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残り火よ、在りし日を燃やして 十五



「来たか、それではゆくぞ」


 既に立ち上がっているヴェルフリートは昨日までとは少し様子が違った。

 全身の毛が逆立っており、毛先までやる気に満ち溢れている。

 いま俺を助けてくれた恩人という色眼鏡を抜きにしても今日のヴェルフリートはかっこよかった。この場合恩狼か?


 そして様子がおかしい者がここに1人。


「あなたが……神か」


 Die助は口をぱくぱくさせたかと思えば……土下座していた。

 アルボの時とは違い、洗練されたぬるりとした動きではない。どちらかといえば重力に負けたような、抗えなかった感じで崩れ落ち、土下座させられていた。

 

 その動きはまさに推しを前にしたオタク。ガチさ漂う反応からは多分恐らく確実にヴェルフリートという存在がDie助にクリーンヒットした事がわかる。


「……デカい」


「なんだこの気持ちの悪いヤツは」


「そんな褒めていただけるなんて光栄です!」

 

 褒めてねえよ。ていうかDie助お前()()()の気もあるのかよ。

 発覚する知りたくなかった情報に頭を抱える。

 気味悪がるヴェルフリート、泣いて喜ぶDie助、マイペースなキルナ。さっきとはまた違った意味での地獄絵図が展開されていた。

 もう帰ろうかな俺。

 

「あー……一応今回共に火竜討伐を戦う仲間だ。多少変なところはあるが腕は確かだ」


「見たところそっちの少女はお主より()()()。こっちの気持ち悪いヤツに関しては()()()()が大丈夫なのだろうな?」


 そう、こんなでも一緒にボスを攻略するパーティメンバーだ。

 俺の精一杯のフォローを受けてヴェルフリートは上から下、下から上と2人をまじまじと見つめ、品定めをする。

 少々不躾な視線と言葉を受けてか、肌で感じる温度が何度か下がる。

 ヴェルフリートの言葉に反応したのは足りないと称されたDie助ではなかった。


「……喧嘩売っ──」


 ──しーっ!しーっ!落ち着いて!一応褒め言葉だから!これ以上ややこしくしないでくれ!頼むから!


 今まさに爆発しようとしていた爆弾をなんとか口を塞ぐ事で阻止する。

 なんて事を言い出すのか。危うく本当の地獄が生まれるところだった。

 臭いというそれがある程度褒め言葉である事を俺は知っているが、キルナにとっては突然disられたも同じ。

 キルナへ慌てて個人チャットを飛ばし、火消しに走る。


 片や土下座、片や口を抑えたり抑えられたりであたふた。

 この惨状で何を言っても変わる事はなさそうだが、一応取り繕う。

 

「2人とも今回のクエ……作戦に懸ける想いは確かだ、俺が保証する」


「そういう事ならばワタシが止める意味もあるまい。覚悟は……愚問か」


 うっかり裏話をしかけ、修正する。

 全然カッコのつかない俺の言葉にヴェルフリートはどうやら満足したらしく、目を細めて笑った。

 それでいいのか。


「お主、聖典は持っているな?今一度開き唱える事だ。幻想回帰(ファントムダイブ)と」


 初耳のコマンドを頭で反芻する。

 いよいよ金クエ攻略部も活動開始だ。

 

「準備はいいか?」


「……開けゴマ」


 キルナは準備万端そうだ。

 Die助は……未だに拝み倒してるけど多分大丈夫だろう。

 俺は聖典を取り出し手を前に突き出す。


幻想回帰(ファントムダイブ)……!」


 世界が真っ白に染まった。









 目を閉じていても眩しいほどに真っ白な視界が次第に落ち着いて行く。

 恐る恐る目を開けてみるとそこはとても暗かった。


「……どこここ」


 慣れてきた目を通すと次第に全貌が見えて来る。

 本来は花瓶や像が置かれているであろう台座がそこら中で欠けて倒れており、もう何年も手入れされていない……言ってしまえば荒れ果てている事がわかる。


 しかし荒れ果てて人の影はおろか生活感のカケラもないにもかかわらず、俺たちを乗せる一本の緑の道……聖壇だったものらしきものが見えるので恐らくバージンロードだろう、その脇にある燭台が()()していた。


「一応大聖堂だろうな」


 今が昼なのか夜なのか、外が晴れているのか曇っているのかすらわからない。そんなわからない事が多いこの空間だが、外界と断絶されている事だけはハッキリとわかる。あと大聖堂であろうという事も。


