残り火よ、在りし日を燃やして 十六
始まるボス戦
「それじゃあ金キリコの時と同じ感じでいいかな?」
「俺が雑用」
「……私がメインアタッカー」
「で、僕がタンクだね」
手早く役割の確認をする。
火力足りない疑惑がある俺は金キリコの時と同じように雑魚処理を始めとしたキルナが気持ちよく殴れる状況作りをしつつ、いい感じに殴ったりいい感じに注意を引いたりだな。
「わかってるとは思うけどうちにはヒーラーがいないからボスの攻撃は回避優先、回復は各自ポーションで」
「了解!」
「……わかった」
パーティを組むには少しばかり凸凹。
ただまあ俺に限らずキルナも話を聞く限り耐久方面には一切回していない。
という事は紙装甲の俺たちが頼れるのはヒーラーじゃ無くて己の足と頭だけだ。
回避優先?言われなくてもそのつもりだ。ていうか回避しないと死ぬ。
超簡易作戦会議は終わり。まあそれぞれソロ戦士だ、自分のやる事さえわかっていればなんとかなるだろ多分。
確認を終え各々やる気も十分に漲らせたというのに俺たちは3人してその場から動かなかった。
いや、行き先が変わったことだけを知らされて見切り発車し始めた俺たちは動けなかったのだ。
「で、どこにいけばいいんだこれ?」
「……さあ」
カッコつけておいて一瞬でヴェルフリートに縋り付くこの様、あまりにもダサい。出来る事なら見ないで欲しい。
そんな俺の様子には目もくれず、当のヴェルフリートはといえば月のようなステンドグラスを見上げていた。
「聖壇の奥に扉がある……その先にお嬢様は、いる」
「聞いたか2人とも、奥の扉だってさ」
聖壇の奥の扉ってそれ確か聖域じゃなかったか?
いやまあ今の大聖堂とは造りからして違うし気のせいか。
脇にある蝋燭の火が出す如何にもな雰囲気に見送られて俺たちは古びた扉の前に辿り着いた。
扉を開けようとする俺を呼び止める声が一つ。
「お主……これを持っていけ」
「これは?」
「火竜を殺すための剣だ」
忘れ物らしい。
剣だと渡されたそれは柄まで黒い炎で出来ており持つだけで火傷しそうだ。
しかしなんでこんなものを?
「火竜じゃないんじゃなかったのか?」
「念の為だ、生きているかもしれないからな」
「???」
ヴェルフリートと話していると頭が痛くなってくる。
今更考えたところでどうにもならないのでありがたく受け取っておく。
渡されるということはどうせ使う機会があるのだろう。
「健闘を祈る」
「おう、まかせとけ」
ここに来る前のかっこいい表情に戻ったヴェルフリートにしばしの別れを告げる。
「それじゃあ倒しに行くか」
「そうだね」
「……行こう」
天井を衝き抜ける遠吠えを背中に受けて扉を開く。
お嬢様、いま行くぜ……!
「うわっ、雰囲気あるなぁ……」
扉の先は仄暗く、その中でも誰が設定したのかスポットライトのように淡く光り、一際目立つ祭壇が目に飛び込んで来る。
祭壇には大きなナニカが布を掛けられて静かに横たわっていた。
そしてこの空間いっぱいに並ぶ燭台は大きな円を作るような配置。
祭壇から離れるに連れ光は行き場を失い、広がる闇に飲み込まれていく。
リングに上がれとでも言われている気になるな。
「……あれ、100%動く」
「だろうなぁ、俺もそう思う」
「こういうのはだいたい進めば……ほら」
「おおー!っぽいなぁ!」
3歩前に踏み出せば待ってましたとばかりに俺たちに1番近い蝋燭に火が灯る。
さしづめぐるっと一周火が灯れば開戦の合図ってところか?
ここまで来たら突き進むのみ。カツカツと響く足音と共に、用意された巨大な円の中へと足を踏み入れる。
全ての燭台に火が灯った時、フラッシュが炊かれたように明るくなった。
La〜a〜aaa〜La……
「さあ、ご対め……ん?」
耳から足先まで一瞬にして寒気が体を巡る。
どこからともなく聞こえてきた声は日常では出す事のない、自らを楽器に見立てたような高い声。その声が幾重にも重なり言葉にならない祈りを歌い始めた。
たったそれだけの事で体が強張る。
「BGMまで大層な感じだね」
「……嫌な感じ」
ぽつりと呟く2人の声からはさっきまでの調子の良さが感じられない。
額を伝う冷や汗を拭う事も出来ず、目の前の異様な光景に目と足を釘付けにされる。
事前予想は大正解。
布を掛けられた巨大なナニカはその身を起こす事なく浮き上がる。
ひどく不気味なのにもかかわらずそいつがこの場に流れる祈りを全て吸収して浮き上がっているようにも見え、その神々しさに目を逸らす事が出来ない。
一瞬、静寂が訪れその巨大な布が弾け飛んだ。
LaaaaAAAA…!
