残り火よ、在りし日を燃やして 十九
「……それに、Die助まだ生きてるよ」
「えっ」
まじで?あれ生きてるの?
それっていうと何か?俺はただのファインプレーに囃し立ててたって事?話変わってきたな。
恐る恐る伸びているDie助の方を見ると、そこには恍惚に顔を染めるDie助がいた。
「今のは痛かったなぁ……」
「うわっ」
まじかこいつ潰されてすっごい嬉しそうにしてやがる。
ドの付く方のやつじゃねえか。
本日2度目のショッキングな絵面に引いているとふと視界の隅でキルナが立ち止まった。
「……来る」
「な──」
La〜aaAAA、天焦!
「んだこれっ!」
今まで意味を持たなかった祈りが突然言葉になった。
薄っすらスポットライトを当てられたかのような光の円が2人を中心に展開される。
まるで何かを予告するかのように現れた円。まさかと思い足元を見ると俺もまた光の円の中にいた。
頭の奥底からガンガンと鳴り響く警鐘に従い、エアスライドを発動し吹くは一陣の風。
何故か喰らう気満々で仰向けに転がっているDie助の腕を掴み、共に円の外へと抜け出す。
ぴしゃり。
地を打つ轟音が0.5秒前の俺たちと耳を貫いた。
驚きのあまり振り返れば雷を思わせる真っ白な光の柱。
当たれば当然即死待ったなしの攻撃は白い円の中を真っ黒に焦がし上げた。
「っぶねえ……」
「ケ゛ア゛ア゛ア゛ア!!」
「……どっちか早く、交代」
初見の範囲攻撃を迫り来る乱暴な腕を捌きながら対処したキルナはその額に冷や汗を流していた。
一見余裕そうに捌いてはいるが恐らく猛攻を凌ぐので精一杯、回復する暇がない故のSOSだろう。
「交代!まかせろ!」
Die助は恐らくまだ体力が……ってやべえ、俺も削り殺される。
慌ててポーションを飲み残火の獣の背後へと近づく。
こういう時こそ雑用の出番だ。
「ケ゛ア゛ア゛ァ゛!」
「反応はやっ、後ろに目でも付いてんのかお前……!」
ある一定のラインまで近付くとCPUを思わせる超反応で振り向いてくる。
振り向きざまに振るわれた腕をなんとかバックステップで躱したところ、俺への興味を失ったのか再びキルナの方へ体を向ける。
その少し不可解な行動を見た俺は一つの仮説を確かめるべくキルナの姿が見える角度からもう一度距離を詰める。
「キルナ、後ろに飛べ!」
「……?わかった」
「ケ゛ア゛ア゛ア゛!」
キルナが後ろに飛んだ瞬間、残火の獣は俺に反応した。
さっきよりも距離が遠いにもかかわらずだ。
「おーけー、わかってきたぜお前の癖!」
興味を失ったはずの俺に突然蹴散らさんと腕が振るわれる。
今回の反応速度は見慣れたもの、さっきの超反応のような1ミスで終わってしまうような怖さはない。
「目ェ覚ませDie助!情報の更新!」
「ん〜?」
「戦闘中にトリップしてんじゃねえよ!その寝惚けた頭で理解しろ!奴は1番近い敵をターゲットする!」
ふにゃふにゃのDie助の耳に水を流し込む。タンク心を刺激する復活の水だ。
2回戦目にして俺は幾度となく見た奴の攻撃に癖を見出した。
なんてことはない誰をターゲットするかというものだ。理由は色々考えられるが今はどうでもいい。
ぶっちゃけ俺とキルナにとっては聞いても特に変わることはなし判明したからなんだって情報。
だがDie助にとってはその限りではないはずだ。
「ありがとうヨバル君……!」
「それじゃあとは任せるぜ。空を纏いて我が想いを為せ、飛翔せよ」
復活したDie助にサンドバッグ役を任せ、上がり直したエアリアルを発動し攻撃体制を整える。
「キルナ!背後だけは異常に反応早いから気をつけろ!」
「……ん、黒跡軌動、流星の一撃」
キルナは忠告に対し、斧を青白い光で纏う事で応える。
いつでもOKという合図であると共に催促の動きだ。
しかしこういうのは焦らず騒がずその時を静かに待つものだ。
ベストなタイミングはDie助が攻撃を受ける……
「今!」
3度目ともなれば慣れた手つきで風の刃とイグニスプロードを叩き込んで行く。
うちのDie助は優秀で一度も狙われる事なく殴り続けられた。
さっきよりかなり多く風の刃を出せたのでもしかすれば200%も夢じゃないかもしれない。
「いけ!」
AA〜天焦!