「……私の知ってるのと違うけど?」


「流石にアレは大聖堂にしかないんじゃないか?」


「……確かに」


 見上げればステンドグラスが大きな円の形に張られていた。

 黄金に輝くステンドグラスが集まる円はまさしく月のようで、月の中央には真っ赤な鱗に覆われた竜が火を吐いている。月に手を伸ばすように伸びたステンドグラスには対照的に暗い色が集められており、竜が吐く火を崇める民の様子はそこのDie助を彷彿とさせる。

 俺……いやプレイヤーの知る大聖堂はこんなに豪勢なステンドグラスを使っていなかったし、こんなに暗く荒れ果ててもいなかった。

 

 そんな頭にハテナを浮かべる俺たちに助けを出してくれたのはヴェルフリートだった。

 苦虫を噛み潰したような顔で重々しくその口を開いた。


「ここはワタシが封印されるよりも前のドラグリア大聖堂だ」


「昔の姿ってことか」


「……それってどれぐらい前?」


「さあな、封印されていた間の事などわからぬ。……だが少し()()()()ようだ」


 んん?なんか雲行き怪しくなってきたな。

 ヴェルフリートの表情が曇り、心なしか目も泳ぎ始める。

 別人かと思うほど見知らぬ雰囲気を放っていた。人じゃないけど。


「遅かったってどういう事だ?」


「お主らがこれから戦う相手が亡き火竜ではなくなったという事だ」


「まじで?」


 ここに来てボス変更のお知らせ。

 正直ゾンビ、それも神に位置するようなやつとは精神衛生上戦いたくなかったので俺にとっては嬉しいお知らせだ。

 内心浮かれる俺とは反対にこの上なく申し訳なさそうな顔をしたヴェルフリートはぽつりぽつりと言葉を吐き出して行く。


「既に骸となった火竜よりも厄介な相手だ。お主らでは倒す事が出来るかどうか……」


「……いいから教えて」


「お主らが戦う相手は……お嬢様だ」


「「は?」」


 思いもよらない相手にキャラ作りを忘れたキルナと漏れ出た声がハモる。

 いやいやいやほわっつだよほわっつ!

 俺たちお嬢様とやらを助けに来たはずだよな?それがお嬢様と戦う事に?……それ手遅れじゃないか?


 慌ててクエストを確認してみるも失敗したような形跡はない。

 つまりこれも恐らくクエストの一環、まだ入れる保険が存在している可能性が高い。


 混乱する俺たちを他所に、ヴェルフリートは座り込み頭を垂れた。


「……お主らに頼みがある」


 黒煙燃え盛るあの姿でもないというのにヴェルフリートの声はいつもの綺麗な声ではなく、少し不純物が混じったような声をしていた。


「お嬢様を……我が主を……………………倒してくれ」


 心からの懇願。

 悩んだ末に捻り出された言葉はどこか縋るようで、後悔、怒り、はたまた祈りなどどれとも取れる複雑な声色だった。

 

 聞いていた話と違う。

 ヴェルフリートも考えていなかったのだろう、まさか主に牙を向ける事になるなど。

 突然の激重展開に俺もキルナも言葉に詰まる。

 

 どうしたものか。いや、返事ははい一択なのだがここの重々しい空気とヴェルフリートから溢れるただならぬ空気に押し潰されて上手く言葉が発せない。

 目の前で静かに泣いているヴェルフリートに顔向けできるだけの覚悟が俺にも必要だ。

 その身を触らせない程に大事に思う主を倒しに行くのだから。


 一瞬のはずなのに無限にも思える沈黙がかえって俺とキルナの口を重くしていた。

 しかしどこにでも助け舟というのは存在するもので。


「もちろんです。あなたの頼みとあらば僕がこの身に代えても倒してみせます」

 

 ひどく滑らかな動きで俺とキルナとヴェルフリートの間に滑り込むように影が割って入り、高らかに宣言する。

 覚悟なんて決めるまでもない、ただ全力でやるだけだと言わんばかりの後ろ姿。

 そこには獣と初心者に優しい男、Die助が膝立ちしていた。


「……まかせて、私に倒せない相手はいない」


 続いてキルナが得意気に胸を張る。

 強さから来る圧倒的な自信、それが耐え難い沈黙が破られた事で輝きを取り戻していた。


 ここまでやられてクエストを受けた張本人()が黙っているワケには行かない。


「ヴェルフリート。何がどうなって戦わなきゃならないのか全然わかんねえけど、要は勝って助ければいいんだろ?」


「……!」


「なあ2人とも、いけるよな?」


「「……余裕!」」


 全くもって調子のいい奴らだ。俺も含めてな。

 美味しいところ持って行って悪いがこれもクエストを受けた者の特権と言うことにしておいてくれ。

 悩むのも躊躇うのも後でいい。結局俺たちのやる事はボスを倒す事なのだから。



†月天殺戮女神†がパーティに加入しました。

Die助がパーティに加入しました。



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