残り火よ、在りし日を燃やして 二十四
一瞬だけヨバル視点じゃなくなります
後方に立ち位置が移った事で天焦から逃げていてもよく見える景色の中にDie助は技の1文字で彩られた立派な背中を見つけた。
「あれでよく当たらないね……」
開幕ポーション片手に突っ込んで行ったヨバルを見て心配していたのは今や過去の事。
タンクという役割をやる上での唯一とも言える欠点を聞いた上でタンクを志願してきた男ヨバルは実に頼もしかった。
やっている事は連続で転がっているだけ。
一見汚く見える行動も一度そこに立った事のある人間にはこう映る。……それしかない完璧な回避だと。
加えて魔法の詠唱まで挟んで天焦まで当てているのだからDie助も感嘆の言葉を溢すしかなかった。
「……私の分も残しておいてほしい」
感嘆の息が上がる一方、反対側ではクレームが上がっていた。
キルナの目に映る技一文字の法被を着た男ヨバルは美味しいところを全部持って行く欲張り野郎に見えたからだ。
それもそのはず、天焦というギミックの手を借りてはいるものの、それは紛れもなく過去にヨバルが描いた理想のアタッカーの姿だった。
ヘイトを一身に引き受け、迫り来る攻撃の悉くを回避、同時に攻撃に転じてダメージも出す。
この一瞬、ヨバルは独りで戦っていた。
「またせた2人とも!反撃の時間だァ!」
風に吹かれ、黒い法被をはためかせヨバルは振り向いた。
その目に映るは寂しさではなく闘志。
越冬、ドラグラと格ゲーからはかけ離れた2つのゲームに身を置き燻っていた魂が静かに燃え始めていた。
エアリアルは発動した。天焦はやり過ごした。2人も万全の状態。
ここからはひたすらに光の尻尾を引き受け続けてキルナの流星の一撃を回すゲームだ。
「それはもう目瞑ってでも避けられる」
早速叩き潰さんと飛んできた光の尻尾を軽くサイドステップで避ける。
回復の隙を捻出した俺はポーションを取り出して万全の状態を作る。
まずはマナポーションで減ったMPを回復するところから。その次にHPだ。
ポーションをがぶ飲みしていると後ろから足音が急接近してくる。
間違いない、見なくてもわかる。キルナだ。
「……流星の一撃」
足音が一際大きな音を立てて聞こえなくなると、俺の頭上が眩しいぐらいに光った。
光の尻尾など比にもならない必殺の一撃、青白い光をこれでもかと振りかぶるキルナの姿があった。
俺とキルナが捉えた先は祈りを捧げる残火の獣の脳天。
天焦も込みで第一形態並のタイムが狙えるかと頭をよぎったその時。
「「「え?」」」
3人の声がシンクロした。
第一形態を実質ワンパンした最強の一撃が脳天に届く事すらなく光の鱗に阻まれていた。
嫌な予感がした俺は無防備に露出した黒い肌に蹴りを仕掛ける。
さも当然の事だと言わんばかりに光の鱗が立ちはだかった。
「ちっ!魔法も物理も無効だこいつ!」
「……見ればわかる」
「どうするヨバル君!」
凌ぐ事で精一杯で確認こそしていなかったが、魔法も効かず物理も効かないなんて1ミリも想像もしていなかった。
「ズルいってレベルじゃないんじゃないかそれは!」
絶対防御バリアなんて小学生でも制限付けるレベルのぶっ壊れだ。
動かない代わりにダメージも効きませーんってか?本当に小学生かよ。
愚痴ばっかり言っていても仕方ない、ゲームバランスを壊す無法の技などどこにでもある話だ。
当然無法な技にも弱点がなくはない。今回で言えば残火の獣が動けない事だろうか。
気付かなかったらどうするのか聞きたいところだが天焦が光の鱗を貫通してダメージを与えられるため、それを利用するしかない。
多分動かないから天焦当てて突破してねということだろう。
「しゃーなしだ!天焦でチクチク削るしかない!」
一度とは言え俺たちを苦しめたギミックと共闘?全然アツくないから素直に物理か魔法のどっちか通させてくれ。
第一形態が理性なき残火の獣によるフィジカルのゴリ押しだとすれば第二形態は理性を取り戻した事でギミック攻略の強制をしてくるってところか。
頭脳労働は勘弁して欲しいところだ。
「まずは天焦を待つところから……」
「よ、ヨバル君。あれ……何かな?」
「……翼?」
歌の盛り上がり待ちをしていたところ、Die助が何かに気付く。
見上げればその巨大な体の後ろから光が伸びて来ていた。
それはどんどんと形を変え、翼のような形となって大きくなって行っている事がわかる。
「あー間違いなくそうだな……これどうなると思う?」
「僕にはちょっと想像がつかないかな」
「……さあ?」
光の鱗は頑丈で全てを弾く鎧。光の尻尾は近付くものを叩き潰す剣……騎士か?
