛んでくる白い糸を気まぐれで躱しながら進む。来るとわかっていれば十分避けられる範囲内だ。

 しかしどうにも1発目の不意打ちの時のような鋭さはなく、足止めをされているようなそんな違和感をイチノセも感じているようだ。


「……あ。ヨバルさん、走って欲しいっス。全力で」


「急にどうしたイチノ──」


「話は後っス!」


 何かに気付いたイチノセがただならぬ様子で声を上げる。

 言われた通り飛んでくる糸をギリギリで避けながら駆け抜ける。

 周囲に目を配りイチノセが焦り出した理由を探してみるも大して焦るようなモノは見当たらない。


 道中と違うところと言えば、環境音程度に聞こえていた小鳥達の囀る声や水が跳ねる音が聞こえなくなっているぐらいだ。

 マップ上の端も端。このクソマップにおさらばしようとしたその時、目の前に木々の間に張り巡らされた蜘蛛の巣が現れた。


「あー、ちょっと遅かったっスね」


「そろそろ教えてく……かはっ」


 振り向こうと少し顔を捻った時、視界の隅から猛スピードで飛んでくる白い糸が見えた。

 咄嗟に後ろに倒れて避けようとする。

 微かなラグに足を縫い止められ、フリーズした脳は条件反射で上半身を捻った。

 その結果、イチノセを庇う形で強靭で濡れた白い糸を腹に受けてしまう。

 濡れた糸はとてもじゃないが糸とは呼べず、ダンプカーにでも衝突されたような衝撃が腹を襲う。

 仲良く吹き飛ばされた俺たちは木に打ちつけられ、後ろにいたイチノセは本日2度目のスタンを喰らうことになった。

 

「南無……」









「なんでこうなっちゃったかなぁ……」


 俺は糸というにはあまりにも強靭な濡れた蜘蛛の糸に磔にされた状態、つまり死の宣告をされた現実を逃避するように独りごちた。

 

 やっぱりイチノセを肉盾にしたバチが当たったのだろうか。

 いや、元はと言えば自分の足で歩かないイチノセが悪いだろ。俺に非はない。

 ともすれば俺の敗因は油断。周りを見ていなかったことだ。


「おいおいまじかよ……」


 俺たちを磔にした張本人……が引き連れてきた()()を見て背筋を震わせる。

 思えば陥没水林はゴーレムに滝壺ドラゴンなんて強力なモンスターの先にあるんだ。間違っても始めて最初に来るマップではない事は明らかだ。

 片や敵前逃亡、片や初期装備。言うなれば血塗れでピラニアの川にダイブするようなものだ。

 ここがそういう危険区域(デスゾーン)だと今ならハッキリわかる。

 

「俺たち全員被害者の会ってか?」


 空をふらふらと舞う青白い魂に連れられて大量のモンスターだったモノが蜘蛛の糸に雁字搦めにされていた。

 通りで静かだったわけだ、身の丈に合わないマップだったにもかかわらずあと一歩で抜けられるとこまで生きていられたのはこいつのせいだ。


 鹿っぽいのから亀っぽいの、鳥っぽいのから魚っぽいものも、果ては小さな虫まで。本来なら陥没水林に生息していたであろうモンスターが巨大な蜘蛛の巣に磔にされて入場してきた。

 どちらかといえばデスマーチじゃないかって?そうとも言う。

 パレードも終幕に近づき、ふらふらと舞う魂は正体を表す。

 

「ハハッ、これがドラグラの景色か」


 宙を舞う青白い球は、まさしく魂と言えた。

 彷徨う魂が水面に輝き、幻想的な景色を作り上げている。

 リアルを超越したグラフィックから飛び出る非現実的な景色に思わず目が釘付けにされてしまいそうだ。

 綺麗な薔薇には棘がある。そんな事を言ったのは誰だったか。

 青白く発光する腹からは黒い脚がスラりと8本伸びており、その正体が蜘蛛であることを雄弁に語っている。


「初めましてだなァ」


 十分近づいた頃を見計らって視界の隅に目を遣る。

 俺を倒したやつの名前ぐらい覚えておきたいだろ?

 そこにはその見た目に相応しいタマザナイという名前と絶望のレベル49という情報があった。


「……これは流石に無理だろ」


 だって俺まだレベル1だし、48レベ差はどうこう出来る範疇にない。

 タマザナイに捕えられた他のモンスター同様、俺は項垂れる。

 ゆらゆらと近づいてくる青白い魂がリスポーンへのカウントダウンを始めた。

 不意にもぞもぞとした感覚が背中を襲う。


「うおっっっ!?」


「一矢報いるっスよ」


 スタンから解放され、ぴょこんと生えてきたイチノセがマスケット銃に酷似した銃を七色に輝かせニィッと笑った。

 その不敵に笑う声に全面モザイクのあの惨状を思い出す。


「え、待ってイチノセさん?そんな近くに撃ったら……」


「怖いのは一瞬だけっスから」


 銃身がこれ以上ないほどに煌めきだし、星型のエフェクトが漏れ出してくる。

 それはゴーレムの波に打ち込んだ時とはワケの違う、必殺技を予感させる光だった。


「ちょっ、タンマタン──」


「Baaaaaaan!!!!!」


「花火は地上でやるもんじゃねええええ!!!」


 水が爆ぜ、空が弾ける。


 たくさんのモンスターはポリゴンへと変わり。


 巨大な爆発が天高く轟いた。


 鼻腔を吹き抜ける焼け焦げた匂いと胴体とさよならした俺の下半身が、煙とポリゴンとなって空へ昇り、夏の終わりを告げた。


 視界の片隅、全くの無傷であるタマザナイの姿を見てこころのノートに書き込む。


 タマザナイ、イチノセ……共演NGで。



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