フルダイバーヨバル
「「ゴーレムだああああああ!!!」」
乗降装置に運ばれて止めどなくゴーレムが雪崩れ込んでくる。
さっき遭遇したゴーレムの半分ほどのサイズしかないが、代わりに数が多い。
俺達は慌てて実験室を飛び出て走り出した。
「おいおいおいおい!誤射したから追われたんじゃなかったのかよ!」
「撃ちまくってたのでわかんないっス!気づいたら追いかけられてたんス!」
「じゃあ元から敵対エネミーだったんじゃねぇかああああ!!」
イチノセ改め弾バカは挨拶代わりに発砲していたせいで相手が既に戦闘態勢だったかどうか気付かなかったらしい。
しかしまあこれだけ歓迎されれば嫌でもわかる。
「ハッ、生きては返さんってか!?」
さしづめこの部屋に近づいた者を排除するように命令されているってところか?
どうする?倒すか?さっきみたいに。
……いや無理だ。さっきより小さいが数がいる。
攻撃モーションに入って不安定な体勢から2発必要だった。仮に1発で倒せたとして大したスペースもない中でゴーレムの波を全部倒すのは不可能だ。
逃げ切れるか?この岩の波から。来た時みたいに階段があればいけるかもしれない、螺旋階段を降りられるほど小回りは効かないはずだ。
それかどうにかして転ばせる事が出来たら……
俺の脳裏によぎったのは巨大ゴーレムの爆発したかのような弾痕。あれはイチノセが作り出したもの、あの威力ならなんとかなるかもしれない。
「イチノセ!撃てるか?」
「あと3発撃てるっス!撃っていいスか!!」
確認するや否やイチノセは振り向いてマスケット銃によく似た銃を構えた。
前が倒れればなし崩し的に後ろも倒れるはずだ、ボウリングのように。
「よし!1発足に頼む!」
「まかせて欲しいっスよ!はいBaaaaaan!」
お前の声だったのかよ!
発砲音が俺の耳に届くより早く岩が爆ぜ、爆風がその威力を証明する。
しかし、魂の一撃は焦げ痕を残すばかりで、ゴーレムは意にも介さず進行を続ける。
その硬さは小さくなっても健在だった。
おいおいほんとにどうするよ。
「効いてないっス!!!」
「はしれええええ!!」
どうする、どうするどうする。
ボウリング作戦はダメ、階段も見当たらない、弾はあと2発。
走る、走る、走るしかない。いくつもの分岐を無視してひたすらに一番太い道を走り続ける。
ゲームだと言うのに疲労を感じる、例えるならHPバーが4本ある相手を前にした時のような、そんな感覚。
どうやらそう感じているのは俺だけではないらしく、イチノセの額にも嫌な汗が流れている。
……一回死んでまたあそこからやり直した方が早くないか?
一度でも足を止めればゴーレムの波に飲み込まれて圧死、これはそういうオワタ式の鬼ごっこだ。
仮にこの先に階段や出口がない場合、その段階で俺達の死は確定する。
頭によぎる嫌な思考を振り払うように足を前へ前へ動かす。
仄暗く長い道をひたすらに走り続けた俺たちの前に一筋の光が見える。
どうやらゲームオーバーにはまだ早いらしい。
「よ、ヨバルさん!出口!出口っスよ!!!」
「うおおおおはしれええええ!!」
次第に大きくなっていく光に俺たちは飛び込んだ。
やっと、やっと。仄暗く不気味なあの場所から、ゴーレムひしめく鬼ごっこから、先の見えない疲労感から解放された。
そして──地面からも解放された。
「のわああああああ」
「しぬっスうううううう」
空の旅へようこそ。じゃねえよ!
熱烈な歓迎を受け突然のスカイダイビングが始まる。
今回一緒に飛んでくれるのはイチノセと滝らしい。
そのまま落ちて仲良く滝壺ダイビングってか?ハハッ笑えねえよ!!
こっから水に落ちて助かるか……?深さ次第でワンチャンか……?
落下地点を確認すると水面がぐるっと回って見えた。
深い青色だ、意外と深そうだな。これはいけるか?
イチノセの絶叫をBGMにダイビングに備える。
落下ダメージとかなければいいなぁ……などと楽観的に考えていると、不意に水面がブレた。
「……え?」
水面はぐるりと回ると、大きな口を覗かせた。
ギラギラと牙を輝かせるそれは群青色に覆われていた。
サメか?……いや、ドラゴンだ!
「悪意ありすぎだろこれは……!」
頭をフル回転させ探す。あの牙から逃れる方法、ここから入れる保険を……!
あいつ、俺たちを食う気だ……!!