では翼と言えば何か?パッと頭に浮かぶのは飛び立つとかその辺りだがどうにもしっくり来ない。
飛ばれたら光の鱗という絶対防御の代償の動けないがなくなってしまう、イコール天焦を当てて突破というルートの難易度が跳ね上がる。飛び回る物体が3秒先に通る位置に天焦を誘導しろというトンデモ要求。
既にバランスなどあってないようなものだが流石にそれはないと信じたい。
であれば何か?答えはすぐにわかった。
「……来る」
大きくなった翼は成長を止めて存在感を放つように輝いた。
そしてその翼ははばたきやがった。……俺たちに向かって。
「ここに来て遅延かよ!」
「みんな足だけは地面に!」
「そんなこと言ったってどうすりゃいいんだよ!」
「そこは気合いで!とにかく飛ばされたら絶対やばいよ!」
俺を渦巻く風がそよ風だったと思い知らされるほどに強く吹き荒れる風。
立っているのも精一杯で、踏ん張ってみるもズルズルと後退させられて行く。
La〜a〜
「おいおい今かよ!」
徐々に盛り上がりを見せる歌に顔を顰める。最悪のタイミングだ。
吹き飛ばしから即死攻撃を置く?いくらなんでもやりすぎだろそれは。
ていうかなに寝返ってくれてんだ、ついさっきまで味方ですよみたいな顔してましたやん。ソレハハナシチガイマスヤン。
流れてもいない西の血が暴走したところで状況は変わらない。
どうにかしないと次の天焦で俺たち3人丸焦げリスポーンエンドだ。
「まずいね……あっ、光の盾!みんな僕に捕まって!」
「……無理、遠すぎ」
Die助は半魂を召喚し即席でストッパーを作った。
ただしその席は1人用、頑張って俺とキルナを拾い上げようと手を伸ばしてはいるがいかんせんキルナが遠すぎる。
1人でも欠けたら厳しくなるのは前回で理解した。こんな事をしてくる奴に蘇生が通るかも怪しい。
ここでキルナを見捨てる選択肢は死の先延ばしでしかなさそうだ。
俺はおおよそ死が確定してしまっているキルナの方に流されて行く。
「ヨバル君!」
「……死にたいの?」
「いいや切り抜けるぞ!3人で!」
2人の言葉を無視し、キルナの手を取る。
俺もキルナもDie助のような便利な半魂はないが、まだやれる事はある。
天焦!
「キルナ!2秒数えろ!」
足元に白い円が2つ重なる。威力2倍、食らえば跡形もなく消えてしまいそうにすら思える。
Die助を見てわかった。要は一瞬、風に流されない壁があればいいのだ。
風に抗うにはどうする?
「……今」
キルナの言葉の意味を理解する前にエアスライドを発動させる。
目には目を、歯には歯を、風には風を。
一陣の風が瞬間的に俺を前へと押し出して勢いを失う。
一瞬遅れてキルナも前に来る。
そして天焦は1秒前の俺とキルナを貫いた。
「あっつ!」
瞬間的な追い風では継続的に吹く向かい風に打ち勝つ事はできず、すぐに押し返されると焦げたてほやほやの地面が俺のケツを焼いた。地味ーに痛い。
「……ありがとう、助かった」
「何してキル……ぬぁ!」
助けたお礼とばかりにキルナが俺の口にポーションをぶち込んで来る。
「やめ、やべろ!ひふんへのべるはら!」
「……これは重傷、もう一本必要」
問答無用で2本目のポーションを口にぶち込まれる。
強制的に赤ちゃん扱いをしてくるくせになんだこの暴力的なムーブは。
「あのー、お二人さん?いま戦闘中だよ?」
悪化する状況を見兼ねたDie助が助け舟を出してくれる。
ああ、俺嬉しいよ。Die助が止める側に回ってくれて。その言葉、言い返す時が来るなんてな。
ほら、見てないで早く助けてくれ。俺ポーションで溺れちゃうから。回復薬で窒息死とかいうバカみたいな死に方するから。
Die助さーん?




