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残り火よ、在りし日を燃やして 二十八



「【炎還】」


「飛ばしすぎじゃないか!?」


 優しかったのは最初だけ。今度は咆哮のような予備動作をすっ飛ばして三度波紋を燃やす。首、手首、足首目掛けて放たれている事を見切り、低く構える。

 まともに目で追えばぬるっと燃え広がる波紋の餌食になってしまう。

 飛来する脅威の確認もそこそこに視線を切ってフラフープを潜る要領で下段と中段の波紋の間に体を捩じ込む。

 生じた僅かな後隙を咎めるべく手までもを動員し全身で地面を突き飛ばすと一気に肉薄する。

 狙うは最も装甲の薄い部分。純白の鎧から微かに覗く竜鱗に黒い炎で出来た剣を振り上げる。


「お助けアイテムの力、とくと味わ──えぇっ!?」


 刀身が鱗に触れると同時に鉤爪じみたその危険極まりない腕が後ろに引かれる。開いた掌は直線上に俺の首を捉えていた。

 ほんの一瞬、嫌な予感がした。

 半ば無意識的にエアスライドを発動。黒炎が鱗を貫通する前に体ごと引き、大きく距離を取る。


 過剰すぎる距離の取り方をした俺に対して聖火の竜が取っていた行動は至ってシンプル。


「は、ははっ……その巨体から繰り出される投げには当たっちゃいけないことぐらいはわかるぜ」


 嫌な予感とは当たるもので突き出された腕は空を掴んでいた。

 肉を切らせて骨を断つってか?鱗も切れてないっていうのに命まで絶たれちゃあリスクリターンが合わないってレベルじゃない。

 もしエアスライドを発動していなかったら。そんな未来を考えるだけで声は乾き、額には汗が浮かんでいた。


「交代するよヨバル君!」


「Die助!やつが右腕引いたら気をつけろ!」


「見てたからわかるよ、大丈夫、僕に掴み攻撃は効かないよ!シールドバッシュ!」


 頼もしすぎる言葉と共に隣を走り抜けるDie助が盾を構えて突撃していく。


「……ヨバル、攻撃する」


「おーけー俺たちも行くか!」


 開幕流星の一撃(メテオインパクト)を弾かれたキルナから救援要請が入る。

 一言で意図を汲んだ俺は急いでエアリアルを発動し、注文の多いうちのメインアタッカーが殴るための土俵を整える。


「キルナ!ゴリ押しは多分無理だぞ!」


「……わかってる。次はちゃんと……狙う」


 いくら柔らかくしたと言っても元が弾かれるレベルに硬いのであれば鎧の上から叩き斬るのはかなり望み薄だ。

 通っているのかも怪しい空刃を放ち続け、体制が整うその時を待つ。


「……流星の一撃(メテオインパクト)


 幾度と見た青白い光は初めてロクに通らない相手を前にして爛々と輝きを増していた。

 たった一度の事……されど一度の事。火力を出す事に快感を覚えているキルナにとってダメージが通らないという経験は心に火を点けるには十分すぎた。


 狙うはついさっき俺が攻撃を仕掛けたところの対照に位置する箇所。左の脇腹をただ真っ直ぐに見据えていた。

 駆け出す青い閃光。

 通ってくれなきゃこの先の戦いはかなり厳しいものになる。


 そんな俺たち3人の想いを乗せた一撃に対し、聖火の竜はここに来て知らない挙動を取った。


「【燃成(ねんせい)灰刃(かいじん)