「イチノセ!掴まれ!」
「し゛ぬ゛っス゛ぅぅぅぅぅうう」
精一杯声を振り絞って手を伸ばす。
まだゲームオーバーには早いぞイチノセ!
最大限に伸ばした手と声は、轟々と水を破る滝と絶叫に遮られ……届かなかった。
「くっそ間に合うか!?」
空を泳ぎ、手を伸ばす。
同時にドラゴンが水面から飛び上がってくる。狙いは俺。
ダメだ、間に合わない。
──巨大な口が肉薄する。
ドラゴンは止まらない。
考える暇もなく大きく開かれた口は完全に俺を補足しており、生え揃った牙は命を刈り取る形をしていた。
え、俺──死。
「入ってよかったアルボ保険んんんんん!!!」
「どわ──」
脱力するような感覚を代償にアルボを召喚。その立派な茶釜を踏み台に跳躍する。
空中でジャンプを決めた俺は間一髪、迫り来る牙をすんでのところで避ける事に成功する。
即座にアルボを戻し、空振ってびっしり閉じられたドラゴンの牙に着地すると、足場から滑り落ちるように空に身を投げる。
「うえええええなにするんスかヨバルさんんんんん……へぶっ」
未だ泣き叫んで機能停止しているイチノセの腕を掴み回収し、抱き抱える形で地面に転がり込む。
地面に転がるように身を放り出したことで衝撃はあの高さから落ちたとは思えないほど緩和できていた。
「……あ」
起き上がるとそこには運悪く転がった先で木に衝突して目を回しているイチノセがいた。
一つ運が悪かったとすればたまたまイチノセが外側に来てしまったことぐらいか。
ガッツリスタンが入ってしまっているもののあの地獄への弾丸旅行から生還したのだ、ご愛嬌ってことで手を打ってほしい。
一歩間違えれば2人してお陀仏だった。鬼ごっこの果てに足場がないことに気付かず落ちてリスポーンなどという痴態を回避できた事に安堵した。
「げっ、まじかよ……」
後ろから轟々と水を破る音に混じるように何かが砕ける音が聞こえて来た。
嫌な予感を覚えながら振り向けば予感は見事的中。
滝壺ドラゴンがイチノセの弾でびくともしなかったゴーレムを易々と砕いて食していた。
……まじかよ岩も食べるのかよ。悪食すぎるだろ。
「そうだアルボ、さっきはありがとな」
踏み台にしたばかりのアルボを再度召喚して礼を言う。
流石に今回のは俺の力だけではどうにもならなかった。
「さっきはありがとな。じゃないですよご主人!呼ばれたかと思えば踏まれるし目の前真っ暗でめっちゃ怖かったんですよっ!?どこだったんですかあれ!」
アルボは出てくるなりあまりの扱いを嘆いた。
テンションを上げて嘆く様は頭の上にぷんぷんと煙が出ているようにすら見える。
怒っていてもかわいい、流石うちの子だ。
「いやほんと悪かったとは思ってる、思ってはいるがあの時はそれしかなかったんだ。ごめんなアルボ」
謝罪の意を込めて抱き上げ……もといモフりに行く。
今の俺に必要なのは癒しだ。
「どわあああああ!絶対謝る気ないですよね!?尻尾触りたかっただけですよねーーーっ!」
軽く抱き上げられたアルボは些細な抵抗として大声で叫ぶ。
アルボ……お前なんか意外と乗り気じゃないか?
「悪かった、もうあんなとこに召喚しないから怒るなって」
「あんなとこってどこですかっ!あ、まさかあそこのドラゴンの口の中だったりして……ってそんなわけないですよね」
突然のデッドボールが俺を襲う。
えっ、なんでこんなに勘がいいの?うちの子怖すぎ……?
俺はおもむろにアルボをしまい始める。
「な、なんでしまっ……ぇ、えっ!?違いますよねっ!?私食べられてないですよね!ご主人?ごしゅじーん!!!」
アルボよ、真実を究明する事は時に人を不幸にする。
あまり深掘りしてはならない。公式サイトにもそう書いてある。ちゃんと見たことないけど。
振り返れば俺たちを苦しめた波は足場がなくなるギリギリで止まるも、満員電車から押し出されるように落下していた。
次々と落下し続けるゴーレムとそれをわんこそばのようにテンポよく砕き食べ続ける滝壺ドラゴンを眺めながら独りごちる。
「もう二度と来ねえ」
人という生き物の矮小さを感じるような地獄絵図に、早速俺はこころのノートに共演NGを書き足す。
こんなところにいつまでも居たら蕁麻疹が出そうだ。
俺はいつまでも起きてこないイチノセを背負って滝壺からそそくさと離れ、林へ歩いていく。
砕き貪り食らい尽くす音と空を裂く水の音を後にして。