「ケ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「おいおいお嬢様これまたすげえ格好してんなァ!」
祈りに応えるようにその身を現す。
現れたそいつは想像していたお嬢様像からは大きくかけ離れていて、お嬢様らしき要素も一つぐらいしかない。
仄暗い空間を照らす光って透ける真っ白な長く髪のような体毛。全身を覆い隠す髪のような体毛の上から覗く浅黒い皮膚。
透けて見える浅黒い皮膚はどこか角張っており、長く巨大な体躯が永らく食べていないであろう不健康な細さをしている事がわかる。
まさしく怪物。
咆哮と共にその髪のような体毛で光のカーテンを作り、リングに降り立った。
──残火の獣Lv.65
「……来る!」
「タウント!」
「空を纏いて我が想いを為──」
「ケ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛!」
「ヨバル君危ない!」
開幕Die助の挑発スキルに合わせてエアリアルの詠唱を開始するも、何故か一直線に俺の方へ飛んでくる。
肌が焼けるような感覚に嫌な予感がしてやむを得ず詠唱をキャンセル、エアスライドを発動し一陣の風と共に大幅に下がる。
前足に成り損ねたような浅黒い腕が地面に叩きつけられ、鈍く大きな音を立てて地面を揺らす。
「ケ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
「くっ……!なかなか重いね」
思った以上に低いレベルを見てちょっとだけ希望を抱いたがこりゃだめだ。間違いなく当たれば消し飛ばされる。
今だって盾で受けたはずのDie助が踵を浮かせて踏ん張っている始末だ。
技術でなんとか軽減しているがそれでもノックバックするなんてどんな怪力だ。
「……シュヴァル──」
「ケ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
「キルナちゃん危ない!」
前は危険と判断して横回りしたキルナが攻撃体勢に入ったタイミングでタゲがキルナに向く。
浅黒い腕が横から振るわれるもキルナはそれを大縄跳びの要領で軽く避けて見せる。流石だ。
「空を纏いて我が想いを為せ、飛翔せよ」
この隙逃す択は流石にないのでキルナにヘイトが向いている間に詠唱を済ませエアリアルを発動。
これで遊撃の動きも出来るようになった。
「……見えてる」
「ケ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
「ぐっ……!」
いくらDie助といえど薙ぎ払い攻撃は厳しいらしく、引き摺られるように地面を滑る。
むしろ盾で受けれている事がすごいレベルだ。
ここまで通常攻撃だけ。だけと言っても超が付くほど強いけど技はない、ついでに理性もあまりなさそうだ。
だったら問題ない。纏う風をたわめかせトップスピードで残火の獣との距離を詰める。
「炸裂しろ!」
「ケ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
イグニスプロードを発動、反応する前に残火の獣の横っ面にぶち込む。
攻撃に怯む様子もなく飛びかかってくるのを跳躍で回避。
空を蹴り風の刃を飛ばし、2度目のイグニスプロードを詠唱する。
「反発せよ」
背中を自慢の髪のような体毛諸共爆破して、更に追撃で空を蹴る。
着地までに計4回の魔法攻撃。
これだけやれば……
「……いい動き」
「どうも」
「……流星の一撃」
「ケ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
……うちのメインアタッカーが通るってワケだ。
立派な斧を青白く光らせ、飛びかかってくるのを軸足残してくるりと回転する事で完全に見切る。
攻撃モーションを兼ねた回避を決めると伸び切った無防備な腹を斧が捉えた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
大きく仰け反って痛がる残火の獣。
うちの主力は間違いなくこいつに通用する。
「ダメージが通るなら?」
「「……勝てる!」」
「すごいよ2人とも!綺麗な連携だった!」
だろ?手応えの方から握手してくるぐらい完璧だった。
いける。これなら初見攻略だって夢じゃない。
「ケ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
あーあーブチギレちゃってるよ。
ただその2パターンの攻撃に負ける気は流石にしない。
「いくぞ!」
さっきと同じようにそれぞれが巻き添えを喰らわないように距離を開けて陣取る。
起点はDie助。サンドバッグにされている間に俺が舞い、キルナが殴る。
今回も同じ結果になると思われたその時……
「あ、あれ……?」
「Die助!?」
突然、Die助が地に伏した。
攻撃の前に対象が倒れた事で俺の方に飛びかかりが来る。
エアスライドを発動して慌てて退避するも視界が歪み、曲げた覚えのない膝が曲がり地面との距離がどんどんと縮まる。
確かに避けたはず。
「なん……で……」
La〜La〜La〜
未だ響き渡る祈りの声に絶望に似た何かを感じながら、一縷の望みを託して隣を見る。
傾いた視界の中、最後の希望であるキルナが無様に床を舐めている衝撃的な絵面を見て悟る。
──戦闘開始から50秒、パーティ全滅。