「今ぁ!?」
水の代わりに光を差してくる空気の読めない円から抜け出し、その行く末を追ってみる。
いち、にの、さん……3秒後に天から降り注ぐプレイヤー狙いの範囲攻撃か。
猶予としては十分あるがなかなかにいやらしい攻撃だ、意識していないと反応が遅れさっきの俺みたいにスキルで無理やり回避する羽目になる。
肝心の主力はというと、まるでわかっていたかのように無駄のない動きで回避して見せると勢いそのままに斧を振りかぶった。
狙いは今回も脳天。殺意の塊が見事に頭上に叩き落とされる。
「ケ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
無慈悲にもど真ん中を捉えた一撃によって泣き声を上げながら大きくよろめく。
むしろこれで真っ二つにならない残火の獣を褒めるべきなのかもしれない。
「追げ、き……?」
「……何か変」
倒れる残火の獣に追い討ちをかけるべく駆け出すもキルナの制止する声と共にこれまでとは雰囲気の違う音が聞こえて足を止める。
La〜
La〜
La〜〜〜
──ロストジャッジメント。
天焦のような祈りに乗じて紡がれる技名の類ではなく、明確に発せられた言葉。
燭台に灯る火は消え、光って見える髪のような体毛は光を失い、ボス部屋は仄暗さに包まれる。
なんだなんだ?何が始まる?
突然の展開に戸惑わざるを得ない。3人揃って足も目も残火の獣に向かったまま止まってしまう。
状況だけ見れば思いつく言葉は一つあるがそれを口にしてもフラグになってしまうので我慢する。
戸惑う俺たちを置いてけぼりにして天より光が燭台に向かって降り立つ。まるで光の蝋燭だ。
儀式じみた奇妙な光景はこれだけでは終わらず、地に伏す残火の獣へオーブらしきものが雪のように降り注ぐ。
するとその髪のような体毛が光を取り戻し始めた。
「あ゛ぁ゛……つ゛れ゛て゛……い゛っ゛……て゛…………」
おいおいおいおい!俺思ったけど口にしなかったじゃん!言わなかったぞ「やったか?」って!
光だけじゃなくて理性らしきものまで取り戻した残火の獣を見て吠えずにはいられない。
しかし悲しいかな、頭にフラグが過ぎる時、それは既に術中に嵌っているのだ。
このムービーらしき光景を前に俺たち3人は攻撃をする事も出来ず、ただ第二形態へ移っているであろう状態を唇を噛んで見守るしかなかった。
「と゛う゛、か゛……わ゛た゛し゛も゛…………」
やがて降り注ぐオーブは止み、燭台から生えた光柱は消え、火は灯る。
小さく煤けたような声を発する残火の獣は、人である時を思い出したかのように体毛の大部分を失い、残った体毛はと言うと一本、頭から背中へと続く道のように生えているばかりだった。
体毛の大部分を失った事で本当に髪のように見えるようになったが、同時に黒くなった肌が露出してより一層化け物色を強めてしまっていた。
Laa〜Laa〜Laa〜
思い出したか祈りが再開される。戦闘開始の合図だろう。
隣を見れば2人は理解が追いついていない顔を浮かべながらも既に臨戦態勢へと入っていた。
「よ、よしいくか。だ、第二形態ってやつ?」
「そう……だね」
「……倒す」
見た目こそ変わったものの理性を取り戻したって言うのなら第一形態のような猛攻は恐らくなくなるはず。
ならばむしろDie助がやりやすくなったと考えよう。
「先手必勝!炸裂しろ!」
初手イグニスプロードを発動。呑気に佇む残火の獣に一泡吹かせられる……はずだった。
「なにぃ!?」
残火の獣を守るように展開された光の鱗が俺のイグニスプロードを綺麗さっぱり弾きやがった。
「ははは、もしかしてやばい?」
La〜
天焦!
天焦!
天焦!
「はぁっ!?」
なりを潜めていた祈り手兼BGMさんが本気を出してきた。
まさかの天焦3連打。バカみたいな攻撃だ。
「走れー!」
「言われなくても!」
光の円が追いかけてくる。
3秒あれば十分避けられると思っていたのは過去の事。
いや、走っているだけで避けられはするのだが問題があった。
Q.ボス部屋でバカデカいボスと逃げ惑う3人プレイヤー、それらに付随する時間差範囲攻撃。一体どうなる?
「どいてキルナちゃん!危ない!」
「……こっち持ってこないで」
A.戦闘開始から3分半、パーティ全滅。
エアリアルのCDは発動してからカウントされるので実質CDは30秒だったりします