「おいおいそんな立派なもんどこに隠し持ってたんだよ……!」


 右手の指先に火を灯し、その火を握り込むと握り拳から灰が零れ落ち、気付けば灰で出来た刀が握られていた。

 現れた刀は八尺を超える聖火の竜仕様の大太刀。人を斬るというより馬ごと斬り捨てるための弩級の太刀だった。


「……上等」


 旋回から振り向きざまに一閃。

 その手はキルナも予測していたのかあらかじめ屈んでいた事により頭上を斬るだけに終わる。

 完璧に読んで躱したはずなのに双方の間にある距離は変わらない……図体からは想像の出来ない軽快なバックステップから一閃が放たれたからであった。


 巨体にバカデカい刀に対峙するキルナ。比べるのも烏滸がましいとわかっていながらも金キリコ戦を思い出さずにはいられない。

 あの時と違うとすればそれは……


「……私を捕まえたいならそんなんじゃダメ」


「うっそだろキルナ、それ全部見て避けてんの?」


「僕から見たらヨバル君もこんな感じだよ……」


 振るわれる殺意の速さと鋭さが段違いって事だ。

 外から見ると知覚出来るレベルにはなく見えるが、実際キルナが重い斧を手に全部見切ってしまっているのだから見えてる世界がまるで違う。

 目まぐるしく立ち位置を変えながら浴びせられる斬撃の雨をキルナは掻い潜る。

 聖火の竜の狙いは俺たちから見ても明らかで、機動力を削ぐ足元への攻撃と斧を持つ手への攻撃。それらを主体としてたまに殺すための攻撃が混ぜられていた。

 足元を薙がれれば大縄跳びでもしているかのように両足を揃えて簡単に飛び越えて見せ、手元を狙われればくるりと体を回転させ縦の軸をズラして避ける。命を狙った袈裟斬りや燕返しといった例外に対しては頭を低くして悉く前に抜ける形での回避をとっていた。


 何より不思議なのは高速で振るえど剣筋をなぞるように灰を残しはするものの、全くと言っていいほど形を崩さない灰の太刀。

 まるで雨にも風にも負けないJKの前髪のようだ。


 キルナはほとんど速度を落とさない。

 しかし最適解を選んでなお距離は縮まらない。

 理由は二つ。

 一つは前に後ろに右に左に()()、背中に翼でも生やしているのかっていうぐらいアクロバティックに動いて来て斧を振るえるだけの隙を作らないから。

 もう一つは聖火の竜の一歩がキルナの三歩に相当しているから。

 ……いや、さっき思いっきり背中に炎の翼生やしてたな。


「どうするDie助、全然距離縮まる気配ないぞ」


「一瞬でもボスの足が止まれば……あっ、そうだ」


 ハッとしたDie助は一拍置いてタウントを発動した。

 ほんの一瞬、聖火の竜が首だけを回してこちらを向くもすぐに興味を失ってしまう。

 

「…………だめそうだな」


「……そうだね」


 ヘイトの概念自体は復活しているようだが、反応を見るに賢くなりすぎて効いていないように見える。

 厳密には一瞥している事から聖火の竜自身が誰を相手にするべきかという優先順位を設定しているように見える。

 ただの挑発では隙を作れない。だったらどうする?俺ならこうする。


「キエエエエエ!」


「ちょっ、ヨバル君!?」


 黒炎の剣片手に突貫する。無視できるものならしてみやがれ。

 何もヤケになったワケじゃない。たった一瞬、賢い頭とやらをバグらせられればいい。

 前には爛々と斧を光らせたやべーやつ。後ろには奇声を上げるやべーやつ。

 冷静に考えればキルナから目を離してはいけないのだが、俺の手に握られた自称火竜キラーの黒炎の剣君が無視出来ないほどにその存在を主張する。


 奇声と共に後ろから迫る凶刃に聖火の竜は一瞬、足を止めてしまった。


「……ナイス不審者」


 不審者とは失礼な。

 黒炎の剣君に気を取られた事が失敗だと悟ったのかすぐさま灰の太刀を斜めに構えて受けようとする。……が、その行動は流星の一撃(メテオインパクト)の威力を知っている俺からすればプレミもプレミ、甘すぎだ。

 お願い行動を許すほど俺もキルナも育ちが良くない。

 青い閃光が左に揺れたのを見て俺は右にズレる。


「もっかい死んどけバクステ野郎!」


 流星の一撃(メテオインパクト)がただの灰の塊程度に受けられるはずがなく、空気を斬るように武器破壊し、微かに露出した竜鱗を叩いた。

 同時に反対の右の脇腹を俺が叩く。

 前と後ろ、左と右から青白い光と黒い炎が交差する。

 

「……通った」


 鱗を貫通する事はなかったが、ダメージは確かに通ったようでその場でよろめき膝をつく。

 

「これが真のジャイアントキリングってやつかぁ〜?」


「……んふふ」


 巨体をこの手で膝をつかせる。なんて甘美な光景だろうか。

 普段はあまり表情の変化がないキルナもこれにはすっかりご満悦だ。


「2人とも回復!忘れてるよ!」


 おっと、浮かれている場合じゃなかったらしい。

 曲もステージも名前も変わってもこの厄介なDoTダメージは相変わらず健在だった。

 残火の獣から聖火の竜になり、全体攻撃と縦横無尽に動き回って攻撃をばら撒くようになった事でより回復タイミングには気を使う必要が出てきたかもしれない。

 ここからは2人と回復タイミングをズラし、常に交代出来るようにしておくのも大切かもしれない。

 あ、普通に飲んじゃった。


 ジャイアントキリングだなんだと攻撃成功に喜んでいられる時間も終了。

 今度は膝に手をつき立ち上がってきた、全身を覆う鎧の隙間から少し熱気が漏れ出ていてそれが闘気にも見えた。

 なぜ華麗に攻撃をかました俺たちよりも食らった側の方がカッコよくなっているのか?謎の敗北感を胸に次の挙動を見守る。

 炎還か?懲りずに太刀でも作るか?それとも新しい何かか?

 炎還は隙こそ少ないが咎めやすいので大当たり。灰刃はキルナと鬼ごっこしていなければ攻めに転じて来そうだし、縦横無尽に動き回っての攻撃は正直あまり見たくないのでハズレ。新しい行動は……当たりだと嬉しいなぁ……

 

 3人の期待の篭った眼差しを受けた聖火の竜は指先に火を灯した。

 ……ハズレだ。さて頑張って耐え凌ぐかさっきみたいにキルナに鬼ごっこしてもらってワンチャンを狙うか。

 どちらにせよ炎還でないのなら俺の役目は遅れて発生する。つまりは後方腕組みタイムがあるって事だ。


「……【燃成】灰槍(かいそう)


「おいおい今度は槍と来たか」


 火を握り込み、溢れた端から灰へは形を作って行く。

 俺の事前予想は外れ、灰は棒状に伸びてしまう。

 3択の外、知ってる動きから知らない行動に移るこの瞬間、ハズレくじを引かされた気分になる。

 さて、どうするDie助、キルナ。


 伸びた灰は槍と斧をくっつけたような……ハルバードの形となって、太刀の時よりも得体の知れない圧を醸し出していた。

 しかしそれは竜騎士的な攻めた鎧との相性が良い故の圧で、性能的な面で言えば太刀よりかは幾らか弱そう……っていうかぶっちゃけ何をしてくるかわからない。斬るにしてもさっきの猛攻よりかは幾らか落ち着きそうだし、そもそも「突く!」以外に何かあったか?槍って。


 本当に後方にいてよかった。

 俺はあまり知らないハルバードの戦い方を見るために一挙手一投足に注目する。

 

 なになに?まずは軽く右手だけで持って?右足を引いて踵と踵を合わせて?先端を上にあげていって?肩に掛けちゃったりなんかして?やっぱり肩から下ろして?後ろに持って行って上品に構えちゃったりなんかして?

 

 まるで嵐の前、妙に静かな水面を見ているかのようなそんな感覚をおぼえる。

 

「……来る」


 最前線で神経を尖らせているキルナが静かに呟くと、直後に聖火の竜は天高く跳んだ。

 アクロバティックなのは知っていたがそんなに高く跳ぶのは聞いていない。

 月のような……今なら太陽だとわかる輝くステンドグラスを背後に乱暴に構えられる。


「【聖十字(グランドクロス)】」


 ハルバードと共に流星のように聖火の竜が降ってくる。

 何故か1番安全なはずの後ろにいる俺を目掛けて。


「うそぉ!?なんで俺な──」


 ヘイトを稼ぎすぎた俺は情けない言葉を吐きながら光り輝く灰の槍によって腹いせで腹を貫かれ即死した。

 うそーん。



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